50 皇帝との対話
翌日の朝、アルメリアとナターシャの姿は皇宮にあった。
彼女達はガイウスの執務室に入るなり、一礼をする。
「お父様、お久しぶりですわね」
「うむ、数ヶ月振りといった所か。隣にいるのはナターシャ嬢だったな」
「その通りですわ。ナターシャさん、ご挨拶を」
「皇帝陛下、お久しぶりです。ナターシャ・アクトレイテでございます。こうしてお会い出来た事、光栄に思います」
アルメリアは慣れた雰囲気で会話しているが、彼女の隣にいるナターシャは緊張からか震えを隠せていない。
だが、それも当然だろう。相手はこの帝国の頂点たる皇帝なのだから。
そして、その皇帝と対等な様子で話をするアルメリアの様子を見たナターシャは彼女が本当に皇太女なのだと信じ始めていた。
しかし、そんな様子のナターシャを横目に二人は早速話を始める。
「さて、既に話は聞いている。ウィリアムの件だな」
「ええ」
ガイウスには予めリリアを通じて事のあらましを説明している為、話は早かった。
「お父様は今回の件についてどのように対処なされるおつもりですの?」
「それについてはまだ考えてはいない。なにせ、昨日の事だからな」
流石に昨日の今日だ。しかも、彼が婚約破棄の騒動についての詳細を知ったのはリリアからの事前の連絡の時だったのだ。その為、今後どうするかという事すら考えていなかった。
だが、ガイウスのその言葉を聞いたアルメリアはその顔に笑みを浮かべる。
「では、この件に関してはわたくしに預けていただけませんこと?」
「ほう、何を考えているのだ?」
「相手の了承もなく、公の場での一方的な婚約破棄。これは皇族の名誉を著しく貶めかねない行為だとわたくしは認識しておりますわ。
これがウィリアムお兄様の名だけが傷付くのであれば、わたくしは何の問題もないと思っておりますわ。極論を言えば、個人間の問題ですしね」
そこまで言うとアルメリアは一呼吸を置いた。
「ですが、今回の件はそれだけではありません。この婚約はこの帝国の頂点たる皇族とそれを支える高位貴族の令嬢の婚約ですわ。ですが、その様な重要な婚約がウィリアムお兄様の考え無しの稚拙な行動によって一方的に破棄されてしまった。
ウィリアムお兄様も皇籍を持つ皇族である以上、この不義理な行いは皇族そのものにも影響を与えるでしょう。
だからこそ、この問題を解決するのはこの帝国の皇太女たるわたくしの役目と自負しておりますわ。ですので、この件はわたくしに預けていただきたいのです」
アルメリアの言葉を聞いたガイウスはその口元に笑みを浮かべる。
「よかろう、この件はお前に一任するとしよう」
「ありがとうございます。感謝いたしますわ」
そして、アルメリアは隣にいるナターシャへと顔を向けた。
「ナターシャもそれで宜しいかしら。決して、悪い様にはしませんわ」
「……畏まりました」
幾ら、ナターシャが侯爵令嬢だと言っても、帝国の頂点たる皇帝と皇太女が決めた事に異論を唱える事など出来る筈もない。
故に彼女は了承せざるを得なかった。
「では、お父様、一つお願いがありますの」
「なんだ、言ってみるがいい」
「この件に関してはわたくしに一任するという旨の書状を頂けますかしら」
「よかろう、その程度であればすぐに用意するとしよう」
そして、ガイウスは早速書状を書き始めた。
「ナターシャさん、あなたにはアクトレイテ侯爵への取り次ぎをお願いしますわ。出来れば、今すぐに」
「お父様にですか……? 一体、どうして……」
「ふふっ、前にも言いましたでしょう? この件は当事者を置いて進めるべきではないと」
昨日の婚約破棄の件は恐らく既にアクトレイテ侯爵の耳に入っているだろう。だからこそ、侯爵が何らかの行動を起こす前に彼に接触する必要があるのだ。
「分かりました。皇女殿下のお望みのままに」
「では、お願いしますわね」
そして、アルメリアはニッコリと笑みを浮かべるのだった。
ガイウスとの面談を終え、彼の執務室を出た二人。すると、ナターシャは突然アルメリアに向かって頭を下げた。
「アルメリア殿下、申し訳ありませんでした」
「あら、突然どうしましたの?」
「殿下が本当に皇太女なのかと疑ってしまった事です。本当に申し訳ありませんでした」
「ああ、その事ですのね。どうかしら、信じていただけましたの?」
「ええ」
ナターシャがアルメリアだと信じた理由、それは今日の面談が理由だった。
本来、多忙な筈の皇帝に即座に面会が出来る事実、それだけでもアルメリアが特別視されているのは明らかだ。
更に、アルメリアはあの面談の中で自身を皇太女だと言い、皇帝もそれを否定しなかった。
だからこそ、ナターシャはアルメリアが本当に皇太女だと信じる様になっていた。
「わたくしを疑った事をあなたが気に病む必要はありませんわ。わたくしがあなたの立場だったら、あなたと同じ事を思いますもの。
それに、わたくしを疑ったからと言っても、あなたを助けるという約束は反故にするつもりはありませんわ」
「ありがとうございます。そう言って頂けると幸いです」
「では、行きましょうか」
「はい」
そして、彼女達は次の目的地であるナターシャの実家、アクトレイテ侯爵家の屋敷へと向かうのだった。




