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 第3話   転がり始めた物語

「あいつか?」


 その言葉に続いて、漸く収まった揺れに安堵の息を零した僕の耳に、やかましく騒ぎ立てる声が飛び込んできた。痛む頭を手で抑え、ゆっくりと声の聞こえるほうへ顔を向けると、数人の人影に囲まれるように佇む一人の男が見えた。

 

「はい、先ほどからあの通りでして。動く気配が無いのはいいんですが、言葉が通じないので、どうにも」


「ネスカの言葉ではない、な。ならローエムか?」


「ローエムの言葉なら私も多少はわかるのですが、それとも全く違うのです」


「そーなると…言葉での交流は、流石に厳しいかもしれんな」


 そんな遣り取りを頭上で交わす傍ら、僕は首を傾げていた。


「あの、えっと、あの人ですけど。『腹が減った』と先ほどから言ってるだけみたいですよ?」


「「言葉がわかるのか?」」


 驚きの表情と共に此方へと向けられる視線に、それでも肯定を示すように頷いてみせると、二人は顔を見合わせた後、またこちらへと視線を戻した。


「すまんが、俺にはあの男の言葉がわからん。一緒に来てくれるか?」


「えぇ。構いません」


 それを聞き、馬から降りると僕を抱え上げ地面へと下ろし、これを持っててくれと食べ物と水の入ってるであろう水瓶を此方へ向ける。それを僕が受け取ったのを確認すると、腰にある剣の柄を、それが其処に在るということを確かめるように一度握り、それから行こうかという言葉と共に歩き始めた。




『…へぇ、少しはマトモそうなのが来たな。っと飯付きとはうれしいね』


 此方に視線を向けたその男は、僕達を見るなり先ほどとは打って変わった落ち着いた態度を見せ、その変化に戸惑っていた周囲の人影は、戸惑った気配を放ちつつも、男の視線を追って納得したように落ち着きを見せ始める。


「楽にしていい」


 そのお言葉と同時、周囲に張り詰めていた空気が緩むのを感じる。


『どうやら大将のおでましってか?しっかし、物物しいね。言葉が通じないってのはこういうもんか』


「…何を言ってるのか、さっぱりわからんな。本当にわかるのか?」


「え?あ、はい。大将のおでましだとか。言葉が通じないからどうしようとか」


 そんな遣り取りをしつつ、僕の言葉は通じるのかな?等と思いながら、眼の動きだけでこれをあの人にあげていいんですよね?と訪ねる。すぐに頷きが返ってきたことに僕はとてとてと歩き、目の前の男の人の居るほうへ歩き始める。


『ありがとよ、坊主。いや、久しぶりの飯だな。見たことねぇもんばっかだけど、大丈夫だろうなこれ』


「うん、えっと、これとかおいしいよ。あ、あとこれ水だから。どうぞ」


 僕の言葉に、目の前の男はびくりと肩を震わせた。


『おぉぉっ!坊主!おめぇ、俺の言葉が解るのか!?てか、坊主の言葉も解る!?何だこれ!?いや嬉しいんだけどよ。おいおいおい、いややっと開放されそうだぞこんちきしょう!』


 あまりの変わり身に僕が唖然としていると、周囲の気配が一斉に動くのが解った。

 そういえば、周りの人達に取ってはこの男の人は何処の言葉か解らない言葉を放つ、謎だらけの人物なわけで。その人物が一転これほどまでに急激な変化を見せ騒ぎ立てると同時動きを見せれば警戒してもおかしくはないだろうと思っていると、その気配も一つの足音の近づきと共に落ち着き始めていくのを感じた。


