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雷雨のあとに 3

 遺跡調査研究機構による国際学会のため、トウワ入りしていたビル・ミッシェルの耳に、エハイルバウンズにて”トールの雷”発見の報が入ったのは、昼を大分過ぎた頃であった。

 急いで、席を置くアルメリア国立研究所に連絡を取ると、上司である所長自らが応答をし、エハイルバウンズへ向かうよう指示された。

 ビリーは学会へ連絡を入れた後、直ちにエハイルバウンズへ向かった。

 借りていたホテルや学会会場がトウワの東方であったため、”トールの雷”が発見されたエハイルバウンズのガリバラへは、列車で三時間も行けば辿り着ける距離だった。

 道中、すべき事の確認などで再び研究所に連絡を入れると、また所長が応答した。

「調査状況は、如何でしょう?」

『あまり情報は入って来ぬな。

 現地には例の”あやつ”が発掘の指揮を執っているというから、この後も期待は出来ん。』

「”彼”が? ”彼”は中央では?」

『そうだがな。どうやら、午前中に土砂崩れ復旧の立ち合いでガリバラへ向かうよう指令が出たらしい。』

「ああ…、なるほど。

 そういえば、”彼”の本職は”建築技術士”でしたね。

 とすると、”彼”がいるのは偶然ですか。」

『そうであろうな。

 ところで、ユグシアのスコイトワフも学会を欠席するらしいぞ。』

「ほほぅ。それはそれは。

 現地(ガリバラ)でお会い出来ますかな?」

『恐らくな。ユグシアについては、王権交代も間近のようだからな。』

「ユグストワフ国王のお体もそこまで宜しくないので?」

『そのようだな。偵察に入っている諜報部員からの報告では、そろそろ息子の即位に向けて動き出しているそうだ。

 手始めに、”求婚”だそうだがな。』

「それはそれは、せっかちな王子ですね。

 せっかちは嫌われますよ。

 特に”あの女王”が相手では…。」

『フ…。痴れた事よ。

 だが、息子は馬鹿だが周りは侮れぬからな。』

「あはは。そうですね。

 無暗に領土を広げようとだけ考えている訳ではなさそうですね。」

『恐らくはな。

 取り急ぎ、ガリバラ現地で出来得る限りの情報を集めよ。

 エハイルバウンズに入ってからは、迂闊に無線通信も出来んからな。』

「ああ、そうでしたね。無登録チャンネルの無線は総て妨害されるんでした。

 いつ戻れば宜しいですか?」

『二日三日では十分な調査も出来まい。

 二週間ほどの内に戻れ。』

「畏まりました。」

 プツと言って、無線が切れた。

 通信機器を片付け、椅子に凭れかかる。指定席の中でも比較的値段の張る席が取れたので、クッションは最高だった。

 一列シートの特等席で、通路とはカーテンで仕切れるし、窓も大きい。

 窓辺に頬杖を突くと、ふぅと溜め息を吐いた。

 トウワとエハイルバウンズの国境地域は渓谷になっており、トウワ側は乾いているが、エハイルバウンズに入れば緑豊かな風景になる。それまでは、茶の岩と砂を延々と眺める事になる。

 都心では機械が溢れているが、実情はこの辺りが最も真の姿に近い。

 仮初の振興国とでも言おうか。

 見栄を張った田舎者のような国なのだ。

 同時にそれは、自国アルメリアにも同じ事が言える。

 自身の出身地であるアルメリア北部も、こんな感じだ。人様の事は笑えぬ。

 狭い世界に、六つの国。

 素性の知れぬ隣人、否、自身の事すら身元も解らぬ人類は、ちょっとした飽和状態を迎えている。

 どの国も、表向きは友好的に隣人に笑うが、腹の底ではその土地を手にし、自国の国民を潤そうと画策している。

 その最も効率的、且つ端的な手段が、遺跡発掘とそれに伴う機械技術の独占だった。

「”トールの雷”…。」

 叙事詩における、雷神”トール”の放った稲妻。

 大地に深く突き刺さった”トールの雷”。遺跡のように、地中に眠る”エネルギー発生装置”。

 未だ原理も正体も不明である”ビフレスト”の発生を、理論的に発生させる事が可能になるのなら、この先機械技術は大幅に進歩するはずだ。

 侵略に必要な兵器の開発すら、他国を大きく突き放し、支配をより確実に行う事も夢ではなかろう。

 腹の内こそ明かさぬが、少なくとも我がアルメリアはそれを狙っていた。

 それが、六国のうち最も温和と言われるエハイルバウンズで発見された。

 今後は、この領土を奪うという目的に、方向転換していく事だろう。

 行き着く先は、戦争か…。

 恐らく、真っ先に動くのは、ユグシアであろう。現国王の病死か衰死が近いこの時、息子のグレゴル・ユグストワフの即位も近い。随分前から耳にする噂によると、グレゴルはエハイルバウンズのマルグリーテに一目もニ目も置いているのだとか。

