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10・きれいに終われば苦労はしない

 怪我は想像していたよりも早く完治し、思いの外短い期間で退院することができた。

 一人になった俺は家路につきながら、決して賢いわけではない頭脳で思考を巡らせていた。

「粋な計らい……か」

 どんな理不尽なことであっても、身に降りかかった物事には必ず理由がある。そんな言葉を、耳にすることがたびたびある。

 この世の中にはギスギスした関係のまま生きる芸人なんてわんさかいるはずなのに、どうして神様はわざわざ俺達を選んだのか。一生かけたってわかりっこないはずなのだが、ついそんな考えをちらつかせてしまう。

「これも運命って奴なのかなあ」

 たった二文字で表すのは少々癪だが、そんなところで落ち着いてしまうんだろうな。

 もし、俺が神崎と入れ替わったことだけでなく、神崎と出会ったことが運命だったとしたら。俺は、運命とやらに感謝しなければいけないかもしれない。

 俺は元々お笑いが好きだったが、神崎が相方じゃなかったら、きっと今の俺は存在していなかっただろう。正直、あいつと初めて会ったときは性格が真逆だったこともあり、こいつとは、絶対に相容れないって思ってたはずなのに、腐れ縁とやらに惑わされて現在はこの通り。全く、人生は何が良い方向に転ぶものか、とてもわかったものではない。

「やっと着いた。懐かしの我が家に」

 これからも、俺は神崎とともにこの世界で生きていくのだろう。入れ替わりという経験が俺達の未来にどんな影響をもたらしてくれるのかは未知数だが、あいつと二人なら、どんなにつらいことがあっても耐えていける気がする。互いの苦労を身をもって知った、俺達だったら。

「さてと」

 俺はしばらく振りに自宅の鍵を使い、ドアを開けた。やっと狭いワンルームから解放され、落ち着いた暮らしができ……。

「……」

 何だ。何なんだ、これは。ここは本当に、俺の家……なのか?

 目の前の光景に呆然とするよりも先に、沸々と怒りがこみ上げる。そして、すぐさま手にとったのは携帯電話。連絡先は、もちろん。

 ――もしもし。トノちゃん何の用……。

「神崎てめええええっ! 一体入れ替わってる間、どういう過ごし方してたんだよ!」

 ――うおあっ!

 ピカピカだったはずの床には雑誌が散乱し、ソファーの上には洗っていない衣類が脱ぎ捨てられている。おまけに、テーブルにはお菓子の袋がぞんざいに放置され……ああ、これ以上説明したくない。それだけで反吐が出そうだ。

 ――痛い、痛いって。そんな大きさの声で怒鳴られたら。ああー……耳がキーンって。

「俺はこの部屋見るなり、頭をガーンって殴られる感覚がしたよ。どうやってやったらここまで他人の家を汚せるんだ。掃除とかしなかったのか」

 ――だってえ……心理状態的に、手がつけられなかったっていうか。

「年中無休で部屋散らかしっぱなしのくせによく言うな。お前の心理状態は、常に掃除ができないほどくったくたに弱りきってるってか? 鋼のメンタルだけが取り柄のお前がか? ええ?」

 ――そ、そこまで言わなくったって。じゃあ、こっちも言わせてもらうけど、トノちゃんが勝手に俺の部屋を掃除した時に、俺が大事にしてた漫画本捨てたでしょ。何てことしてくれるんだよ。

「お前が大事な物をゴミとして認識されるような状態で放置してたのが悪いだろうが。もう、責任とれ。今から家に来て、元の状態に戻るまで掃除しろ」

 ――そんなこと言うなら、トノちゃんだって俺の漫画本買い戻してよ。中古屋巡りして、やっと全巻そろえた年代ものの漫画だったんだからさあ。

「知るか、んなこと。大体、日頃からガサツなのがいけないんだよ。だから収録とかでも、考えもなく雑に動いて失敗するんじゃねのか」

 ――ガサツと仕事は関係ないよ。それに、トノちゃんはトノちゃんで神経質過ぎるんだって。だから女の子にもモテないんだよ。五年と半年も彼女が出来ないんだよ!

「それとこれとは話が違うだろ!」

 この調子だと、反発し合う機会は一向に減りそうにない。だが、互いに堂々と文句を言い合えるだけまだいいか。

 この先『ザ・ジャンプ』がどうなっていくのかは定かではないが、少なくとも神崎との腐れ縁は、当分の間は断ち切れそうになさそうである。

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