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『エッシャーの階段』①

「……」

 とある、良く晴れた日。

 俺は、地面に大の字になっていた。

 当然好きで寝転がっているのではなく、全ての原因は、

「ーーいやあ、なかなかの腕前であった!」

 今隣で、わっはっは、と高笑いしているおじさんなのだった。

 どうしてこうなった、と厭になるくらい真っ青な空を仰ぎ、心中で独りごちた。



 ここは、所謂「剣と魔法の世界」。

 つまり、魔物がいて、冒険者がいて。

 剣士がいて、魔術師がいて。

 ゴブリンがいて、ドラゴンがいて。

 そして、勇者がいて、魔王がいる世界だった。

 といっても、自分にとってはここが生まれた世界であり、そもそも「他の世界がある」という”噂”はどうにも現実感が無いというか、信じがたいことであった。最近異世界とやらから勇者がやってきたとかきてないとか、彼がいたのは魔法が無い世界なのだ、とかいう話だけは聞いているが、正直「へえ……」以上の感慨は一ミリも湧いてこないのだった。閑話休題。

 今魚の干物の如くべたっとしているのは、そんな世界のどこにでもあるような、森。

 奥にはこわーい魔物がいるから入っちゃ駄目よ、と近隣の住民が子供に言い聞かせるような、しかし実際は色も形も似たような木が鬱蒼と茂っていること以外は取り立てて何も無い、森。

 その中央にある、ぽっかりと開けた広場で、俺は普段魔術や剣術の練習をしていたのだ。

 ……ある目的のために、強くならなければならないので。

 しかし今日、いつも通り練習をしていると、「お前見込みがありそうだな! 俺と勝負だ!」といきなり喧嘩(推定)を売られ。

 戸惑いつつも持てる技術を駆使して戦ったのだが、容赦無くぼっこぼこにされて今に至る、という訳だった。

「いやあしかし、魔力量はそこそこ、扱いもまあまあ、剣術はそれなり、だが全てにおいて精彩を欠く、といった印象だな。教科書通りだがそれ以上にはならない、といった具合だ」

 ……好き勝手に言ってくれる。

 顎髭をなでながら恐ろしいことに一切の悪意無くそう言い切った男を、首だけ動かして見遣る。

 第一印象は、熊のような男だ。

 身長は、そんなに高くはない俺より二十センチほど高いが、それだけだ。特別上背があるわけではない。

 しかし、彼を熊っぽく見せているのは、もじゃもじゃとした茶色がかった金色の蓬髪と、同色の顎髭、そして残念ながら俺の付けたものではない古傷に塗れた、白銀の全身鎧だった。

 ヘルムは無いが、首からつま先までがちがちの鎧は、かつては陽光を眩しく反射していたのだろうと思われるが、今は見る影も無くくすんでいる。しかしそれが逆に数多の戦をくぐり抜けてきた猛者特有の凄みを生んでいるのだった。

