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 第10話  今はまだ舞台裏

 

 この大陸において二大国の一翼となるネスカ王国は、一昔前まで続いたローエム帝国の苛烈なまでの武力による領土拡張への警戒として、其の城壁は勿論、城塞という威容となった王城、さらにはより一層と高く、頑丈に隙なく囲うように王都の外縁に石壁を組むことにより、それを一目見ただけでこれに挑むことの無謀を心に植えつける程の様相を築き上げていた。

 その備えは何も建物だけではなく、兵に対しても万全を期するべく。


 ローエム帝国の領土拡張も、代変わりと共に沈静化し、それに伴いネスカの軍備拡張も停滞から縮小へと移行しつつあるものの、その訓練内容には少しも緩みは存在せず、未だ強国としての存在感を堅持していた。



 王城の門扉にて警護する様に直立不動にその日の任に当たっていた一人の青年。ここ最近は何やら不穏な問題が各地で発生しているらしく、様々な地方からの情報を携えた早馬が到着しては王城へと吸い込まれていく光景に、さて今日はどのくらいだろうかとぼんやり考えていた時である。


 微かな足音が聞こえて其方へと振り向くと、何時の間にかすぐ側まで近づいたのか、怪しい人影が此方へと歩んでいた。元は茶のローブであったのか、それは酷く汚れ、所々に元の色を残すのみで、顔を見ようにもすっぽりとローブに覆われた其処に視線を向けても其の表情は伺えない。

 一言で言い表すなら、怪しい。

 この近辺には王城しか、ない。何処かへ向かう途中に通るような場所でもなく、ならばここに居る理由は王城へ向かっているということになる。しかし、明らかに平民よりも異質な装いの人物に、警戒無く対処出来ようはずはない。


 ――腰に佩いた剣に手を伸ばし、それから誰何の声を向けるべきか。


 そう考え手を動かそうとした時、それまでは微かにしか聞こえなかった足音が耳に響いた。


 トン 









 王城の中に在って一際開けた場所であり、数々の案件の集まる場所。人の胴回りよりも太い柱が幾筋も均等に聳え、其の空間の中心には、朱の絨毯が真っ直ぐに伸びる。その朱の道は豪壮な作りの扉から始まり、八段ある広々とした階段を経て、誰彼が座することの無い、一人の主にしか座ること遠敷る去れない威容を誇る椅子の足元まで続いている。


 その壇上。この日もまた告げられた報告を受け、其の椅子へと腰掛け、此れまでに集まる情報を元にそれに対する対処に対する緊急の召集の元、集まる面々へと視線を向ける。

 重臣、近場の領主、エクセ砦軍軍団長、近衛師団長や各騎士団団長等。


 そして、行き成り扉を開け放って現われた、酷く汚れたローブを身にまとい、門衛の背に付き従うというよりは、まるで不可視の糸で操っているかのようにしながらに歩く、怪しい人物へ、と。


 周囲は当然のようにざわつき、警戒を表し、途端に殺気走るような喧騒が飛び交う。

 そんな中にあっても悠然とした歩みは止まることなく、少し、また少しと歩を進める。


 シャリン、と澄んだ音を耳にし、それが鞘走りの音だと気がついた時には、一つの影が動いていた。

 それに対し、気にする風もなく歩みを進めるその人物、の前を歩く門衛が


「殺意を抱いている者」


 と、すこしくぐもった声を発し、その後ろを歩む人物が、一歩、脚を踏み出した。


トン


 と、まるで絨毯の上を歩いていなような響きのその足音の後、『ドサリ』と複数の音が周囲で響く。ついで聞こえた奇声に、向けられた視線の先には、喉を押さえて苦悶にのたうつ騎士の面々の姿。


「倒れた者を見、救護の念を抱かなかった者」


 更に一歩。それだけで、この広い空間は静寂に包まれた。そこでようやく、其の人物は歩みを止めた。


「このような形での突然の訪問、どうぞ御寛恕いただきたい。何分、急を要する次第であり、少しばかり強行な手段をとらせて頂いきました」


 と、優雅に一礼し、再びその上体を伸ばす。


「今立っているものは、七名ですか。あぁ、国王陛下も入れますれば八名。ここはよい国なのでしょうな」


 そう言い、それから一歩、足音を響かせた後には、その場は静寂に支配された。


「これよりの会合は全て極秘とさせて頂きたく、この場において国王陛下と私以外のものには、眠っていただきました。此方の都合でございますが、其の点どうかお許しを」


 許すも許さないも、対抗する手段が皆無である以上、そしてこれだけのことを片手間に出来るという人物を相手に、異の唱えようも無いという思いしか無い。

 それでも、其の言動から取れる態度には、王政という物に対する理解があり、其の上で自分よりも王のほうが権威を持っているとした言動を元にされているのが分かる。

 ならば、自分に求められているのが何かを知るべく数ある疑問に答えてもらうようにするべきだと思い、心の中に巣食う恐怖をひたすらに押しとどめ、頼む声よ震えてくれるなと願いながらに相対するその人物への対応へと思考を切り替えた。


