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銀色の雷 1

「そのような対応、女王陛下がお許しになる訳がない…。」

 そう発言したのは、エハイルバウンズ王国元老院で最年少のアロイス・アーレルスマインズだ。

 四五歳を迎えた今年、一五年務めた下院議員から元老院への昇格を許された。

 エハイルバウンズの元老院は、十人で構成された上院で、女王と直接国政についての意見を酌み交わす立場にある。メンバーは、死亡や訳あって議員職を辞した者が出た場合に限り、その下、主に地域や街など小さなコミューンに関わる法律や規律の整理や統制などを司る下院議員からその分を選出する。

 先日、三三年間元老院で、議長という名のリード役を務めたフォルクマール・ボダルトグランズが死亡し、その席が空いたため、下院の中で比較的発言を重要視されていた、国民からの支持の高いアロイスに白羽の矢が立ったのだった。

 議員としてはそれなりのキャリアがある。だが、元老院に入ってまだ間もない。

 周りの議員からすれば、自分など赤子も同然。発言する事自体、躊躇われた。だが、言わぬ訳にも行かなかった。

 ボダルトグランズが元老院に昇格する遥か以前から、この国の元老院は腐り切っていた。

 元々穏やかな気性が仇となり、百年前の最後の世界戦争以降、すっかり平和呆けをしてしまった国民の大半は国政にも興味を示さなくなり、元老院も引き摺られるように汚職や裏取引が溢れ、今では格好だけの元老院である。

 王家は代々意識高く、騎士団も比較的常識的で真面目な人間が多い事も幸いして、国家としての形は保てているが、少しでも切欠があれば、崩壊へとバランスを崩すのは必至に思える。一見平和主義なこの国は、実に不安定な状態だ。最早国家と言うより、集団と言ったほうがいいかも知れない。

 抜本的な建て直しが必要だった。

 元々成り行きで政治家になった経緯があるから、議員職には余り執着がない、という若干の啓き直りとともに、アロイスは極力、国家のためとなるような発言をして行こうと思って元老院の席に腰を下ろしたのである。

 だが、実際やるとなると、重鎮議員を前にして僅かながらも恐怖心を抱く。

 現に、今の発言で、あっという間に九対一という構図が出来上がった。

 議題は、本日夕方頃に発生した、ガリバラの土砂崩れの現場での騒動についてだ。この頃、ディーナは元老院の判断で城へ搬送されている最中で、身元調査も済んだばかりだった。

 ユグシアとアールヴヘイム、双方の国籍を持つ少女が、”トールの雷”と思しき遺構に無断接触した。ディーナの意識がないので理由は不明ではあるが、そこには何か好からぬ理由があったのではと、恐れた元老院は、女王に内密に議会を召集した。

 そして話し合う事一〇分、驚くべき短時間の議論の末、ユグシアの内偵者として拘束し、発表するという結論が出たのであった。

「アーレルスマインズくん。君はここへ来たばかりだから、まだ何かと不馴れなのだろう…。」

 現議長のディーツゲンズがほくそ笑んだ。

「そうだな。

 このようなレベルでは、女王陛下のお手を煩わせる事もない。

 我々の判断で進めるべき事だ。

 最近はユグシアの動きも不穏なものを含んでいるからな。ここらで牽制が必要だろう。」

 と、副議長のドレヴァンズ。

「しかし…。」

 実質、他国との外交を行っているのはマルグリーテ本人であった。

 議論は交わすべきではないのか。

「アーレルスマインズくん。」

 書記のファルケンハインズ。

「アーレルスマインズくん…。」

 会計長のフィッツェンハーゲンズ…。

 法務長のフェルステマンズ、農生産長のゲーゲンバウンズ、教育長のゲラーマンズ、文化長のギーゼングナインズ、工生産長のグラウンケンズは、口こそ開かぬが、同じような苦笑いを浮かべてこちらを見ている。

