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 第7話   挨拶


 それから何をするでも無くぼんやりと座っていた僕と、置物のように静かに動きを見せないマンジおじさんと二人、其の部屋でマルスさんを待っていると、再び扉の開く音が響き、釣られて視線をそちらに向けてみれば、そこに立っていたのは知らないおじさんだった。

 その人はキョロキョロと辺りを見回し、僕と目が会うとにやりと獰猛な笑みを浮かべた。


「はじめまして、坊ちゃん。聞きたいんだが、坊ちゃん達が、マルスに拾われた二人でいいんだよな?」


 其の声に楽しそうな感じが含まれていて、何だろう?とは思ったものの僕はコクコクと頷いた。

 それを見た目の前のおじさんは、笑みを深くすると、視線をマンジおじさんへと向けた。あいかわらず置物のまま。なので、視線を戻してみると、おじさんが何故かうんうんと言いながら頷いていた。


「なぁ、坊ちゃん。確かそっちの兄さんは言葉がつうじねぇんだよな? だったらちょっと聞いてくれねぇか? 退屈しのぎにちょっと外で手合わせでもしねぇかって」


 手合わせ?握手だろうか?でもここから出られないし、ここじゃだめなのかな?と思いつつも、伝えるだけ伝えてみようかと視線をマンジおじさんに向けると、何故か溜息を吐かれた。

何でそんな態度をとられないといけないのかと、僕が少しぷりぷりし始めると


『なぁ、坊主。なんでそこのおっさんはやる気出してんだ?俺になんか用でもあんのか?』


 と口にした。よくわからないけど、あの溜息はそんな理由だったみたいで、とりあえず先ほど伝えてくれと言われたことをそのまま伝えた。


『手合わせ、ね』


「ここじゃだめなの?」


『まぁ、ここじゃねぇほうがいいだろうな。ここじゃ狭ぇだろう?』


「握手するだけ、だよね?」


 と、そんなことを聞いてみたら、何故か急に二人が静かになり、次いで同時に大笑いを始めた。

 えっ?あれっ?何か違うの? あれ、なんだろう、ちょっと恥ずかしい気持ちになってきた。

 そんな風に遣る瀬無くオロオロしていた僕を他所に、二人は笑いを納めると其の距離を詰め、言葉が通じるでもないはずなのに、二人同時に手を差し出しあっていた。

 それこそ、握手でもするように。


「いやはや、こんな形に収まるとはな。だが、これはこれでいいか」


『底抜けというか、世間知らずっつうか。だが、大きな騒ぎになるよりはいいか』


 そうして其の手が握り合った瞬間。先ほどまでの笑顔とはまた違う、何処か凄みのある笑顔で二人は其の手を握り合っていた。

 そこには、さきほどの大笑いのときののんびりとした雰囲気はなく、何処か張り詰めたような物が見え、どうしよう、これは止めるべきなのかそれともいやでも笑って、違うあれは顔だけだけど、そもそも僕で止められるのかとおろおろまごまごしていると、


「―――何をやっているんだ…オルド。マンジ…は言葉が通じないか」


 そんな呆れた声とともに、マルスさんが現われた。現われてくださった。

 それに気がついた二人は、水が差されたとでもいうように、それでも何処か楽しそうな笑みを一度浮かべると、ぱっと手を離し、次いで距離をとるように離れた。


「よう、マルス。話には聞いたが、あの男はおもしろそうじゃねぇか?どうだ、そこの坊主と一緒に家によこさねぇか?」


 なんですとぉ?と僕がそのオルドとよばれたおじさんを見上げると、それに気がついてかにっこりと、それもどこかニヤリというほうが似合う、少し背筋の冷える野生的な笑みを此方によこし、それから再び視線をマルスさんに戻す。

 まさかそれは無いですよねっ、とふつふつと湧き上がる、まるで親に捨てられた小動物が抱くような涙の衝動を堪えつつ、マルスさんの表情を伺うと、それはとても白い眼で其のおじさんを射竦めていた。


