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雷雨のあとに 4

 車で三〇分かけ、エハイルバウンズ最西端の街に辿り着いた後、運よく現地まで資材を運ぶという車両を見つけ、乗せて貰える事になった。

 資材運搬車両なので、座席が従業員数分しかなく、仕方なしに荷台の資材の隙間に腰を下ろした。

 出発して間もなく、あの運転手の言うとおり、この街から一定の狭い範囲のみ集中豪雨があったと明らかに見て取れる光景が目に入った。

 道は溶け、細い樹木は倒れ、大分水が退いたのであろう川はしかし、未だ水位が高く流れも速い。

 少し行くと川は下り、道は昇り、道の左がみるみる谷へと姿を変えて行く。そこから一〇分。車が止まった。

「着きましたよ。」

 車両運転手とスタッフたちの手を借り、荷台から降りると、同行していたビル・ミッシェルが話の出来そうな者を探しに行くと言って行ってしまったので、スコイトワフは一先ず辺りの観察から始めた。

 立ち入り禁止のリボンが後方にあった。どうやら資材運搬車に乗っていたため、禁止境界をすっ飛ばして入って来てしまったらしい。リボンの向こうには人集りが出来ていて、カメラを持っている者もちらほら見えた。

 運搬車の前方が土砂崩れの現場となるが、谷の双璧のうち、右側の壁が斜めに削り取られたように完全に雪崩れてしまっていた。見下ろすと、川の半分を土砂が埋めてしまって、流れすら変わっている。

 谷ぎりぎりに通っていた道は完全になくなっていて、削れた斜面には、妙な物が生えたように顔を覗かせていた。

 それは機械のような素材で出来ているようで、土に汚れて鈍く光っていた。

 下方が土砂と壁に埋まって見えないが、付き出ている上部から察するに円筒のような形らしく、側面には何やら筋のようなものが規則的に並んでいる。

 その円筒周辺に簡易的に作られた木の足場には何人かの人間がうろうろとしていて、円筒の壁を触りながらこれが何かを探っているようだった。

 一方で、周りには本格的に足場が組み始められており、今し方乗って来た運搬車の資材も、そのためのものだと今更に気付いた。

 出来ればあの足場に降りられれば、そう思い、スコイトワフが振り返ると、少し離れた場所で、こちらをじっと見る男性を見付けた。

 見覚えは、大いにあった。

 ハーラルト・バルリンゲンツ。

 王室付きの建築家だが、その正体は、昨年の夏まで元・ユグシア王国軍第一情報部に所属する軍人だった男だ。

 ハーラルトはスコイトワフのにこりと笑うと、奥にあるテントを指差した。

 あそこで話をしようという事のようだ。スコイトワフは素直に従った。ちょうど、荷物を置きたかった。

 ハーラルトは自分の部下であったと同時に、後輩としても最も気心の知れた友人のような存在でもあった。

 軍を辞め、しかも国籍まで変えると言い出した時の絶望感は、今でも忘れない。

 裏切り者。

 そう罵った時もあったが、エハイルバウンズの国籍を取得したと聞いた時は、そこに理解を示せもした。

 ユグシアに比べれば、エハイルバウンズは確かに住み心地の良い国である事は誰にでも解っている事だった。

 何より、その当時の彼は体の弱い妻を娶り、その妻が身篭ってもいた。

 テントに着くと、ハーラルトはスコイトワフに席を指差した。スコイトワフが黙って座ると、ハーラルトが茶を淹れてくれた。

「お久しぶりです。

 ヴラディーミル・ユーリエヴィチ・スコイトワフ司令官。

 おっと、今は将軍、とお呼びした方がいいですか?」

 ハーラルトは昔と変わらぬ笑顔で言った。

「やめてくれ。今は軍部からも少し離れて、博士なんてやっているんだから。」

「聞いてますよ。そういう僕は、建築家ですし。」

「お互い、やっと本来の職に戻れた、という事か。」

「奥様もお元気ですか?」

「ああ、元気だ。半年前に子供が生まれたよ。」

「それはおめでとうございます!

