8・急展開!
次の日になると、今までのモヤモヤとした気持ちが幾分か晴れていた。多分、白鳥と話したことが少なからず良い影響を及ぼしているのだろう。
だが、逆に体調は最悪。たった一杯のビールで二日酔いになるなんて、この身体はどんだけ酒に弱いんだか。おまけに、泣き過ぎたせいで目元がやや腫れぼったい。もう、負のオンパレードといった感じだ。今日は最近できたというテーマパークにロケに来たというのに、身体が重くてたまらない。
「トノちゃん、大丈夫?」
神崎がロケバスの中、共演者やスタッフに聞こえない声で尋ねてきた。昨日の今日でもあるし、面と向かって話すのは何だか複雑だ。
「ああ。お前の身体は無駄に丈夫だから、どうにか耐えられそうだ。このロケが終わったら帰れるし、頑張るよ。お前こそどうなんだ。顔色悪いぞ」
「ああ、別に? 俺は何とも思ってないんだけど、少し調子悪くて。風邪ひいたのかな?」
嘘つけ。風邪じゃないことくらい、気づいてるだろ。お前だって、苦しい思いをしてるくせに、元気なフリしやがって。俺の身体はストレスに対して異様に敏感だから、すぐにわかるんだよ。
「にしても今日は、天気が悪いな」
「そうだね。せっかくロケに来たのにさあ」
明るい音楽が響き渡るテーマパークの上には、黒くて分厚い雲が。今のところは降ってきていないが、すぐにでも雨粒が落ちてきそうである。
「ロケ日を変えるわけにはいかなかったのかな」
「確かねえ、ゲストの女優さんのスケジュールが今日くらいしかあいてなかったから、強行するしかなかったらしいよ。大変だよねえ」
「だな」
ブツブツ話し込んでいるうちに、ロケは開始された。例のお忙しい女優さんを間に挟み、俺と神崎がテーマパークをリポートしながら回る。まあ、ありがちと言えばありがちなロケだ。
だが、やはり気になるのは天候。時間が経つごとに雲行きがますます怪しくなって行き、挙句の果てには大粒の雨がスコールのように降り始めた。
俺達はスタッフから傘を手渡され、ロケを再開した。
「いやあ、すごい雨ですねえ。ウォータースライダーに乗らなくてもビッチョビチョですよ」
「トノちゃん、今ならジェットコースター乗れるんじゃない? ビビッて漏らしてもバレないよ?」
「誰がビビるかあっ!」
演じている間の心労は半端ではないが、一応周囲は完璧に騙せているようだ。神崎のキャラにしてはちょっと毒舌気味だったかもしれないが。
しかし、こんなジョークを言えたのもつかの間。雨はさらに強くなり、暗い空の間から時々光が見えるようになってきた。遠くからは、耳をつんざくような轟音まで聞こえてくる。
「これ、まずくないですか?」
「うー……でも、あと少しで終了だし」
スタッフ達が、何やら相談をし始めている。ロケを継続するか否か、迷っているようだ。
「やばいんじゃないか、これ」
風も強くなり始め、もはや傘は本来の役目を果たそうとしない。女優さんも嫌そうにしているし、本当に中止した方がいいのではないだろうか。
俺が意見しようか否か迷った、その時。
「会場の皆様。現在、ゲリラ雷雨が発生しております。近くの建物内に、速やかに避難して下さい」
だから言わんこっちゃない。とうとう、突然の天候悪化に緊急アナウンスまでかかってしまった。
「仕方ない、ロケは一時中断だ」
スタッフは女優さんの身の安全をちゃっかり確保すると、スタコラサッサと先に逃げてしまった。いくら俺達が芸人だからって、それはないだろう。今後トーク番組に出る機会があったら、ネタにしてやるから覚えてろよ。
不満を抱えながらも、一歩一歩建物に向かって移動する。傘が強風にあおられて動きづらいが、誰かに当たっては一大事なので放り投げるわけにもいかない。現に、どこからか来た木くずやらゴミやらが凄まじい勢いで飛んでいる。
「うわっ!」
雷の音は、身体の芯に響くほどまで大きくなっている。どうやら、ここからかなり近い場所に落ちたらしい。
「自分達と旬な女優が安全だったらそれでいいのかよ、あいつらは……ん?」
いつの間にか、先程までいたはずの神崎の姿がない。あいつまで先に逃げたのだろうか。
最初はそう思ったが、振り返ってみてその考えが間違いだということに気がついた。
「か、神崎!」
神崎は、数メートル離れた先にある木の陰でうずくまっていた。よく見ると、頭から血が流れている。強風で飛ばされてきた何かが当たったのだろうか。
「大丈夫か!」
身体の自由がきかない中、少しずつ神崎に近づいていく。誰もが身に危険が迫っている状況。わざわざ助けに来てくれるような稀有な人などいるわけがないだろう。これは、俺が行くより他はない。
「おい、しっかりしろ。おい!」
「う……」
俺が傘を置いて抱き起すと、神崎はうっすらと目を開けた。表情はうつろで、意識がはっきりしていない。
「な、何かが頭に当たって……よく見えなかったけど、空き缶かなあ……いたた」
「いたた、じゃねえよ。ほら、肩貸すから立っ……」
この瞬間、何が起きたのか全くわからなかった。突然全身がしびれて、目の前が真っ白になって、耳元で轟音が鳴り響いて……。意識が段々……遠の……い……て……。
「トノちゃん、トノちゃん!」
何だ、うるさいな。神崎……あれ? 今の声、俺じゃなくて神崎のだったような。
全身に倦怠感を覚えながらも、やっとのことでまぶたをこじあける。するとそこには、神崎の……相方の姿があった。
病衣を身にまとい、腕には点滴をしているが、そのわりには顔色は良さそうだ。
「かん……ざき? あれ? 俺……」
「うわっ! よかったあ。やっと目を覚ましたっ!」
「ちょっと、神崎さん。騒がないで下さい。戸野部さんは、あなたより症状が重いんですから」
医者がそう言って神崎を払いのけると、いつぞやのように、俺の目にペンライトを容赦なく当てた。何度やられても、慣れるものではない。
「特に問題はなさそうですね。意識もはっきりしているようですし」
(戻れた? 俺達、元に戻れたのか?)
俺は呆然としたまま、それから長いこと天井を仰ぎっぱなしだった。




