27 アルメリアへの報復計画
アルメリアがサロンを去った後、サロン内は静寂が広がっていた。アルメリアをサロンから追放したクラリッサの表情は明らかに冷たい色を帯びている。
「クラリッサ様……」
「あ、あの……」
彼女の取り巻きたちの令嬢はクラリッサに何と声を掛ければいいか分からず、戸惑っているとクラリッサはその表情にほんの少しの色を含めながら、自分の取り巻きの方に向き直った。
「……あの愚か者のせいでこの場も冷え切ってしまいましたわね。本日のお茶会はこれで終わりにしますわ。あなた達、帰りますわよ」
「は、はい」
そして、クラリッサは取り巻きたちを率いてサロンを出ていく。
その後、彼女は帝都内にあるフォトナー公爵家の屋敷に帰ると、そのままの勢いで自らの父の執務室に駆け込んでいた。
「お父様、聞いてくださいまし!!」
「クラリッサよ、突然どうした?」
そう答えるのは彼女の父であり、フォトナー公爵家の現当主であるオブライトだ。彼は突然の娘の来訪にも焦る事無く冷静に彼女の話を聞いた。
「実は、今日学園でお茶会を開きましたの。そこで……」
そして、クラリッサは今日の学園のお茶会での出来事を父に話し始めた。
「あの女はわたくしに恥をかかせたのです。絶対に許せませんわ!! お父様のお力であの女へ報復してくださいませ!!」
「なるほど、分かった。それで、そのアルメリアという娘は一体どこの誰なのだ?」
父の言葉でクラリッサはアルメリアの事を思い出す。確か、アルメリアはオルティア商会の一人娘だった筈だ。
彼女はそれを自らの父に説明する。
「ふむ、オルティア商会か。聞き覚えがあるな」
クラリッサの言葉に彼も思い出す。オルティア商会は皇族御用達の商会の名前だった筈だ。そして、最近では何やらオルティア商会の商会長が皇帝陛下とよく面会しているという話も聞く。皇家御用達の商会だからといっても、貴族籍すら持たない平民の分際で調子に乗っているのかもしれない。
ならば、一度お灸を据えておくのも悪くないだろう。そこまで考えると、彼は一つのアイデアを思いついた。
「では、こういうのはどうだ?」
そして、オブライトはその思いついたアイデアを娘に話し始めた。
彼のアイデア、それは帝国内にあるフォトナー公爵領の関所を封鎖するというものだった。広大なフォトナー公爵領の中には帝国の流通を支える為の交易都市を複数抱えている。それらの交易都市には大商会であるオルティア商会も当然支店を置いている。その為、商会の馬車も公爵領の関所を利用している。
そこで、アルメリアがお茶会で行った無礼への報復という名目の元、公爵領の関所にオルティア商会の荷物のみを通さないように通達を出すのだ。
そうすれば、オルティア商会は公爵領を経由する商品が手元に入って来なくなり、大損害を負うだろう。無論、関所の通行税が入ってこないのは少しだけ痛手だが、その程度で大貴族である公爵家が揺らぐ筈も無い。
そして、同時にオルティア商会についての悪評を流す。そうなれば、かの商会は大混乱に陥るだろう。
「まぁ、それは名案ですわ!!」
父のそのアイデアに彼女も賛同する。もし、この計画が実行されればオルティア商会は大損害を負う事になり、商会の令嬢であるアルメリアは間違いなく困り果てるだろう。
そうなれば、アルメリアは自分に謝罪に来るに違いない。
「では、おねがいたしますわね」
「うむ、任せておくがいい」
そして、クラリッサは上機嫌でオブライトの執務室を出ていった。
それから数週間後、各所への根回しが終わり、各関所に通達の準備も完了。これでいつでも公爵領の関所を封鎖できる状態になった。そして、計画を実行に移す直前の事だった。
その日、彼の秘書官が屋敷に届いた一通の封書をオブライトへと差し出した。
その封書にされている封蝋を目にした彼は思わず息を呑む。その封蝋の紋章は皇帝のみが使用を許されている物だったからだ。
「この封書、どこから届いたのだ?」
彼は確認の為に秘書官に尋ねる。
「……皇宮でございます」
「……やはり、本物なのか……」
そして、意を決したオブライトは封書を開けると、その内容を読み始める。そこに記されていたのは、皇帝からの緊急の呼び出しであった。
公爵の当主である彼でも皇帝からの命令には逆らえない。封書を見た彼はすぐさま外出の準備を整え、そのまま皇宮へと向かった。
そして、皇宮に到着したオブライトは侍女に先導されながら、皇帝の執務室に案内される。執務室へと足を踏み入れた彼は皇帝であるガイウスに向かって恭しく頭を下げた。
「皇帝陛下、ご命令により参上いたしました」
「うむ、フォトナー公爵よ。待っていたぞ」
「本日は私めを如何なるご用件でお呼びなのでしょうか?」
「うむ、お前に聞きたい事があったのだ。なんでも、フォトナー公爵領が管轄している各関所に通達を出したそうだな。オルティア商会の商品を積んでいる馬車を通さぬ様に、と」
「流石は陛下、良くご存じで……」
オブライトは表面上では平静を装っているが、内心では焦りを隠せない。
(陛下はなぜその事を知っておられるのだ!? まだ、実行すらしていないのだぞ!?)
