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 第5話   対面


「隊長、議事進行に主要人物が揃ったそう、で? あの、どうしたんですか?疲れた顔をなさってるようですが?」


「聞くな……。それで副長、俺の問題以外にも何かありそうか?」


「それが、同じような話題がちらほら」


「同じような?」


 二人並び歩きながら、俺は首を傾げた。そもそも自分がキシム山方面へと出向いたのには、其の周辺で山賊によると思しき人為的な作物被害による形跡の調査であった。結果的には山賊などの類ではなく悪ガキ共の悪行であったことが判明したという結果ではあったのだが。

 其の帰り道が逆に問題だらけだった。

 ふと目に付いた物が気になり、隊を先に行かせてそれが何かと近づいてみると、山の民と思しき少年が倒れていた。

 それも、一人で、だ。周辺には何もなく、旅の途中という装いでもない。たしかにキシム山まではこの少年の徒歩でも一日でいけるかどうかという距離ではあろうが、だとしても何故こんな所に一人で居るのだろうか?

 それから目覚めた少年との会話も、ちぐはぐなところが目立つものの、それ以上にありえない言葉を口にした。


 そう、あの少年は『ロスト』と言った。

 今ではそれを知る者は数少ない。嘗ては栄光を意味するように、夢を追うように口々に語られた時代も有ったという。

 しかし、何時しかそれは、違う形へとなり、一つの時代を迎える為の鍵となった。


 大陸を二分し、それについての情報を巡る、乱世へと。

 醜い時代だと誰もが口にし、そして其の口火を切ったかの国は、今はもう歴史にしか名を残していない。

 再びそれを繰り返さないようにと、それから先『ロスト』という名は廃れ、それが何を意味するものであるかということを知る者も減り、いつしか人々はそれすらも忘れて。そうして今の暮らしを送っている。

 嘗ての戦乱を起こしたその王は、戦に狂った愚王であったために引き起こされたのだと、そのように過去に蓋をして。




 そして、もう一人。

 誰も知らない国の名を口にし、此方の国の名を知らぬといい、何処の物かわからぬ言語を話す、不可思議な男。

 佇まいから武に何かしらの素養がありそうだと思ってはいたが、帰途の道中見せられたそれは、そんな言葉で済ませられる物ではなかった。


 道中、野営をした時に猪に出くわした。

 それに眼を輝かせたあの男は、背に手を突っ込むや、奇妙な形の剣を其の手に持っていた。

 それから少年に一言声を掛けると、物凄い勢いで猪目指して走っていった。

 少年に、あの男は何と言っていたのかいいてみたら、今日はシシナベだといったそうだ。

 シシナベ?なんだろうそれは?そう思ったとき、重い足取りに顔を上げると、左手に先ほど見かけたと思われる猪を引き摺っていた。

 満面の笑みでそれをこちらに向けた時、其の背後から聞こえるもう一つの足音に、其の顔が切り替わる。鋭い、打って変わって冷たく、恐ろしいと思わず思えるものへ。

 それから振り向くと同時、其の男は駆け出した。姿勢を低く、其の手にもつ剣も地を這うように。

猛る猪とぶつかると思った其の男は、其の横をすれ違い様に体を伸び上がらせ。

 そして気がついてみると、猪の頭がごろしと落ちていた。

 悔しいが、あの動きを眼で追えていなかった。それだけでも悔しいが、試しにと自分の剣を引き摺ってこられたもう一頭の猪の首目掛け落としてみたが。断ち切ることができなかった。



「隊長、たーいちょー?どーしたんですか?さっきから?」


 気がつくと自分は考えこんで居たのか、家から出て数歩の所に未だ立ち尽くしていた。

 少し考え事だ、と口にし、そういえば何か聞いていた途中だったかと思い至ると、先ほどの続きを副長に促した。


「はぁ。大丈夫なんですか?調子悪いようでしたら、報告は自分が致しますが?」


「いや。あの二人の今後のこともある。俺がいったほうがいいだろう。それで、先程の続きを聞かせて貰えるか?同じような、といっていたが」


 その言葉と共に歩き出すと、数瞬送れて付き従う足音も聞こえ始める。


「あ、はい。それなんですが。東のほうにいった、第二隊のガークと行き会いまして。その時聞いたんですけど」


「ガーク?あぁ、オルドのとこの副長か」


「はい。どうもそちらでも、その、理解の出来ない言葉を話す者に出会ったと」


 其の言葉に、再び足が止まった。頭の中、思考がぐるぐるとうずまくのを感じる。

 

 何が起きているのか?

