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 第11話  はじまりは離島から

 視点がかわります。


 

 眼を覚まして最初に目にに映ったものは、もこもこと揺れる見たことも無い灰色の毛並み。その間に小さく光る茶の煌きに、どことなく探る様な動きが見えた。忙しなく揺れるその煌く茶の色に、それに合わせて小刻みに揺れる灰色を見ると、それが未知の物に対する警戒心よりも、このまま暫く眺めていたいという気持ちを思わせた。


 暫くそのままにしていると、興味を失ったのか、揺れる茶の煌きを翻し、のそりのそりと灰色の毛皮を揺らしながら、どことなくのんびりという形容を思い浮かべる足取りで、それは何処かへと去っていった。


 あれはなんだったのだろうと?と思いつつも、投げ出されたかのように地に横たえられた体を起こす。

 周囲を見てみると、牧歌的な印象を受ける。遠くに見える柵、それに仕切られた内側は草が生い茂り、その柵を越えて向こうは未開の、というように鬱蒼とした木々が見える。

 其の柵の内には、先程見た灰色の毛を持つ未知の獣と、それより一回り大きいやや黄色がかった白の毛を持つ獣が、のんびりと草を食んでいた。


 長閑な所だな。


 そう思い、目を細めてその光景を眺めながら、自分の現状を整理し始める。

 見たところ何処にも怪我の類も、ましてや争った形跡すらない。ゆっくりと立ち上がり、手に足にと力を加えてみたところで、違和感も何も無い。

 腰に下げた戦闘武装もそのままにあり、それなのに何の抵抗もなくこんな見たことも無い場所へと連れ去られ、投げ出されている。何かがおかしいとは思いつつも、それが何かが判らない。

 

 ふと鈴の音が聞こえたと思い、思考に沈む意識を浮上すると、草を食んでいたもこもこの獣たちが、のっしのっしと動き始めていた。その向かう先は、先程から鳴る鈴の音に吸い込まれるように一点を向いており、そういえば柵に仕切られていたということを思い出すと、ここにいるのは家畜ということかと其の動きを眺め、ならばそこに人がいるだろうと考えると、其の足は周りの動きに合わせるように其の鈴の音の鳴る方へと吸い寄せられていった。




 漸くその音の発信地へと辿り着くと、そこは何とも賑やかな光景だった。先程の灰色にやや黄色の見える白。それが所狭しと密集し、それぞれ思い思いに声を張る。

 大人の腰程の背丈を持つその獣の集まる中に立つ一人の少女は、それらに押され引かれと体を揺らしながら、近くに居るものの頭を撫でながら時に怒り、また笑顔を浮かべては鈴を鳴らしていた。

 

「はじめまして。私はラダのリューサスと申します。すみませんがお尋ねしたいことがありまして」


 びくっと肩を震わせ、それから激しい身振りで周囲を伺うように動き始めた少女の姿に、やはり見た目通りの歳の子なのだろう、いきなり話しかけられて怯えるように腰を引けさせていた。

 そうして此方へと視線を向けた其の少女は、息を呑むように表情を硬くしたまま、先程までの自然な雰囲気とは程遠い、強張った姿勢で固まってしまった。

 悪いことをしたなとは思いつつも、しかし現状自分の置かれた状況をまず確認しないことには動きようもない以上、この少女か、少女に何方かを紹介して貰うのが一番だろう。

 そう考え、膝を折り、右手を地に、左手は背後へと回し、害意はあらず、誠意を持って接することを示すように、少女よりも更に低い位置へと姿勢を下げ、一度頭を下げて礼をした後、先程と同じ言葉を、先程よりもうすこし穏やかな口調で述べた。


 そうして返事を待つが、獣達はそんなことなどおかまいなしで。

 日夜同じような行動をしているためか、少女が何かをすることもないままに、何処かへと歩き始めていた。

 それで漸く少女に動きがあり、流れる、というより飲み込まれるように押され、姿勢を崩したと思った後には、一匹の獣の背に仰向けに乗せられ、そのまま何処かへと運び込まれるように消えていこうとしていた。

