4 勅命
それは、アルメリアの謁見の日から数か月後のある日の事だった。その日もアルメリアは姉であるマリアーナとお茶会をしていた。
そんな中、二人の元に突然、一人の騎士が現れた。騎士の来ている服はあの謁見の際にガイウスの傍で控えていた騎士たちが身に纏っていた物と同じである為、彼はガイウス直属の近衛騎士なのだろう。
その騎士は二人の元まで歩み寄ると、そのまま二人に一礼をした。
「両皇女殿下、ご歓談中の所、失礼いたします」
二人だけのお茶会を邪魔された事もあり、アルメリアは内心で少しばかりの怒りを抱くが、一方でマリアーナはその騎士に対して冷静に対応する。
「お父様直属であるあなたが突然どうしたのかしら?」
「本日は皇帝陛下からの勅命状をお持ちいたしました」
「お父様からの?」
よく見ると、その腰のあたりに書状の様なものを抱えている。恐らく、あれが勅命状なのだろう。
「では、僭越ながら私めが皇帝陛下からの勅命状を読み上げさせていただきます」
そして、彼は勅命状を広げると、そのまま読み上げ始めた。
「『余の娘たるマリアーナとアルメリアに命を下す。
五日後、隣国との戦地に赴き、兵たちへの慰問を行え。
この命はヴァレリア帝国の皇帝として発するものであり異議は一切認めないと心得よ』
以上が皇帝陛下からの勅命でございます」
そして、彼はその勅命状をそのままマリアーナへと手渡した。その勅命状を確認したマリアーナは悲壮な表情を浮かべる。
「そん、な……。私だけではなくこの子まで戦場に向かわせるなんて……」
この勅命は皇族が戦場に向かう事によって前線で戦う兵士たちの士気向上を考えてのものだろう。
といっても、彼女達が向かうように命じられたのは最前線からは離れている後方の駐留地だ。そのため、最前線に比べれば危険度はかなり低いだろう。
だが、危険が全く無いわけではないのだ。大事な妹を後方の駐留地とはいえ戦地に向かわせる事などマリアーナは納得出来る筈もなかった。
「お父様に直談判してでもこの子に向かわせる事だけは避けないと……」
だが、そう呟くマリアーナの手をアルメリアは優しく握り、ゆっくりと首を横に振った。
「お姉様、わたくしは大丈夫ですわ。これがヴァレリア帝国の皇族として生まれたわたくしの役目ですもの」
「アルメリア……」
マリアーナはアルメリアの健気な言葉に心を痛める。そして、彼女は涙を流しながら、そっと妹を抱きしめるのだった。
そして、アルメリアとマリアーナに勅命状が届いてから五日後。二人が戦場へ慰問に向かう日が訪れた。
「アルメリア、行きましょうか」
「ええ、分かりましたわ」
そして、二人は揃って部屋を出て皇宮の入り口付近に待機している馬車の元まで向かっていく。
「両殿下、お待ちしておりました。今回の慰問には我々が護衛を務めさせていただきます」
馬車の前で待機していた近衛騎士たちはアルメリアたちにそう言いながら揃って頭を下げる。
この場所には何十台もの馬車が用意されていた。この馬車の中には戦場への補給物資が積まれており、その輸送も兼ねているのだろう。
そして、アルメリア達が乗るのはその馬車の中でも一際豪華な装いと皇族の紋章がつけられた大きな馬車であった。
「では、こちらの馬車にお乗りください」
「ええ、分かりましたわ」
そして、アルメリア達が馬車に乗り込んだ後、馬車は勢いよく動き始めるのだった。
アルメリア達が皇宮を出発してから、既に数週間が経過していた。
「予定よりも随分と遅くなってしまいましたわね……」
「まさか、途中であれ程の大雨が降るなんて、思ってもいなかったわね……」
二人の言葉からも分かる通り、彼女たちは道中で大雨に見舞われてしまい、駐留地への到着が大幅に遅れていた。その為、本来の予定なら、数日前には目的地に到着していた筈だが、今になってもまだ目的地には到着する事が出来ていなかった。
