平穏
「毎日つまんない」
クラスメートのリカはぐへえ、と伸びをする。
食後のまどろみの中、教室のあちこちで一塊になって、喋って笑って。チャイムが鳴って授業が始まれば静まるんだろうな。いつも通り、つまらない。
「仕方がないでしょ。私達平凡な学生だもん」
「学生やだなあ、働きたい」
リカは傷んだ茶色の髪の毛の端をくるくると弄んでは、口を尖らす。
「バイトしてなかったっけ?」
「してるよー、バリバリね。でも、ウチらってたかが高校生じゃん? 出来る事も限られてくるしょ」
「そうだね、時給も安いし」
「そーそー、嫌になる。早く働いて、遊んで、刺激的な毎日を過ごしたいなー」
そうだね、と再び微笑んだ。
変わり映えのしない日々。毎日同じ時間に起きて、同じ電車の車両に乗って、同じ顔ぶれに囲まれながら、毎日を終える。刺激のない平穏な日々だ。
退屈で時にはハメを外してみたくなる。けど、と二ヶ月前に高校中退したクラスメートを思い出した。
優しくて明るくて、クラスの中心だったアヤ。何故、中退したのかと一時期アヤの噂がクラスを巡り回った。
「ねえ、アヤと連絡取ってる?」
私の思考を読み取ってか、リカは問う。少し、心臓が慌てて、ほへ? と変な声が出てしまった。
「んー、まー、たまに取るけど。なしたの?」
「アヤって真面目だったじゃん? 皆と仲良くしてたのに、なしてかなーって気になって」
「ふうん。元気だよ」
「どんな感じ?」
女子特有の噂大好き精神が身体にも滲み出すリカは、いやらしい笑顔を浮かべていた。つまらない日常を変える、非日常を求めてる。
ごめんね、そんな簡単に友達は売れないよ。
「趣味にひた走ってる。前よりも何か、忙しそう」
「だろうねー。高校中退だもん。働いたりして、忙しそうだよね」
リカの想像に添えない無刺激な返答に、リカの笑みも穏やかに変わっていく。そんな刺激的じゃないよね、とでも言いたげな表情に複雑な想いが踊る。
「あーあ、私も早く働いて忙しくなりたーい!」
是非とも残業や労働基準法違反しながら社畜をしている方々に聞かせてやりたいな、と思いながら微笑む。
今頃アヤは仕事だろうか。男の満足を満たす、淫らな仕事。
中退する一ヶ月前、誰にも内緒ねと私にだけ教えてくれたアヤの秘密。それは親からの長年に渡る虐待だった。一人で生きてやる、と強い目をするアヤに私はアヤなら出来るよと無神経な言葉を投げて終わった。
しばらくして、アヤが風俗で働いてると連絡が来た。彼氏がいて上手くやってると。私は高校の時の私じゃないと。安心した。
しかし最近になって、アヤが性感染症に罹患したと聞いた。お客様からもらったと。もしかしたら、妊娠できない身体になるかもしれないと。
あんなにも子供が大好きだったアヤが自分の子供を持てなくなるなんて、嫌だ。私に出来ることならと治療費をかき集めても、足りない。私はアヤに何も出来ずに、絶望した。
それなのに、アヤがいなくても今まで通りの平穏な日々を過ごしている。
平穏を抜け出した友人が、試練に立ち向かう中、私だけは穏やかな環境に甘えて平穏で良かったなんて思ったりして、私は最低だ。
結局はつまらない今の状態で毎日を浪費していく。
「リカ。お願いだから、高校はやめないでね」
「えっ、なしたの。急に」
「いや、別に」
つまらない日々も、危険な日々よりはマシだよ。アヤみたいな辛い思いをする人が増えないように、と願いながら微笑んだ。
そんな、平穏な日々に浸かる私の日常。




