30 アークスとアミィ
学園に併設されている学生寮のアルメリアの部屋、そこでアルメリアと彼女が助け出した二人が向かい合うように座っていた。
「まずは自己紹介からしましょうか。わたくしの名前はアルメリア、オルティア商会の一人娘ですわ。よろしくお願いしますわね。そして、この子はわたくしの侍女のリリア」
「リリアと申します。よろしくお願いいたします」
また、リリアは侍女らしくアルメリアの傍らでそっと佇んでいる。
「僕の名前はアークスです。オラクリア男爵家の子息です」
「私の名前はアミィ。同じくオラクリア男爵家の娘です」
「二人とも同じ男爵家の生まれという事は、貴方達二人は双子の兄妹なのかしら?」
「ええ、その通りです」
その言葉にアルメリアは二人の顔を比べながら見つめた。よく見ると、二人の顔は何処か似ている様に思えた。 因みに、アークスの方が兄でアミィの方が妹だそうだ。
「それで、貴方達はどうしてあの男子学生に責められていたのかしら?」
「それ、は……」
アルメリアのその言葉に二人は一瞬だけ躊躇したような表情を浮かべる。彼らの様子から面倒な話になりそうな気がしたが、部屋まで招いておいて今更だろう。それに、アルメリアは面倒であると同時に面白い話になりそうな予感がしていた。
「この話をする前に少し長い話をしなくてはなりませんがよろしいですか?」
「ええ、よろしくてよ」
彼女のその言葉に二人は一瞬だけ間を開けるが、彼等は意を決したように話し始めた。
「アルメリアさんは先日アルベルト第三皇子殿下が初陣の際に戦死されたという話、ご存じですか?」
「ええ、もちろん知っておりますわ。有名ですもの」
次期皇太子最有力候補だったアルベルトが戦死した出来事は今のヴァレリア帝国においては最も有名な話の一つだ。
特にアルメリアからすれば知っているもどころかある意味では当事者の一人である。忘れられるはずもない。しかし、なぜ今その話が出てくるのかが分からなかった。
「私たちの父は第三皇子殿下の傍仕えをしておりました。本来は私たちのような弱小男爵家の身分では望むべくもない恵まれた立場でした。
ですが、いくつかの偶然と幸運が重なり、私たちの父は数年前から殿下の傍仕えとなる事が出来たのです。父も喜んでおりました。これで我が家の将来は安泰だと」
「ですが、殿下の初陣の際にその全て狂いました。私たちの父も護衛として参加していた殿下の初陣、そこで殿下が敵軍に討たれてしまったのです」
そう言うと二人は一瞬だけ暗い表情をする。だが、二人の話はそこで終わらない。寧ろ、ここからが本番だった。
「その後は醜い責任の押し付け合いだったそうです」
「殿下に近しい者達は揃って責任逃れを始めました。彼らは殿下の戦死の責任を自分たち以外の誰かに押し付けようと画策していたのです。そして、私たちの家はそんな者達に目を付けられました」
「彼らは『殿下が戦死したのは、父が殿下を守らなかった事が原因だ』と僕たちの家に殿下の戦死の責任を押し付けてきたのです」
「殿下の初陣で父が生き残ってしまった事もある意味では不幸だったのかもしれません。私たちの父は殿下を見捨てて逃げた臆病者だ、と言われる様になりました」
「彼らにしてみれば、末端の弱小貴族でしかない僕たちの家は責任を押し付ける相手として丁度良かったのでしょう。気が付けば、僕たちの家は彼らに都合のいいスケープゴートに仕立て上げられていました」
「そして、結局は私たちの家は殿下が討たれた全責任を被せられてしまいました。当主であった私たちの父は汚名を着せられた上、自刃を迫られたのです。その上、私たちの家が持つ財産の殆どが賠償金として没収されてしまいました」
「更に不運は重なりました。私たちの母は父の自刃のショックとそれらを知った他家からの心無い言葉で心労が祟り病に倒れてしまったのです。ですが、財産の殆どを没収された今、母の医療費を払う事は出来ませんでした」
