11 兄との遭遇
アルメリアへの教育が始まってから一年近くが経過したある日の事。その日、アルメリアは父であるガイウスに呼び出され、彼の執務室にいた。
「お父様、お呼びでしょうか」
「うむ、よく来た。そこに座るがいい」
「畏まりましたわ」
そして、アルメリアはガイウスと向かい合うように座った。
「本日は一体どのようなご用件ですの?」
「うむ、今日はお前に行われている教育についての話を聞こうと思ってな」
どうやらガイウスは一年前に始まったアルメリアへの教育について聞きたかったようだ。
「クラインとマティアスから、進捗については聞いている。そこで、お前にも直接話を聞こうと思った次第だ」
「その事でしたのね。ええ、良い退屈凌ぎで満足しておりますわ。特に剣術についてはとても面白いですわね」
そして、アルメリアは今迄の事を話し始めた。
クラインの教育に関しては既に教養から帝王学に移行している事、マティアスの訓練は護身術の域を超えて、本格的な剣術に移行しており時折模擬戦も行っている事、それらを今迄の出来事を交えながら話していった。
そして、アルメリアの話を一通り聞き終えたガイウスは彼女を見つめながら口を開いた。
「では、一つ問うとしようか。この教育、続けられそうか?」
「ええ、問題ありませんわ」
「そうか、ならばよい。これで用は済んだ。戻るがいい」
「分かりましたわ。では、これにて失礼いたしますわ」
アルメリアはそう言うと、ガイウスに向けて一礼をした後、執務室から退出していった。
そして、執務室の外に出ると、そこにはアルメリアが出てくるのを待っていたマリアーナの姿があった。
「アルメリア、おかえりなさい」
「お姉様、ついて来て下さってありがとうございますわ」
何故、マリアーナがここにいるのか。それには理由がある。父に呼び出されたのが、恒例となっていたマリアーナとのお茶会の最中だったからだ。その為、心配した彼女もこうしてここまで着いてきてくれていたのだ。
「アルメリア、何もなかったかしら?」
「ええ、何もありませんでしたわ」
「それなら良かったわ。じゃあ、すぐに戻ってお茶会を再開しましょうか」
「分かりましたわ」
そして、二人はお茶会を再開するべく、離宮へと戻る事にした。
だが、その道中の事、前方から豪華な身なりをした見覚えのない一人の男性がこちらに向かってくるのが見えた。また、その男の後ろには取り巻きと思われる複数人の男たちの姿もある。
その男はマリアーナの姿を目にすると、声を掛けてきた。
「む、そこにいるのはマリアーナか?」
「……はい、お久しぶりです。アルベルトお兄様」
マリアーナは一瞬だけ躊躇した様子を見せた後、その男に返事を返した。すると、彼女からアルベルトと呼ばれたその男はマリアーナへと近づいて来る。その際、マリアーナはアルメリアの姿を隠す様にそっと彼女の前へと移動した。
「……アルベルトお兄様は一体どのようなご用件でしょうか?」
「なに、父上に呼ばれていてな。これから、父上の執務室に向かう所なのだ」
すると、アルベルトはマリアーナの後ろに隠されていたアルメリアの事に気が付いた。
「ところでお前の後ろにいるその小娘は……」
だが、そこで彼の側近と思われる男の一人が申し訳なさそうに話に割り込んできた。
「失礼ながら殿下、お話し中の所だというのに申し訳ありませんが、そろそろお時間の方が……」
「ああ、そうだったな。ご多忙な父上をこれ以上待たせるわけにもいかないか」
その側近の言葉にアルベルトは頷く様子を見せると、アルメリアから視線を外してマリアーナへと向き直った。
「では、私はそろそろ行く。お前も自分の離宮に戻るといい」
「……はい、アルベルトお兄様もお元気で」
そして、アルベルトは側近を引き連れて、そのままアルメリア達とは反対方向へと歩みを進めていった。
「良かった、何も無くて……」
そう言いながらマリアーナは安堵の表情を浮かべていた。その一方でアルメリアは姉の様子に困惑する。
「お姉様、あの人は一体誰なのですか?」
「あの人はアルベルト・フォン・ヴァレリア。このヴァレリア帝国の第三皇子。つまりは、私たちのお兄様に当たる人よ」
「お兄、様……。あの人が……」
アルメリアにとって自分の血の繋がった家族と会ったのはマリアーナや父以外では初めてだった。そう言われればアルベルトの顔には何処か父の面影があった気がしないでもない。
「アルメリア、アルベルトお兄様には気を付けなさい」
「気を付ける?」
「アルベルトお兄様は今の皇位継承権第一位なの」
皇位継承権第一位、つまりは次期皇太子候補なのだろう。
「もし、あなたがアルベルトお兄様の不興を買えば、私でも守り切れないかもしれないわ」
「お姉様、分かりましたわ。気を付けますわ」
そして、アルメリアは先程まで彼女がいたガイウスの執務室に入っていくアルベルトの後姿を一瞥した後、離宮に戻っていくのだった。




