婚約破棄、私は悪役令嬢ではないほうです
王家主催の舞踏会で、王太子リアム殿下の声が響き渡る。
「僕はドロシア・モアラッカム公爵令嬢との婚約を破棄する」
ダンスにも倦んだ頃合いだった。
落ち着いた、ある意味淡々とした義務的な声だ。
リアムの発した言葉の意味が浸透してくると、参加者達も色めき立ってくる。
王家は実力ナンバーワンのモアラッカム公爵家と決別するのか?
大規模な貴族の勢力争いの勃発か?
平和を謳歌するクォルテア王国であっても、貴族が角突き合わせる様相と無縁ではない。
クォルテアでは自らの能力を示せ、という考え方があるからだ。
当然他者の思惑と衝突することもある。
高位貴族ともなると思惑は多岐にわたる。
モアラッカム公爵家は娘を王家に送り込もうとしたが失敗したのか?
いやいや、リアム殿下こそモアラッカム公爵家の後ろ盾を捨てて、誰と組むことにしたのだ?
参加者皆の視線は王太子リアムに注がれていた。
「新たにこれなるオードリー・パーセル男爵令嬢と婚約することにする」
舞踏会参加者達の熱がやや冷めた。
男爵令嬢?
全くモアラッカム公爵家の代わりにはならんではないか。
実力が釣り合わない。
リアム殿下は何を考えているのだ?
オードリー・パーセル男爵令嬢は、ドロシア・モアラッカム公爵令嬢におさおさ見劣りせぬほどには美しい。
艶のある黒髪が印象的だ。
しかし地味なのではないか?
将来の王妃には、ドロシア嬢の華美な美しさが向いているのでは?
一方リアムやドロシア、オードリーとともに王立学校に通う、社交界デビュー直後の令息令嬢は異なる見解を持っていた。
オードリー嬢は、生徒会でリアム殿下の補佐が務まるほどには優秀だ。
隅々まで目を配れるオードリー嬢は、高慢なドロシア嬢よりよほど親しみやすい。
もっとも男爵令嬢がリアム殿下の婚約者のセンはさすがにないだろう。
またオードリーのパーセルという姓に着目した者も、少数ながらいた。
パーセル男爵家は確か……。
なるほど、面白い。
これは荒れそうだ、と。
国王陛下夫妻は何のアクションも起こしていない。
王族の言葉は重いから、迂闊に動けないのか。
はたまた筋書き通りだからか。
表情筋が機能していないようにも見える顔からは、何も読み取れなかった。
婚約破棄宣言自体は既にすんだことだ。
嵐はこれからと、皆が予感した。
――――――――――ドロシア・モアラッカム公爵令嬢視点。
「僕はドロシア・モアラッカム公爵令嬢との婚約を破棄する」
はあ? 婚約破棄?
リアム様ったら、何を仰っているのかしら?
大体わたくしに何の断りもなかったではありませんか。
いかに王太子とは言え、不躾に過ぎるわ。
確かに以前から、リアム様には小うるさいことを言われていたわ。
傲慢だの、民を見ろだの、僕の婚約者であることを自覚しろだの。
必要があって?
リアム様の婚約者はわたくししかいないでしょう?
通常次代の王の婚約者や正妃は力のある高位貴族家、具体的には公爵・侯爵・辺境伯家のいずれかから選ばれるわ。
でもリアム様と年回りの合う高位貴族の娘はわたくししかいないではないの。
わたくしとの婚約を破棄してどうするつもりかしら?
八歳以上も年下の令嬢を婚約者にするのかしら。
それとも浪費家の出戻りを?
普通に考えればどこかの伯爵家の令嬢を新しい婚約者にするのでしょうね。
クォルテア王国は他国の事情に巻き込まれたくないから、どこかの王女をもらうということはないのでしょうし。
モアラッカム公爵家との実力の差に苦しむといいわ。
「新たにこれなるオードリー・パーセル男爵令嬢と婚約することにする」
は?
オードリー・パーセルって、あのガリ勉?
いえ、リアム様があのガリ勉を気に入っていることは知っていたわ。
生徒会役員に指名してたし。
でも男爵家の出でしてよ?
後ろ盾としては丸っきり話にならないではないですか。
リアム様ったら、王権の強さか自分の王太子という立場かを過大評価しているのではなくって?
