39 魔獣との戦い
魔獣の戦い方はその姿と同じく獣そのものだった。口から生えた牙を用いての牙突、両前脚から放たれる殴打やそこに生えている長い爪による爪撃、後部に生えた長い尻尾による乱打。
流石は魔獣というべきか、そのどれもが強力であり、普通の人間がその直撃を受ければ一瞬にして命を落としかねない威力を持っていた。
しかし、その威力に反して魔獣の動きは単調であり、彼女にとっては見切るのは難しくなかった。
「もらいましたわ!!」
そして、魔獣の動きを見切ったアルメリアはその攻撃を最小限の動きで躱したかと思うと、そのままの勢いで魔獣の胴を切り裂いた。
流石に魔獣も生物である以上、胴を切り裂かれては動けはしないだろう。そう思ったが、そこで予想外の事が起きた。
なんと、アルメリアが与えた魔獣の傷がまるで時間が巻き戻るかのような速度で回復していくのだ。
それを見たアルメリアは魔獣の持つ能力を察する。
「……再生能力、ですわね」
これではどれだけ攻撃してもすぐに回復されてしまうだろう。これからどうするべきか、ここで本気を出すべきか、と思考を一瞬だけ別の事に傾ける。
だが、その直後だった。
「っ、しまっ……」
傷の再生が終わった魔獣は直後にアルメリアへと攻撃を仕掛けたのだ。それはアルメリアの思考の合間を縫うようなタイミングであり、魔獣の事を思考の片隅に置いてしまっていた彼女は一瞬だけ判断が遅れる。
そして、アルメリアは咄嗟の判断で魔獣を切り払おうとした。
だが、そこで彼女にとって予想外の事が起きる。その魔獣はアルメリアではなく彼女の持つ剣の刀身に嚙みついたのだ。
「なっ……」
流石のアルメリアも魔獣のその行動は予想外だった為、一瞬だけ動揺する。すると、その次の瞬間だった。魔獣は剣の刀身をそのまま勢い良く嚙み砕いたのだ。
訓練用の剣の耐久力では流石に魔獣の力に耐えられなかったようだ。それを見たアルメリアはすっと後方へと飛び退いた。
「はぁ、やってくれましたわね……」
そして、魔獣は口に含んだ剣の破片を辺りに吐き出すとと、そのままアルメリアを睨みつける。その視線はまるで、得物を失ったお前など最早敵ではない、と目で語っているようだった。
「流石にこれはもう使い物になりませんわね」
その一方でアルメリアは武器が壊れたというのに焦る様子もなく、壊れた剣の残骸を後ろに放り投げた。
「では、本気を出すとしましょうか」
そして、アルメリアは自らの指に嵌められた魔力封じの指輪を外した。その瞬間、彼女の体からは膨大な魔力が吹き上がる。
そのまま、アルメリアは黒剣を生成し、その切っ先を魔獣へと向ける。
「さぁ、可愛らしい子犬さん。ここからが本番ですわ。わたくしと思う存分遊びましょうか」
そして、アルメリアがそう告げた直後、魔獣は再びアルメリアへと襲い掛かるのだった。
自身の力を解放したアルメリアは再び魔獣と相対していた。しかし、アルメリアが本気を出したからといっても、戦いの状況は殆ど変わらなかった。
「再生能力、本当に面倒ですわね」
その原因は魔獣の再生能力にある事だった。アルメリアがどれだけ攻撃し、魔獣にダメージを与えても、当の魔獣はその再生能力で傷を回復するのだ。しかも、更に厄介なのは魔獣の再生能力の底が見えない事だ。
本当に魔獣の再生能力に限界はあるのか、それが分からないままアルメリアは魔獣との戦いを繰り広げていた。
「これはどうかしらっ!?」
そして、アルメリアは何度目になるか分からない攻撃を加える。
「……あら?」
すると、その直後の事だ。魔獣にある変化が訪れていたのだ。
「……再生が遅くなっていますわね」
そう、先程の攻撃で出来た魔獣の傷の再生速度が明らかに低下していたである。それを見たアルメリアは魔獣の再生速度が低下した原因を考え始めた。
(……一体どういう事かしら?)