「オルド、お前は明日からまた東征だろう。未だ夜盗は消えていないというじゃないか。そんなやつが何をいっているんだ…」


「あ?まぁいいじゃねぇか。だったら一緒に連れてけば」


「お前は……駄目だ。この三人には聞かなければならんことが多い。俺が預かる。わかったらさっさと戻って明日の準備でもしてこい」


「準備っつっても、俺らは取り合えず戻ってきただけだからな。そのままとんぼ返りってなだけだ。それ程時間はかからねぇよ。な、だからそれまでの退屈しのぎに、そこの兄ちゃんを少し貸してくんねぇか?」


「断る。おい、行くぞヤト。マンジにも伝えてくれ」


 そういい、さっさと退出していくマルスさんに、あわあわとした僕はマンジさんに声を掛け、一度ぺこりとオルドさんに頭を下げるとマルスさんの背中を追いかけて駆け出した。





 外に出てみると、もうすぐ日が暮れるという空に、今日はいろいろあって疲れたなぁと、背伸びをしながら考えて、そういえばエリーセさんはどうなったんだろうときょろきょろ周囲を見回してみる。


「ん?どうした?」


 というマルスさんの声に、エリーセさんは?と聞いてみる。どうも女性と言うことで、生活する上でのあれこれと色々考慮しなければいけないことも多いらしく、その辺の準備のために少し時間が掛かるだろうとのこと。それで今は副長と呼ばれていたあの人が、商人さんと手続きを行っており、その書類が出来次第ここに連れて来る、ということらしい。それまではこの場で待機。


「今日から四人生活、か。なんだか急に騒がしくなったな」


 今までも色々と問題だらけだといっていたが、そこにもう一人、エリーセさんも加わることになり、マルスさんはここに来たときよりもよりいっそう疲れたような表情をうかべていた。


「あの、その、ごめんなさい…」


 それに居た堪れなくなった僕が、そう呟くと。それでも疲れた顔に笑みをのせ、僕の頭をぐりぐりと撫で始めた。


「お前が気にすることじゃない。これはきっと……誰かの、何かの…いや、ただの巡りあわせって奴だ。どうにも俺には、生まれたときからこんな事が多くてな。だからこれはきっと俺の体質のせいさ。お前が悪いわけじゃない」


 そういい、未だぐりぐりと揺れる頭に、後ろから掛けられた声が届く。

 振り向くとそこには二つの人影。


 一人は副長と呼ばれているあの人。

 もう一人は、これから共に過ごす、髪の長い女性。






 相変わらず何度見ても慣れそうに無い大きさを誇るマルスさんの家に辿り着くと、やはり少し萎縮してしまい、戸惑い気味の僕と、同じように所在なげにちらちらとこちらを見るマンジおじさんを他所に、家主のマルスさんと、其の後に平然と着いて歩いて其の門扉を潜るエリーセさんに、怪訝そうな視線を向けられて、半ば強引に腕を引かれての帰宅となった。


「まったく、何時になったら慣れるんだ…。まぁいい、今は疲れている。先に飯の準備をしよう。このなかで料理をしたことの無い奴はいるか?」


 マルスさんの其の言葉に、手が三つ挙がる。それに愕然とした表情を浮かべて肩を落とし膝から崩れ落ちたマルスさんは、今日はもう立ち上がることも出来そうにない程弱々しく見えた。

