番外編:愛の賞味期限・後編【ルトとラナ】
不器用にすれ違う二人――ルトとラナ。
ルトの一歩に、ラナも歩み寄るように行動を起こす。
すれ違い、勘違い、そして振り絞った勇気。
二人の恋が、ついに動き出す――。
意気込んではみたものの、いざ告白となると、どうにも上手くいかない。
もっとも、ラナには業務上の会話しか許されなくなってしまったし――取り付く島もない。
「きっかけ、きっかけさえあれば、何とかなるのに……。」
ヘンリーが上手くいってから、一人きりになることが増えた談話室で、思わず愚痴がこぼれる。
「本当にそうでしょうかねぇ。」
「うわっ!」
騎士たるもの、背後を取られるのは恥……なんだが、背後を取ったのが家令のブラントならば、それも仕方ない。彼は百戦錬磨、辺境伯家の右腕だ。
「情けない反応ですね。」
冷静に指摘されると、恥ずかしさが倍増する。
「いきなり背後を取るなんて、人が悪すぎるだろ。」
「騎士たるもの、」
「いつかなる時も、隙を見せてはなりません。――だよな?」
文末をあえて重ねて口にすると、ブラントが満足そうに微笑んだ。
「随分と真剣に悩んでいるようですが。お前とラナの場合、単にきっかけがあればという単純な話ではないでしょうに。」
「なっ!な、何言ってんだっ!!」
ここまであからさまに告げられると、誤魔化し方さえ思い浮かばない。
「隠せていると思っているあたり、騎士団長もまだまだ若いわね。」
「うわぁ~。」
またもや背後から声がする。今度は侍女長のアンナだ。
「わたしにまで背後を取られるほど動揺するなんて、ホント、心配だわ。」
「ちょっ、なっ、待って……」
この二人にとって、ヘンリーを含めた俺たち三人は、いわば自分の娘や息子と言える存在だ。
だが、にこにことこっちを見て立っている姿が……正直、怖い。
「なんの話を……」
「いまさら誤魔化せませんよ。」
「きっかけじゃないことぐらい、承知でしょうに。」
(アツが、圧がすごいから。)
思わずたじろぐ。
「それでも、まだ言い訳がましくきっかけなどというのなら、作ってあげるわよ。」
アンナが意味深に、にっこりと微笑んだ。
……あっ、これ悪い予感しかしない。
***
アンナは宣言通りに、ラナと自分が出かける用事……「きっかけ」を作ってくれた。
「屋敷の使用人を代表して、お二人の結婚祝いを選んできてほしいなんて、嬉しい。」
ラナはこのお役目を心底喜んでいる様子だ。
「でも、何でルトまで一緒なのよ。」
言葉は不服そうだが、まんざらでもない表情にホッとする。
「男側の意見もいるってことだろ。」
「ルトにそんなセンスあったっけ?」
「お前なぁ~。」
二人そろっての休日。
城下に出かける用事は"お使い"だが、立派なデートだ。
(やっべ。心臓がバクバクしてやがる。)
緊迫感に押しつぶされそうになる魔物討伐とは、確実に異なる鼓動がうるさくて冷静さを失いそうになる。
「久しぶりの休暇だろ?お前の好きなとこにも、付き合ってやるよ。」
さり気なくラナの喜びそうな雑貨屋に視線を送ってみる。
一瞬、頬が赤らんだようにも見えたが、足早に店に消えてしまった。
「奥さまも好きそうなものがたくさん。」
小物を手に取って見つめるラナのキラキラした横顔に見とれる。
よく考えれば、こんなふうに二人で出かけたことはなかった。
自分も、ラナも、若くして辺境伯領地を継いだヘンリーのサポートに忙しかった。
想い人と結婚したというのに、初恋をこじらせた主の姿は、本当にもどかしくて仕方なかった。
(でも、それも言い訳だったかもな。)
幸せに過ごす二人を間近に、ラナはいつも嬉しそうだ。
自分は、そんなラナに気持ちを打ち明けるのが怖かっただけなんだと自覚する。
幼いころからの想いを隠して、奥さまに仕えるラナを傷つけたくないと言いながら、自分が傷つくのが怖かったのだ。
「ねぇ、ちょっと、聞いてる?」
考え事をしていた自分にしびれを切らして、ラナが顔を覗き込んでいた。
間近に、自分がいつもきれいだと思っているヘーゼルの瞳が映る。
「うわっ!」