 何かが起ころうとしているのか?

 何故今このときにそんなことが?

 他にも何処かで同じことが?


 それと同時、ふと浮かんだのは『ロスト』という言葉。


 何故こんなにも都合良く、としか言えないようなまるで示し合わせたように不可解な現象と同時に其の言葉を聞くこととなったのか。

 無関係なのであろうか?

 いや無関係であるほうがおかしい。

 しかし、無関係であって、欲しい。 


 渦巻く思考を一旦落ち着け、それでもゆっくりと歩き出す。


「それで、オルドはその人物をどうしたんだ?まさかその場でさよならってことは、なかったんだろう?」


「はい、議場に招聘されている、とのことです」


「そうか。すくなくとも、家にいる片方よりは、色々と物分りのいい協力的な人物みたいだな」


「マンジ殿、でしたか」


 一人の人物の名前と共に、二人同時苦笑が浮かぶ。そこで、ふと、唐突にとしかいえないある疑問が浮かび上がった。


「そういえば、あいつも俺らにはわからない言葉を話していたよな?」


「えぇ、あの少年、ヤト、でしたか。彼が居なけれ、ば?」


 そこで二人は顔を見合わせ、再び来た道を振り返る。


「副長。スマンが先に向かって少し遅れる旨伝えてくれ。なるべく急ぐ」


「解りました。それでは議場にてお待ちいたします」


「あぁ、それと、できればでいい。そのオルドが連れて来たという人物に、議場の外で待たせておいて貰いたい」


「外、ですか?」


「できれば、でいい。先にヤトとマンジに会わせてみたい」


「解りました。始まる前に間に合いそうでしたら、その旨伝えておきます」


 それでは、と駆け出す副長を見送ると、マルスは来た道を駆け戻り始めた。

 言葉が通じる可能性はどのくらいであろうか?そんな事を考えつつも、どこかでヤトと呼ばれるあの少年なら、あの時と同じように少し首をかしげながら「解りますよ?」というのではないかと期待して、さてどう説明して連れ出そうかと、マルスは痛む頭を押さえながら、近づきつつある我が家の姿に溜息を零した。








「さあ、気にしないでいい、今はできるだけ急ぎたい」


 其の言葉と、早く乗れといわんばかりに向けられる背中に、僕は酷く落ち着かないで居た。



 マルスさんが出かけて暫くすると、大音声と共に開け放たれた扉の音に、何事かとマンジおじさんと二人、そろーりと顔を出してみると、余程急いできたのか少し荒い息をしたマルスさんが此方を見て、「二人とも一緒に来てくれ」と言った。

 それに僕とマンジおじさんは顔を見合わせた後、コクコクと頷くと、出来るだけ急ぎたいと言われた。

 それならばとマンジおじさんが

 『よし、坊主俺が』と言った瞬間、僕は「がんばって走ります」とマルスさんに答えた。

 その間、大人な二人の間に、何かしら眼での遣り取りがあった様だが、行われたのが僕の頭より高いところでのことのためか、僕はそれに気がつかなかった。


 走り始めてどれくらいであろうか、マルスさんの家が見えなくなった辺りまで来た時。流石に大人と子供の体格の差からか、あきらかに僕は遅れていた。それを確認し、振り向いたマルスさんはこちらへと戻りその場にしゃがむと、俺の背に乗れと言い出した。