「して、そこまで急ぎで此処まで来た理由とは?」


「はい。それは当然の疑問です。ご存知とはお思いですが、ここ最近、身元不明の人物が、各地で見かけられた、という報告が集められていると思いますが、それに関係する話で参った次第です」


「そなたに関係する物であると?」


「はい、私も其の一人にありますれば。ゲーム・マスターの望みは分かりませんが、それに因って集められた内の一人が私ということです」


「ゲーム、マスター?」


「あぁ、そうですね、どういいましょうか…この世界において、天上の者に等しいお方の名称はどのように?」


 次々に飛び出る其の言葉には、聞き覚えの無い物が含まれ、より一層問題が複雑化していくように思われた。とはいえ、それは自分が理解できない、できていないだけであり、それが解りさえすれば核心に近づくという物であるということだけは理解していた。


「それは…神、ということであろうか?」


 天上神、創造主、雲上人、名称は数あれど、其の世界にありて唯一絶対と謳われる存在。

 この世界においてはただ”神”と呼ばれているのですね、と呟いた其の人物は、次いで一つ願いを聞いて戴きたい、と告げた。


「神の座す場所、それに纏わる伝承。古に謡われる神歌や民謡等、それに詳しい物やそれに興味を持つ者を紹介頂きたいのですが」


 そう言い、言葉を切る。その言葉に、即座に浮かんだ人物を思い描き、頭を抱えたくなる。確かにそれらに纏わる物も集め、其の好奇心から数多くの伝承、またはその情報に対する手掛かりのありそうな場所すらも数多く知っている。其の上で王家にのみ残る歴史の裏事情にも興味を持ち、其の普段は嫌がる自身の立ち居地を余すことなく利用しては其の好奇心のままに歩む一人の人物。


「其の物に害をなすことは無いと約束して貰えるなら」


 それまでに滲んでいた恐怖や畏怖が何処へという雰囲気の国王の態度には、ある種の覚悟や決意を孕む、しかし国王という言葉が似つかわしい、堂々としたそれに戻っていた。


「この身に掛けて。其の願いを聞き入れて頂けるならば、私は友誼を持ってこの国に、この国の王に助力致しましょう」


 其の言葉にある、この力に対する魅力よりも、先の約束に対する肯定の返答に、国王は安堵の息も漏らす。しかし、次いで擡げた感情は、其の人物が問題を起こさないかどうかという不安だった。

 とはいえ、ここまで進んだ話に、今更適当な人物が思い起こされることも無く。


「マクスハイム・オウル・エスティア・ネスカ。この国の第三王子にして、我が息子だ」


 其の言葉に対する返答は、幾分楽しそうな響きを帯びた声と、定例句じみた門衛の声による礼の言葉。続いてこの場を辞する言葉を述べると、其の人物は扉へと向けて歩み。

 扉を出、その扉が閉まる直前。一度足音を響かせた直後に閉じられた扉の内では、先ほど迄の静寂を守っていた者達が、ゆっくりとその空間に活気を戻し始めるように動き出していた。




 ■



「誰だ?」


 ノックに次いで入室の許可を求める声に、まるで興味も感じられない声を発した部屋の主は、次いで述べられた言葉に機嫌を悪くした。


「マクスハイム・オウル・エスティア・ネスカ殿下でいらっしゃいますか? 話をしたく参りました」


「そんな長ったらしい名前で呼ぶような奴と話す事などないと常日頃から俺は言っているはずなんだが。他所者か?お前は。それと俺を殿下と呼ぶな。それが相応しいの兄上達だけだ」


「…ずいぶん面白いお方ですね。わかりました、その言に従いたく。私は何とお呼びすれば話し合いに応じて頂けるのでしょうか?」


「マクスでいい。入室を許可する。入れ」


 そうして現われたのは、門衛と、その背後に酷く汚れたローブで全身を覆う怪しい人物。

 しかし、マクスというこの青年は、それを眼にしても微動だにすることなく、難しい顔をしたままに視線を二人に向けたままだった。


「それで、話とはなんだ? その門衛の男はどうしたんだ? それと、お前の名は?」


「そうですね。この青年には、此方の言葉を話して頂くために協力して貰っております。ここまでで私の話とはどんなものか予想がつくのでは? それで名前ですね。私はデパージトリィ。ディーとでもお呼びいただければ」