不意を突かれて、思わず後ろ飛びに後ずさる。
「なによ、失礼ね。」
自分の慌てように機嫌を損ねたのか、ラナがふいっとそっぽ向く。
「悪い、ちょっと外で待つわ。お二人には、別のお店で何か探そうぜ。ここは、お前の欲しいものを選べよ。ほらっ。」
「えっ?ちょっと、なによこれ。」
「お前の好きなもの、買えよ。」
冷静ではいられなさそうで、多すぎず少なすぎずの紙幣を渡して店の外へ出る。
もっとスマートに、ラナが手にしたものを購入して、あとで渡そうと思っていた。
(じつは俺も、ヘッポコかよ……。)
店の正面の木陰にたどり着くと、情けなさに肩を落とした。
***
突然手渡されたお金の使い道に困って、結局何も買えないまま店を出た。
店の正面で待っていたらしいルトは、早速、街の女性たちに囲まれていた。
「まぁ、そうなるわよね。」
ルトはあまり自覚していないかもしれないが、かなりモテる。
人懐っこい笑顔もだが、騎士団長とは思えないほどの人当たりの良さが、最大のモテ要因だろう。
(あそこに入るの……勇気いるな。)
どうしたものかと迷っていると、ルトがこちらに気が付いた。
「おう!」
一緒に立ち話をしていた女性たちが一気にこちらを振り返る。
「この先のお店に行ってるね。」
なんとなく、イラっとして足早にこの場を去ることにした。
「おい、待てよ。」
足止めしようとする女性たちにやんわりと断りを入れて、ルトが追いかけてくる。
(今、顔を合わせたくない。)
多分、嫉妬で嫌な顔になっている。本能的にそう感じて、思わず走って逃げる。
「待ってって。」
腕を掴まれた反動で、ルトの腕の中に納まってしまう。
どうしても顔が見れなくて、うつむいた。
「何だよ、急に。」
「……。」
「何も、買わなかったのか?」
手ぶらのわたしに気づいて、残念そうな声がする。
「急に、好きなもの買えって言われても、困るよ。」
「……無理に買わなくてもいいけどよ。」
「……。」
「あの店なら、お前が喜びそうなものがあるだろうって思ってたから……。」
「今日の用事は、わたしの買い物じゃ、ないよね。」
かわいくない言い方。
「俺が、何か買ってやりたいと思ったんだよ。悪ぃか。」
ふてくされたようなつぶやきに、全身が熱くなる。
よく考えれば、ルトに抱きしめられた状態のままだ。
「ちょっ、この体制。」
押し返そうとしても、びくともしない。
「あっ。」
抱きしめていることに気づいたのか、ルトが身体を離す。
離れていった体温を、少し寂しく感じる。
「次、行くぞ。」
素早く身体を離した瞬間に、ルトが手をとった。
(えっ?)
あっけにとられているうちに、手をつないだまま、街を歩きだしていた。
***
手をとって、歩き出したところまでは完璧だった。
ラナも嫌な顔をせず、手を振りほどくことなく街を散策した。
自分たちでも手の届く宝飾品の店で、ヘンリーにはマントの留め具になるブローチ。
奥さまにも、それと対になる、少し小ぶりのストール用のブローチを選んだ。
「うん、これなら普段使いができて、お二人が喜んでくれそう。」
ラナが満足そうに微笑んだ。
「お前は、何か欲しいもの、ないのか?」
いくら過ごした時間が長いとはいえ、宝飾品の好みはさっぱりなので、さり気なく探りを入れてみる。
「わたしはね……こういうモノには直感を信じるの。」
「インスピレーション?」
「そう。これっていう出会いは見逃さないのよ。」
そんなふうに言われてしまっては、贈り物として渡せるものがない。
密かに落胆した帰り道……程よい疲れもあってか、交わす言葉も少なくなっていた。
それでも、そんな静寂な時間さえ、心地いい。
今日、何度がつなぎなおした手に視線を落とす。
「あのさ、ラナ。」
真っ赤に沈み始めた夕日に後押しされて、声をかける。
「俺、」
意を決してラナに向き合った瞬間、帰り道を急ぐ子供がラナにぶつかる。
大切に持っていた贈り物が宙に舞った。
「あっ。」
ラナの小さな声が聞こえて、すかさず手を伸ばす。
「大丈夫。落としゃしないさ。」
贈り物は無事だったが、俺の決死の覚悟はその場に置き去りとなった。