 実際、彼は俺の放った炎や氷、雷の魔術を、やはり白銀の籠手に覆われた拳で「殴り砕いて」いた。……そのまま俺自身もぶん殴られたわけだが。

 今思い返しても意味がわからん、とやけくそ気味に再び青空を見上げる。

 様々な意味において、立ち上がる気力が湧かなかった。

「……それで、貴方は何がしたいんですか。調子に乗った小僧の鼻っ柱をたたき折るのが趣味だとでも?」

「そんな珍妙な趣味は無い。俺がここにいるのは……………………偶然だ」

 そうとは思いがたい沈黙が間に挟まったが。

 もう一度彼を見ると、すっと露骨に目を逸らした。あまりにも、わかりやすい。

「ま、まあとにかく。ーーお前、強くなりたいか?」

 唐突に何を、と思ったが。

 その語調がとても真剣だったので。

「ーーはい。強く、なりたいです」

 俺は素直に答えた。

 ひょっとして、彼が稽古を付けてくれるのかもしれない。そうでなかったとしても、魔術を砕いた拳について色々と尋ねたいことがある。

 それに。強くならなければならない。眼前の大男よりも。家族よりも。

 ーーあいつよりも。

 そのためならなんでもする、とあの日誓ったから。

「よし、それなら。俺はお前に稽古を付けてやることは出来ないが」

 出来ないんかい、と心の中でずっこける。体はまだ大の字になったままだ。

 彼は巌のような顔を緩めてにやりと笑い、

「強くなれる場所に連れて行ってやる事は出来る。……どうだ、行くか?」

 その言葉と共に、白銀の手が差し伸べられた。

 凄まじく怪しいし、恐ろしく唐突だし、罠の気配しかしない誘い文句ではあるけれど。

 ……もし、その言葉が本当なら。

 俺は最後の気合いでえいやっと上体を起こして、

「ーー行きます」

 その手をしっかりと握った。



「俺の事は……〈力〉とでも呼んでくれ」

 おじさん改め〈力〉は、そのように名乗った。

「……二つ名、ですか? にしても妙な名前ですね……」

「まー、うん、色々事情があってな。かっちょいい名前だろ?」

「はあ……」

「力イズパワーだ」

「はあ?」

 そんな話をしながら森の中を歩いて、俺達は古い小屋の前にやってきた。

 元は木こりの拠点だったのかもしれないそのボロ小屋は、木の板を家の形になるように組み合わせただけ、と形容するしかないほど屋根も壁も薄っぺらく、所々蔦が這い、腐食し、何より若干傾いていた。

 ちょっと押すだけでも崩れてしまいそうな小屋を前に、かくりと首を傾げた。

「……ここが、その『強くなれる場所』、ですか?」

「まあまあ、慌てなさんな」

 〈力〉は子供が泣いて逃げ出しそうな凶悪な笑顔を浮かべ、木の板に取っ手をくっつけただけの扉の前に進み出る。

 そして、どこからともなく黄金の鍵を取り出した。

 握柄から先端まできんきらきんで、一目でメッキではないとわかる深みのある輝きを放ち、鍵穴に差し込む部分すら繊細な彫刻が施された芸術品に見える。

 握柄の部分にもレースのような透かし彫りが施されているが、そこに規則的に、奇妙な図形を描くように色とりどりの小さな宝石が埋め込まれているのが、妙に目に付いた。

「よーく見とけ、腰抜かすなよ」

 彼は鍵を鍵穴すらないドアに近づけた。

 次の瞬間、ボロ小屋の木のドアが、壮麗な金装飾に彩られた黒い両開きの扉に変化した。

「は……?」

 呆然と歩み寄り、思わず扉の表面に触れるが、手にはひんやりとした金属の感触が伝わってくる。

 つまり、幻覚でも偽物でもない。

 というか、小屋の幅より縦にも横にも大きな扉なのに、小屋のドアとして収まっている。

 遠近感も縮尺も狂った光景にただ固まっていると、

「驚くには早いぞ」

 〈力〉はにやにや笑いながら俺をちょいと押し退けて、扉のノブに両手をかけた。

 彼が勢いよく扉を開け放った瞬間、ボロ小屋だったはずの空間から何よりも白い光が溢れだし、思わずきつく目を瞑った。



 光が収まったのを感じて恐る恐る目を開けると。

 そこは、豪奢な『玄関ホール』だった。

 黒を基調とした壁紙や床のタイル。

 どこまであるのかわからないほど高い天井に輝く、ガラスとダイヤモンドを重ねたシャンデリア。

 人の動きを自然と導く、染み一つ無いレッドカーペット。

 しかし、その部屋がただの玄関ではない証拠のように。

 レッドカーペットの先には、『カウンター』があった。

 円形になったカウンターテーブルの内側にはやってくる人に何か案内したり、何かを渡したり、逆に何かを受け取ったりしている人々。

 外側には、〈力〉のような鎧を纏った戦士、ローブを纏った魔法使い、更にもはや何をしている人なのか見当も付かない、体にぴっちりと張り付く衣服を纏った人物や礼服姿の者が何人も並んでいた。

