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白銀皇女の覇道譚 ~侵略国家の皇女は覇道を歩む~  作者: YUU
第二章 学園編

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32 騒動再び

 その日の夕刻、今日の授業を終えたアルメリア達は自分たちが暮らす寮に戻る為に校庭を歩いていた。

 彼女の傍らには侍女であるリリアや新たに傍仕えとなったアークスとアミィの姿もある。


「今日は何も騒動は起きませんでしたわね」

「昨日みたいな騒動はそうそう起きるものではないでしょう」

「それもそうですわね」


 流石にあのような騒動がそうそう起きる筈も無い。それに昨日のように面倒事が起きるのはアルメリアも御免だった。

 そして、学園の門が見えたその時の事だった。そこに見覚えのある一人の男子学生の姿があったのだ。ニヤニヤとした表情を浮かべながら、目線をキョロキョロと動かしている。恐らく、誰かを探しているのだろう。


「はぁ、先程の言葉は訂正しなければいけませんわね……」


 そう言いながらアルメリアは思わず溜息をつく。その直後、その男子学生はアルメリア達を見つけると、彼女の元まで駆け足で近寄ってきた。


「ようやく見つけたぞ。俺の事は覚えているな?」

「……覚えていますわよ。それで、わたくしに何の御用かしら?」


 その男子学生は昨日アークスとアミィに詰め寄っていたあの男子学生だった。また、昨日とは違い、その男子学生の後ろには護衛らしき男が控えている。


「お前の事、調べさせてもらったぞ。お前、オルティア商会の娘なんだってな!! 平民の分際でカーティス侯爵家の後継者であるこの俺、フレッド・カーティスに楯突くとはいい度胸だな!!」

「あら、あなたは侯爵家の後継者でしたのね」


 昨日聞いた二人の言葉が正しければ、このフレッドという男や彼の実家であるカーティス侯爵家もアルベルトの戦死の被害者なのだろう。しかし、不思議な事にアルメリアは彼に対してはアークス達に抱いた罪悪感とでもいうべき感情を少しも抱かなかった。

 その一方で当のアークスとアミィは彼に怯えた様子を見せたが、それも一瞬だけの事だった。


「アルメリア様、お下がりください」

「アルメリア様には指一本触れさせません」


 そして、そう言いながら二人はアルメリアの前に出るが、フレッドは二人の様子に嘲笑を浮かべる。


「なんだ、お前たち。没落貴族だからってそこの平民の女の部下にでもなったのか? ははっ、これは傑作だな。貴族であるお前たちが平民の女を『様』なんて付けて呼ぶなんてな!!」

「「…………」」


 フレッドのその言葉に二人は険しい表情をしながら、彼を睨みつけた。二人からすれば、それはアルメリアに対する最大限の侮辱だった。彼は知らない事とは言え、アルメリアは皇族であり今の自分たちの主なのだ。そんなアルメリアに対する侮辱を二人が見過ごせる訳が無い。


「アルメリア様への侮辱、許さない」

「これ以上、アルメリア様を侮辱するなら私たちがあなたの相手をします」


 だが、二人を制止したのは主であるアルメリアだった。


「二人とも、その辺りにしておきなさいな」

「ですが……」

「放っておきなさいな。早く帰らないと日が暮れてしまいますわよ」

「……分かりました」


 そして、アルメリア達が彼らを無視して帰ろうとしたその時だった。


「おっと、そうはいかないな。おい、出番だ」


 その男子学生がパチンと指を鳴らすと、彼の後ろにいた男が前に出てきた。そして、その男はアルメリア達の進路を阻むように立ち塞がる。


「この男はカーティス侯爵家の騎士団で団長を務めた事もある男でな。今の俺の護衛を務めている。ここを通りたければ、こいつを倒すんだな。まぁ、平民のお前たちには出来る筈がないだろうがな」


 そして、その男は腰の剣を抜き放つと、そのまま構えた。しかし、アルメリアはそれに一切動じず、それどころか呆れた表情を浮かべた。


「あら、学園で流血騒動でも起こすおつもりかしら? これは問題になるのではなくて?」

「その辺りは大丈夫だ。お前たちは平民に没落貴族、それに比べて俺の実家は侯爵家。ならば、これ位の事は揉み消せるだろうからな」


 フレッドにの言葉に二人は意を決した表情を浮かべる。未熟な学生でしかないアークスとアミィではこの男には敵わないだろう。彼等もそれを理解していた。それでも、二人はアルメリアを守るべく、その男に立ち向かおうとする。

