先生
「今の段落で分からない所はありますか?」
先生は長い黒髪を揺らしながら机と机の間を歩く。
しかし、その質問の答えはいつもの様にない。
コツコツと先生のヒールの音がリズムよく聞こえるのが、やけに睡魔を誘うと友人が言っていたのを思い出した。
けど僕は先生の授業で寝たことは一度もない。
正直国語なんて興味ないし、去年の国語の授業はほとんど寝ていたからテストも散々だった。
けれど今年からは国語の先生が変わっておじいちゃん先生から、長い黒髪の女性の先生となったから僕は国語を好きになった。
下心がある訳ではないし、女性だから好きになった訳ではない。それだったら先生よりも若い美術の授業も好きになることになるが、僕は嫌いだ。まあ、おいといて。
僕はなぜあの先生に惹かれているのか、分からない。
どちらかと言うと彼女は、生徒に恐れられる見た目だろうに。
先生という職業に合わない高いヒールに、白い肌と対比するかの様な黒い髪、激しく主張するつった眼、中性的な低い声。
僕が今まで好意を寄せてきた人とは全く違うけど、何故だろうか。先生を見ると落ち着かなくなるこの気持ちは。
「ない様ですので、次の段落に入ります」
開けっ放しの窓からさわさわと風が教室に入り込む。
ふわりと弄ぶかの様に風は先生の髪の毛を翻した。きっと、その光景を見ていたのは僕だけではないがその風に嫉妬したのは僕だけだろう。
生徒と先生の関係上、先生に触れることの出来ない僕を嘲笑うかの様に風は先生にボディータッチをする。
――羨ましい。僕も風になれたら、先生に触れれたのに。
あの柔らかそうな肌に漆黒の髪に自由に触れることだって出来たのに。
……って、いけない。現実逃避をしていた。
そんな妄想しても意味がないことは分かってるのに考えてしまうのは僕の癖なんだろう。
今は先生に集中しないと。間違っても国語の授業に集中する訳ではないが。
ちらりと首をあげて先生を見ると先生と目があった。そんな先生にとっては大したことではないと分かっているが無性に心臓が高鳴る。
うぅむ。男子高校生だよな、僕って。中学生じゃなかったよな? と自問しても、恥ずかしがっている僕の心は自答してくれなかった。
「『少年は言った。昂った心の内を全て吐露した。途端に全身の力が抜け、疲労感が重くのし掛かってきた。まるで、機械の体みたいだと少年は揶揄しながら――――』」
先生は一旦止めた足を動かし、机間巡視を再開させた。
凛とした先生の声や、ヒールの音で僕の胸は小説の中の『少年』の如く昂り興奮していた。
先生と目が合った位でそんなはしゃぐなよ。恥ずかしい奴だな、と心を貶しながら自嘲気味に笑った。
教室の大半は寝て、残りは各々内職している。それも国語とは関係ない強化の勉強をしたり、絵を描いたりする者もいる。
きっと真面目に聞いてるのは僕位だろう。
きっと先生と目が合うのも、僕位だろう。
突然、先生と僕の二人だけの世界にポンと放り出された様な特別な感情を抱いた。先生も、僕を特別だと考えてくれていたら、どんなに嬉しいだろうか。
いや、ない。あの冷徹人形の如き先生がただの生徒である僕に特別な感情を抱いてくれるはずがない。有り得ないんだ。
だからこそ、僕は惹かれるのかもしれない。
窓の外に視線を飛ばしてから、微かに笑った。
そんな風に先生の事ばかりを考えていたせいか、窓越しに先生と目が合った、気がした。なーんて、友人に言ったりしたら引かれるから言わないけどね。
そんな先生との日常。




