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(五)傷つけるモノ

少しですが暴力表現を含みます。苦手な方は回避をお願いします。

昨夜ベッドの脇に立っていたモノと同じ気配だ。後ろにいる。ヒューヒューと息の抜ける音は耳のすぐそばでしていた。ホウキの柄を握りしめ背後の気配を伺う。ホウキは武器にはならないだろう。けれど何も無いよりは、少しだけ心強かった。振り回せば、逃げ出す間くらいはできるかもしれない。


息をのみ背中に神経を集中する。背後の気配が動いた。息の音の間に何か喋っているような声がしている。僅かに離れた気がして、ホウキの柄を握る手に力を入れた。再びベッドの下へ意識を移す。臭いはそこからする。背後にいるモノとは別の何かが、この中にある気がした。


背後のモノがさらに離れた気がした。まだボソボソと話す声がする。おそらく今振り返れば、何が居るのか確認する事はできそうだが、そんな勇気はない。何を話しているのか、背後に集中して聞いてみたが、掠れた低い声は上手く聞き取れなかった。僅かに、やめろ、と言った気がした。


今ならホウキを振り回せば、逃げられるかもしれない。握る手に力を込め立ち上がる。同時に引っ張ったホウキの柄は、全く動かなかった。何かに引っ掛かったかと、左右に揺さぶってみたが、それでも動かない。一瞬パニックになり、がむしゃらに引き抜いた。


後ろからやめろと叫ぶ声がした。同時に強い力でホウキを前に引っ張られた。しゃがんだ姿勢からうつ伏せになり、顎を床に強打した。口の中に鉄の味がする。一瞬の事で手を離す暇もなく、そのままものすごい勢いでベッドの下へと引きずられた。


その空間は人が入れる高さは無く、腕だけを目一杯、さしいれた所で身体が引っ掛かり止まった。慌ててホウキを離した手を、何かに捕まれて更に引っ張られる。木製のベッドの枠に肩と首が擦れた痛みと、腕を掴む得体の知れないモノへの恐怖に叫び声をあげた。


腕を掴んでいるのは、骨の感触がわかるほど痩せた人間の手のようだった。ギリギリと握る力を強めている。私の腕を目一杯引き込んでいるのに更に奥へ引こうとする手の本体は、どこにあるのか。ベッドは壁にぴったりつけてある。この隙間に人が入れるはずはない。


()なるモノに傷つけられる恐怖に、死を予感した。なんとか逃れよう、涙を流し助けを呼び叫ぶ私の声は、家の中に響いていた。誰も助けには来ない。誰もいない。自分は今独りきりだ。


あまりの痛みに抵抗していた力を緩めると、肘のあたりが鈍い音をたてた。折れるかもしれない、遠くなる意識の中で、考えていると、ふいに腕を掴んでいた手の力が緩んだ。同時に強い力で後ろへ引っ張られ、その勢いでドアのあたりに身体を打ち付けた。激痛に座りこんだままうつむいていると、再び喉を抜ける息の音が近づき、出ていけ、と擦れた声が聞こえた。


慌てて起き上がる。目の端に浴衣の様なものを着た人影が、ゆらゆらと動きながらこちらに近づくのが見え、その異様さから逃れようと、這うようにして部屋を出た。痛む身体を無理に起こし、階段へ向かう。立ち上がることが出来ず、引っ張られた右腕は痛みで全く動かない。左腕でなんとか身体を支え、這ったまま進む。


動かない腕を見ると、手首には赤黒く手の跡がついている。肘の辺りも紫色になっていた。少しでも遠くへ逃げたくて、引きずるようになんとか進む。


ベッドの下にいた獣臭いモノが、腕を掴み引き込もうとしていた。おそらく悪意を持っている。しかし、後にいたモノはあの手から私を助けてくれたように思えた。アレは人のようだった。浴衣の様なものを着ていた。


おかしな感覚だった。腕を引かれ身体に痛みを受けた、その事は恐怖に違いなかったが、あのヒューヒューという音に、出ていけと言った声には、それほど恐怖を感じなかった気がする。二体だと思うのだ。二体いる。人ではないモノが。気を抜くと手離しそうになる意識を繋ぎ続けようと、思考を巡らす。なぜ、この家に、私の前に現れたのだろうか。あれらは何者なのだろう。


部屋から階段までの数メートルがかなりの距離に感じた。やっと到着した時に振り返ったが兄の部屋から追いかけてくる気配は無かった。何故かドアも閉まっている。獣の臭いもしなかった。いつもと変わらない廊下に息をつく。


それでも、痛む右腕が恐怖を思いだし、身体が震えだした。階段を降りようと上げた足は意思通りには動かず、もつれる足が段を踏み外した。そのまま滑り台のように最下段まで滑り落ちた。背中と腰に激痛がして、しばらくそのまま動けなかった。


しばらくそのまま放心した状態で座り込んでいた。痛みが少し和らいだ感じがして、ゆっくりと二階を見上げる。階段の最上段に立つ骨ばった細い裸足の足が見えた。それが何を意味するのか、思考は遮られた。極度の疲労と身体中に広がる鈍い痛みに意識を手放した。

意識が無くなる直前に、誰かが玄関の鍵を開ける音がした。助けを求めて伸ばし上げた左手は、空を掻きそのまま床に落ちるだけだった。

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