愛人
「私、愛人でも良いから貴方の側にいたいの……」
か弱い乙女ぶって、なよなよと体躯をしならせながさら友人ゴリラの胸に触れた。学ランが弾けそうな程鍛えられた胸筋。気持ちわりぃ。
ゴリラは遂に吹き出すと腹を抱えてしゃがみこんだ。
「ぎゃはははは!! まじでやりやがったよ!!」
「うっせぇ、ゴリラ!! 罰ゲームだからだ!!」
ポーカーで五回負けた奴は、優勝者の命令に従って罰を受ける。
それで負けたのが俺で、勝ったのがゴリラ。その他キリンは、引き気味に俺の演技を見ていたのだった。
大体愛人の役を俺にやらせるなんて、ゴリラの神経はどうかしてやがる。何が楽しいか分からねぇ。
「よく言うよー。ヒツジの演技さー、変に迫真めいてたじゃんか。結構乗り気立ったんじゃないのー?」
「うっせぇ、キリン。ここで棒読みだったら更に罰が増えるかもしれねーだろ」
バシバシ睫毛に頬に茶色の痣のある男、キリンはケラケラと笑った。自分が敗者じゃないからって、他人事の様に言いやがって。
ゴリラは未だに、地面を叩きながら全力で笑っている。その姿は正しく興奮した雄ゴリラだ。動物園で見たことがあるぞ。
ちなみに、僕の通称はヒツジだ。くりくりの髪の毛。小さくて鋭い目という特徴から付けられた安直なものだが、実の名前よりも気に入ってたりする。
きっと、ゴリラもキリンもそうだろう。
「いやあ、滑稽。滑稽。次は何をさせてやろう」
「おい。罰ゲームは一回のお約束だろ。複数命令なんて出来ねーよ」
「んー。ゴリラの真似させるってのはー? 僕は良いと思うよー」
「ゴリラの真似が出来んのは、ゴリラだけだ。ゴリラの専売特許を取っちゃいけねーだろ」
「何か言ったか、ヒツジ」
「なんも」
がははと汚く笑った。
我が同好会、『動物愛好会』は今日も平和に通常運転である。メンバーはゴリラとキリンと俺の三人だけだから、ただの談話部と大差ない。
活動日とか決めずに暇な時に、誰とも言わずに第三視聴覚室に集まり、思う存分駄弁り帰るのだ。
普通な俺らだが、少し普通じゃない。まずもって、俺らは互いの素性を知らない。学年も組も名前も、ましてやこの学校の生徒かという事も。
超マンモス校だから、同学年であっても顔を知らない者ばかりなのだ。
初対面もこの視聴覚室だった。同類の勘で、其々の境遇に何かしらの欠点があるのを悟った。
じゃなきゃ、立ち入り禁止の廃校舎の視聴覚室に入る筈がない。
俺らは互いの傷を癒すためにここへ向かう。お互いに干渉しない。傷を抉らない。謎の距離感の彼らが、心地よかった。
今ではヒツジが俺の本名でないのかという気すらしてくる。
『愛人』
俺のコンプレックスであり、苛めの原因でもある名前よりもヒツジの方が良い。俺はヒツジでありたい。
そんな、ヒツジとゴリラとキリンの日常。