 うちも三ヶ月前に子供が生まれましたよ。女の子でした。

 もう可愛くて可愛くて。」

 そういいながら、ハーラルトは嬉しそうに、携帯端末に入れた愛娘の写真を見せた。

 確かに可愛い。我が家は男児だったので、可愛さが少し違うし比べる訳に行かないが、我が家の愛息と張る。

「お前に似なくて良かったな。」

 厭味を言うと、ハーラルトは頷いて、「本当ですよ」と言った。

「子供の誕生祝に将軍の地位まで貰って、博士職に戻れて、お前も好きなことが出来ているようだし、まずは息災と言ったところか。」

「そうですね。」

 そこで、話が途切れた。

 暫く、沈黙が漂う。

 ハーラルトはただじっと、薄く微笑みを浮かべてスコイトワフを見つめていた。

 何をしに来たかは、語らずとも明確であろうから、スコイトワフも特別何も言わなかった。

 やがて、ハーラルトが姿勢を正した。

「残念ですが、調査の立会いは許可が下りません。」

「だろうな。」

「とは言え、マスコミすらあまり厳しく立ち入りを制限されていませんから、先程の位置から見物する事くらいは、何も言われないと思います。

 それと、少しの情報なら、出せます。」

「ほう?」

 それは意外だった。

 ユグシアなら、間違いなく報道規制をし、国主導の上で情報操作をする筈だ。

 エハイルバウンズの国柄なのか、どうなのか。

「各国の研究員の見解では、ガリバラか、トウワの東方に”トールの雷”が眠ると言われて来ました。

 が、実際叙事詩に基いた場所を掘り起こしても、何も出なかった。

 今回の発見は、豪雨による完全な偶然です。

 エハイルバウンズの研究機構からも、予想をしていた場所とかなり違うとの報告を受けました。」

「あの円筒が、”トールの雷”であると言い出したのは?」

「明確には解りませんが…、地元の住民が言ったのを、マスコミが流したと思っています。

 僕らもまだ調査序盤で、あの円筒の内側すら覗けていない。が、どうやら中は空洞、というか、隙間があるようなのです。

 本日のうちに足場が組み終わるので、入り込むための作業は明日になると思います。」

「現場監督は、お前じゃないのか?」

 スコイトワフが訊ねると、ハーラルトは苦笑して、

「僕は、ただの建築士ですから。

 監督には、アレフリド・オバンズが立っています。」

 と答えた。

 アレフリド・オバンズ。聞いた事はある。

 エハイルバウンズの貴族たちの中でも特に古い家の生まれで、王国騎士団の中央司令部に所属しており、三〇歳という若さで大隊長の任に就いた青年だ。

「そうか。では、暫く見物させて貰う事にするよ。

 荷物はここに置いておいて構わないか?」

「ええ、いいですよ。と言っても、保証は出来ません。」

 ハーラルトが踏ん反り返って笑った。

「いいさ。手が空けばいいんだ。大事なものも入ってないしな。」

 スコイトワフはそう言って、「ああ、財布は持たないとな」と言いカバンを開けると、ハーラルトが作業員に呼ばれた。

「バルリンゲンツ先生!」

「ああ、ごめん、今行くよ。

 では、僕はそろそろ戻りますので。何かあったら、その辺の者に声をかけてください。」

「すまんな、忙しいところ。」

「いえ。それでは。」

 そう言って、小走りでテントを後にするハーラルトに片手を挙げて挨拶し、スコイトワフはカバンから小さな機械を取り出し、腰を上げた。

 元いた場所より少しだけ人気の少ない場所に行き、谷を見下ろしながら、機械を隠し持った手を顎に当てて立つと、親指先で器用に機械を弄る。

 これは小型の通信機になっていて、半径一〇センチ以内の音声ならノイズ以外どんな物音も拾って送信する事が出来る。さらに、顎などの骨に近い体の部位に密着させる事で、特殊な振動を骨に伝え、それを音声として脳へ伝達する事が可能となっている。これは、ユグシア領土内で発掘された遺跡から出土した機械をユグシア国立研究所で解析、応用して作られたもので、他国は出土の事実も機械そのものについても知らない。

