9・元の鞘に収まって
しばらくして、ようやく神崎と二人になってから、事の次第について詳しく尋ねることにした。
「なあ。俺達、戻れたんだよな?」
「うん。やっぱいいなあ、自分の身体は。あるべき姿に戻ったって感じ」
神崎はだいぶお元気なご様子だが、俺はいまだにだるくて仕方がない。しかも、元に戻る前に負った頭の怪我も何気に痛い。
「なあ。全然思い出せないんだけど、俺達に何があったんだ?」
「何かねえ、俺達がいた場所の近くに生えてた木に雷が落ちたみたいで、それが地面に逃がした電流が俺達の身体に流れたみたい。目が覚めるのには時間がかかったけど、奇跡的に軽傷で、後遺症もなさそうだってさ」
単純に考えると、雷のショックで俺達は元に戻れたらしい。何か、入れ替わる原因が雷っていうのもどこかで聞いたことがあるような気が……いや、そんなことはどうでもいい。
「一体、どれくらい眠ってたんだ?」
「俺は丸一日。トノちゃんは丸三日」
「は⁉ 俺、丸三日も気を失ってたのか?」
「うん。先に目を覚ましたはいいけど、その間ずっと心配だったよ」
神崎は妙にしんみりとしながら、口元をキュッと結ぶ。これではまるで、俺が死んだみたいじゃないか。こうして無事に生還した上に元の身体に戻れたのだから、少しは明るくしていただきたい。
「どうした。暗い顔しやがって。せっかく元に戻れたんだから、もうちょっと嬉しそうにしたらどうだ」
「だってトノちゃん、死んだように動かなかったもんだからさ。もし、目を覚まさなかったらって思ったら……。俺、トノちゃんに言いたいこともあったし」
「言いたいこと?」
「俺、謝りたかったんだ。この前、ファミレスで話したこと。あの時は、入れ替わったのが俺のせいかもしれないってことだけ話して、他については何にも言ってなかったからさ」
ファミレスって、ああ……俺のことがうらやましいって言ったアレか。神崎も、そのことを気にしてたのか。
「あの時は、本当にごめん。俺、どうかしてたんだ。トノちゃんもイライラしてたってわかってたのに」
「もう、何も言うな。俺だって、色々お前に言っちまったみたいだし」
「え? 何か言ってたっけ? 頭打ったせいかもしれないけど、喧嘩については自分がしたこと以外どうも曖昧で」
「おいおい」
てっきり、こっちは気を使ってそのことについて言ってこないものだと……まあ、いいけど。
「とにかく、この件に関してはお前だけの責任じゃない。俺のせいでもあるんだよ。言わばおあいこって奴だ」
「うーん。そっかあ」
神崎はあごをなでながら、目を細めて小首をかしげる。
「俺なりに考えてみたよ、何で俺と神崎が入れ替わったりしたのか。多分これは、俺達に対しての」
「神様からの、粋な計らいじゃないかなあ」
「はあ?」
神様からの計らいだあ?
あまりにも突拍子もない言葉に、つい間の抜けた声を上げてしまった。
混乱している俺をよそに、神崎はマイペースに自論を展開し始めた。
「普通に考えたら地獄だけど、俺達、入れ替わったことでお互いのことを改めてよーく知れたじゃない? それに、その。トノちゃん、こう見えてお笑いの才能半端ないんだなあって、見直しちゃったし。俺、思ったんだよ。神様が、俺達に互いを尊重する気持ちを思い出させるためにこんなことしたんだなーって。芸人を始めた頃は、お互い認め合って、一緒に頑張って、まあ、とりあえず喧嘩の時みたいにギスギスはしてなかったわけで。それでその。それを思い出させたかった、みたいな。そんな感じ?」
「どんな感じだよ。しゃべるんだったら、もうちょっと要点をまとめてからにしてくれよ」
何となく、言いたいことは理解できた気はするけどな。
口には出さなかったものの、テンパりながらも途切れ途切れに話す神崎を見てつい笑ってしまった。
……それにしても、神様からの粋な計らい、ねえ。俺にはない発想だったな。
「本当。ポジティブっていうか、うらやましい頭してるよな」
「ちょ、ちょっとやめてよ。そんなこと言ったらまた、神様が余計なサプライズしちゃうかもしれないじゃない。俺もうやだよ? トノちゃんを演じるの」
「俺だってやだよ。できればもう、身体なんか張りたくないし。階段落ちも、雷もごめんだ」
「じゃあ、チューはオッケーってこと?」
「馬鹿野郎」
何かよくわからないけど、楽しいな。こいつとしゃべって楽しいって思ったのって、いつ以来だったかなあ。ずいぶん昔のことになるけど、学生時代を思い出すような。少なくとも、入れ替わる前はこんな感覚とは半ば無縁に等しかった。やっぱりこれは、罰なんかじゃなくて、神崎の言うように……。
「どうしたの、トノちゃん。何か目元が」
「いや、な、何もねえよ」
俺は咄嗟に布団を被り、神崎に背を向ける。
神崎はというと、こっちにのそのそと近づいてきやがった。
「今に始まったことじゃないけど、トノちゃんって素直じゃないよねえ。俺みたいに、もっと自分に正直になったら?」
「うるさいなあ。もう、お前になるのはごめんだよ。ただ」
「ただ?」
「……何でもねえよ」
言えるわけねえだろ。今回の一件のせいで、お前と組めてよかったって改めて確認できただなんて。お前のことを、最高の相方だって思っちまっただなんて。そんなこと、こっぱずかしくて面と向かって口に出せるわけないだろうが。
「聞いてる? おーい。ちょっとお、無視はひどいんじゃないー? おーい」
布団に籠城する俺に対し、神崎は何やかんや言い続けたが、適当に聞き流しておいた。




