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白銀皇女の覇道譚 ~侵略国家の皇女は覇道を歩む~  作者: YUU
第三章 婚約破棄騒動編

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51 アクトレイテ侯爵家

 ガイウスとの面談を終えたアルメリアとナターシャの二人が皇宮を出て向かったのは帝都の貴族街にあるアクトレイテ侯爵家の屋敷だった。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 そう言いながらナターシャ達を出迎えるのはアクトレイテ侯爵家に仕える執事の一人だ。

 すると、執事の目線はナターシャの隣にいるアルメリアへと移った。


「お嬢様、こちらのご令嬢はどなたですかな?」

「この方は私のお客様ですので、無用な詮索はしてはなりません」

「畏まりました」


 ナターシャが発した『この方』という言葉や彼女がアルメリアを明らかに目上の者として扱っている事に執事は一瞬だけ目を見開くが、それ以上は何も反応を見せる事はなかった。


「それと、お父様はいらっしゃるかしら?」

「ええ、今は執務室にて本日の執務を行なっておられます」

「では、お父様にはこうお伝えしてもらえるかしら。皇女殿下がお父様に面会を求めていらっしゃる、と」

「……畏まりました。お嬢様は如何されますか?」

「私はこの方と共に応接間でお父様を待っています」


 ナターシャがそう告げると執事は頭を下げた後、屋敷の二階へと上がっていく。


「では、アルメリア殿下、私が応接間へとご案内いたします」

「ええ、お願いしますわ」


 その後、アルメリアはナターシャに応接間へと案内されるのだった。




 アルメリアが応接間に案内されてから少しした頃の事、突然部屋の扉が数度ノックされると、その直後一人の身なりの整った男性が入ってきた。

 そして、その男性はアルメリアと向かい合う様に座る。


「お初にお目にかかります、皇女殿下。私の名はルドガー・アクトレイテと申します。皇帝陛下より侯爵の爵位を賜っております」

「初めまして、わたくしはヴァレリア帝国第五皇女アルメリア・フォン・ヴァレリアと申しますわ。以後、お見知り置きくださいな」


 そして、二人は互いに挨拶を交わすが、ルドガーは内心ではアルメリアに明らかに激しい敵意を向けている。

 恐らく、既に彼の耳には婚約破棄の件が届いているのだろう。

 その敵意は血の繋がった家族であるナターシャも気を抜けば、体の震えが止まらなくなるだろう程に強いものだった。流石は帝国有数の大貴族であるアクトレイテ侯爵家の当主だと言うべきだろうか。

 だが、当のアルメリアはその敵意に臆した様子は無く、平然とした様子で話を切り出した。


「では、早速話を始めましょうか」

「まずは、確認させて頂きたい。皇女殿下がここまでいらっしゃったのはウィリアム皇子殿下との婚約の件という事でよろしいかな?」

「ええ、その通りですわ。それについてはまずはこちらを。これはお父様から預かった本件に関しての書状ですわ」

「では、拝見させていただく」


 そして、ルドガーはアルメリアから渡された書状に記された内容を目にする。

 だが、彼はその書状を読み進めるにつれ、その表情に怒りを募らせていた。

 しかし、それも当然だろう。何故なら、そこにはアルメリアに本件を一任する旨が記されていたのだから。

   

「これは事実なのですか? 陛下は本当にあなたに全てを一任する、と?」

「ええ、間違いありませんわ」


 アルメリアの言葉を聞いた瞬間、ルドガーの怒りは一気に膨れ上がった。

 しかし、彼がそれほどまでに怒りを募らせるのも当然だろう。今回の婚約破棄はアクトレイテ侯爵家に対する皇家からの裏切りに等しい。

 だというのに、皇帝であるガイウスから送られてきたのは名も知らぬ皇女だ。しかも、彼女には本件を一任しているのだという。これではガイウスがアクトレイテ侯爵家を侮っていると思われても仕方がないだろう。

 しかし、怒ってもどうにもならない事を理解している彼は何とか平静を保ちながら、アルメリアの話を聞く事にした。


「では、まずはウィリアムお兄様が行った愚行について、皇族としてのアクトレイテ侯爵への補償の話をしましょう。

 まず、大前提としてあんな公の場で婚約破棄を宣言した以上、もうこの婚約の維持は不可能でしょう。ですので、今後はこの婚約が破棄された事を前提に話を進めたいと思いますわ」