 そのカウンターの右側には、テーブルとソファのセットが幾つも並んだ応接用のエリアがあり、左側には雰囲気ぶち壊し上等の屋台(!?)が並んでいて、食べ物や鉱石、植物を売っていた。

「おっと、そこ危ないぞ」

「え……うわっ!?」

 慌てて飛び退き、さっきまで立っていた場所に目をやると、そこにはタイルの隙間をより深くしたような溝が切られており、その中で小包を抱えた小人が行き来していた。

 唖然としていると、今度は翼が空気を打つ音が耳に届く。

 見上げると、シャンデリアの隙間を縫うように、首から荷物を提げた小竜が飛び交っている。

 総じて、貴族の城館と冒険者ギルドを足して二で割らなかったような、建物。

「なんだ……これ……」

 思わず零れた呟きに答えるように、〈力〉はまたにやっと笑い、


「ようこそ、〈生命の樹(セフィロト)〉へ」



「〈生命の樹〉……? って、なん」

「あーーーーっと、そうだ、俺としたことが、急用があるんだったーーー」

 大根役者も真っ青な棒読みで〈力〉はわざとらしく声を上げると、俺の肩をぽん、と叩いた。

「と、いうわけだから、俺はこの辺で」

「はい? いや、流石に嘘ですよね?」

「う、嘘じゃ無いんだぜー」

 〈力〉は滝のような汗をかきながら、露骨に視線を逸らした。本当に、本当にわかりやすい。

「……まあ、ここで何の指針も与えずに放り出すのも忍びない。一つ、アドバイスをやろう」

 何をいけしゃあしゃあとこのオッサンーーと絶句していると、彼はぴっと上を指さし、


「二階にいる奴を頼れ」


「二階……?」

「そう。ここには階段もエスカレーターもエレベーターもその他昇降設備も無いが、二階がある。そして、そこに行く方法も、ある。その方法を見つけ出す……のは無理だろうが、知ってる奴を探せ。それが最初のミッションだ」

「ミッションて」

「んじゃ、頑張れよ若人!」

「若人て」

 馬鹿みたいに鸚鵡返ししている間に、〈力〉は脱兎の如くすたこらさっさと逃げ出して、すぐに人波に紛れて見えなくなった。

「……」

 残されたのは、右も左も何にもわからない俺一人。

 暫くそのままぼうっと突っ立っていたが、

(とりあえず今は、あのおじさんの言うことに従ってみるしかやることがない。癪だけど。怪しいけど) 

 まずは聞き込みと探索か、と意気込んで、応接エリアに向けて歩き出した。 



「二階? 二階なんてあるの?」


「あー、なんか聞いたことある。噂? 的な?」


「階段? 見たことないなあ」


 以上が、聞き込みの成果だった。

 尋ねた人は大体親切に答えてくれたが、彼等彼女等の回答を纏めると、大体この三種に集約されるのだった。

 「噂くらいなら」と答えた人にどんな噂なのか尋ねても、「詳しくは知らない」と答えるばかりだった。

 隠している、という感じはしない。皆本当に知らないのだろう。

 そして散々歩き回った結果わかったことといえば。

 この建物が馬鹿みたいに広い円形の部屋と、阿呆みたいに太い廊下が繋がって出来ているということ。

 部屋の繋がり方もまっすぐだったり斜めだったりとバラバラで、部屋の内装も似通っていること(そのため多分自力ではもう玄関ホールにも戻れない)。

 円形の部屋の中では、やはり服装も年齢も性別も人種も様々な人々が、談笑したり、議論したり、魔法の実験をしたりしていたということ。

 一部屋だけ鍵がかかって入れない部屋があったこと。

 最後に、階段は無かったということ。

 これくらいだった。

「……」

 なんかもうなにをしたらいいのかわからなくて、適当な廊下の、適当な長椅子に座り込んで出入りする人々を眺めていた。

 背もたれの無い長椅子なので、シックな壁に頭をもたれさせ、ただぼけーっとしていた。

(二階なんて本当にあるのか……? というかなんであのオッサンのいうことを真面目に聞いてるんだ……? というかなんでのこのこ着いてきちゃったんだ……?)

