第12話 フレリアのとある街
「この大陸の歴史が知りたい? 変わったもんに興味持ってんだな?つっても、俺もそんなにはしらねぇぜ?西にはいかねぇから。まぁ、知ってることだけな」
それから語られた話の内容は、このような物だった。
初めのころはやはり未開の土地も多く、それこそ手探りでの探求、調査からの拠点起し。其の都度水場の有無から近場の安全性、生態系の把握と其の全てを調べていくともなると、途方も無い時間と労力が必要とされるため、其の拠点となるべき場所は徐々に規模を増し、簡易的な村と呼べる規模へと発達していく。
そうなると人も集まり、またそれに伴う生活も向上し、更に探索の為の手も増え、其の未開の地へとさまざまな物を求める人が増え始めてくる。
ある商人は其の地で得うる利権を先駆けるように、ある罪人は其の地に逃亡のねぐらを求め、ある学問者は未知への興味で、ある農民はそこの植生に対する期待で。
それは漁村となり、農村となり、それから商業地となり、さらには街が起こり。次第に露になるその地の姿に、人々の活気は衰えることなく次を求めて前へと向かう。
そうして、それが所謂ひと段落を見せ始めると、やはり人の中には違う方へとその視線を向け始める物が現われる。
先に何があるのか解らない場所へ労力を向けるよりも。
そうして始まったのが、権力の台頭。近場の村や街を併呑し、其の頂点に座す一人を目指す。武力を持ってはじめられたそれは、次第に噂として流れ、それに対抗するためにとまた数々の村や街が次第に纏まりを見せ始める。
其の激動の時代と言える長い期間、様々な利害を振りまきながらに漸く落ち着いたころには、そこには八つの国という形での収束を遂げていた。
その内の二国が現在あるローエム帝国の前身であり、其の当時の国力としては三番手になるかどうかという程度でしかない国であったという。
未だ近隣諸国との諍いは絶えず、常に腹の探りあいをしながらも、しかし民としては食うために取引をせねば生きて行けぬため、様々な事柄に神経をすり減らしながらの睨み合いの中。
今より五代前、ギリエムの王子と、隣国のローランの王子はどこかしら馬が合ったらしく、共に居ることが多く見かけられ、其の都度夢物語のごとくひとつのことを熱く語り合っていた。
八国の統一。
未だ未開の地の残るこの地にて、このまま疲弊していくのは馬鹿げている、という思い。
それとは別に、あの森の向こう、巨大な二大国、ネスカとシリーゲンの介入が始まることに対する懸念。
両者の内にあるものは別では在るが、目指す先が同じであることからか、二人は互いに遠くない未来、そこで共に夢を追わんと約束を交わす。
そうして数年後。その覇業が開始される。
過去に侵略され、または侵略をしてとその地に残される禍根は侵略をした側にしてみれば、そこにいるものに向けられる物など軽蔑に似た弱者に見せる優越意識となり、逆の者なら憤怒や憎悪と言った物が多いだろう。
とはいえ、その感情だけが目立つわけでもない。自身の置かれる地にて、その頂点が暗愚であれば、侵略される、という感情よりもすげ変わる頂点に幾許かの期待を向ける者もいる。
この二人は、其の点を真っ先に考慮した。そして真っ先に向かったのが元が大きな商業地として栄えた一国。金に物を言わせていたのが贅沢の限りの物だけで、およそ防備に対する警戒が薄い。
対応できて二方面の防衛、それ以上の戦力を持たないそこには、統制された軍というものがなく、ただ金で其の都度徴兵するだけというお粗末なまでの意識しかなく。
あっさり、とまでは行かずとも、予想したほどの被害も受けずに終わった初の侵攻を勝利で飾った二人は、そこで残る五国へと宣言をする。
其の地の統一を旨に、進撃を開始することを。
これより先、自国の名をローエム帝国とする、と。
そうして戦乱の時代を迎えた其の地は、代が変わり、また次の代へと変わる毎に其の版図を一国の色へと変えていった。
「でまぁ、今残ってるのがこのフレリアとローエム帝国だけになったわけだ」
簡単に説明するとこんなところか、と話疲れたのかその男性は重い息を吐くと、飲む物でも頼んでくるといって椅子から立ち上がり、テーブルを後にした。
建国というのはやはり争いの歴史なんだなと思いつつ、リューサスは故郷のことを思い浮かべて神妙にうなずいていた。結局振り回されるのは民であるが、しかし暴政に耐えるだけの日々よりはその戦争の先に期待を込めたいという思いもあるのかもしれない。
しかし、逆の場合もあるのだ。善政を前に立ちはだかる侵略という名の暴威は、何物にも増して許しがたい。
それに傷つき心を痛める頭首の顔を思い出し、しかし、先程の統一物語に何処か羨望を覚えている自分に対して、座りの悪い思いで毀れた溜息と同時、再び響いた足音に視線を振ると、木のジョッキを二つ手に戻ってきたその男性が、其のひとつを目の前に差し出したのを見て取り、感謝の言葉と共にそれを受け取った。