***
はぁ~。
盛大なため息が、一人きりの談話室に響く。
「やっぱり俺も、ヘッポコでした。ってシャレになんねぇよ。」
――単にきっかけがあればという単純な話ではないでしょう。
――きっかけじゃないことぐらい、承知でしょうに。
あの夜の、ブラントとアンナの声が聞こえてくる。
「だいたい、あの二人がそう言い切ったってことは、間違いであるはずがないんだ。」
きっかけさえあればと言ったあの夜の自分も、まだ"逃げていた"んだと自覚する。
一日中、そばで見つめていたラナの様々な表情が、浮かんでは消える。
「あっ、いた。」
思い描いていたその人に、声が重なって、驚きで声も出ない。
「良かった、いてくれて。」
「へっ?」
情けないほど間抜けな声が出る。
「あのね。今日……付き合ってくれたお礼。」
ラナが差し出した小さな箱に、驚く。
「インスピレーション……落ちてきたから。」
ラナの手が、僅かに震えている。
「とにかく、コレは、あんたのだからね。じゃぁ、おやすみ。」
強引に手のひらに箱を突きつけると、唖然とした俺に見向きもしないで談話室を出ていった。
状況が理解できずにしばらく呆然として、突然、手のひらの重みに、ラナからの贈り物の存在を感じる。
「ちょっと、待て。コレ、俺にか?」
慌てて包みを開けてみる。
中にはシンプルな盾のデザインがされた、銀細工のネックレスが入っていた。
あしらわれた小さな石は、ヘーゼルだ。
「これ……。」
意味を深読みしそうになって、深呼吸する。
「ホント、情けなぇ。」
ポケットから、自分は渡せなかった小さな箱を取り出す。
頭を冷やそうと、談話室を出て庭園へ向かった。
***
辺境伯邸にある庭園をゆっくり歩く。
月明かりが妙に明るくて、もう逃げも隠れもできない自分の心情を映し出しているようだった。
「えっ……なんで。」
驚いたラナの声に振り向く。
一度、部屋に戻ったんだろうか……薄手の部屋着に目のやり場を失くす。
(今、だろ。)
ざわっと風が吹き抜けていく。
しっかりとラナを見つめる。
「これ、ありがとう。」
手に持ったままになっていたネックレスを、首に着けてみせる。
一度それをギュッと握りしめた。
「ラナ、お前がヘンリーへの気持ちに区切りをつけるまで、待つ。でも、俺はお前が好きだ。」
そっと膝をついて、渡せずにいた小箱を取り出す。
「お前の気持ちが落ち着いたら、俺との将来を考えてくれ。」
見上げたラナの瞳にみるみる大粒の涙があふれる。
慌てて立ち上がるが、動揺して何もできない。
「やっぱ、無理か?いきなりだよな……やっぱ、こんなんじゃ......」
「ちょっと黙って!」
ラナの大きな声に、身体がビクッと反応する。
「これ……。」
ラナが胸元からネックレスを取り出す。
ティアドロップにカットされたブラックオニキスを、剣をモチーフにした銀細工で包み込むような形をしたネックレス――。
「俺の瞳の色……。」
「何をどう勘違いしたのか知らないけど、わたしはずっとルトが好き……だったよ。」
「……。」
「ルトがモテるから、告白なんてできないって思ってた。妹だから、言わないでいたほうがいいって……。」
もう、言葉はいらなかった。
ギュッと抱きしめて、柔らかい髪に触れる。
「普段が軽口だから、これくらいしないと本気が伝わらないと思った。言わせて、ごめん。」
触れていた髪をひと房――そっと口づける。
ヘーゼルの瞳に月明かりが反射して、光って見える。
「俺と、生きてくれ。」
囁くように告げると、ラナがこくりと頷いた。
煌々と輝く月だけが、重なる二人の影を見つめていた。
読んでくださり、ありがとうございます。
本編を書いている時から、この二人も幸せにしてあげたくて、
こうして「愛の賞味期限」を番外編として書くことができたことを、
とても嬉しく思います。
ブックマーク、リアクションなどを残していただけると、励みになります。
この二人が側近として活躍する本編も、ぜひ読んでみてください。
次回作で、お会いできることを楽しみにしています。