 アロイスは小さく溜め息を吐き、俯いた。

 なるほど、元老院へ昇進後、堕落した議員が数多くいるのはこの所為かと思う。

 良くも悪くも、保身的なのだ。その癖、妙なところで攻撃的になる。

 今回の少女の件がそうだ。

 確かに、今年に入って、ユグシアの動きに不穏なものを感じるようになったのは事実であった。

 民主を歌ってはいるものの、アルメリアと並んで軍備に力を入れている実質上の軍事国家の体裁はまだ棄て切れていない。

 そこへ、比較的友好主義であった現国王のユグストワフが病床に臥せていると言う。これを気に百年前の世界戦争切欠ともなった領土争いが再沸するのではないかと言う懸念もある。特に、争いごとに対しては消極的なエハイルバウンズだ。軍備において引けを取っている今、戦争など始まればあっという間に負けてしまう。

 だから、牽制を仕掛けて置きたいと言うのは解る話ではあるのだ。

 だが、だからと言ってマルグリーテに相談しないというのは、暴力的過ぎる。

 弱い故に、攻撃的なのだ…。

 しかし、一人では目の前にいる九人にすら敵わぬ。

 アロイスは抗戦という選択肢を早々に棄て、地盤作りを始めねばと考えながら、この場は一時引き下がる事にした。

「出過ぎました。」

「理解してくれたようで、嬉しいよ。」

 などと、ディーツゲンズが笑った。

「では、元老院全員の合意という事で。

 事態は急を要すると判断する。今すぐに会見の準備を始めよう。」

 こう結論付いたのが、ディーナの騒動から六時間後。

 奇しくもマルグリーテはトウワの王妃、カツラ・アガリタが来訪中故、その相手に走り回っており、この状況を把握出来る状態になかった。

 これは好機と、元老院は即、王室報道係を集めた。そして、マルグリーテとカツラの晩餐中にこれを発表した。

 マルグリーテは宿泊を予定していたカツラの相手で、引き続き外部の情報を得る機会が少なかったのもあるが、騎士団にすら、元老院の発表は知らされず、だから、この一件がマルグリーテの耳に入ったのは、翌朝の元老院との会議での事だった。

 マルグリーテの耳に情報が入らぬよう制限をかけていた事は誰の目にも明らかで、何よりその様な国家間での争いの種になるような判断と発表を行った元老院の面面を前に、普段穏やかなマルグリーテの表情が強張った。

「何故、そのような事を、わたくしへ報告なく行われたのか…。

 勿論、どなたも説明は出来るのですよね…?」

 押し留めた怒りが滲み出た低い低い声に、さすがのエルドリッシュも一瞬身を退いた。

 雰囲気に気圧されたのか、元老院の面面が顔を見合わせた。

 アロイスにとっては、元老院の様子は意外な反応ではあったが、理解も出来る。

 やはり、弱いのだ。

 だがここで、自分は反対しましたと手を挙げても意味がない。退いた以上、同意したも同然なのだから。

「説明の出来ない事を、あなた方のような方々がなさったと仰るのですか?」

「ユグシアの…。」

 マルグリーテが詰め寄ると、ディーツゲンズが静かに口を開いた。

 俯いてはいるが、その顔には微かに笑みが浮かんでいるように見える。

「ユグストワフ国王の跡継ぎである、ご子息のグレゴル王子のお噂は、もう陛下のお耳にも入っている事と思いますが…。

 彼には色々と好くない噂を耳に致しますな。

 陛下へのご求婚の噂もそうですが…、それ以前に、非常に軍備を整える事に注力なさっているのだとか…。

 陛下は、百年前の世界戦争の引き金となった事件をご存知ですかな?」

「…三歳の少女が誘拐され殺された事件ですね…。」

「左様。」

 百年前。

 エハイルバウンズ国籍の少女が、行方不明となった。

 両親は同じ職場に務めており、託児所もあった事から、少女は両親とともに職場に来ていた。

 職場はエハイルバウンズの東、ユグシアとの国境付近『ツェルチ地区』という小さいが湖の多い地域にあり、辺りには薬品製造を主事業とした企業の研究所が建ち並んでいた。両親はこの企業の研究所に勤める研究員で、主に新薬の開発に携わっていた。