ガイウスの言う様な計画を用意していたのは事実だ。しかし、まだ関所に通達を行ったばかりで封鎖の実行すらしていないのだ。だというのに、既に計画が知られている。意味が全く分からなかった。
「して、お前は何を以てその計画を実行しようとしているのだ?」
「……オルティア商会の令嬢が我が娘に無礼を働いたのです。幾ら、オルティア商会が皇族御用達の商会とはいえ建国時よりこのヴァレリア帝国を支えてきた大貴族たるフォトナー公爵家の息女に無礼を働くなどあってはならぬこと。流石にそれは看過出来ぬと思い、今回の計画を立案した次第でございます」
オブライトは言葉に自信を滲ませながら、ガイウスに向けてそう説明する。だが、ガイウスはオブライトの言葉に眉すらも微塵も動かす気配はない。
「フォトナー公爵よ、今すぐその計画を中止せよ」
「……は?」
オブライトはガイウスのその言葉に一瞬、耳を疑った。まさか、皇帝から直接この計画を中止するように命じられると思ってもいなかったからだ。
「陛下、お言葉ですが我等貴族は体面こそが最も重要です。
幾らオルティア商会が皇家御用達とはいえ、その身分は平民に過ぎない。だというのに、オルティア商会の令嬢は無礼にも我が娘を侮る様な発言を行いました。
大貴族である我らがたかが一人の平民に侮られる事など決して認められません。
そして、それをそのままにしておく事自体が我等貴族の沽券に関わる事。もし、この事が広まれば、我がフォトナー公爵家の名には傷が付いてしまうでしょう。故にこの話が広まる前にオルティア商会にはそれ相応の罰を与えねばならぬのです。
それともまさか陛下はたかが一平民を国を支える我等貴族よりも優先させるおつもりですか。それが何を意味するか、陛下が一番良くお判りでしょう?」
――――平民は貴族を尊び、貴族は皇族を尊ぶ。
これこそが、この帝国における貴族社会の根幹だ。
だというのに、皇帝というこの帝国における身分制度の頂点に立つ存在が貴族より平民を優先すればそれこそ帝国の身分制度の崩壊に繋がりかねないだろう。
「ふむ、お前の言う事も分からぬでもない。しかし、余が『やめよ』と言っているのだ。その意味が分からぬお前でもあるまい? それともお前は余に逆らうつもりか?」
「それ、は……」
だが、彼の忠言は無駄だったようだ。ガイウスは自身の意見を変える事は無く、確固たる意志を以て、オブライトに再度計画の中止を強く命じた。
その言葉を聞いた彼は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
公爵家の当主であっても、或いは公爵家の当主であるからこそ皇帝のその強い言葉には逆らえない。
「………………畏まりました」
オブライトは到底納得していないが、表面上はガイウスの言葉に従う様子を見せた。彼は長年の経験から今の皇帝が意見を変えるつもりが無い事を理解していたからだ。
「無論、別の方法でかの商会に対して報復をする事も禁じる。そして、ここで話した事も他言無用だ。分かっておるな?」
「…………勿論、承知しております」
「ならば良い」
ガイウスはそう言うと手を振る仕草を見せた。それは、もう用はないので帰れという彼からの合図だった。
「……では、これにて失礼いたします」
そして、彼は内心でガイウスへの不満を抱えながら、執務室から退出していった。