「……分かりました。では、皇女殿下はこの件を一体どの様に解決されるおつもりか」


 ナターシャは皇族であるウィリアム皇子から一方的に婚約を破棄された。その事実は彼女にとって極めて大きな醜聞だ。

 それ故、そんな醜聞が残るナターシャが今後新しく婚約者を見つけるのは極めて困難だろう。

 また、この一件でアクトレイテ侯爵家はウィリアム皇子の派閥から離脱する事にもなるだろう。

 だからこそ、今回の件の主犯であるウィリアムの関係者であるアルメリアには少なくともウィリアムとの婚約に匹敵する何かを提示して貰わなければならなかった。


 しかし、アルメリアから成された提案は彼にとって想像もしていなかったものだった。


「まず、ナターシャさん個人の補償についてですが、彼女をわたくしの傍仕えとして重用する事をお約束します。

 それを以て、ナターシャさん個人への補償としますわ」

「…………は?」

「そして、アクトレイテ侯爵家にはわたくしの第一の後ろ盾になる事を許しますわ。それが今回の件に対するわたくしが提示するアクトレイテ侯爵家に対する皇族からの補償ですわ」


 ルドガーは続けざまに放たれたアルメリアのその言葉を理解できず、一瞬だけ頭が空白になる。


「なっ、なっ……」


 しかし、彼がアルメリアの言葉の意味を理解したその直後、ルドガーの怒りはもはや憤死する数歩手前の域にまで達し始める。


「この様な我々に何のメリットもない馬鹿げた提案をするなど、皇女殿下は何をお考えなのですか!?」

「あら、わたくしの提案に何かご不満がありまして?」

「そうですとも!! 娘が殿下の傍仕えになる? 我々が皇女殿下の後ろ盾になる?

 その二つの提案の何処に我がアクトレイテ侯爵家にメリットがあるというのですか!?」

「っ、お父様っ、アルメリア皇女殿下は……」

「これは私と殿下の問題だ。お前は黙っていなさい!!」


 ナターシャの言葉に更に怒りを増し、もはや憤死寸前のアクトレイテ侯爵に対し、アルメリアは寧ろこの展開を予想していたのか、その表情に笑みを浮かべた。


「メリット、ですか。それなら当然ありますわ」


 そして、彼女は用意していた切り札を一つ切る事にした。


「アクトレイテ侯爵、これをご覧なさい」


 そう言いながらアルメリアが見せたのは帝国の皇太子のみが所有を許される指輪だった。


「それが一体何だと……。まてっ、それは、まさかっ!?」


 昔、現皇帝であるガイウスがまだ皇太子だった頃に彼はその指輪を何度も見た事があった。

 だが、流石にアルメリアが皇太女だと信じる事が出来ない彼はその指輪を贋物と疑うが、どこからどう見ても本物にしか見えない。


「まさか、本物なのか……」

「ええ、間違いなく。わたくしが皇太女ですわ」

「……皇帝陛下もついに耄碌なされたか」

「あら、皇帝たるお父様にその様な物言いは無礼極まりないと思いませんこと?」

「そうも言いたくなるでしょう。陛下が何の力も持たない皇女を後継者に選ぶなど」

「ふふっ、信じられないというのであれば、お父様に直接問いただせば宜しいのではなくて? ああ、お父様への取り次ぎはわたくしがいたしますわよ」


 そう言いながら、アルメリアはクスクスと笑う。そんなアルメリアの様子を見ていたルドガーは自身の体から怒りがスッと抜けていくのを感じた。


「……分かりました。信じましょう、あなたが皇帝陛下が選ばれた後継者であるという事を」

「ご理解頂けた様で何よりですわ」

      

 彼がアルメリアを本物の皇太女であると考えた理由は他にもある。

 それは本件を彼女に一任するというガイウスの判断だ。アルメリアが本当に皇太女なのだとすれば、その判断に納得がいくからだ。


「では、話を元に戻すとしましょう。あなたも知っての通り、今のわたくしには後ろ盾がありませんわ。

 だからこそ、わたくしの最初の後ろ盾になれるというのは十分なメリットだとは思いませんこと?」


 そして、アルメリアは最後に自分が女帝になった暁にはアクトレイテ侯爵家の縁者を重用する事を約束する事、ナターシャの汚名を払拭する為に尽力する事の二点も付け加えた。


「……では、仮にもしこの話を断った場合、どうなさるおつもりですか」

「別にどうするつもりもありませんわ。ですが、ここでこの話を断った場合、補償に関しては別の形を取らざるを得なくなりますわね」

「そう、ですか……」


 そして、アルメリアのその言葉にルドガーは考え込む。


 帝国有数の大貴族であるアクトレイテ侯爵家の当主である彼を以てしても、アルメリアを自身の後継者として選んだガイウスの意図は分からない。

 しかし、アルメリアを後継者として選んだという事はガイウスが彼女に何らかの素質を見出しているという事に他ならない。だからこそ、彼女は皇太子の指輪を与えられたのだろう。

 そんな彼女の背景を知った今、アルメリアが用意してきた提案は今のルドガーにとって十分に考慮に値するものだった。


 更に言うなら、今のウィリアム皇子は沈みゆく泥舟だ。こんな愚行をした以上、今後の発展を見込むのは難しい。

 また、アクトレイテ侯爵家が今後自分達の勢力を維持する為にはウィリアム皇子の派閥に復帰するか、その代わりとなる別の皇族の派閥に入らなければいけないだろう。

 しかし、それにはアクトレイテ侯爵家は大きな労力を支払う必要が出てくる。更に言うなら、その派閥でも重用されるとは限らない。何故なら、アクトレイテ侯爵家はウィリアム第六皇子に切り捨てられたという汚名が残っているからだ。

