19 救出戦
アルメリアと男たちの戦いは終始アルメリアの優勢だった。
「あはっ、あははははは!! 楽しい、楽しいですわね!!」
楽しい、楽しい、戦いが楽しくて仕方がない!! 命を奪う感覚が、心臓に剣を突き刺した手応えが、目から光が消えていくあの瞬間が、それら全てがどうしようもない程に甘美なのだ。
「ああ、本当に楽しいですわ!!」
数年振りの本気の命の奪い合い。一人、また一人と相手の命を奪う度に自分の中にある何かが満たされていく。
同時に戦いの中で自分が成長しているのが分かる。今迄、マティアスとの訓練で培われていた数々の経験が確実に自分の身に宿っている事が理解できる。そして、それらの経験とこの戦いが糧となり、自分の中にある何かが花開いているのが分かるのだ。
「あはははっ、本当に最高の気分ですわね!!」
アルメリアが興奮しながら戦い続ける一方、彼らのリーダー格の男は困惑を隠せなかった。
「なんだよ、なんだよこれ……」
相手は小娘一人だ。しかも、数で言えばこちらが圧倒的に勝っている。負ける道理などなかった筈だ。
しかし、いざ戦いが始まるとそんな考えは一気に崩れ去る。
元々、アルメリアには父譲りの才能があった。その上、近衛騎士団の副団長に護身術という名目で鍛え続けられてきたアルメリアの剣技は既に護身術の域を遥かに超えていた。
近衛騎士団の副団長と模擬戦で戦える時点でその技量がどれだけの高さなのかが分かるだろう。
そして、アルメリアの身体能力は覚醒した事により、常人を遥かに上回っている。スラムの便利屋程度がどれだけ束になったとしても今のアルメリアに敵う筈もない。
そして、アルメリアは一人、また一人と男たちを切り殺していく。
すると、そんな時だった。何時の間にか、アルメリアの後ろに男たちの一人が回り込んでいた。
「もらったぁ!!」
その男はそんな事を叫びながら、アルメリアへと向かっていくが、彼女はこちらを向く気配はない。
そして、男は勢いのままアルメリア目掛けて剣を振り下ろすが、それが彼女に届く事は無かった。
何故なら、アルメリアの左手には先程までなかった筈の黒剣が握られており、それを後ろに回す事で後方を見もせずに、男の一撃を防いでいたからだ。
「なっ……」
不意を突いた後方からの攻撃を防がれた事で男は一瞬だけ動揺する。その隙を見逃す彼女ではない。その次の瞬間、アルメリアは勢い良く後ろに振り返り、その勢いのままもう一本の黒剣で後ろの男の腹部を切り裂いた。
「かはっ……」
「……確か、二刀流、と言っていましたわね。ですが、やはりあまり慣れない事はするべきではありませんわね」
そう言いながらアルメリアは左手に持つ黒剣を消し去った。
「っ、囲め!! 取り囲んで奴を仕留めるんだ!!」
リーダー格の男のそんな言葉に残った男たちはアルメリアを取り囲んでいく。
だが、所詮は烏合の衆だ。見るからに連携が甘い。その連携の隙を突き、攻撃を回避するとそのまま一人、二人と次々に取り囲んでいた男たちを切り殺していく。
「さぁさぁさぁ、お次はどなたかしら!?」
男たちを全員倒したアルメリアはその勢いのまま辺りを見渡すが、そこには死体しか残っておらず、生き残っているのはアルメリアからは少し離れた場所で彼らに指示を出していた男一人しかいなかった。
「……あら、もう終わりですの? 残念ですわね」
そして、アルメリアは残念そうな表情を浮かべながら黒剣の切っ先を最後に残っていたリーダー格の男へと向ける。
「では、貴方で最後ですわね」
「あ、ああ……」
一方でリーダー格の男は仲間達の死体を前にただ茫然としていた。
彼にとって、今回の依頼は簡単な仕事の筈だった。重病人の女一人を誘拐し、その女を期日まで見張る。そして、指示が来たらその女を殺すだけ。
帝都のスラムで汚れ仕事を何でも請け負う彼等からすれば簡単な仕事だった。だというのに、仕事を提示された報酬は桁違いの額だ。
依頼人の身なりが整っていた事もあり、明らかに貴族絡みの厄介な仕事なのだろうと思っていたが、報酬額に目が眩んだ彼は仲間達を誘いこの仕事に臨んだのだ。
そして、この仕事はもうすぐ終わる筈だった。仕事が終われば、報酬で仲間たちと豪遊するつもりだった。だというのに、その仲間たちは今や全てが死体と化していた。
「…………ひっ、ひぃぃぃ!! いやだあああ!!」
そして、仲間が全滅した事による恐怖からリーダー格の男はこの場から逃げ出そうと、部屋の入り口の方へと駆けて行く。
すると、その直後の事だ。リリアが部屋の奥から姿を現したのだ。
「姫様、ご無事ですか?」
「ええ、もうすぐ終わりますわ」
アルメリアはそう告げると、勢い良く右手の黒剣を投擲する。
「あっ……」
そして、黒剣は見事にそのまま逃げ出した男の背中から心臓を貫いていた。
「さて、と。これで終了ですわ」
最後の一人の始末を終えたアルメリアは改めてリリアの方へと向き直る。彼女の肩には目を瞑る妙齢の女性の姿があった。恐らく、彼女がリリアの母なのだろう。
「それで、彼女は無事なのかしら?」
「ええ、今は薬で眠らせられているだけの様です」
「それは良かったですわ」
リリアのその言葉にアルメリアは少しばかり安堵する。もし、死んでいたら今迄の事が全て無駄になる所だっただろう。
「姫様、ありがとうございます。こうして、母様を無事に救い出す事が出来ました」
「礼には及びませんわ。わたくしも少しばかり楽しめましたもの。それに、忠誠を誓った臣下に褒美を用意するのも主であるわたくしの役目でしょう?」
リリアはそう告げるアルメリアから一瞬、何処か王が持つ独特な雰囲気を感じていた。
「では、リリア。ここで一旦お別れですわね」
「お別れ……? どういう事でしょうか?」
「ふふっ、わたくしにはこれから行かなければならない場所がありますの」
「では、私も……」
「いえ、それには及びませんわ。それに、あなたにはこれからしなければならない事がある筈ですわ」
そう言いながら、アルメリアは視線をリリアの母の方へと向ける。
今は薬で眠っているようだが、彼女は重病人の筈だ。出来るだけ安静にさせなければならないだろう。
それを察したリリアは一瞬だけ戸惑った様子を見せた後、アルメリアに頭を下げる。
「……姫様、ありがとうございます」
「さ、では明日からよろしくお願いいたしますわね」
そして、アルメリアは優雅な足取りでこの場から立ち去るのだった。