また、大雨の影響によって道中で土砂崩れが起きてしまい、馬車の列が分断されるという大きなアクシデントも起きたが、何とかここまで無事に辿り着く事が出来ていた。
そして、御者曰く本日中には間違いなく目的地に到着できるとの事だった。
それから暫くすると、先程まで勢い良く動いていた馬車は次第にその速度を落としていき、やがて馬車は完全に停止した。
「皆様、お待たせいたしました。目的地に到着いたしました」
御者のその言葉に近衛騎士は即座に立ち上がった。
「では、私が先に馬車から降ります為、両殿下は私の後にお続きください」
「分かったわ」
そして、馬車から近衛騎士が先に下りると、続いてマリアーナ、アルメリアの順に馬車から降りていった。
「これ、は……。一体どういう事なの……?」
そして、馬車から降りたマリアーナは目の前に広がるその光景に思わずそう呟いた。
しかし、それも当然だろう。後方の駐留地でしかない筈のその場所はまるで、激しい戦いが起きた後の様に荒れ果てていたのだから。
彼女たちの護衛として馬車に同乗していた近衛騎士たちもこの状況に驚きを隠せないようで、先行してこの場に到着していた近衛騎士たちに何があったのかを聞きに行っていた。
そして、先行していた騎士や負傷している兵士たちの話を聞き、事情を把握した近衛騎士は二人に今の事態の説明を始めた。
「どうやら、数日前に敵の奇襲があったようです」
彼が言うにはこの場所は前線への補給を担っていたようだ。その為、敵の部隊は補給路を断つ為にこの場所へ奇襲を仕掛けてきたのだという。
後方の駐留地という事で戦いに対する備えがそこまで出来ていなかったのだが、幸いにも奇襲してきた敵軍は少数だったようで、何とか撃退は出来たそうだったが襲撃が夜という事もあり、ここまで大きな被害が出てしまったようだ。
そして、彼女たちは負傷した兵士たちが入っているテントの中へと入っていく。
「っ、酷いっ……」
数日前の奇襲から立ち直っておらず、テントの中には負傷者で溢れ返っていた。
全身に包帯が巻かれている程度ならまだ軽傷な方で酷い者では手や足を欠損している者も見受けられた。
「どうして、こんなっ……」
負傷している兵士たちの姿を見たマリアーナは悲痛な表情を浮かべている。すると、その直後の事だ。近衛騎士がアルメリア達の傍へと近寄ってきた。
「両皇女殿下、これまでの長旅でお疲れでしょう。先行していた者達が専用のテントを用意しているとの事です。ですので、まずはそこで休息をお取りください」
「……分かったわ。では、そこまで案内してもらえるかしら?」
「畏まりました」
そして、近衛騎士に先導されながらアルメリア達は事前に用意されていたテントへと案内された。
「では、ごゆっくりとお休みください」
テント内に入っていくアルメリア達を見送った後、近衛騎士はそう言って外へと出ていく。すると、その直後の事だ。アルメリアは不意に強い眠気に襲われたのだ。
「お姉様、わたくし眠くなってきましたわ」
アルメリアはそう言いながら、眠気からあくびをしてしまう。先程、近衛騎士が言った通り、長旅の疲れが出てしまったのだろう。
だが、マリアーナはアルメリアのそんな姿にも優しく微笑んだ。
「そうよね、長旅であんなアクシデントもあったものね。仕方がないわよね。アルメリア、こちらに来なさい」
そう言いながらマリアーナはベッドの上に座り込むと、アルメリアを手招きする。彼女が膝をトントンと叩いた。
それを見たアルメリアはベッドまで向かうと、そのまま横になり自身の頭をマリアーナの膝へと預けた。
「ふふっ、アルメリア、ゆっくりとお休みなさい」
「お姉様、ありがとうございますわ」
そして、アルメリアは静かに目を閉じた。すると、その直後、アルメリアは激しい睡魔に襲われ、そのまま眠ってしまうのだった。