 軍での使用が利くため、国内でもデリケートに扱われている機械の一つだ。

 本来、エハイルバウンズは、国が認定した無線チャンネルでの通信しか認めない法律を持つため、こう言った機器すらこの国内では使用出来ない。

 しかし、認定されているチャンネルを使用すれば問題ない訳で、ユグシアは、エハイルバウンズの企業が国から認可を受けているチャンネル数個に対し、暗号化し、分散化させた音声データを無断で乗せ、最終的にユグシア国立研究所へ転送するという方法を用いて通信を可能にしている。

 分散化したデータ量は一つ辺りが一〇バイトと通常では通信データと気付かない程度で、経由しているチャンネル数が凡そ一〇〇〇前後である事から、本腰を入れて監視しなければそれとは気付かない。

 元より、エハイルバウンズも、無許可の通信に対して妨害をするのみで、認可されているチャンネルについては無監視状態に近かった。

 ユグシアやアルメリアなどの軍備に力を入れる国家からすれば、軍事に疎いとも言える。

 尤も…。

 エハイルバウンズは建国当初から、やむを得ぬ戦争こそすれ平和主義だった事、今の女王が即位して以降、永世中立宣言を模索している状況を考えると、当たり前と言えば当たり前でもある。

 などと考えていると、通信が繋がった。暗号化、分散化を細かく施すため、通信自体にはタイムラグが生じる。

「どうも。」

 スコイトワフの言葉に、通信相手が笑った。

『開口一番、それですか。』

「笑うなよ。他に言いようがないんだから。」

『すいません。で、何か収穫ありました?』

「全く。立ち合いはやはり出来ないな。忍び込むにも顔見知りがいて難しそうだ。

 何より土砂崩れが酷過ぎる。作業用の足場を組むのに一日かかるとさ。」

『そうですか。まぁ、予想通りですね。ほかには何か?』

「ちらっと、銀色の円筒が見える。恐らく、スレイプニウム製だろう。土砂と岩に埋もれているところに何があるかってとこだが、ただの円筒でもなさそうだ。

 現場を仕切ってる中に知り合いがいたんで…。」

『知り合い?』

「バルリンゲンツ。ああ、お前知らないんだっけ。名前もユグシアにいた時と違うからな。

 ハラート・マクシモヴィチ・バランニコフ。」

『ああ。バランニコフさん。ハイハイ。

 あ、そう言えば、ユグシアから移住した軍人さんが、エハイルバウンズで建築家やってるってのは聞いてたですよ。

 で?』

「そいつに少しだけ話を聞いた限り、円筒内部には空洞や隙間があるようだと言っていた。

 装置と言うより、”建造物”だろうな。」

『”遺構”だったと。』

「ああ、実際、装置だったとしてもここから動かすのは至難の業だろうがな。そういう意味じゃ、何が出ても”遺構”だろうが。」

『了解しました。上に伝えます。』

 その返事を聞いて、通信を切ろうとした時、

『あ、スコイトワフさん。』

 と相手が呼び止めた。

「ん?」

『お戻りになったら、殿下が登城しろと仰せです。』

 グレゴルがか。

「…学会の事か。」

『でしょう。殿下はご存知ないので…。』

「とばっちりは御免だなぁ。俺の所為じゃないぜ?」

『諦めて叱られて下さいよ。』

 相手が含み笑いをした。

「ったくしょうがないな…。

 取り合えず、明日また連絡を入れる。」

『了解です。』

 そう言って、相手が通信を切ったのと同時に、スコイトワフは溜め息を吐いた。

 グレゴル・アレクサンドロヴィチ・ユグストワフ殿下。現国王アレクサンドル・ダヴィードヴィチ・ユグストワフの一人息子で、余命幾許と噂されるアレクサンドル没後に即位する事ほぼ確実となっている男である。

 詰めが甘い優男。確か、エハイルバウンズのマルグリーテに一目惚れ中であったか。

 体裁ばかりを気にするので、此度の学会に於いても、ゲストとして呼ばれた以上、恥ずべき結果など言語道断と見送られた。が、結果は欠席である。

 別に賞が与えられる訳でもなし、どうという事はないのだが。

 器の小さい男だ。

 尤も、元より覚悟の上でもあったが。

「仕方ないか…。」

 スコイトワフはそう呟くと、もう一度溜め息を吐いた。

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