陛下はモアラッカム公爵家を贔屓してくれています。
わたくしがリアム様の妃となることが前提となっているから。
うちは我が世の春なのですよ?
モアラッカム公爵家以上の実力がある貴族は、クォルテア王国に存在しません。
何のためにわたくしがリアム様の婚約者だったと思っているのでしょうね。
もうちょっと賢い方だと思っていましたわ。
ガッカリです。
「ドロシア、何か言いたいことはあるか?」
ここでようやくわたくしの出番ですか?
お父様の方をチラッと見ます。
素直に引き下がっておけ?
そうね、こんな茶番に付き合っていては、わたくしまで安っぽく見られてしまうわ。
お父様はリアム様の王太子剥奪まで視野に入れているのでしょう。
第二王子カート殿下が注目されてくると、当然お妃教育の進んでいるわたくしがカート殿下の婚約者として推されますから。
こんなところで失点している場合ではないわ。
わたくしも王家の意向に逆らわない、従順な令嬢を演じないと。
「特にありません。殿下の仰せのままに、婚約破棄を受け入れます」
「そうか」
「しかし理由だけでもお聞かせ願えますか? 婚約は契約の一種です。ただ破棄しますでは臣民が動揺しますので」
お父様が睨んでますけど、これくらいは構わないでしょう?
どうせまともな理由なんか出てきませんわ。
粗相をあげつらうのでしょうけれど、わたくしにつけられていた王家の影を召喚して反論させればいいのですわ。
わたくしは重大な失策など犯していませんから。
さあ、リアム様どうします?
――――――――――王太子リアム視点。
ここまでは計算通り。
父陛下も興味深そうだ。
ドロシアは下の者を軽く見る傾向はあるが、バカではない。
それは王立学校の成績でも妃教育の進捗でもわかってる。
もし他に僕の婚約者として相応しい者がいなかったら、ドロシアはいずれ王妃となったろう。
しかしただでさえ王権が強くないクォルテア王国なのに、僕がドロシアを娶っては驕るモアラッカム公爵家をさらに調子づかせてしまうことになる。
問題を大きくしたまま次代に先送りというのは具合がよろしくないのだ。
可能ならば関係を清算したい。
もっともドロシアと公爵が王家に協力的なら何の問題もない。
しかし驕慢を絵に描いたようなモアラッカム公爵家の者が、従順なんてあり得ないしな。
モアラッカム公爵家は自分に実力があると思い込んでいるから。
実際の支持者はさほど多くないことに気付いていない。
……父陛下も証拠を握っている。
有力貴族が全て参加しているこの場でけりをつけてくれる。
「ドロシア、何か言いたいことはあるか?」
「特にありません。殿下の仰せのままに、婚約破棄を受け入れます」
ほう?
ちょっと意外だな。
嫌味の一つでも言ってくるかと思ったが。
いや、社交の場だ。
殊勝なところを見せておいて、他貴族家の反感を避けようという腹に違いない。
モアラッカム公爵家の人間は、自分に得になることしかしないから。
小賢しい。
「そうか」
「しかし理由だけでもお聞かせ願えますか? 婚約は契約の一種です。ただ破棄しますでは臣民が動揺しますので」
ハハッ、すぐ化けの皮が剥がれるじゃないか。
わかっている。
ドロシアは辛抱の利かない性格だ。
どうせドロシアはこの婚約破棄に大した理由なんかないと考えているのだろう。
視野が狭いから自分の周りだけしか見えていないのだ。
オードリー・パーセル男爵令嬢が何者であるかの調査さえしていないと見た。
それがドロシアとモアラッカム公爵家の敗因だ。
オードリー嬢は素晴らしい。
僕の婚約者として必要な全てを――――出身家の家格以外は――――持っている。
何故ならオードリー嬢は将来の王妃たらんと、自らの研鑽に努めていたから。
尊敬に値する。
ドロシアとモアラッカム公爵家は理解していないだろう。
本日の主役が僕ではなく、ましてやドロシアでもなく、オードリー嬢だということを。
僕はオードリー嬢が登壇する舞台を用意したに過ぎないのだ。
「理由についてはオードリー・パーセル男爵令嬢から説明してもらおう」
――――――――――オードリー・パーセル男爵令嬢視点。
いよいよ決行の日です。
怖気づいてはいけません。
私はリアム殿下の婚約者に指名されたのですから。
