野茂の系譜を継ぎし者
彼の名前は野茂英雄。
野茂英雄の大ファンである父によりその名を与えられた。
因みに姓は佐藤である。佐藤 野茂英雄。
彼は自分こそが野茂の代名詞【トルネード投法】の系譜を継ぐ者だと信じていた。
そしてこうも考えた。
『野茂のトルネードは完全体では無い。』
と。
彼はトルネード投法を完全体にすべく、日々特訓を重ねた。
来る日も来る日も。雨の日も、風の日も、雪の日も、酷暑日も。
女の子にデートに誘われても『ごめん、今日トルネードあるから。』と断った。
毎日竜巻の動画を見漁った。
おやつのツイストドーナツを見ては、体の捻りを研究した。
そして、彼は遂に完全体トルネードを会得する。時は高校3年の夏の甲子園。決勝の前日であった。
あくる日、決勝の先発マウンドに立つ佐藤野茂英雄。
第一球。
胸を大きく反らし両腕を一直線に空に掲げる独特のワインドアップ。
脚を上げ、上体を大きく後ろに捻る。
そうして、引き絞った弓のように全身に貯めた力を一気に解放し鋭く反転、鞭のように鋭く回転する体。
そしてそのまま、一回転...二回転...、
彼はこう考えていた。
野茂のトルネードは完全体では無い。
トルネードとは竜巻、つまり風が渦を巻くことである。渦を巻かないトルネードはトルネードでは無い。
『松茸のお吸い物(原材料:椎茸)』
みたいなものである。
おそらく、元祖野茂英雄はその境地に達する前に選手生命の寿命が尽きたのであろう。悔しかったに違いない。
だからこそ俺がその意志を継ぐ。完全体トルネードを世に知らしめるのだ。
四回転...五回転...。速度が上がる。体幹は揺るがない。
十回転...二十回転...、マウンドの周りの砂塵が舞い、渦を巻き始めた。バッターが呆気にとられる。固唾を呑む観客席。
やがて、彼を中心にした黒い砂塵の渦巻きが龍の如く空を目指し高く高くそびえ立つ。
真のトルネードの誕生だ。
そしてそこから放たれる白球。
地面スレスレを這うように疾走るそれは、打者の直前で猛烈にホップし、捕手の構えるミットに突き刺さった。ど真ん中。
打者は球を目で追うことすら出来ない。
球速...計測不能!!
球場全体が興奮の坩堝と化した。
蜂の巣をつついたような大歓声。それを制止するように高らかに告げられる球審の声。
『ボーク』
次の日、佐藤 野茂英雄はハンマー投げに転向した。
おしまい
チャッピーさんに聞いたら、走者が居ない時はボークじゃないって。