 あ、立った。


「……明日からは、料理ができる奴を寄越してもらうことにする。今日は俺ももう気力が湧かん。適当なものを買ってくる。しばらく待ってろ」


 そう言い残して去っていくマルスさん。ごめんなさい。本当にごめんなさい。





 帰ってきたマルスさんとともに、並べられた物に各々の食指が伸びては消え、伸びては消える其の時間が終わると、居間へと促される。


「さて…ヤト、すまんが彼女に言葉をわかるように、と頼んでくれるか?」


 こくりと頷いてそれをエリーセさんに告げると、ひとつ頷いた後に其の手が赤く瞬く。


「これでいい?」


「助かる。……それは、あの男にも、同じようにすることができるか?」


 そう言ったマルスさんの指が指し示した先は、マンジおじさん。

 エリーセさんは少し考えた素振りのを見せた後、僕に右手を上げる様に伝えて、と言った。

 それを僕が伝えると、おっかなびっくりという挙動でマンジおじさんが右手を差し出す。

 それに重ねられたエリーセさんの手を見て、マンジさんがおろおろしつつも何処か嬉しそうな顔をしていると、また赤い光が瞬く。


「魔力は、通るようね。成功かしら?」


「……わか、る。なんだあの光?妖力の類か?」


「私のところでは魔法、と呼ばれていたわ。まぁ、ここでは其の名に意味はないでしょうね。不思議な力という認識で、名前は何だっていいでしょう」


 それからマンジおじさんはすっと表情を改めると、不意にマルスさんに頭を下げた。


「言葉が通じないとはいえ、今までの礼がまだだった。助けていただいて感謝いたす。我が名は佐野 万次郎。倭国が浪人。礼の遅れ、どうかお赦しを」


 その変貌ぶりに、僕がついていけずびっくりし、それを向けられた先のマルスさんへと視線を戻す。すると此方も居住まいを正し、表情を改めると口を開く。


「此方こそ、急な願いをお聞き入れされし礼、未だせずに申し訳ない。私の名はマルセイルス・レント・メンシオール。ネスカ王国ラ・エクセ砦軍第一隊隊長。今後もどうか私に助力を」


 どこか緊張を要する其の遣り取りに、僕はどうしたらいいのかわからずきょろきょろと視線を左右させると、そこに小さな溜息が聞こえ、縋る様にそちらへと視線を向けると


「我、サンリオの魔女にしてサンリオが王の末姫。名をエルシオーヌ・ミスト・サンクレイム。未だ一人では何も出来ぬ身。望めるのなら友好的な関係を」


 そう口上を述べたエリーセさんも、一糸乱れぬ不動の姿勢。


 何故か追い詰められたという感じがした。僕だけが一人場違いな、異物でもあるかのような。

 それはただの僕の勘違いだろうというのは頭の片隅にあるけれど、しかし。何かを言うべきだ、しかし何を言えばいいのか、それが出来ないのならやはり僕はこの場では。

 そんな焦燥の念に、逸る思いを押さえつけて先ほどまでの遣り取りを必死に整理する。


「あ、あのっ!その、僕は、ヤト、と言います。その、ありがとう、ございます……」


 しかし、いざそれを口にしてみても、やはりそれが場違いでしかないように聞こえ、次第に尻すぼみになる其の言葉に、やはり何の反応もなかった。

 やはりという思いに、涙が浮かびそうになり、俯く僕の頭に大きな手が乗せられた。


「気にするな。初めてだったんだろう? その内にでも覚えればいい。慣れればいいだけだ。急ぐ必要もない。それよりも、よくあそこでこの流れに着いていこうとしたもんだと、褒めたいくらいだ」


 そうの言葉に顔を上げると、マルスさんの笑顔がそこにはあった。それに嬉しくなり、それでも未だ胸に燻る物に、言葉を紡ぐことができず、僕は只頷くことしかできなかった。


「すまんな、坊主。いきなり硬っ苦しい空気にしちまって。だが、俺もけじめだけはどうしてもつけとかねぇと座りがわりいんだ。勘弁してくれ」


 其の声に視線を移すと、困ったような笑顔のマンジおじさんの顔が見えた。其の表情は何時ものように、見守るような優しげな眼を見せ、それに安心したのか僕も自然に頷いていた。


「そうね、少年ヤト。私はあなたにもこれ以上ない程に感謝しています。出来るならば、これからも仲良くしましょう」


 微笑を浮かべ、慈しむ様な其のまなざしは、どこかくすぐったく、それでも何故か今日であったばかりであることが嘘のように、何処か懐かしく感じられた。

 それと同時、僕の胸に沸き起こる感情。

 それがまるで出口を求めるように、外に出たいとせっつく様に。それに押されるように口からこぼれた其の言葉は


「はい!これからもよろしくお願いします!」


 元気な、明るい声となり、その場へと大きく響き。


 これから先もきっと楽しい日々が送れるだろうと、僕は嬉しそうに笑顔を浮かべた。







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