更に言うなら、アルベルトの元側近たちからはまだ責任を取り切れていないのではないか、オラクリア男爵家の爵位を取り上げるべきではないか、という声が上がっているそうだ。その為、今や男爵家の爵位すら剥奪寸前なのだという。
そして、先程二人を責めていた男子学生たちは彼らに責任を押し付けた貴族の子息なのだそうだ。言ってしまえば、彼らも自分の家の保身に走っているだけなのだろう。
その為、今の二人には皇族を守れなかった無能者の子供というレッテルを張られているのだそうだ。
「姫様、これは……」
「ええ、これは少し想定外でしたわね……」
二人の話を最後まで聞いたアルメリアとリリアは思わず絶句してしまう。
アルメリア達にしてみれば、別にアルベルトが戦場で討たれた事に関しては思う事はない。寧ろ、多大な迷惑を被ったリリアからすれば、当然の末路だと思っている。
しかし、アルベルトの戦死によって齎された騒動の影響を一身に受けたという彼らに対しては思う所が無い訳ではなかった。
一方、二人の兄妹も何故、見ず知らずの相手に自分たちの置かれた境遇を話してしまったのか分からない。それでも、何故かアルメリアにこの話をしなければならない。そんな気がしていた。
「初対面だというのにいきなりこんな話をしてしまってすみません」
「失礼、でしたよね……?」
二人は遠慮がちにそう言うが、彼らが改めてアルメリアの表情を見ると何故か笑みを浮かべていた。彼女の笑みを見たリリアは思わず息を飲む。それは何処かで見た覚えのある笑みだったからだ。
「決めましたわ。リリア、あなたと同じようにこの二人を助けますわ。よろしいですわよね」
「……畏まりました。全ては姫様の御心のままに」
アルメリアとリリアの会話の意味を理解できない二人は困惑を隠せない。
すると、アルメリアはおもむろに立ち上がり、二人の元まで歩み寄るとその手を彼らに向けて差し出した。
「あなた達、わたくしに忠誠を誓いなさい。そうすれば、わたくしは持てる全てを以てあなたたちを助けて差し上げますわ」
「ちゅう、せい……?」
「それは……一体どういう……」
「ふふっ、ここでの事を全て忘れて帰るのも許しますわ。ですが、もしあなた達がわたくしに忠誠を誓うのであれば、この手を取りなさいな」
アルメリアのその言葉に二人は流石に躊躇する。彼女の言葉によれば、アルメリアはオルティア商会の令嬢の筈だ。貴族籍すら持たない一商会の令嬢に過ぎない彼女が今の二人が抱える問題をどうにか出来る筈もないだろう。
だが、そんな二人の様子を見たリリアは彼らの傍まで行くと二人の肩にそっと手を乗せる。
「助かりたくなければ、貴方達の好きにすればいいでしょう。ですが、もし助かりたいと、あなたたちの望みを叶えたいと思うのであれば、姫様に忠誠を誓うのです。そうすれば姫様は必ずあなた達を助けて下さるでしょう」
「それは、本当でしょうか……」
「本当にそんな事が……」
「ええ、必ず大丈夫です。お約束いたします」
そして、リリアのその力強い言葉に一瞬だけ躊躇した覚悟を決めて互いの顔を見合わせながら頷くと、そのままおもむろに立ち上がり、アルメリアの前まで行くとそっと跪き、彼女の手を取った。
「僕たちはこのまま終わりたくありません」
「私たちは父の汚名を雪ぎたいです」
「だから……」
「ですから……」
「「我々はここにあなたへの忠誠を誓います」」
二人の忠誠の言葉を聞いたアルメリアは満足気な笑みを浮かべた。
「いいでしょう。貴方達の誓いの言葉、確かに受け取りましたわ。故にここにわたくしの本当の名を明かしましょう。
わたくしの名はアルメリア・フォン・ヴァレリア。
これより、貴方達はわたくしの名においてその身分を保証いたしましょう」
そして、アルメリアは誰もが見惚れてしまいそうな笑顔を浮かべるのだった。