 その企業が運営する託児所に預けられた少女は、ほんの数分、保育士が目を離した隙に、どうやら独りで歩いて外へ出てしまったらしい。当時、託児所に預けられた子供は、保育士一人当たりにつき十人という人数で、手が回っていなかった事情と、託児所に割り当てる予算が低かった事、夏の暑い日で、扉や窓を開け放っていた事など、複数の要因によるものだった。

 国境も、きちんと線引きがされていはするが、当時は規制も緩く、暗黙の了解で両国の監視兵は国境を行き来していたらしい。だから、事実上、この付近では両国を自由に出入り出来る状況にあった。

 そんな中、外に出た少女は、託児所付近で従業員に目撃されたのを最後に、忽然と姿を消してしまった。

 後日、託児所に届いた差出人不明の一通の手紙には、少女を預かっている事と、何故か両親の身柄をユグシアへ渡すよう書いてあった。

 この事は企業の重役から即日のうちに王国騎士団へ通報され、直ちに両親の素性調査が行われたが、両親とユグシアとの関連性は見出せず、何故ユグシアからそのような要求がなされるのか、不明のまま回答を保留していた翌日の事…。

 ユグシアが、両親の国籍がユグシアにも存在する事、それを盾にして、エハイルバウンズがその両親を捕虜の如く手中に収めている事、そして、それを理由とした突如の宣戦布告を発表したのであった。

 これにはエハイルバウンズのみならず、アルメリアを始めとした各国も首を傾げると同時に、ユグシアを強く批難。どの国も、エハイルバウンズがその両親を国内監禁している事実は勿論なく、仮にあったところで、突然の宣戦布告は道理が立たないと主張した。

「当然、情勢はユグシア劣勢に傾くと思われました。

 が…。

 その矢先に、件の両親の勤める研究所の地下に、ユグシアが血眼になって探している遺構群がある事が解ったのです。」

 マルグリーテの顔が強張った。

 遺構群については公式な記録がないし、マルグリーテ自身聞いた事がなかった。

「…そのような記録は…。」

「勿論ございません。

 遺構群の発表は、当時の国王の命により、発表を控えられました。何故なら、我が国を始め、各国もろとも、その遺構群を探していたからです。

 ユグシアの目的は、その研究所の地域一体への侵略。

 そのための宣戦布告。」

「高が遺構のためだけに戦争が行われたと言うのですか!?」

「『高が遺構』ではございません、陛下。

 その遺構は、世界の『機械(マキナ)』の原理を解明するのに必須のものであったのです。

 世界中が欲するのも、無理はありませんな…。」

「…そのようなものが、このエハイルバウンズに…?

 しかし、何故です? 何故今尚、それは発表されないのですか?

 そして何故、世界戦争にまでなったのです…!?」

「公式的には非公開ではありましたが、古来より各国からの内偵者はありました。

 秘密裏に情報は流され、国政と軍事に携わるごく限られた者にのみ、その情報は与えられました。

 だから今でも、教育機関が子供に教える『百年前の世界戦争』は、曖昧なまま始まり、曖昧なまま終わりますな…。」

 ディーツゲンズが何かを嘲笑うように、にやりと笑った。

「あの戦争に於いて、真実を知る者は少数。多くの兵士は戦争の意味も意義も知らされぬまま、死んだのです。

 お解かりになりますな?