「どう出る…、マルグリーテ陛下…?」

 いつだったか、数年前に、六国の王全員が一同に集まる会合が行われた。

 平和外交を主とし、不可侵条約などの締結へ向けての会合時で、遺跡調査なども絡むため、ビリーを始めとする遺跡調査を主だった研究とする研究員も何名か招待された。

 その時、ビリーはマルグリーテを間近で見ている。

 マルグリーテは美しかった。ただ美しいのではなく、内から沸き立つオーラの様な物が、既に他のどの人間とも違っていた。

 確かに、グレゴルの気持ちも解らないではない。

 だが、同時にその時、ビリーは見た。

 彼女の視線が、護衛役であるエハイルバウンズ騎士団長へ向けられた時にだけ、変わるのを。

「恋する乙女。」

 言葉にすれば安っぽいが、正にそうであった。

 彼女の心は揺るぐまい。だが、国と国との話となって、その意思を貫くかと言うと、彼女に限ってその様な選択はしまいとも思えた。

 窓の外は相変わらず乾いた土地の風景が流れて行く。つまらぬ旅だ。

 時計を見ると、ガリバラ到着まであと一時間ほどあったので、ビリーは眠る事にした。

 眠ると決めるとすぐに睡魔に襲われ、次の瞬間目が覚めた時には、あと五分ほどでガリバラに到着するところまで来ていた。

 そしてあっという間にガリバラ到着を告げる車内アナウンスが流れる。

 ビリーは荷物をまとめ、通路と席を隔てたカーテンを開けた。

 すると、ちょうど通路を見知った顔の男が通り過ぎて行った。

 その男は、ニ歩ほど歩いてはっと気付き、ビリーに振り返った。

「おや、あなたは。」

「お久しぶりです。スコイトワフ博士。

 今は、将軍とお呼びした方がよろしいですかな?」

 ビリーが厭味のように言うと、スコイトワフも含んだ笑いを浮かべて「止めて下さいよ」と言った。

「肩書きだけの参謀ですから。今まで通り、博士にしてください。

 やはり、アルメリアさんもガリバラ優先でしたか。」

「ええ、当然ですね。」

「トウワの…、カンザキ博士でしたっけ。あの方は学会優先のようでしたね。」

「あの方は、研究所の予算確保の方が優先なので。」

 ビリーの言葉に、スコイトワフが今度は何の含みもなく笑った。

「民間企業は大変ですな。」

「同意します。」

「現地までご一緒しませんか?」

「ええ、いいでしょう。是非。」

 そして、列車が止まった。

『終点、ガリバラ。ガリバラに到着でございます。

 列車の乗車券の他、パスポートのご用意もお忘れなくお願いいたします。』

 ホームに降り、改札へ向かう。

 ガリバラ駅はトウワとエハイルバウンズ国境に建っており、ホームはトウワ領土内、改札から先はエハイルバウンズ領土内となっている。

 列車を折り、乗車券と共にパスポートを掲示する事で、改札を出る事が可能となる。

 改札には数名の列がなっていたが、すぐに順番が回って来た。

 乗車券とパスポートを渡し、数点質問をされた後、無事に改札を通れた。

「さて、何せ現地は土砂崩れの被災地。

 交通手段もままなりません。手前の街まで車が出ているようですから、とりあえずそこまで行きますか。」

「そうですね。」

 スコイトワフの提言に、ビリーも頷いた。

 車を拾い、街まで凡そ三〇分の道程を走る。

 トウワとは違い、緑の生い茂る風景は、見ていても飽きない。

 道は整備されているからか、余り崩れてはいなかった。

 ビリーが運転手に尋ねると、

「この辺りは、雨が弱かったんですよ。トウワの端も乾いてたでしょ?

 ちょうどこれから行く街の先から、集中豪雨でね。」

「そうだったんですね。でもトウワでも豪雨があったようですけど。被害映像が流れていましたね。」

「トウワの豪雨は、もう少し北の方だったらしいですね。」

「なるほど。」

 ビリーと運転手の会話が途切れると、スコイトワフが口を開いた。

「復旧具合はどうですか?」

「全然進んでないみたいだよ。

 おまけに遺構まで発掘されちゃったでしょ?

 余計進まないと思うよ。」

 運転手の何気ない言葉に、ビリーとスコイトワフが怪訝な顔をした。

「”遺構”…?」

「おや、ああ、そうか、ニュースでは流れてないんだったかな。

 土砂崩れのあった谷底で見付かったのは、でかい建築物らしいんだよ。」

「”異物”ではないんですか?」

 研究者はみな、一様に”トールの雷”を”物”だとして疑わなかった。

「建物らしいよ。だから、取り出す事も出来ないし、埋める事も出来ないしで、始末に困ってたっけなぁ。」

「……。」

 二人はその後、現地へ到着するまでの間、呆然と運転手の言葉を反芻していた。

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