31 双子の処遇
「いいでしょう。貴方達の誓いの言葉、確かに受け取りましたわ。故にここにわたくしの本当の名を明かしましょう。
わたくしの名はアルメリア・フォン・ヴァレリア。
これより、貴方達はわたくしの名においてその身分を保証いたしましょう」
そう高らかに告げたアルメリアだったが、一方の兄妹は呆然とした表情を浮かべていた。
「皇女、殿下……?」
困惑している二人を他所にアルメリアは早速とばかりにリリアへと視線を向けた。
「リリア、皇宮に手を回しておきなさい。二人はわたくしの直属としますわ」
「畏まりました」
アルメリアの指示を受けたリリアは早速書状を書き始める。
「でも、さっきはオルティア商会の令嬢だって……」
「一体どういう事なの……?」
「ふふっ、信じるも信じないも貴方たちの自由ですわ。ですが、この帝国で皇族の身分を騙る事がどれほどの罪なのかはあなたたちもよく知っているでしょう?」
アルメリアの言葉に二人は強く頷く。皇族の身分を騙るのは帝国では最も重い罪の一つだからだ。没落寸前であっても貴族の子息令嬢である二人はその事をよく知っている。
「と言っても、突然の事ではさすがに信じられないでしょう。ですので、もう一つ証拠をお見せしますわ。リリア、あれを」
「はい」
アルメリアの指示を受けたリリアは懐から木箱を取り出すと、その中にある一つの紋章をアルメリアへと手渡した。
「あなた達も貴族籍を持つものならこれが何か分かるでしょう?」
そう言いながら、アルメリアは二人にその紋章を見せた。
交差する二つの剣と獅子の紋章。間違いなく皇族のみが所有を許される紋章だ。帝国貴族の子息令嬢である二人は当然その事を理解している。
「これでわたくしが何者かが分かったかしら?」
「「はい、皇女殿下を疑ってしまい申し訳ありませんでした!!」」
「ふふっ、よろしい」
そして、アルメリアは優雅にソファーへと腰かけた。
「さて、と。既に貴方達はわたくしに忠誠を誓った身。貴方達の持てる全てをわたくしに捧げてもらいますわ。その事は理解しておりますわね?」
「はい」
「当然でございます」
彼らも帝国の貴族の一員だ。当然、二人の中にも皇族への敬意と忠誠心は存在している。
「よろしい。と言っても、今はわたくしから何か命令を下すことはありませんわ。今はただ学生生活を謳歌なさいな。
ああ、あとここ以外でわたくしの身分について口外にする事を禁じますわ。わたくしの今の身分は大商会の令嬢、それ以上でもそれ以下でもありませんわ。その事を肝に銘じておくように」
「「はっ」」
「では、今日はもう自室に戻りなさい」
「畏まりました」
「では、失礼いたします」
そして、彼らは一礼をした後、彼女の部屋から退出していった。
「……姫様、よろしかったのですか?」
「何が、かしら?」
「皇族という身分を明かした事です。陛下からその事は禁止されていたのでは?」
「いいえ、お父様からは気に入った相手にはわたくしの事を明かす事は許されていますわ」
そう、この学園に入学する際に父であるガイウスから言われたのは皇女としての身分を隠して入学する事、学園内では極力身分を隠す事、その二つのみである。また、その際に気に入った相手がいた時にはその者達に対してのみ皇女としての身分を明かしても良いとも言われていた。
「お父様には何か考えがあっての事なのでしょう。だからこそ、お父様はこれを用意してくださったのでしょうし」
そう言いながらアルメリアは自身の皇族の紋章を手で弄ぶ。そして、その紋章をリリアへと手渡した。
「これを使えばお父様に話はすぐに通るでしょう。ああ、あの二人の母親の治療の手配や今日のお茶会の事も一緒に書状に」
「畏まりました」
リリアは先程準備した書状にアルメリアから指示された内容を書き加えていく。そして、指示された内容全てを書き終えたリリアは最後に書状に封をした。
「では、封書を皇宮まで届けてまいります」
「お願いいたしますわね」
リリアはそう言うと、そのまま寮から出て皇宮へと向かっていくのだった。
そして、アークスとアミィの一件の翌日、学園に向かうための準備中にリリアはアルメリアに一通の封書を手渡した。
「姫様、こちらは皇宮からの封書でございます」
そして、アルメリアは封書を開けて中にある書状を読み始めた。
そこには、アークス達の実家であるオラクリア男爵家の処遇についての速報が入っていた。
その内容はアルメリアの願い通り、オラクリア男爵家の処遇については手を回しておくこと、彼らの母には医師をつける事、などが記されていた。
すると、隣にいたリリアはアルメリアに遠慮しながら声を掛けてきた。
「失礼ながら、そちらの封書にはなんと?」
「あの二人の事ですわ。お父様が手を回してくださるそうですわ」
「それは良かったです」
リリアもアルメリアに気に入られて助かった身だ。その為、リリアはあの二人に一種の同族意識の様なものを抱いていた。そんな二人の今後が安心できるものになった事は彼女にとっても喜ばしい事だった。
「さて、準備も終わった事ですし、学園に向かいましょうか」
「畏まりました」
すると、その時、二人のいる部屋の扉がコンコンとノックされる音が聞こえてきた。
「あら、どなたかしら?」
「見てまいります」
そして、リリアが扉を開けると、そこには既に学園に行く準備を整えていたアークスとアミィの姿があった。
「「おはようございます、皇女殿下。お迎えに参りました」」
二人は部屋に入ってくるなり、そう言いながらアルメリアの元に跪いた。
「アークスさん、アミィさん、おはようございます」
「二人とも、ごきげんよう。ですが、その『皇女殿下』という呼び方はおよしなさいな。わたくしの事がすぐに誰かに知られてしまいますわ」
リリアには『姫様』と呼ぶ事を許しているアルメリアだが、それにはちょっとした理由がある。しかし、同級生である彼等に『皇女殿下』と呼ばれては流石に色々とアルメリアにとっての不都合がある。
だが、アルメリアの言葉を聞いた二人の表情には困惑と動揺の色が浮かんだ。
「……でしたら、どのようにお呼びすれば……」
「皇女殿下、という呼び方以外でしたら好きに呼んで構いませんわ。それこそ、呼び捨てでも構わなくてよ?」
アルメリアはそう言いながらクスリと笑う。だが、彼女のそんな言葉に二人は首を横に振る。
「流石に殿下を呼び捨てにするわけにはいきません!!」
「その様な不敬は私たちには出来ません!!」
そして、二人は相談しあうと何かを決めたようで改めてアルメリアへと向き直った。
「では、アルメリア様、とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「……ええ、それで構いませんわ」
同級生に『様』と敬称を付けられて呼ばれる事に違和感がないと言えば嘘になる。しかし、アルメリアには流石に二人にこれ以上無理強いしても従わないだろうという確信があった。
「では、学園に向かいましょうか」
「「はい」」
そして、アルメリア達は三人を付き従えながら、寮を出て学園へ向かうのだった。