 其の光景がひどく滑稽な感じがし、口元に笑みが浮かぶが、それは少女に見せるべきではないかな?と考え、こんな生活も悪くないと思いながらも、さてこの流れに着いていったら少女の親か、村人か話の出来そうな人は居るだろうか?と、そんなことを考えながら、灰色のと白色の流れに速度を合わせて歩き始めた。






「リュー!オハヨー!」


「オハヨウ、リン」


 差し込む朝日に目を細め、ようやく馴染み始めたのか、自然とでた言葉は、此方の朝の挨拶の言葉。

 それに頷いて近づく少女は、それを告げるとまた元気に走って消えていく。きっとモル達の世話に行くのだろうと、其の手に握られ、走るたびに鳴り響く音に、今日も素晴らしい日を送れますように、と呟くと、さて朝食の手伝いにでもと歩き始めた。


 はじめは戸惑いの連続だった。

 モル、と呼ばれるその家畜に付いて辿り着いた所は、木で作られた大きな厩舎。そこからやや離れたところに見えた家のまえ、柵に使っていた様な木の加工をしているのか、少女の祖父と見られる外見をした男性が居た。

 戸惑いながらも此方へと向けられた言葉は、まるで聞いたことの無い言葉だった。それはあちらも同じようで、その後の遣り取りは身振り手振り、または地面へ書き込む絵による、推測でしか伺えない情報交換だった。

 とはいえ、そのままでは困るだろうと思ったのだろう、この家のお世話になることを承諾してくれたため、ならば自分も出来ることは手伝おうかと、食事の手伝いから力仕事の数々を進んで引き受けることにしていた。

 そうして徐々に打ち解け始めてくると、やはり言葉による遣り取りの必然性が要度を増し始めてくる。

 最初こそ名前と身振り手振りでの遣り取りしかできなかったものだが、それからその男性に空いた時間にこちらの言葉と文字を教えて貰い。今ではある程度ではあるが、簡単な単語を交えての会話はできるようになっていた。

 そうして現在。寝起きに自然と此方の言葉を言えるようになったのは、ここに来て十五の夜を越えた頃であった。





「リューサス、やはり、大陸に、いくか?」


 その日の夜、リンが寝たのを確認した後、祖父のセラマさんが二人だけで話しをしたい、と持ちかけてきた。

 其の手には一通の手紙が握られており、その内容を教えてくれた。

 それは、私と同じように、何処からともなく現われたような知らない言葉を話す者が各地で見つかっているそうだ、ということと、それについての情報を集めているという、一国の王子について。

 セラマさんの弟が大陸に移住しているそうで、私のことを案じてか、それとなく大陸の方で何かないか聞いておいて欲しいと頼んでいたらしい。

 大陸、と呼ばれる広大な地には、ネスカ王国とローエム帝国という二大国があるらしい。

 ここはその大陸より船で半日という所にある小さな島で、住人も然程多くない。島全体を見ていないが、見かけただけでも二十人にも上るかどうか。


「はい。私は、知りたい」


 そして、思う。その現われた者というのが、自分と同じ場所から来たのかどうか。そうだとしたら、きっと同じ思いをしたのだろう。自分は心優しい人に出会えた。同じような人も沢山いるかもしれない。

 だが、もしも。そう考えると、やはりこのまま此処にという考えにはなれないでいる。

 そんな私を見たセラマさんは、深く、重い溜息をゆっくりと吐き出す


「明日、昼、大陸へ、船、戻る。リューサス、乗る。私、頼む」


 セラマさんはそう告げると、今日はもう寝なさい、という言葉を残して、其の手紙を持って家から出て行った。其の背に感謝の念を込め頭を垂れ、戸の閉まる音が聞こえ静寂を暫く続いた後、ゆっくりと体を起こし始めると、明日か、と呟いてからリューサスは最後に出来ることはないかと考えながら歩き始めた。


 



 陽も昇り、船着場に数名の人影が忙しなく動き始めた頃。

 慌しい足音にリューサスが振り返ると、泣きそうに顔を歪めたリンが一心不乱に此方へと近づいてくる姿が見えた。其の右手に握られているものを目にし、自分の贈り物に気がついて貰えたことに安堵しつつも、急な旅立ちを詫びる為の言葉も覚束ない自身に情けなさを感じつつ、ボスンと腹の辺りに生じた重さに、其の原因たる頭に手を乗せ、優しく撫でる。