 だが、今なら目の前にあるアルメリアという新しく、かつ将来の見込みがある船に何の労力も掛けずに真っ先に乗り換える事が出来るのだ。しかも、彼女は侯爵家の縁者を重用する事やナターシャの汚名を払拭する事まで確約してくれている。

 沈む泥舟に固執するよりも新しい船に乗り換える方が賢明なのは明白だろう。


「さぁ、どうなさいますの? わたくしとしましては、あなたには是非ともこの話に乗っていただきたいと思っておりますわ」


 そして、この提案に関してはアルメリアにも大きなメリットがある。それは言うまでも無く、大貴族であるアクトレイテ侯爵家の後ろ盾を得られる事だ。

 アルメリア自身が先程言った通り、今の彼女には後ろ盾と呼べるものが全くない。

 手札にあるのは皇太女という手札一枚のみだ。そろそろ、次の手札が欲しいと思っていた所である。だからこそ、アルメリアはアクトレイテ侯爵に是非ともこの話に乗ってもらいたかった。


「………………畏まりました。この話、ありがたく受けさせて頂きます」


 そして、ルドガーは長い思考の末、そう答えを出した。


「ふふっ、交渉成立、ですわね」


 アルメリアはそう言うと彼に向かって手を差し出した。彼女の意図を理解した彼も手を差し出し、互いに握手をする。


「ああ、もう一点、この話は皇族としての補償に関してのものですわ。ですので、アクトレイテ侯爵家がウィリアムお兄様個人に謝罪等を求める事に関してはわたくしは一切関与するつもりはありませんわ」


 アルメリアの言葉は言い換えれば、アクトレイテ侯爵家やその関係者がウィリアム個人に何をしようとも干渉しないという事である。

 だが、それは同時にアルメリアが今回の様に尻拭いをする保証はないという事でもある。


「これで皇家と侯爵家にある問題は解決しましたわね。ですので、残る問題は最後の一つのみ」


 そして、アルメリアは改めて隣にいるナターシャへと向き直った。


「ナターシャ、あなたの婚約は破棄になりますわ。あなた個人としてはこれでよろしいのかしら」

「……皇家と侯爵家の間の問題が既に解決している以上、私個人としてはもうウィリアム皇子の婚約者に戻りたいとは思っておりません」


 ナターシャも婚約者であるウィリアムの事を愛そうと努力はしていた。しかし、あろうことかあんな公の場で悪役令嬢に仕立て上げられ、婚約破棄まで突き付けられたのだ。そんな裏切り行為をされたナターシャは既にウィリアムに対して愛想が尽きていた。

 もし、仮に今婚約を元に戻そうと言われたとしても、既に彼女はウィリアムの婚約者になど戻るつもりは一切無かった。


「そうですのね。なら、良かったですわ」


 そして、アルメリアは最後に一つだけ言っておかなければならない事を思い出した。


「最後にこれだけは言っておかなくてはなりませんわね。わたくしの後ろ盾になった事をここにいる者達以外に告げる事は禁止しますわ。今のわたくしはオルティア商会の令嬢、それ以上でもそれ以下でもありませんわ」

「畏まりました」

「では、わたくしはそろそろお暇させていただくとしましょうか。ナターシャ、あなたは家族と積もる話もあるでしょう。今日はここに残りなさいな」

「……殿下のご配慮に感謝いたします」

「ふふっ、それではわたくしはこれにて失礼いたしますわね」


 アルメリアはそう言い残すとアクトレイテ侯爵家の屋敷から去っていくのだった。




 そして、アルメリアがアクトレイテ侯爵家の屋敷から去った後、ルドガーは改めて娘であるナターシャと向かい合うように座っていた。

 

「ナターシャよ」

「はい、なんでしょうか」

「あのアルメリア皇女殿下について知っている事、全てを話しなさい」

「……畏まりました」


 ナターシャはアルメリアについて自分が知っている事の全てを父へと話していく。

 しかし、アルメリアとの付き合いがほぼ皆無なナターシャにも説明出来る事もそこまで多くはない。

 出来る事といえば、アルメリアとの出会い、皇帝との面談、そして今の話し合い位だ。


「ふむ……、そう、か……」

「お父様……?」

「いや、何でもない」


 ナターシャの婚約が無くなった事はアクトレイテ侯爵家にとっては途轍もないほどの損失だ。

 それでも、ここでアルメリアという皇女の存在を知れた事、そんな彼女の最初の後ろ盾になったのは自分達にとってそれを補って余りあるほどの良き出会いだったのではないか。

 ルドガーはそう感じ始めたのだった。

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