 今再び、ユグシア国籍を持つ者が、遺構の発見された場所で事を起こしたのです。」

「……。」

 マルグリーテが唇を噛んで俯いた。

「この話を聞いてなお、今回の少女の件を怪しまぬと仰るのであれば、元老院は陛下の素質を問わねばなりませんな。」

 不敵に笑うディーツゲンズを、マルグリーテが見据えた。

「…事情は解りました。

 方法は最良ではなかったと思いますが、致し方ない事だったとも納得しましょう。

 このお話は、考える時間を頂きます。

 今後、この件で何かお話を進めるようであれば、私に必ず報告をしてください。」

「承知致しました。」

 ディーツゲンズはわざとらしく、恭しく頭を下げた。

 その様子に、マルグリーテは悔しさを滲ませた表情をし、席を立った。

「席を外します…。

 本日の打ち合わせは、ここまでに。

 緊急事項は、別途窺いますので、エルドリッシュに声をかけてください。」

 そう言い切らないうちに、マルグリーテは席を離れ、さっさと出て行ってしまった。

 エルドリッシュも慌てて後を追った。会議室を出る時、ふと振り向くと、ディーツゲンズがエルドリッシュを見て目を細めた。

 エルドリッシュには、何だかそれがとても厭なものに見え、彼を一瞬だけ睨み付け、会議室を後にした。

 廊下に出、いつもより数倍速く歩いて行ってしまったマルグリーテを小走りで追う。

 エルドリッシュが追いついても、マルグリーテは振り向くどころか、声すら出さなかった。無言で廊下を行く。行く先は、恐らく温室だろう…。

 暫くして、予想通り温室へ辿り着いた。マルグリーテは扉を開けると、ある花壇まで一直線に歩いて行き、ドレスのスカートを少しまとめて蹲った。

「ご気分が優れませんか?」

 静かに声をかけると、マルグリーテは俯いたまま何度か首を振った。

 もちろん、エルドリッシュもそうではない事くらいは解っている。が、声をかけずにはおれなかった。同情は許されないだろう。ならば、体調を気遣う事くらいしか出来ない。

「…エルド…。」

 半分屈んだ膝に埋まった顔から、くぐもったマルグリーテの声がする。

「はい。」

「…大人気なかったでしょうか…。」

 なるほど。怒りを抑え切れなかった事を悔やんでいるのか。

「…いえ。当然のご対応かと。」

 自分でも、あのような態度しか取れなかっただろう。

「冷静さを失えば、判断を誤ります。

 なのに、わたくしはどうしても抑えられなかった…。」

「ご判断に、間違いはなかったものと。

 どのような理由があっても、今後国家間の友好関係に影響を及ぼす事柄である以上、陛下へのご相談なしに決定すべき事などないと考えますが。」

「…エルドは、好かれ悪しかれ軍人ですね…。」

 少し間を置いてそう言うと、マルグリーテはふふと笑い、顔を上げた。

 目の前にある、あともう少しで捻れた体を広げ切る花を見据える。

「わたくし、耐えられないのです…。

 わたくしの一挙手一投足で、何千何百と言う人の命が消えて行くのが…。

 わたくしが件の話を耳にしていたら、まず間違いなく、少女の事は隠し通すと思うのです。そして極秘裏にアールヴヘイムに送り返す…。ユグシアの事は、無かった事として扱うと思うのです。

 それが、一番”平和的”だと思っているから…。

 でも、それではいけないという事も理解しているのです。

 何かあった時、我が国民に危害が及ぶ事になる…。

 元老院の判断が間違っているとは言い切れない自分がいます。

 でも、わたくしにはその判断が出来ない…。」

「お優しいからでしょう…。」

 純粋に、そう思うのだ。

 花のような、若い女王には、酷な選択肢もあろう。

 だが、エルドのフォローを、マルグリーテは一蹴した。

「違いますわ…。

 私は優しくなどない…。」

「では、何と?」

 迷っている。

 目の前の君主は、優しい心と、鬼になるべき立場の間で揺れている。

 禁じられている同情をして、エルドが訊ねると、マルグリーテは眉を顰めて呟いた。

「…弱いだけです…。」

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