恋人
「ただいま、ダーリン。今日も綺麗だね」
水槽の前で彼に向かって言うと彼は、手を震わして喜んだ。そして私の視線から逃れようと必死に逃げ惑うけど、その姿すら可愛い。
「ダーリン、私からは逃げられないんだゾ☆」
コツン、と水槽に指を近づけると彼が恥ずかしそうに近寄って、ガラス一枚越しに私の指に口づけをした。
「もう、可愛いんだからー」
私が彼を誉めるとおしりを振って恥ずかしがって、隅に逃げて行っちゃった。
「ごめんね。可愛いって言わないからー」
ホント? とでも言うかのように私を見た。
「ホント、ホント。ね、機嫌を直してご飯にしようか」
彼は瞳を輝かせて喜んだ。もう、ご飯って聞くとすぐに喜ぶんだから。いやしんぼさんめ。
「はい、あーん」
彼の存在を覆う水の上にチップ状のご飯を置くと、彼は素早く食いついてきた。
上を向いて必死に食べようとしている姿が可愛くって撫でたくなったけど、彼は私が撫でると死んでしまう儚い子だから我慢する。
あ、私の彼というのは金魚である。
いや、別に金魚との結婚願望がある訳じゃなくてね。たまたまバイト帰りによったペットショップで運命的な出会いをしたからでね。
まあ、彼が最後の一匹でしかも水槽&酸素ボンベ付きで五百円という大学生のお財布に優しい値段だったから買ったという、出会いですよ。
「ダーリン、もう食べ終わったのー?」
一人、ぼろアパートで生計たててる大学生だから話す相手がいない。その捌け口で彼に話しかけるんだけど予想以上にこれが楽しい。
恋人ごっこて言うのかな? 分からないけど人間寂しくなると、人間以外とも話が出来るようになるんだね。
「じゃあ、私もご飯食べるね」
ダーリンもとい魚の彼に話しかけてから、私は立ち上がり彼に聞こえないように呟いた。
「あー、人間の彼氏が欲しいー」
そんな魚の彼との日常。