ああ、長かったですね。
私がドロシア様に劣っているところなど、あってはなりませんでした。
私を王太子妃に推す根拠が薄くなってしまいますから。
生まれ落ちたその瞬間から英才教育が始まりました。
客観的に見て、ドロシア様の才はまずまずだと思います。
リアム殿下の婚約者として他に選択肢がなかったという理由もわかります。
現在最大の実力者モアラッカム公爵家の令嬢でもありますし。
しかしずっとこの日が来るのを待っていた私の敵には到底ならないです。
積み重ねてきた努力の量が違いますから。
今日これからの事象は単なる仕上げ。
ドロシア様がどれほど哀れに踊るのか、舞踏会の余興に過ぎないのです。
初めて私が陛下にお目通りがかなった時、大変喜ばれました。
ああ、やはり陛下は英邁であらせられます。
王家の権力を強め、クォルテア王国を繁栄させる方向に舵を切ることを選択されました。
わざとモアラッカム公爵家に甘くし、潰せるだけの証拠を握る隙を作らせたのです。
ならば当然私も寄生虫の駆除に協力いたします。
「理由についてはオードリー・パーセル男爵令嬢から説明してもらおう」
私の出番ですね。
しかしドロシア様は不服そうです。
「リアム殿下自らお話ししてはいただけないのですか?」
「必要ない。それともドロシアは自分を蹴落とした令嬢の説明を、冷静に聞くことはできないのかね?」
うふふ、リアム殿下ったら随分煽りますね。
ドロシア様が淑女らしくないお顔をしていますよ。
「……伺いましょう」
「ではオードリー嬢」
ドロシア様の視線が強いですね。
憤慨しているような、バカにしているような。
いつまでその態度が保てるでしょうか?
ドロシア様の悪意ある視線をあえて正面から受けます。
そう、今までドロシア様に睨まれて目を逸らさなかった令嬢なんか、きっといませんでしたよね?
哀れな人。
もうその神通力は通用しないのですよ。
「さっさと語りなさいよ!」
うふふ。
痺れを切らしましたか。
小物に見えますよ。
十分に間を取り、参加者の皆さんを眺め渡します。
リアム殿下が少しハラハラしていますか?
私は大丈夫ですよ。
主役であるこの瞬間を楽しんでいるだけですから。
もう一度ドロシア様に視線を戻します。
「ドロシア様はどうして御自分が公爵令嬢なのか。御理解されていますか?」
「は?」
淑女の仮面が外れかけていますよ。
我が儘ばかり通してこられた故ですかね。
今まではそれで通用したのでしょうけれども。
「……もちろんモアラッカム公爵家に生まれたからですわ」
「さようでございますね。では、何故モアラッカム家が公爵に叙爵されたのかは御存じでいらっしゃいます?」
見物人の中にハッとした顔をした方が何人かいらっしゃいます。
ひそひそ話をなさる方も。
私が何を目論んでいるか、理解されたのでしょう。
うふふ、断罪劇はこれからですよ。
「過去に功績を挙げ、王子を当主としていただいたからですわ」
「何をもって功績と言うかはさておき、五代前の国王陛下は王太子時代、ノエルカーナル侯爵家の令嬢を婚約者としていたのです。婚約は破棄されましたけれども」
私が何を言いたいかわかった方も増えたようです。
ああ、どうやらドロシア様も。
「そ、それがどうしたのよ」
「婚約破棄の理由が振るっていましてね。とある令嬢を愛してしまったからだそうです。モアラッカム、当時子爵家の令嬢でしたが」
「……」
当時は王子が一人しかいなかったという事情もあり、ムリが通ってしまいました。
王家の求心力が弱まった原因でもあります。
「五代前の陛下の王子殿下の一人がモアラッカム家を継ぎ、同時に公爵に昇爵されたのです」
ただの贔屓ですよ。
王妃の出身家にいい顔がしたかっただけです。
モアラッカム家に功績などありはしません。
「王太子殿下を奪ったモアラッカム子爵家の令嬢が、奪われたノエルカーナル侯爵家の令嬢に何と言ったか、ドロシア様は御存じですか?」
「い、いえ……」
「『愛を得られない女は無価値なの』、ですよ」
「ま、まさかそんな……」
「今、リアム殿下は私を支持してくださっています。ドロシア様は殿下を奪われてみて、どう思われますか?」
淑女らしくもなく挑発していることはもちろん理解しています。