 しかし、そんな二人を当のアルメリアが制止する。


「二人とも、やめておきなさい。あなたたちではあの男には敵いませんわ」


 アルメリアのその言葉に一瞬だけ戸惑うが、アルメリアの指示とあっては従わざるを得ない。二人はそっと後ろに下がった。その後、彼女は視線をリリアの方へと移した。


「リリア、あの男達と戦えるかしら?」

「問題ありません」


 確かに男からは歴戦の武人特有の気迫を感じる。しかし、リリアはこの男に負ける気はしなかった。


「なんだ、俺の相手はただの侍女か。侍女風情が俺に勝てると思っているのか?」


 リリアはその男の挑発めいた言葉に表情を一切変えない。寧ろ、リリアにとっては相手の力量を図る良い材料だった。

 リリアは元は皇帝直属の暗部の一人だ。当然、気配や自身の技量を隠匿する術に長けている。それを見破れない時点で相手の力量がある程度測れるというものだろう。


「しかも、得物も無しとは舐められたものだ」

「手の内を晒す必要はありませんので」

「ちっ、俺も舐められたものだ。その判断を直ぐに後悔させてやる」


 そして、戦いが始まった直後、男は勇猛果敢にリリアへと突撃していき電光石火の一撃を放とうとする。

 だが、その一撃が放たれる事は無かった。何故なら、男の首元には何時の間にかリリアが持つ短剣の刃先が添えられていたからだ。


「なっ……」

「動かない方がいいですよ。これ以上、動けばあなたの首の無事は保証できませんので」


 そう言いながらリリアは短剣を更に少しだけ首へと近づけた。それを見た男は唾をゴクリと飲み込んだ。彼女はあの一瞬の内に侍女服から短剣を取り出すと、そのままの勢いで男の懐まで潜り込んだのだ。

 そして、リリアとの実力差を悟った男は諦めたかのように剣を手から落とし、両手を上に挙げた。


「こ、降参だ……」

「賢明な判断です」


 その様子を見たリリアはその短剣を侍女服の中へと仕舞った。一方、その光景を見ていたフレッドは怒りの形相を浮かべながら、男の元まで向かっていった。


「おい、何を降参しているんだ!!」

「すみません……。ですが、今の俺ではこの女には敵いません」


 リリアとの実力差をこれでもかと思い知らされた男は既に戦意を失っていた。


「くそっ、俺の護衛だというのに役立たずが!!」


 すると、そんな様子をじっと見ていたリリアは笑みを浮かべながら、未だ敵意を剥き出しにしているフレッドへと歩みを進めていった。


「そう言えば、あなたのご実家はカーティス侯爵家と言っていましたね」

「そうだが、それが一体何だというんだ?」

「カーティス侯爵家と言えば確か……」


 そして、リリアはフレッドの耳へと口を近づけると、そっと何かを囁いた。その瞬間、彼は驚きからか一瞬にして目を見開き、思わず傍らにいるリリアへと顔を向ける。


「なっ、どうしてその事を!?」

「さて、何故でしょうね?」


 フレッドは驚愕の表情でリリアに問い詰めるが、彼女はその表情に笑みを浮かべるだけだった。


「これ以上、私たちに敵対するのであれば、先程の事を国に密告いたしますよ」

「なっ……。そっ、それだけは!!」

「今後、私たちに関わらないだけで良いのです。そうすれば、先程の事は私の胸の内に秘めておきます」

「分かった、分かった!! お前たちにこれ以上関わらない!! だからその事だけは……」

「ええ、分かっていますよ」


 フレッドは一瞬だけ苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた後、自分の護衛へと命令を出して、慌ててこの場から去っていった。

 そして、リリアは去っていく彼の後姿を一瞥した後、笑みを浮かべながら兄妹の元まで行った。


「お二人とも、これでもう大丈夫ですよ」

「ほ、本当ですか……?」

「ええ、先程彼がそう言っていたでしょう?」

「あ、ありがとうございます!!」


 そう言って二人は彼女に頭を下げた。


「リリア、少しよろしいかしら。先程あの男に何と言ったのかしら?」

「彼のご実家の不祥事を少しだけ」

「ふふっ、そういう事ですのね」


 リリアの前の所属先を考えれば、その手の情報集はお手の物だろう。或いはこういった場面での交渉に使う為に貴族の不祥事を複数個隠し持っているのかもしれない。

 改めてリリアの優秀さを知ったアルメリアは良い拾い物をしたと思っていた。


(ふふっ、こうしてリリアと引き合わせてくださったお兄様には少しばかりは感謝しなくてはいけませんわね)


 そして、アルメリアは既にこの世を去ったアルベルトに一抹だけの感謝を送った。


「リリアさん、一つ聞きたい事があるんですけれども……」

「はい、なんでしょうか?」

「リリアさんはその服の中に一体どれほどの武器を隠しているんですか?」

「ああ、それはわたくしも気になりますわね」

「私もです」


 そう問う三人の目には明らかに好奇心が多分に混じっている。特にアルメリアから問われた以上、何らかの答えを言わないといけないだろう。


「そう、ですね。それは……」

「それは……?」

「乙女の秘密という事にしていただけないでしょうか?」


 リリアの言葉に三人は一瞬だけ間を開けた後、一斉に笑みを浮かべた。


「ふふっ、乙女の秘密ならば仕方がありませんわね」

「そうですね」

「乙女の秘密を誰かに知られるわけにはいきませんからね」


 三人はそれぞれそう言いながらクスクスと笑っていた。そうして、ひとしきり笑い終えた後、アルメリアはおもむろにパンと手を叩いた。


「では、この騒動も無事に解決した事ですし、そろそろ帰りましょうか」

「「「はい」」」


 そして、三人は上機嫌のまま自分たちの寮へと帰っていくのだった。

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