「どこまで話たっけな。と、東の、こっちのことは終わったな。で、残る西の方は、俺も詳しくはわからん。まぁ、ネスカとシリーゲンってでかい国があって、シリーゲンの方が王族の後継問題でいろいろあったらしいんだよな。その時というのがローエム帝国の全盛期。
国力旺盛の、残すところフレリアとダラム。あとは未開の地だけって時だった。統一目前の状況で、次に向く矛先は何処かということから、自然ネスカを頼る形での併合だったらしい」
ずいぶんあっさりした物だとおもいつつも、ローエム帝国のその規模の大きさを聞く限りでは、それも自然の帰結かもしれないと思っていた。
しかし、それだからころ考えるのが、フレリアの立ち居地だ。現状ネスカ王国とローエム帝国のほぼ中間にあり、そのどちらにも組せず、それでいて未だ侵攻の目に見受けられないこの地は、両国に取ってはどの様に移っているのだろうかと。
「まぁ…そう考えるのが普通だよな。この国は其の戦乱の時代、一度滅んでるんだ。その理由は意図的に伏せられてはいるが…まぁ碌でもないことをしたってわけだ。それからは忌み地とされてきたわけだが、それの影響かここはその時、ちょっとした空白地帯となったわけだ。
で、戦乱の世に、そこに逃れてきた者が集まって、気がついたら大所帯となっていた。歴史も浅い、曰く付きの土地柄ゆえ、特に目ぼしい物もない。それに、下手に刺激して隣国を刺激しないようにと、どっちからも放置されている」
ずいぶんと奇妙な立ち居地だと思いつつも、この地に住むことを決めた人々の逞しさに感嘆の念を抱いた。
戦乱を逃れるためとはいえ、亡国の地にて単身暮らすのはかなり過酷であろうことは容易に想像がつく。治安の整備も期待できず、旅の商人が脚を止めることも期待できず。何を持って生活を維持するかというそれを自分で見つけることから始めなければならないとなれば、例え戦を回避できたとはいえ、そこに辿り着くだけでの苦労にもまして、より一層の困難を其の身に感じられたのではないだろうか。
そんなつぶやきがもれたのだろう。男性はにやりと口元を歪めると、ずずいと身を乗り出す。
「俺らの先祖は開拓民だぜ?そんならこれしき問題ない。それに何時でもそうだし、何処でもそうだが、商人ってのは、逞しいもんだ。どんな状況だろうが、儲けになるとわかりゃそこに食い込むのは当然だ」
そのうちの一人が俺の家系だと、どこか誇らしげに締めくくった。
その後、其の男性は仕事の話があるということでその場から消え、それに感謝の言葉を述べて見送った後、特に何処かに用があるでも無し、これからどうするかを考える。
リューサスは先程聞いた話を振り返りながらも、やはり何処にも手掛かりらしき物が感じられないことに、ネスカ王国へ向かうのが一番なのだろうということを考え始めていた。
唯一何かを感じさせた物といえば、亡国の時のこと。とはいえそれについてもその内容は伏せられ、この地に残されていないというのなら、歴史のある国へ向かうのが妥当だろうと考える。
やはり自分のような人間の情報を集めているというネスカ王国の王子という者の元へ向かうのが一番の近道になるか、とそう考えた。
そうなると、先ず第一に必要なのが旅の協力者ということになる。
フレリアはその成り立ちからか、ローエムと同じ言語が一般的に使われている。しかし、話に聞いたところ、ネスカ王国はまた別の歴史があり、だからこそそちらはそちらで独自の言語が発達し、それが定着しているということである。
ようやく会話らしいものが出来るようになったばかりのリューサスとしては、そこからまたもう一つの言語を勉強し、それからの行動となると、動けるようになるのがどれ程となるか考えるだけで途方に暮れる思いになった。
そんな時に聞いたのが、旅商人の話だった。
商人の中には其のどちらの言葉も覚えている者が多く、またその為に両国間の移動に際し、橋渡しを承諾する者も少なからず居るという話を耳にした。
だが、そこで問題となるのが自身の証明ということになり、結局はまた振り出しに戻ることとなったのだが。
先の見えない思考に焦らされる様に様々なことを考えてみるも、これといった物が浮かぶはずもなく、しかし無常にも過ぎ去る時間に頭を抱えていた時のこと。ふと差した影に顔を上げてみると、呆れたような、驚いたような、それでいて見知った顔がこちらを見つめていた。それが誰かを見てとったリューサスもそれに返せる言葉も湧かず、困ったような笑みを返すだけとなった。
「ネスカに行きたい、か…まぁ、確かに今の状況じゃ厳しいな。知ってるだろ?何処から来たかわからん奴が各地で見つかってるって」
