表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日常  作者: 太郎
47/59

卒業

再開。

「卒業しても、その笑顔を忘れずにいてください」


 毎年排出する卒業生に贈る言葉は変わらない。

 当たり障りのない、教師らしい言葉。それが一番だ。変に良い事を言おうとしても、平凡な僕から発せられれば無に帰す。

 涙を浮かべる生徒、写真を撮り合う生徒、隠れて連絡先を交換する生徒。どうぞご自由に。卒業してしまえば教師は不介入だ。好きに楽しんでくれ。


 最後のショートホームルームを終えると、足早に教室を抜け出した。向かうは、社会科準備室。僕のシェルターでもある。

 開けると、ソファでくつろぐ少女と目が合った。胸元に在校生の作った造花を付ける少女は、鈴木亜紀……面倒な生徒だ。


「ここの鍵は持ち出し禁止にしてもらった筈だが。どうやって入ってきた」

「先生のポケットから盗んで、型取って、合鍵作りました」

「犯罪だぞ」


 鈴木はにっこり微笑むとリボンを緩めて、ワイシャツのボタンを外していった。露になる小さな膨らみに少し動揺する。


「ここで私が大声をあげれば先生も犯罪者ですね」

「生憎、ここには監視カメラを付けてるから、僕の無罪が証明される。……さっさとボタンを留めろ。卒業式に風邪引きたいのか」

「何処に監視カメラあるんですか?」

「……何処かだ」


 胸元を露にした状態で、辺りをキョロキョロと見回す鈴木。何を企んでいるかは分からないが、目のやり場に困るから止めて欲しい。


「分かったらそこで脱ぐんですけど。後で私の動画をオカズにしてくださいね」

「卒業式まで懲りない奴だな」

「卒業式だからこそ、倍頑張ります」

「その頑張りは別の方向へ生かすべきだ。僕に向けるな」


 生徒とは一定の距離を保つ。面倒事に巻き込まれない為にも、他人である事が一番なのだ。

 だが、鈴木は距離を詰めようとする。僕のクラスの生徒ではなく、教科で受け持つだけの生徒と教師の距離感よりも。

 小学生でも分かる様な質問を持って、社会科準備室にやってくる。一年生の頃から、飽きずに毎日だ。ネタが尽きたのか、なぞなぞを出された事もある。

 楽しかったと感じてしまった事もあるが、あれは一種の錯覚だ。鈴木の雰囲気に飲み込まれただけ。僕は生徒に不介入なのだから。


「先生はズルいです」

「大人になれば狡さを覚えるもんだ」

「先生だって楽しんでくれたじゃないですか。私、覚えてますよ。クリスマスの日の事を」


 去年のクリスマスの日。誰から聞き付けたのか、鈴木は僕の家に来た。あがらせる訳にはいかないと閉め出したが、ピンポン連打を一時間以上されたら折れない訳にはいかなかった。


「一緒に雪だるま作ってくれて、冷たくなった私の手を暖めてくれて、車デートもしてくれたじゃないですか。なかった事にしたくないです」

「そうしなければ、鈴木は外で待ち続けたろ」

「先生に会えるなら何時間でも待てます」

「もう、終わりだ」


 チャイムが鳴り響いた。いつの間にか卒業生達の騒ぎは収まっていた。帰ったのか。


「卒業式は終わった。僕はもう君の先生じゃない。教える事もないんだよ」

「三月三十一日まではここの生徒という制約があります」

「屁理屈言うな。もう良いから、帰ってくれ」

「……先生は生徒とは関わらないんでしたよね。前、言ってましたよ」

「まあ、そうだな」

「じゃあ、四月一日から覚悟していてください」


 鈴木は立ち上がるとスカートを翻して、僕を見上げた。その決意の満ちた目からは、僕の最悪な結末しか見えない。


「一人の女として帰ってきますから」


 僕は何処で道を誤ったのか。クソマジメというアダ名が付く程、堅実に真面目に生きてきた筈だ。無愛想に、冷静沈着に関わってきた筈だ。

 僕は愚かだ。

 いくらでも鈴木から逃げれた。無下に扱う事だって出来た。だけど僕は無視をしなかった。鈴木からの好意を心なしか喜んでいたのかもしれない。


 慣れきった卒業式だが、今回ばかりは胸の中で波紋が広がった。


 そんな、教師である僕と生徒の日常。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