「気にする必要はないんだ。此方の都合ですまんが、俺がだめならマンジの背中―――」


 其の言葉に僕の体は反射的に動いていた。今までの葛藤やら抵抗やらが嘘のように。


「よし、走るぞ」


 という言葉と共に、立ち上がったマルスさんはチラリと一度振り向くと、悲しげな視線を浮かべた後、しかし口を開くことはせず、再び前へと向き直り走り始めた。それに続いて聞こえてくる足音は、先ほどのマルスさんが浮かべた視線よりも、数段悲しげな響きに聞こえる、なんとも弱弱しい足音であった。





「隊長!議事はもう始まってます。急いでください」


 聞き覚えのある声に、顔を上げるとやはり見たことのある人が此方へと手を振っていた。あの人は確か副長と呼ばれていた人だと思う。

 マルスさんは僕を背からおろすと、副長の下へと進み、何か尋ねるように話しかけていた。

 二言三言の遣り取りが終わると、二人で此方へと振り返る。


「通じますかね?」


「そればっかりは、実際会って話てみないとわからんだろうな。二人とも、着いて来てくれ」


 そう言ってマルスさんと副長が向かった先は、先日教えて貰ったばかりの、このエクセと呼ばれる街の要所といわれていた、あの大きな砦、という建物。物物しい外見に、近づけば近づくほど広大に見える作りのそれは、脚を踏み入れるのすらためらわれるほどに威圧的に感じた。

 早くしてくれという言葉に視線を戻すと、もう結構な距離を歩き進んでいたマルスさんが此方へと振り返っていた。


『行こうぜ坊主。なに、坊主に何かありそうだったら俺が守ってやるよ。さながら俺は用心棒ってとこだな』


 そう背を叩きながら笑いかけてきたマンジおじさんに、僕の不安も幾分か薄らいだ。それが表情にも出ていたのか、マンジさんは頷くと僕の隣を腕組みしながら歩き始めた。





 階段を上り、暫く廊下を歩いていると、異様に大きな扉があった。そして其の扉の前には、この街に入るときにみたように、二人の人影がたっている。

 マルスさんが二人に声をかけると、片方の人が斜め奥のほうを指差した。

 視線でそれを追ってみても、特になにもわからなかった。廊下がそちらに続いているように見えたけど、そっちに行くのかな?


「さて。そういえばまだ説明してなかったな。実は、なんというか、な。別なところでも問題があったんだが…。もう一人、何を言っているかわからない奴が居たそうなんだ。ネスカの言葉とも、ローエムの物とも違う、まるで解らない言葉を話すそうで、な」


 それで僕達が連れてこられたということらしかった。確かにマンジさんの言葉は僕しかわからないようだし、そうなると僕達ならわかるかもしれない、と思ったのだろう。

 成程と頷きながら、その内容をマンジさんに話してみると、驚くほどにうかれた。えらくはしゃいだ。

 その狂い様をマルスさんがなんとか宥め、先ほど示されたほうへと進んでいく。


 こじんまりとはしてはいたが、あきらかに厳重な、という扉の前でマルスさんが脚を止めた。

 そして、其の中へと脚を踏み入れると、そこには二人の人影が在った。


「久しぶりだな、ガーク。元気そうでなによりだ。それで、そちらが?」


「お久しぶりです、マルス隊長。えぇ、此方の方がそうです。その、大丈夫でしょうか?」


「まぁ、心配はいらないだろう。後は俺に任せて貰っていい。お前もオルドのところに戻っていいぞ」


 マルスさんの言葉に、解りやすい程安堵の息を吐いたガークさんと言う人は、ちらりと此方を見た後、「それでは」という言葉とともに部屋の中から消えていった。


 残されたのは、僕とマルスさんとマンジおじさん。

 そして、目の前で未だ微動だにしない、髪の長い女性の四人だけとなった。


「さて、まずはどうしたものかな。言葉が通じないってんじゃはじまらんし…」


『おう、嬢ちゃん。俺の言葉は解るか?』


「あの、どうしましょうか?」


 てんでばらばらに零された言葉に、三人は同時顔を見合わせる。

 その後、マルスさんは顔を手で覆い、マンジさんは罰が悪そうに下を向き、僕は。


 その女性がこちらを驚きの目で見ている光景に、視線を動かすことが出来ず、固まっていた。


 



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