「確認する。その門衛を介さず、俺に直接触れることでその男を解放することはできるのか?」


「いやはや、あなたには恐怖という物がないのですか? 自分で言うのも何ではありますが、見るからに怪しい者に対し、そのような言動は王族の血を引くものとしてはいささか危険に対する認識が緩いと思われますが」

 

「上二人の兄が優秀である以上、俺など何時死んでも問題などない。むしろ死んだほうが後顧の憂いも消えよう。それなら好きに生きるだけだ。ディー、お前が此処に来たのも父王に会った後なのだろう?ならば父王がそれを望んで現われたと考えてもいい。まぁ話し合いということらしいが」


「…興味深いというか、えぇ私はあなたのような方は好きですね。それで、この青年の解放を所望ということでしたね。解りました、その言に従いましょう」


 その言葉の後、扉を開け外に出る。そうして戻ってきたときには、そこには一人の人物、ディーだけとなっていた。ディーが近寄るのを動じることなく見たままに、目の前でそっと跪き、右手を差し出されるのを見、それに数瞬考えるような視線をくれた後に、マクスはその手に自分の手を重ねた。


「マクス様には威風がお在りですね。よき跡継ぎに恵まれた国となれば、国民もまた幸せでしょう」


「俺が跡を? それは無い。兄上達の方が断然相応しい。それで?そんな話をしたいのか?それならもう用はない」


 マクスの言葉に、返された言葉は先程のそれ。この世界において残されている、神の座す場所、それに纏わる伝承。古に謡われる神歌や民謡、その上でこの世界の歴史と、王族にのみ秘された伝承。それを聞いたマクスの表情には、どこか納得したような表情が浮かんでいた。


「条件がある。ただで教えれる物じゃないのでな。どうもお前は今回の騒動について色々詳しいみたいだな。それを教えろ。嫌ならそれでいい。自分で探るまでだ」


「成程、提供ではなく交換でなければこの話は無し、と? 私としてはそれで構いませんよ」


「そうか。ならこちらが話すのは先程聞いた事だな。ならお前にはこの問題の要点、神について知っていることを全て話してもらう」


「…どうしてそこがこの騒動の要点と?」


「流れで解るだろ? それともそんな事に気がつかない奴に見えたか? それで、知っているのか?」


「…知ってはいます。とはいえ、この世界とは別の、と付きますが。しかし、これは唯人が知っていいものでもない……何故それを知ろうと?」


「好奇心だ。それ以外はない」


 解りやすいというか。そんな苦笑に似た響きに、しかし反応は何も無い。それはそんな反応をどうでもいいというよりは、むしろ慣れてしまったというだけの理由ではあるが。


「ではこうしましょうか。あなたの元に集まるプレイヤーの数に応じ、その都度それらの情報を開示しましょう。此度の騒動にどれ程集められたかは解りませんが、そのもの達の中には元の場所へと願う者も居るでしょう。そうなると、過去に同じことがあったのか、そして在ったとしてその後どうなったのかと考える者が現われるでしょう。そしてその情報が一番集まる場所と考えたとき、目指すべき場所の一つがこの王城でしょう」


「プレイヤー? 何だそれは? …交換条件か、まぁいい。だがそれは自身の勢力として引き込めということか?」


「大雑把にはその解釈でよろしいでしょう。私としても、自分の足で探すべきなのですが、この世界は中々に広い。未だ未開の地も在るとなれば、耳目、手足は多いに越したことは無いということですか」


「そういうことか。俺の元に情報を集まるようにしたい、と」


 そのための協力も惜しまない、というディーの言葉に、マクスは了承の言葉と共に頷いた。その後、ならば即座に此れまでの問題に対し、未だ対処のされていない数件の問題を自分の下へと届けられるように、また今後同類の問題の届け先も自分の下へ届けるようにと手配に動く。


 そうして集めた各地の報告書類の中、エクセで保護という名で三人の人物を預かっているという人物の名を眼にし、マクスは急ぎ筆を執ると、書き終えたそれを大至急で届けろと言い渡し、さて久しぶりの再会となるが、あいつがこの話を聞くとどんな顔をするだろうか? と、それを考えて笑みを浮かべた。

 





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