 悶々とただ今までの行いをじわじわ後悔しつつ自問自答する。

 次第に人の出入りが落ち着いたのか、長い廊下には殆ど誰もいなくなってしまった。

 残っているのは俺と、先程から部屋や廊下をあちこち行き来しながら、神経質に絵画の傾きを直している紙束を抱えた青年のみ。

 精が出るなあ、となんということもなく、廊下に点在する絵画の一葉に目を向ける。

 白と黒で構成されたその絵画は、残念ながら複製品らしく、どうやら他の絵画も複製か印刷物らしかった。

 中にはちゃんとした油絵もあるようだが、恐らく単体で見れば素晴らしい出来のそれも、数々の名作(多分)の前では霞んで見えた。

 じゃあなんでこんなに絵画っぽいの飾ってるんだろ、と現実逃避気味のことをぼんやり考えていると。

 青年が、俺が今見るともなく見ていた絵画の傾きを直した。

 ーーいや。

 傾きを直していたのではない。

 さっきまでは遠くにいたので気付かなかったが、彼は、絵画の額縁をさっと撫でるように、軽く触れていただけだ。

 ただの癖なのかもしれないが。

 もし、その行為に意味があるのだとすれば。

 名画の複製品を何点も何点も飾らないといけない合理的な理由があるのだとすれば。

 何度も往復して複数の絵画に触れる必要があるのだとすれば。

 ひょっとしてーー

「あの!」

 俺ががたん、と勢いよく立ち上がって青年に声をかけたのと。

 青年が「え?」と振り返ったのと。

 白黒の絵画の中心がぼんやりと輝き始めたのは、同時だった。

 そこに描かれていた水車が、ゆっくりと、本来の方向とは逆の方向に回り始めた。

 それに従うように、周囲の水も逆流し始める。

 水車の回転はどんどん速くなり、どんどん目で追えなくなり、どんどん光が強くなり、そしてーー



 気がついたときには、先程とは全く違う空間にいた。

 本日二度目だよチクショウ、と周囲を見回すと。

「「……」」

 困ったような表情を浮かべた、温和そうな顔立ちの青年と目が合った。間違いなく、絵画に触れて回っていた彼だろう。

 身長は俺より高く、〈力〉よりやや低い程度。

 着ているのは流石に全身鎧ではなく、柔らかそうなフード付きのだぼっとした上着と、紺色のズボン。足元は歩きやすそうな布の靴。

 黒に近い焦げ茶の髪と、同色の瞳。今は眉尻が下がった、一言で言うなら「どーしよ」という顔をしている。

「……えーっと、ごめん。巻き込んじゃって……」

「いえ、それはいい……いや良くないんですけどとりあえず良いということにして」

 改めて、今自分が立っている部屋を見渡して。

「……ここ、どこですか?」

 そこは、巨大な書庫だった。

 壁や床は黒で統一され、天井にシャンデリアが輝いているのは他の部屋と同じだが、その造りは全く違う。

 まず、部屋の形が円形では無く長方形だ。

 それも、呆れるほど縦に長い。

 振り向けば後ろには壁があるのだが、正面にあるはずの壁は遠すぎて全然見えない。

 俺の視力では、遙か彼方に白っぽい何かが鎮座し、そしてその先にもまだ部屋が続いていることしかわからなかった。

 そして、この部屋を書庫たらしめている、本棚群。

 左右の壁を延々と覆っている、本棚また本棚。

 その間に、何故か湾曲したものばかりが新手の藝術作品のようにうねうねと、点々と配置されている、背の低い本棚また本棚。

