洗濯
「あっ」
この光景を見るのは何度目だろうか。
漏らした言葉の直後、やらかしたという顔をしてスローモーションで彼女は地面へ向かっていった。
同時に汗と彼女の体臭の混じった洗濯物達が空を舞って、僕の頭に垂れた。
「やあ、こんにちは。こんばんは、かな?」
「……どっちでも良いですよ。その前に、倒れている女性に掛ける最初の言葉として間違ってますけど」
頭に乗った洗濯物をつまみ上げ、ピロリ、彼女の面前で両端を押さえ広げた。
出会いのきっかけともなったソイツは相も変わらず、淫靡な雰囲気を纏っていたが前も今もちっともそそられやしない。
何故かは分からない。
「に"ゃあっ!!!????」
顔を上げ僕の行動に気が付いた彼女は、猫に感化された悲鳴をあげてグーパンを右頬に食らわせた。
猫パンチなんて可愛いもんじゃない。
お陰様で視界はボヤけ、足元はぐらつき、地面に倒れ込む形で意識を手放した。
「……ん……い、……んたい」
「……む」
僕の部屋ではないのに見慣れた天井の染みを睨み付けて、上体を整えた。
頬の鈍い痛みが意識を失っている間に治っているとか、御伽話みたいな事はなくて、血の味がやけに現実味を帯びていた。
僕の足元座っていた彼女は眉間にシワを寄せて、不安気な顔をしていたが僕の覚醒にほっと安堵の息を漏らした。
席を縮めずに、一見他人の様な距離感で彼女は話始めた。
「はあ。ヘンタイさんが死んだのかと思いました」
「でしたら、ヒモコさんは殺人犯ですね。グーパンで大の男を殺した可憐な美少女と世間に知れ渡りますよ」
「美少女じゃないですし」
一応傷病者である僕が横になっているというのに、鳩尾に一発かます。
彼女とのこのやり取りが慣れてるとは言っても、疼痛閾値が上がった訳ではない。当然痛い。
だが、女性のパンツを頭を他意にしろ乗せてしまった贖罪として、毎度受け取っている。
嬉しくなんてない。望んでやってる訳でもない。
……が、彼女自身は嫌いではないので毎週決まった時間、決まった曜日にこのコインランドリーに来る。
あ、そういや。
「また意識を失ってたから、洗濯物入れてないや」
「入れました、私のと一緒に」
そりゃありがとう、と百円を取り出すが彼女は首を振る。
何故か僕の顔を見ない。まるで床と対話するかの様に、じっと床と向き合っている。
「どうしたんですか? ヒモコさんのヒモさんの調子が宜しくないんですか?」
「わっ、私だっていつもヒモパン穿いてる訳じゃないですよ!!!」
刹那、僕の隣に殊勝に座っていた筈の彼女は突然鼻息荒くして、グーパン攻撃に走った。
拳が入るか入らないかギリギリの所で上体を反らし避ける。
二発目はない様で、意識を手放さずに済んだ。一日に二度も気を失うなんて堪ったもんじゃない。
「っ、ふう……」
「逃げないでくださいよ。ヘ、ヘンタイさんの記憶を消そうとしてたんですから……」
「物騒な事は止めてください。もうじき本当に死にますよ」
「そ、それもそうですね。……ですが、ヒモコさんってのは止めてください。ヒモさんは許しますけど」
良いじゃないですか。それとも、ヒモパンを毎度僕にぶつけてくる変態女って呼べば良いですか?
なんて聞こうものなら、それこそ本気で意識とサヨナラする事になるので、敢えて黙った。
「きょ、今日は綿パンですから……」
「至極どうでも良い情報ありがとうございますっ!! って、何故殴るんですか!? ヒモミさんから始めたのにっ!」
「ヘ、ヘンタイさんはデリカシーがないからですっ。それと、ヒモコが嫌なんじゃなくて、ヒモパンをネタにされるのが嫌なのでヒモミもNGです!」
変態なんて呼ばれる謂れはないんだけど。僕は偶々彼女が放り出すパンツの真下に立っているだけで、僕は何もしていない。
というか、いい加減走らないで入る事を学ぼうよ。
「はいはい、それはすいませんでした。じゃあ、先週の話の続きでもしましょうか」
「話反らしましたね……まあ、良いですよ」
「お互いの趣味については粗方語り尽くしたので、今日は日常についてでも話します?」
ぐおんぐおん、古びた洗濯機の声を効果音にして隣の彼女を見れば伏し目がちの笑顔を頂戴した。
何故彼女が、しっかり洗濯という通常の二倍の時間も掛かる設定にしたのかは敢えて触れずに、いつもの様に会話を始めた。
痛みがやがて引いてきた。
そんな、変態痴女な彼女と変態呼ばわりの僕の日常。