ドロシア様も真っ赤になってプルプルしているのは淑女らしくないからおあいこですね。
ああ、ドロシア様程度と五分ではいけないのでした。
……ドロシア様への蔑みの視線と私への反感の視線がほぼ同じくらいですね。
ここまではまずまずでしょう。
「リアム殿下に求められ、愛される私が婚約者となるのは当然のことです」
「男爵家の娘に王太子殿下の婚約者など務まるはずがないでしょう! 後ろ盾になりえませんわ!」
「後ろ盾にはわしがなろう!」
「え、エイヴリー様……」
ノエルカーナル侯爵家当主エイヴリー様の宣言に言葉を失うドロシア様。
「ドロシア様は御存じなかったですか? パーセル男爵家はノエルカーナル侯爵家の姻戚ですよ。そして私はモアラッカム公爵家に恥をかかされた娘の直接の子孫です」
「雪辱の機会を待っていた。ここに来てようやく一族からオードリーという優れた個性を輩出することができた。感無量じゃ!」
もちろん飛び入りなんかではありません。
エイヴリー・ノエルカーナル侯爵も演者の一人と、最初から決まっていましたよ。
ですからドロシア様。
口をパクパクするのでしたら、扇で隠すべきだと思います。
地頭は悪くないのでしょうが、驕れるモアラッカム公爵家の令嬢は淑女教育がなっていないようです。
この点だけからもリアム王太子殿下の隣に相応しいと思えません。
「待たれよ!」
大声で悪い雰囲気を挽回しようとする偉丈夫。
来ましたね。
ドロシア様の父君、公爵ネヴィル様です。
わかります。
ノエルカーナル侯爵家がバックにつくなら、私がリアム殿下の婚約者で認められそうな気配ですから。
クォルテア王国一の大貴族であるモアラッカム公爵家の威勢を笠に着て、形勢をひっくり返そうとしているのでしょう。
……クォルテア王国一の大貴族で、王権を弱めている原因だからこそ潰されるということが、まだおわかりでないようです。
「おかしいではないですか。我が息女ドロシアに何の非もないのに婚約破棄とは。婚約は契約ですぞ。何と心得るのか」
噴飯ものですね。
お宅の御先祖の所業を全て無視してきましたよ。
チラッと陛下の方を見ると……ああ、陛下自らが幕引きを行うようです。
一番いいところを持っていかれるのは残念ですが、私には近衛兵の指揮権がありませんからね。
「ネヴィル殿。ドロシア嬢に非はなくとも、モアラッカム公爵家にはあるのだ」
「は?」
「見よ」
陛下から公爵ネヴィル様に紙の束が放られます。
「規定を超える数の領兵の配備、届出のない武器兵器の輸入、禁止されている人身売買と人体実験、違法薬物の売買ルート等の証拠だ」
「……」
「言い逃れできるかね?」
ネヴィル様がどす黒い顔色になってブルブル震えていますね。
バレたって、全身が語っているようなものですよ。
モアラッカム公爵家が富裕になり力を持った裏には、王家の贔屓だけではなく、違法な取り引きがありました。
陛下は証拠を掴んでおられましたが、ただ処分しては陰謀を疑われます。
下手をすると反乱で国を割る事態にもなりかねません。
じっと機会を待っておいででした。
もっとも本当にモアラッカム公爵家を支持していた貴族なんて多くないと思いますよ。
だってちょっと探れば怪しいことをしていると察することはできたと思いますから。
ドロシア様が王太子リアム殿下の婚約者でしたから口を噤んでいただけ。
舞踏会参加者のほぼ全員から白い目で見られるネヴィル様。
今日が機会なのですよ。
観念なさってください。
「申し開きがあれば裁判で聞く。近衛兵! モアラッカム公爵家の一族を全員逮捕せよ!」
逃げようとしてもムダですよ。
最初から予定の行動なんですから。
◇
――――――――――一ヶ月後。
当然のことながら、モアラッカム公爵家は取り潰しとなりました。
その財産は国庫に接収され、また各領主貴族への引き締め効果もあって、王家の威勢は増したという評価です。
同時に接収した財産を財源に各種政策が実施されようとしています。
おそらく景気がよくなり、市民人気も上がるでしょう。
モアラッカムを名乗る一族は、当主ネヴィル様から二親等以内の男子は処刑。
その他の男子は平民に落とされた上放逐。
