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 山を制せば戦を制す。

高所には容易に戦況分析ができる利点があることを説いたこの言葉に習って、日本軍は基本軍事基地を山の上に作る。

この対ノーティア軍事基地も例外では無く、遠くにノーティアの城壁がうっすらと見えるぐらいの位置にある山の頂に陣取っており……ここまでは別に普通なのだが。


「むぅ。何だか罠っぽいですね。イチノセさん、慎重に行きましょう」

「いや、いやいやいや違う。日本軍がアホなだけだ」

「そうなんですか? でも警備の一人もいないなんて、そんなことないと思うんですけど……」


 アミリアは信じられないと首を傾げたが、事実は事実。この基地に兵士は鹿下しかいない。

理由は二つある。一つは鹿下がたった一人で旅団単位に数えられる実力持ちだから。もう一つは、基地が山の上にあるせいで車両が行き来できず、人の手でしなければいけない物資運搬に兵士を総動員させているからである。

雑用係が口を挟めるわけも無く今まで黙っていたが、これじゃあまるで好きに攻めてくださいと言っているようなもの。何でこんな軍がこの世界を半分も侵略できたのか、本当に不思議だ。


「にしても、どうやって逃げたもんか……」


 しかし、いくら敵がいないとはいえ脱出は決して簡単ではなさそうだった。


「なぁアミリア。あの氷ん塊ってあと何発撃てる?」

「アイスマスですか? そうですね……多分二、三発です。さっきみたいに弱く打てばもう少しいけるかも」

「あー……まじか」


 直球ネーミングな魔法名はともかく、問題はその残弾が少ないこと。

基地を出た後、俺達の行先はノーティア国しかない。しかし、この山のノーティア側は斜面が急というか最早崖であり、ちんたらロープで降りていたらすぐに鹿下に追いつかれてしまう。


 かといって、斜面が緩やかな方は物資を運ぶ日本軍が蟻のように湧いている。そもそもソイツらもいい加減異常事態に気付いているに違いない。俺達を逃がさぬよう、そこら中に警備が張り巡らされているはずだ。

そこを強行突破も考えたが、アミリアの魔法がすぐに弾切れなんじゃ失敗は目に見えている。どうしたものか。


「一之瀬さん」

「なん……あ」


 アミリアに呼ばれたと思い振り返ると、彼女も後ろを向いていた。


「やっと見つけました」


俺達の視線の先には軍服を纏い、黒髪を靡かせる彼女の姿。

俺の名前を呼んだのは他の誰でも無い。大分距離を開けていたはずなのにこんなにも早く追いついてきた彼女は、息一つ乱さずにライフルを構えた。


「鹿下!?」

「またあなたですか!」


 今一番会いたくなかった相手、鹿下加奈が鬼のような形相で俺を睨みつける。

そして銃声が一つ。仰々しい黒のライフルから放たれた弾丸は俺の頬を掠め、背中に会った窓ガラスを盛大に割った。


「今ならまだ間に合います。その少女を渡してください、早く」


 従わなければ、次は頭。銃弾の反響がそう囁くように何度も頭の中に響く。

逃げられるわけが無い。勝てるわけが無い。どんなに悪知恵を働かせても、圧倒的な力に捻り潰されるだけ。

恐怖でおかしくなってしまいそうだった。いや、実際既に半狂乱になってしまっている。

しかし何も言わないわけにもいかず、震える顔の筋肉を無理矢理動かして口元を歪ませた。


「今更、引けるわけないだろ……!」


 思いっきり笑ってやったつもりだったが、もしかしたら相当な変顔をしていただけかもしれない。

そんな俺に何も言うことなく、ただじっと見つめてくる鹿下。

失望だろうか。違う、失望されるほど彼女の好感度ポイントを稼いだ覚えはない。なら彼女は一体俺に何を思っている?


「……」


 生きた心地がしなかった。嵐の前の静けさのように、俺達の間に沈黙が流れる。

そのおかげで冷静さを取り戻し、ようやく脳が働きだす。しかし、その時だった。

まるで喉元にナイフが突きつけられたかのような、殺気。本能が逃げろと叫ぶ。それでも体は動かない。


「危ない!」


 アミリアの叫びと共に、一マガジン三十発を絶え間なく吐き出すライフル。しかし、銃弾は俺達に当たることなく宙で止まった。

再び俺達と鹿下との間に出現した氷の壁が受け止めた。

しかし、氷の壁は全ての魔力を使い切ったのか大きな亀裂が入る。それこそ、鹿下のパンチ一発で割れてしまいそう程に。


「魔法に対する威力じゃねぇだろ!」

「くぅっ……!」


 鬼の手に棍棒。やはりあのライフル、日本軍がこの異世界で得た知識を惜しみなく詰め込んで改造されている。

アミリアの息が荒い。目に見えて魔力切れだと分かる。もう氷の壁は出せないだろう。


「アミリア、走れるか!?」


 基地は広い上に、俺達がいるのはまだ五階。

監視カメラと気配察知の二つを持ち合わせる鹿下に隠れるという選択肢は無い。

アミリアが稼いだこの数十秒、俺たちにできることはただ走ることだけだった。


「アミリア?」


 しかし、アミリアは足を動かそうとはしない。

鹿下のライフルが割った窓ガラスに手を添え、その視線を遥か遠くにやっていた。

そこには、ほんの少しだけ見えるノーティアの城。崖を挟み、森を挟み、基地の施設を挟み、自分の国を見つめるアミリアは、突然笑みを溢した。


「ふふふ……」


 どこか恐怖を感じさせる声に、気でも狂ったのかと最初は思った。

しかし、俺の方に振り返ったアミリアの顔にはそんな様子は見られない。


「イチノセさんって本当に魔法を受け止められるんですよね」

「あ、あぁ」


 一体何が言いたいのか。半分生返事をした俺に、アミリアは両手を胸の前で握りしめた。


「私、閃いちゃいました!」


 この状況を打開する妙案を思いついた。そう自慢げにアミリアは俺を上目で見る。

だが、俺は知っている。この少女は少しオツムが弱いことを。


「あ、駄目な奴だ。これ」


 聞く前から失敗すると分かる。そんな負のオーラがアミリアからにじみ出ていた。

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