 その中に収まっているのは当然本……ばかりでは無く、紐で綴じられた紙束もかなりの割合で混ざっている。

 試みに一番近くにある本棚に目を向け、その背表紙にぐっと目を凝らしてみたが。

 全て俺の知らない言語の、恐らくタイトルであろう文字が並んでいたので諦めた。

「……一階には、こんな部屋無かったですよね」

「うん。ここは、〈生命の樹〉の二階……大書庫だよ。

それでその、一階に戻りたいなら案内するけど……?」

「いえ、俺、二階に……正確にはそこにいる人に用があるんです」

「二階の、人?」

 「二階にいる人」について言及した瞬間、青年の目がすっと細められ、警戒するように数歩距離を取った。

(あ、まずったかも)

 二階の存在は秘匿されている……とまではいかないが、知る人ぞ知る場所であるのは、先程の聞き込みの成果から明らかだ。

 その上「そこにいる人」について知っている、と素人っぽい、新入り(未満)の子供が口にすれば、警戒するのは当たり前だ。

「いえその、実はーー」

 慌てて〈力〉との出会いとその発言について一から説明すると、青年はうん、うんと頷き、最終的に頭を抱えてしまった。

「ああ、うん、成程……〈力〉さんらしいっちゃらしいけど、もうちょっとこう、説明というか手心を……」

「えーっと、なんか、すみません」

 俺が謝る要素はあんまりそんなに全く無いはずだが、何となくそう言ってしまった。

「まあ、うん。わかったよ。〈力〉さんの分まで俺が説明するよ。俺もその『二階にいる人』に用があるし」

 青年は人の良さそうな笑みを浮かべ、こちらに手を差し出した。

「俺は裕也(ゆうや)。よろしく」

「ユウヤ、さん。裕也さん、ですね。よろしくお願いします。俺はーー」

「あ、ストップ!」

 突然青年改め裕也さんが声を上げたので、俺は驚いた猫みたいにびゃっと跳び上がってしまった。

「え、な、なんですか」

 裕也さんは、真剣な表情で指をぴっと立て、

「ここでは、本名はできるだけ名乗らない方が良い。最低でも、フルネームを名乗るのは避けるべきだ。

名前は個人を特定する一番シンプルかつ強力なツールだから。

……ここにいる人は概ね良い人だけど、残念ながら全員がそうというわけじゃない。どこで因縁を付けられて、呪いを掛けられるか定かじゃないから」

「の、呪いですか……。

ーーあれ、裕也さんは普通に名乗りましたよね? 偽名ですか?」

「いや本名。俺は目を付けられるほど強くないというか、俺を呪うのはよっぽど暇な奴だろっていうか。まあ雑魚だからさ、あんまり気にしなくてもいいんだ」

「なんか狡いような……。

えーっと、それじゃあーーカイ、で。お願いします」

 本名のもじりである適当な偽名を口にして、俺は裕也さんの手を握りーーぎょっと目を剥いた。

 その手には固い剣ダコがあり、しっかりとした筋肉も付いている。

 ……明らかに、「戦える人」の手。

 俺自身もそれなりに剣術を修めてはいると自負しているが、それでも全く敵わないだろう、と直感した。

 柔和そうに見えるのは、殺気や剣気を隠すのにそれだけ長けているからだ。

(ここでなら、強くなれる、というのは)

 手を握ったまま固まっている自分に困惑の視線を向けている裕也さんを、ふっと見上げる。

(……こんな人が、ごろごろいるからか……?)