ドロシア様含めた女子は修道院行き、ということで調整がつきそうです。
一世を風靡した一族ですが、儚いものですね。
私はノエルカーナル侯爵家当主エイヴリー様の養女となった後、正式にリアム殿下の婚約者となりました。
今日はリアム様とお茶会です。
「オードリーが婚約者になってくれて、本当に嬉しい」
リアム様がニコニコです。
思ったより表情の豊かな方だったのですねえ。
「私もです」
「それにしては浮かない顔のように見えるが」
「浮かない、というわけではないのですが」
「話してみてくれ。楽になるかもしれない」
特に隠さなければならないようなことでもありませんし。
「私は物心つく前から、将来リアム様の婚約者になることを期待されていたのです。一族の悲願として。雪辱を果たす千載一遇の機会だとして」
「だろうな。よくわかる」
「でも実は、肝心の私にはあまりやる気がなかったのですよ」
「何故?」
「昔のことを根に持つのは、生産的ではないなあと考えていましたから」
しかし淑女たるべきなのは貴族の娘として当たり前ですし、学ぶこともまた好きでした。
境遇と使命に不満があったわけではないのですけれども。
「もっともと言えばもっともだな。して、考えが変わったのは?」
「……ドロシア様に頬を張られたことがあったのです。生意気だと。リアム様に近付くなと」
王立学校入学後です。
その頃には既に、モアラッカム公爵家の一族を一網打尽にする計画は動き始めていました。
しかしドロシア様の立場になって考えてみると、私は婚約者のリアム様の側をうろちょろするハエのようなものだったと思います。
ドロシア様が怒るのは確とした理由がありました。
「いや、しかしオードリーのせいではないであろう? 結局のところモアラッカム公爵家を排除する、クォルテア王国全体の大改革だった。オードリーは王家の思惑で動いていたに過ぎぬ」
「はい。でもそれからなんですよ。絶対にリアム様を奪ってやると心に思い定めたのは」
私怨なんです。
賢者のように巨視的に判断したのでも為政者のように俯瞰的に捉えたのでもなく。
「ふつふつと湧きあがるよろしくない感情も、自分自身を推進する燃料として必要と考えていました。が、事後になってみると私って小さいなと思うのです。反省しております」
「ハハッ、オードリーは可愛いな」
「あ……」
不意にリアム様に抱きしめられました。
こういう時はどうしたら?
今まで学んできた内容にはなかったですね。
顔が火照ってくるのがわかります。
「ドロシアは反省さえしなかったのだ。そんな自分勝手なことで将来王妃は務まらんと、何度言ったかわからん。オードリーは優秀だ。生徒会で僕を補佐してくれていた時からわかっていたが」
「……恐縮です。リアム様に相応しくあるよう、より一層努力いたします」
ひええ、それだけ言葉を紡ぐので一杯一杯です。
頭が働きません。
「僕だって全然完璧なんかじゃないんだ。オードリーの姿勢を見習わなければならないな」
「……」
「オードリー?」
「も、申し訳ありません。心臓がドキドキしてしまってですね。言葉が出てこなくて……」
「オードリー、それが恋だ」
「恋?」
これが恋?
学ぶことと自分を構築すること、計画を遂行することに身を捧げてきた私にはなかった感情です。
温かくて幸せで、どこか不安定な感じがする、これが恋……。
「一生かけて、君を愛そう」
「リアム様……」
頭が痺れます。
考えてみれば、他人の婚約者を奪ってから恋するなんて、おかしな話です。
でも……いいのです、多分。
「……リアム様。恋愛は私の学んでこなかった分野です。でも頑張ります。よろしくお願いいたします」
「一々可愛いな、君は」
さらに強く抱きしめられました。
私の生涯はリアム様とともに歩んでいくのだなあという、確かな思いに支配されます。
ああ、感謝の気持ちで一杯です。
リアム様の瞳に、今まで見たことのない恥ずかしそうな私が映っています。
これが本当の恋、なのですね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
どう思われたか↓の★~★★★★★の段階で評価していただけると、励みにも参考にもなります。
よろしくお願いいたします。