「リュー!行く!やだ!」


 泣き声のままに叫ばれるそれに、しかし答えてやれることができず、謝罪をこめるようにその頭を撫でてやる。そうして、未だリンの右手に握られたままの贈り物に目を向けると、しゃがみこんで其の手に自身の手を重ねる。

 視線の高さが揃ったことで、正面から向けられる視線にどう返したらいいか直ぐに思い浮かぶことは泣く、ごまかすように其の手に握られた物を手に取ると、それを、今まで自分が使っていた首飾りを、リンの首へと掛けてあげる。


「また、来る?」


 それから向けられた顔には、何かを我慢するようにした、幼い顔。辛い思いをさせている自分を激しく罵りたい気持ちを抑え、其の言葉に大きく頷いてみせる。


「また、来る。約束」


 其の言葉と同時、叩かれた肩に振り返ると、一人の男性が船の方を指差していた。

 時間か、と思うと、もう一度約束、とリンに笑顔を向けて、船の方へと歩き始めた。


 離れ始める島の姿に、此れまでの思い出が次々と思い起こされ、幸せな気分で過ごした船旅も、次第に視界で其の姿を大きくさせ始める目的地を前にすると、これからのことへと思考は切り替わって行く。

 まず目指すべきは、『ネスカの王子』の居る場所。それと共に此方の言葉をもっと覚えないといけないだろう。それから同じように言葉の通じないという人物の捜索。長旅となるかもしれない、それの準備もと考え始めるときりがない。

 そうして、ふと思い出すのは、望郷の念。懐かしくも暖かいその光景は、しかし当分見ることも叶わない世界となり、だからこそより一層その念は募る。


 もうすぐ着くという声に意識を切り替え、視線を上げた先には、これから過ごすことになるだろう巨大な大陸という名の未知の世界。

 すっと目を細めて振り返る。いつかまた、必ず訪れることを誓ったあの島を思い、それから、今後もまた幸せな日々を過ごすことを願い。

 揺れの収まった船に、船頭に感謝の言葉を告げると、リューサスはその一歩を踏み出すのだった。





 セラムさんに聞いたとおりに暫く足を進めると、前方に街影がうっすらと見え始め、傾き始めた日の具合を確認し、暮れる前に街まで辿り着くには少し急いだほうがよさそうかなと、大きく足を振る直前。

 肩にかけられた手に振り返ると、見知らぬ男性が其処にいた。

 ここにいるということは、一緒に船に乗っていた人か、その人からあちらの島の便りを受け取るために、船着場に居た人だろう。知らないということは、後者で間違いはない。船で共に来た人数など自分を入れて四人。そのくらいの見間違いはしないだろう。


「あんたも街までか?なら一緒にいかねぇか?」


 何故自分に声を掛けたのかがわからず、それでも頷いて見せると、街に着くまでの暇つぶしに色々話でもしよう、と言う言葉の後、島の様子はどうだと聞かれた。

 あぁ、それが聞きたくて声を掛けてきたのかと頷くと、これも会話の練習になるだろうとそれまでの生活でのことを話し始める。


 この男性はどうも商人として、あの島の数軒と取引しているらしく、其の中にはセラマさんの家も含まれているという。あそこのモルの毛での仕立て品は買い手がかなりの数居るらしく、今年の状態を気にしていた、ということらしい。

 そんな話をしている間に、気がつくと街の目の前まで辿り着いていた。

 辿り着いたはいい物の、さて何処へいこうかと視線を左右させていると


「この後どうすんだ? 街の中もわからんなら…この時間なら飯屋か? 腹も減っただろ? とりあえずそこで行くか。街のことをもう少し詳しく教えてやるよ」


 と、そんな自分の様子に助け舟を出してくれた。日も暮れ始めている現状、下手に一人で歩き回って不審者とみられて騒ぎになるのもどうかと思うし、折角の好意でもある。

 リューサスはそれに感謝の言葉を返し、こっちだという声と共に向けられた背を追い始めた。




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