第14話 旅立ち
話し合いから二日。出立の認可が取れるまでの間、僕達は旅の準備を始め、この世界についてマルスさんに説明を受けたり、またエリーセさんの魔法、マンジおじさんの腕を見せて貰ったりと、其々に情報を交換しあいながら有意義な時間を過ごしていた。
その日も庭先にてマンジさんの鍛錬を僕はぼーっと見ていると
「マルセイルス・レント・メンシオール様宛の書簡をお預かりしております」
と、そんな言葉が聞こえ、僕は何だろう?とそちらを向くと、マンジおじさんが「旦那を呼んでくればいい」と言ったのでそれに頷き、呼んできますので少しお待ちくださいと言い残してから家の中へと脚を運ぶ。
マルスさんはその人から何かを受け取って、それを眺めて複雑な顔をした。
手に持つそれを開け広げ、何かを眺めると更に複雑な顔になる。何だろう?と近寄ってみても、それにすら気がついていないようで。暫くそれが続いたと思うと、漸く僕に気がついて、「状況が変わった。少し話がある」と僕とマンジおじさんを家の中へと促した。
「明日から王都へ向かう。急な話ですまんが、準備をしてくれ」
そう言うや、引継ぎをどうするか? 西南方面の巡回準備は、等ぶつぶつ呟き、呆気に取られたままの僕達は丸で視界に入っていないかのようにすたすたと歩き、玄関の閉まる音を残して消えてしまった。
良くわからないままに、それでも明日にはということなので、それぞれに自分の荷物をまとめ、それから野営に使う物やら食料やらをまとめていく。
準備が終わり、とは言え何かすることが有るでもなく。一体どうしたのかと考えていたときに、マルスさんが帰ってきた。
「…昔馴染みの、というか…一人、手に負えない同僚が王都にいてな。やはり、王都にも何件かそんな話がきているらしい。それでここエクセにもそんな話が集まっているのなら、それを報告しに来い、という手紙が届いたんだ」
そういい、諦めたような顔で溜息を吐くマルスさん。
「…要注意人物である者を王都に招くように書かれていたとは思えませんが?」
「あぁ、そこまでは書かれてはいない。居ないが…もし連れて行かなければ、連れて来いと言われるのは明白だからな…」
「それに従うしかない、という関係…ということは、余程上位の立場の者だと?危機管理に対する認識がゆる過ぎるのでは?」
呆れたようなエリーセさんの表情と声に、マルスさんも反論するでもなく、正にそうだとでも言いたげに苦い顔をする。本当にあいつは、あいつの我が侭加減は、など、それを言葉にのせることでその苦い物を外へと吐き出すようにブツブツとつぶやいている。
「まぁ、私としては王都へ行けるなら何でもいいわ。情報の集まりやすい地、歴史の残る地であるというなら。調べるにしたところで、時間はかかるでしょうし。早くなるに越したことはないわね。望めるのなら、地位のある人物にそれらを調べる自由を約束させて貰いたい、というところかしらね」
「それについては、大丈夫だろう。この相手というのが、それ以上ない程の奴だ」
「それって……この国は大丈夫なの?」
「一人だけ毛色が違ったというか…とはいえ、あいつは三番目だ。余程のことが無い限りは問題ない、とは思うのだが……」
相変わらずに難しい話をするマルスさんとエリーセさん。エリーセさんが呆れながらに口を開くと、それに答えるマルスさんが、どんどん歳を取っていくように見える。
そんな時、今まで静かだったマンジおじさんが、難しい問題を出されたようなやや困った顔で、恐る恐るというか、やや自信なさ気な声で、マルスさんへと言葉を向ける。
おおよそでは検討つくんだが、結局それはどんな人物なのか?と
盛大な溜息をこれ見よがしに吐き出すと、何かを諦めたような顔のままに
「ネスカ王国第三王子、マクスハイム・オウル・エスティア・ネスカ殿下だ」
其の言葉に、エリーセさんは何かを否定するように首を振り、マンジおじさんは余程衝撃的だったのかそのままで固まり、僕はよく解らなかったので首を傾げた。
一夜明け、早朝。マルスさんも仕事関連を昨日の内に問題の無い様終えてきていたために、日の昇る前からの出立ということになった。
王都までは、のんびりとした旅程で向かったとしても五日もあれば辿り着く。強行軍で、早ければ三日の距離らしい。少し大回りになるが、途中にある村を経ても、六日もあれば辿り着けるとマルスさんは言った。
出来るだけ急ぎたいとの意見には、エリーセさんが少し難しい顔をした程度で、誰も文句をいうことなく。真っ直ぐに王都へという旅程となった。
「準備はいいか?」
家を全員が出たのを見たマルスさんが、確認の為に声をあげる。それに頷きや挙手で返すのをみたマルスさんが、それでは行くかという声と共に馬車へと向かう。
其の背を追うように僕も歩き出し、荷物を全て積み終えると昨日まで時間を共にした、短い付き合いであった其の家に
「行ってきます!」
と声を掛け。くるりと振り返ると、差し出されていた手に摑まって馬車に乗り込み。
動き始めた其の揺れに、まだ見ぬ街との出会いを思い描いた。