「成程、俺にはさっぱりわからんな。少年にはこの言葉がわかるのか?」


 振り向いた先には困惑顔のままに此方へと歩み始める、隊長と呼ばれていたあの人がいた。


「はい。僕も何でかはわからないですけど……こんちきしょうってなんでしょう?」


「まぁ……それは今考えないでおこう。それより、この状況をどうにかしないとな。俺の言葉をその男に伝えてくれ」


 こくりと頷く僕の後ろからは、ガツガツという音が似合うような勢いで、僕が先ほど迄持っていた物を平らげていっているであろう音が聞こえてはじめる。


「まずは、そうだな。何処の国の者で、何故ここに居るか聞いてくれ」


「はい」


 そうして、奇妙な形の三者による遣り取りが始まった。




『俺の国?俺が居たのは倭国ってとこだが。ここはどうも違うよな?何処だここは?』


「倭国という国から来たそうです。ここは何処だって聞いてます」


「倭国?聞いたことないな……。どこかの村の名前か?」


「あのー、倭国というのは何処かの国にある村の名前ですか?」


『おいおい坊主、倭国ってのは国の名前だ。もう何百という年月も経ってんだ。倭国をしらねぇのか?』


「国だそうですよ?何百年と前からあるそうです」


「…聞いたことがないな。なら、ネスカ王国を知っているか聞いてみてくれ。この大陸の者ならネスカ王国の名は聞いたことが無いわけは無いからな」


「ネスカ王国って聞いたことありますか?」


『なんだって?ネスカ?聞いたこともねぇな。何だ、それがここの国の名か?』


「無いそうですよ?」


「どういうことなんだこれは……なら、何故ここにいるのか聞いてみてくれ」


「はい、えっと、どうして個々に居たんですか?」


『それなんだけどな、坊主。俺にもさっぱりなんだよ。確か、俺は自分の家で寝てたはずなんだ……なんだが、眼が覚めてみりゃこんなとこに居たわけよ。さっぱりわからんままに呆然として、気が付いたら囲まれてたわけだ』


 何だろう、どこか似たような話を聞いた感じがするけど、とにかくそれをそのまま伝えてみると、またかと言いたげな視線を向けられた。


『とりあえず、坊主。この周りの煩わしい奴らをどうにかさせてくれねぇか?なんとも気分のいいもんじゃねえからな』


 一つ頷いてそれを伝えると、考えるように視線を動かした後、それでもその言葉通りにしてくれた。


「さて、そうなると、この男も当ての無い身ということになるのか。その上、言葉も通じないとなると……下手にうろつかれると問題が増えるということか…はぁ、わかった。これも何かの縁だろう。この男も俺の家に連れて行こう。今日は色々ありすぎて疲れた。帰ってゆっくりしてからまた整理しよう。とりあえず、俺の家にて続きを話そうと伝えてくれ」


「えーと、この人の家で続きを話そうってことだけど。おじさんもそれでいい?」


『おじさん、か。まぁ、坊主から見ればそんなもんか。俺は何処でもいいんだが、言葉がな。坊主も一緒か?』


「うん、僕も行く宛てがなくて。この人のお世話になることになったんだ」


『へぇ、何だいい奴じゃねぇか。まぁ、それなら俺も安心できるな。あぁそうだ。俺の名前はマンジロウってんだけど、坊主の名前は?』


「マン、ジューオゥー?」


『マンジロウ、だ。むずかしいか? まぁ、俺はマンジ、マンジってよばれてっから、その方が呼びやすかったらそれでいいぜ』


「マン、ジ? うん、こっちのほうが呼びやすいね。よろしく、マンジおじさん」


『…おじさんは付けなくていいぞ?マンジ、でいいぞ?マンジさんでもいいぞ?で、坊主の名前は?』


「さっきから、何を話してるんだ?」


「あ、うん、名前教えてって話してて。あ、このおじさんの名前はマンジさん、というそうです」


「そうか、そういえば名を名乗ってなかったか。俺の名前も教えておこう。そうだな、マルスと呼べばいい。本当はもっと長ったらしいんだが、覚えやすいほうがいいだろう。で、少年の名は?」


「マルス、さん。うん、覚えた。マンジさんに、マルスさん。うん。あ、僕の名前だね。僕の名前はヤトです。これからもよろしくおねがいします」


 そういい、頭を下げた僕の耳には、二人から同時に了承と、同じようによろしくという言葉が聞こえてきた。その声に嬉しくなり綻んだ顔を上げたときには、同じような笑顔を浮かべたマンジおじさんの顔と、少し困ったような笑顔を浮かべたマルスさんの顔がこちらに向けられていた。

 では帰ろうか、という言葉と共に、慌しく動き始める周囲の光景を他所に、僕は先ほど迄の何も知らず只戸惑うばかりだった自分が嘘のように、其処に在るということに馴染み始めていることに何処か困惑しつつも、再び馬上から差し出された手を見て嬉しさが込上げてくるのを感じ、とりあえず今はそれ以上考えないようにしようと、一つ頷くとその手を取った。

 

 後ろのほうで『俺はどうすんの?歩くの?』という声が聞こえてきた気がするけど、その言葉を理解できる者は一人しかおらず。結局それに僕が気がついたのは全ての準備が終わった後、それでは行こうかという時で。


「ごめんなさい、マンジおじさん。うかれてて気がつかなかった」


『……もう、いいよ。歩くよ……』


 申し訳ない思いであやまりつつも、肩を落として歩くマンジおじさんの背中をみると、何処か暗い何かを背負って歩くように見えはしたものの、その力強い足取りで歩む其の姿が様になって見えた僕は、問題ないのかなと思い、それ以上は何も言わないでおいた。








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