「えぇ、聞いたこともない、言葉を話すそうですね」
自分がそうだというのは伏せ、話には相槌をうつに留める。語られた言葉から其の先はわかったものの、だとしたら尚更にネスカ王国へ渡る為の条件が厳しくなっているのを悟る。
「商人だろうが、下手すると関所止まりだ。そこで物品交換が関の山。てなわけで商人を当たるってのは意味がないだろう。
可能性が有るとしたら、王族の特使くらいだろうな。それだとて、王様への綱渡しやら何やら考えたところで、時間もかかるし割りも合わんだろう。ほとぼりが冷めるまで待つのが無難なんだろうが…急ぎなのか?」
此方の身を案じてくれてだろうが、そうして向けられる声や態度は、真剣なものであった。
それをありがたく思いつつも、自身にはその思いに返せるだけの何も無いことを思い、悔やむと同時、しかし出来るだけ急ぎたいということを告げる。
それを聞いた男性は、考えるようにしながらも此方を上から下へと眺め回す。その後、伝えるべきかと悩むそぶりを見せつつ、それからもう一度視線を上から下へと滑らせる。
「一つだけ、あるにはあるんだが…危険でもあるし、好き好んで選ぶ奴も居ない道だ。だが、だからこそ誰もそこを通って来たと考える奴も居ないし、警備すらされていない」
そう言って話し始めた内容は、山越えという提案だった。
鬱蒼とした木々が茂る、それなりの標高を持つその山は、見ただけでも迷い込んだら終わりだという程に不気味な気配を漂わせ、だからこそ誰もそこに脚を踏み入れようと思う者は少ない場所だという。
それでも全くの未開という訳でもなく、入り口程度の距離ならばその地理を知る者は多少おり、そこにしかない珍しい植生を生活の糧にするものも居るそうだ。
そうして何時ものごとくその日も足を踏み入れたある日、一人の男がほうほうの体で彷徨っているのを見かけたという。話しかけて返ってきた言葉に、山を越えてきたのかと其の人物は驚いたという。
「山賊の類は?」
「誰も通らないあそこにか?むしろ野生の獣、方向感覚、先の見えない行程。心配するならそっちだろうな。まるっきり情報がない」
リューサスはそれに頷き、それからまた表情を曇らせる。
山越えというのには、全く問題はないと考えていた。自身の故郷もまたそのような地にあり、そこで得た知識というものに自信もある。
しかし、山を越えた後のことも考えなければいけない。
そう、言語が違うということが問題として残るのだ。自分ひとりでの山越えなら問題はないが、誰も近寄らないというそこへ、共に足を踏み入れてくれる者などいないのではということだ。その表情の変化や考える仕草に、ふと水を向けられ、それを口にすると、呆れられたような溜息が聞こえた。
「山越えだけでも問題だろうに…まぁ大丈夫だというのなら、なんとも信じがたいことだが、今はいいとしよう。そうなると、山越えの後の問題を片付けるか。
俺には兄弟が五人いる。俺は三番目で、俺の一つ上の兄が、ネスカで商人やってるんだ。今から手紙を送ったとして、それでも届くまでってなると数日は掛かるだろうな。まぁ事情を説明すりゃある程度は手伝ってもらえるだろ」
そういうや、それならば先ずは、とテーブルの上で指を動かし、何かを書く動作だけで簡単に説明する、と告げながら山越えの為の道を教えてくれた。それからこの街で旅装を調えるなら、食料はここで、衣服はここでと店の場所なども説明しはじめる。
それを忘れないようにと頷きながら片端から頭に詰め込む。
「山を越えてしばらく歩くと、小さな農村がある。村の規模は小さいが、まあすぐ見つかるだろ。うちの兄には其処で待っていて貰うように書いておこう。それで、そうだな、ちょっとまて」
そういい、懐から何かを取り出すと、店主の下へと歩いて行き、そこで書く物を借り受けるとなにやらすらすらと手を動かして書き込み、それが終わるとこちらへと戻ってきた。
「此れを見せればいい。難しくないことなら手も貸してくれるだろう」
「ありがとうございます。しかし、ここまでして貰っていいのでしょうか?私には何も返せる物もないのですが…」
「……どういえばいいかな。セラマおじは知っているんだよな?」
「えぇ、大変お世話になりました」
「俺はその親戚筋になるんだよ。だからこそ取引先として優遇もされてる。で、あの人から出来ることでいいから、もし手伝えることがあったらその力になっては貰えないか、という手紙をね」
それから暫く感慨にふけっていると、日も暮れ夜の帳も降り始めていたため、仕事明けの人々で辺りが騒々しくなりはじめる。運ばれる料理に混じって漂うアルコールのにおいに、そろそろこの場から退散するべきという言葉に頷いき、二人はその場を後にした。
また明日の昼にここでと約束をし、其の男性とリューサスはそこで別れた。