魔獣の再生能力に限界が来たのかとも一瞬思ったが、彼女の直感がそうではないと告げていた。
そして、彼女は考えた末、一つの結論を出した。
魔獣の再生能力の源は恐らくは魔力だ。そして、アルメリアの握る黒剣は彼女がその身に宿す膨大な魔力を凝縮し形作られている。つまり、黒剣は魔力の塊と言える。
黒剣の魔力が魔獣に干渉しており、魔獣の体内の魔力を搔き乱しているのだろう。それによって、相手の再生能力が低下しているのかもしれない。そう考えれば再生能力の低下は納得出来る話だ。
「つまり、このまま攻撃あるのみ、ですわね!!」
そして、勝機が見えたアルメリアは今迄以上に果敢に切りかかっていく。
一方で魔獣も自身の体の変化を悟ったのだろう。再生能力頼みの猛攻から防戦を主体としたものへと変わったのだ。
だが、そんな魔獣の変化にアルメリアの口からは笑みが零れた。
「あら、頼みの再生能力が無くなった途端、そんな弱気になるなんて本当に可愛らしい臆病な子犬ですこと!!」
そして、二人の攻防は次第にアルメリアが優勢になっていく。攻撃が激しくなるアルメリアに対して魔獣は防戦一方だったからだ。
「そこですわっ」
そして、魔獣に出来た一瞬の隙を見つけたアルメリアは勢い良く黒剣を投擲する。しかし、一方の魔獣はそれを紙一重で躱した。
すると、その直後の事だ。得物が無くなったアルメリアの姿を見た魔獣はここが攻撃のチャンスとばかりに彼女目掛けて突撃を仕掛けたのだ。
だが、アルメリアは即座に次の黒剣を生成し、そのままの勢いで魔獣の攻撃に合わせて剣を振るう。アルメリアの行動を察した魔獣も咄嗟に回避しようとするが、流石に対応しきれなかった様で、彼女の攻撃を躱し切れなかった。
「っ、甘かったようですわね……」
しかし、アルメリアの一撃では魔獣の命を奪うには足りなかった。アルメリアの一撃は右の後足を奪う程度にしかならなかった。
だが、四足歩行の生物が四肢の一本を失って、今まで通りに動けるわけがない。右後足を奪われた魔獣は着地の衝撃でバランスを崩し、数秒ほど動けなくなってしまう。そして、再生能力が落ちたのが原因か、失った足が再生する気配は見られない。
そして、その隙を逃すアルメリアではない。
「なら、こういうのはどうかしら!!」
アルメリアは即座に振り向き、そのまま手に持った黒剣を魔獣目掛けて投擲する。それを見た魔獣の方も必死に体のバランスを取り直し、自らに飛んでくる黒剣を回避する為に後方に飛び退いた。すると、アルメリアは黒剣を新たに生成し、再度魔獣目掛けて黒剣を投擲する。
そして、アルメリアは黒剣を生成しては投擲を何度も繰り返していた。その度に魔獣は後退しながらも、アルメリアの投擲する黒剣を必死に回避する。
そうして、魔獣が何度目かの後退をしようとしたその時だった。後方に飛び退いた魔獣の体はまるで何かの壁に衝突したかのように前へと弾き飛ばされたのだ。
魔獣が衝突した壁の正体、それはこの周囲を覆う結界だった。結界が障壁となって魔獣は後退が出来なかったのだ。
そして、アルメリアはその隙を逃さず、黒剣を次々と投擲していき、魔獣の左右には気が付けば十数本の黒剣が地面に突き刺さっていた。しかも、ご丁寧に地面に突き刺さっている黒剣の刃は揃って魔獣の方を向いているのだ。
そう、アルメリアは全て計算して黒剣を投擲していたのである。魔獣が左右に回避しようとすれば、そのまま黒剣に切り刻まれるだろう。
魔獣は本能的に理解していた。黒剣に切り刻まれれば自身の命はないだろうという事を。
後ろには結界、左右には地面に刺さった黒剣だ。空いているのは前方しかなかった。
「さぁ、追い詰めましたわ。これで最後ですわね」
そして、前方からはアルメリアが迫ってきている。
だが、そんな前方にしか活路はない。それを悟った魔獣は過去最大の勢いでアルメリアへと突撃していった。その直後、アルメリアと魔獣は一瞬だけ交錯する。
しかし、魔獣のその行動をアルメリアが読んでいない筈も無い。ただ早いだけのその攻撃を見切ったアルメリアはそのまま魔獣を一閃する。
「ふふっ、中々楽しめましたわ。さようなら」
そして、アルメリアの一撃を受けた魔獣は横に真っ二つに分かれ、そのまま絶命するのだった。