 俺の戦慄を他所に、裕也さんは困ったように首を傾げた。



「ーーまず〈生命の樹〉っていうのは、この建物の名前であり、ここに居を構える組織の名前でもあるんだ」

 とりあえずまずは概要から教えてほしい、という俺の要望に答え、裕也さんが歩きながら話し始めた。

「凄く簡単に言うと、ここは魔術師達の互助組織であり、魔術師ギルドであり、研究所なんだ」

「結構……手広くやってるんですね」

「うん。でも大前提として、ここでいう『魔術師』っていうのは、魔法使いとか魔女とか呪術師とかドルイドとか異能者とか、要は『超常の力を操る人達』のことを指すんだ。

それで、彼等の中には能力の扱い方がわからない人や、周囲の人々からいわれなき迫害を受けた人もいる。そういった人達に生きる方法を教えるのが〈生命の樹〉の役割の一つ」

「それで互助組織、と。じゃあギルドというのは」

「俺達〈生命の樹〉は結構……それなり……相当な数のメンバーがいて、あっちこっちに散っている。彼等は現地の魔術師や冒険者、貴族に王族と連携を取ったり取らなかったりしているんだけど」

「取らないこともあるんですか」

「まあ〈生命の樹〉の活動にどれくらい協力するかは個人の自由だから……皆自分の研究のことしか考えてないんだけど……。

ともかく。現地の人々が手に負えないような自体が発生した時、〈生命の樹〉メンバーは現地の人々の了解を得た上で、〈生命の樹〉本部に依頼を出す。それを別の〈生命の樹〉メンバーが受諾し、問題を解決する。これがここの『冒険者ギルド』としての役割。

……ただまあ、現地の人が手に負えなかった件が依頼される分、難易度ルナティックな依頼しか回ってこないんだけどね。一回カウンターの依頼掲示板見に行くと良いよ。厄災をまき散らすドラゴンを討伐しろとか、暴虐の限りを尽くす魔王を倒せとか、そんなんばっか」

「……はあ……」

「で、最後に研究機関。実はこれが〈生命の樹〉の一番重要な部分なんだよね。他二つはついでというか、成り行きで出来た部分らしい」

「ついでて」

「〈生命の樹〉に入ったメンバーは、まず自分が主に研究したい分野を決める。これは後からでも変えられるし、掛け持ちもオッケーだから、カイ君も気楽に決めて良いよ。それで、その分野にあった〈(セフィラ)〉に案内される」

「〈実〉?」

「これは部署名にして部屋名というか……詳しくはカウンターの人に聞いて。流石にどこが何とか覚えて無くて……。

その後、そこで思い思いの研究をする。気の合いそうな人と協力するもよし、一人で黙々と励むもよし。何もしないのもよし。ま、良い意味で自由だよ。幾つかルールはあるけど」

「ルールですか? 先輩にパン買わないと八つ裂きにされるとか?」

「どこの不良の掟? 唐突に謎の闇を露呈させるのやめてほしいな……心の準備が出来てないから……」

「心の準備できたらいいんですか??」

「ま、まあとにかく。ルールっていってもそんなにキツくはなくて、確か『論争する際は相手の主義主張以外を批判しない』とか『喧嘩になっても禍根を残さない』とか『それでも納得できない場合は殴り合いまでにとどめる』とかそんな感じ」

「おかしいな、逆に不安になったんですけど」

「いやいや、流石に滅多に流血沙汰にはならないから。多分。確か。恐らく」

「断言してください」

「……話を戻すけど、そうやって魔術師達が切磋琢磨しながら研究し、己の技量を高めることが〈生命の樹〉が存在する理由。

そしてその中で特に優秀な者が、いわゆるところの幹部である〈アルカナ〉に任ぜられるーーということになってる」

「……『ということになってる』?」

「いやまあ、うん。〈アルカナ〉の皆さんはほんとに優秀なんだけど、だからといって特権らしい特権は最奥の〈ケテル〉に入れるっていうこと以外特にないし、むしろ使いっ走りというか面倒事をぶん投げられる係というか貧乏くじ引く役というか……」

「メリットを圧倒的に上回るデメリット」

「ちなみに〈ケテル〉は実際ただの会議室だよ」

「メリットがどっか行ったんですけど」

「ーーと、概要を話し終わったところで」

 いつの間にか、最初遠目に見えていた白い物体が、その正体がわかるところまで近くにあった。

 俺はその、書庫にあるにはあまりにも不釣り合いな「それ」を前に、ただ固まっていた。

「着いたよ。『二階にいる人』のところに」

 

 ーー「それ」は、ベッドだった。

 俺が四人寝転んでもなお余りそうな、何故か円形をした寝台。

 高い天井から吊り下げられた、レースを重ねたベールが、テントのように緩やかに広がりながら寝台を覆い隠している。

 そのベールも、ベールの下からはみ出すシーツも、シーツの上に重なっている布団も、触れるのが躊躇われるほどの純白。

 そして、その中に埋もれている、影。


 裕也さんは、そっとベールをかきわけ、なによりも愛しいものを見るような目でそっと、すう、すうと寝息を立てている人物の肩に触れーー割と容赦無くガコガコと揺らした。

 ーー今の愛おしげな雰囲気イズどこ……?

 ぽかんとしている俺を他所に、

「ほら、起きて! お客さん!」

「んぐぐぐ、うー、やだぁー……あと、五……」

「五? 五分?」

「五、時間……」

「だーめーでーすー、起きて! お客さんアンド仕事!」

「むぎゅー……」

 その人はもそもそと布団から起き上がり、

「めがね……」

「はい」

「ん……」

 手渡された眼鏡をかけ、くああ、と猫のような大あくびをして、ぱち、ぱちとゆっくり眠たげな瞬きをした後。

「……誰?」

 ぐん、と眠たげな顔を向けた。その動きは先程の気の抜けきったやりとりとは裏腹に人形のように無機質で、まだ眠そうな瞳の奥の光はどこまでも見通すかのような冷たさを残していた。

「だから、お客さん」

「……何の?」

「〈力〉さんが寄越した」

「そう……」

 あふ、とその人はもう一度あくびをして、顎先をやや越える程度の位置で切りそろえた黒髪を軽く揺らせた。

 あくびをした口を軽く覆った左手の薬指に、指輪。

 ーー先程、名前についての話をしたとき、裕也さんが指を立てるために掲げた左手に、その薬指に、嵌まっていたものと、同じ。

「それじゃあ、改めて自己紹介するか」

 裕也さんは、彼女の肩にそっと手を置き、俺に正対した。


「ーー〈生命の樹〉第十八席、序列無し、〈満月〉の望月裕也」

「……同じく〈新月〉の望月六花(りっか)

「専門は怪異」

「よろしく?」



「……ご夫婦で、しかも〈アルカナ〉だったんですね」

「うん。……ばれてたかもしれないけど」

「恨み節が大分具体的でしたしね。

……それで、専門分野の『怪異』ってなんですか?」

「おばけちゃん」

「は??」

「六花まだ大分眠いな?」

「Now loading……」

「そっか…………」

「……で、『怪異』って何なんですか」

「説明したいのはやまやまなんだけど、今回説明が多すぎたから次回に回そう」

「ええ……」

「ーーで、六花、そろそろ目は覚めたか?」

「まだ……」

「うーん……じゃあ、これを見たらちょっとは目が覚めるか?」

 そう言って、裕也さんはずっと左手に抱えていた、書類の束を差し出した。

 それをぺらぺらと読んでいた六花さんの手がぴたりと止まり、眠たげだった瞳がやや見開かれた。


「ーー『エッシャーの階段』か」


ゲームのアプデにかまけていたら凄い時間かかった。

あと途中まで書いて気に食わなくてちょっと手直ししたのもある。


裕也が着てるのはパーカーとジ-ンズ。描写する暇が無かったけど六花が着てるのはゆるっとした部屋着。

カイは「剣と魔法の世界」出身なのでそういう服の名称がわかっていません。


「ミリ」と「センチ」についてはわざとです。

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