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王命の婚姻に愛など望まないはずでした〜すれ違い婚の果てに〜  作者: Alicia Y. Norn


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12/25

12. 密書と沈黙、そして魔物討伐

父の陰謀が明らかになり

家族と夫とのはざまで苦しむローズ


彼女を心配する人たちの前に

さらに強大な恐怖が襲い掛かる……魔物たちのスタンピード


守るべきもののために

今、それぞれの戦場に足を踏み出す……


いつもより、少し長くなってしまいましたが

辺境伯領地だからこその緊迫した様子も楽しんでいただければ幸いです




 夜の辺境伯邸……離れの寝室で、ローズは一通の手紙を握りしめていた。

 月明かりに照らされたその横顔は、何かに苦悩しているようにも見えた。


 「……こんなことを、わたくしにさせるおつもりだったのですね……お父さま……」


 震える手が止まらない。それが怒りなのか悲しみなのかわからなかったが、ローズにとってそんな自分の感情は、些末なものに思えた。


 "辺境伯家の内政状況を報告し、二重帳簿の準備を進めろ"


 噂の真相を掴むまでもなく、父の陰謀はローズへの命令という形で明らかになった。

 家族か……夫か……

 

 「どちらを選択したとしても、わたくしたちの婚姻関係は、ここで終わるのでしょうね……」


>>>>>>>>>>>>>>><<<<<<<<<<<<<<<


 父の手紙は誰にも知られたくはありません。

 鏡の前で、わたくしは浅い呼吸を繰り返しました。

 早鐘を打つ鼓動を抑えるように、少し青白い顔に笑みを作ります。


 (いつものように、ふるまわなければ……)


 朝の支度を手伝ってくれるラナに悟られてはなりません。

 平然を装うよう、自分に言い聞かせます。


 「奥さま、今日もおきれいですよ。」


 背後から、ラナの明るい声が聞こえてきます。


 「ラナは本当に、わたくしを幸せにするのが上手ですね。」


 そう口にした言葉は本心ですのに、白々しくむなしく響きます。


 「思ったことを口にしただけで、奥さまが幸せになっていただけるなら、こんなにうれしいことはございません。」


 微笑むラナを見つめ、父の命令がいかに理不尽なものなのかを改めて自覚して胸が痛みます。


 「ごめんなさい、ラナ。予定を変更して、少し一人になる時間を作りたいと思うのだけれど、お願いしてもいいかしら?」

 「奥さま、そこはご命令でよろしいのですよ。」

 「ありがとう、ラナ」


 いつも通りのラナに安堵しながらも、わたくしは父への恐怖で胸が締め付けられていました。 


***


 「父を敵にして、わたくし一人でみなさんをお守りすることができるのかしら……」


 一人残された部屋で、心の中の弱さが口をついて出ます。

 辺境伯家を窮地に追い込む算段がつき、近いうちに、父はそれを実行に移すだろうということが、手紙から推測できます。不正の二重帳簿は、いわば保険のようなものでしょう。


 「辺境伯家でのお前の役割は、わかっているだろうな。」


 威圧的に響く父の声が、何度も頭に響きます。


 (わたくしの役割とは……ヘンリーさまを裏切り、陥れる材料を増やすことなのですね……)


 父の意思を曲げることはできないでしょう。おそらく、わたくしが協力しなくとも、計画は実行されてしまいます。


 「お兄さまやお母さまは、ご存じなのかしら?」


 ふと、優しく微笑む二人の顔が浮かんで、疑問に思いました。

 人を陥れることを良しとはしない実直な兄の性格や、思いやりにあふれている母のふるまいを思い出せば、この計画が二人に知らされていないのは、明確な気がしました。


 「父を裏切れば、兄や母は……侯爵家のみんなも領地だって、今まで通りとはいかないはずです……」


 父への反発心だけで逆らうのは、短絡的で何も解決しないことだと気づきました。


 「けれど、このままでは辺境伯領が守れません……」


 どこにも行けない思考の中に沈んで、どんどん身体が動かなくなっていきます。

 

 (秘密を守らなければ……そして、わたくしが何をすべきなのかを早急に決断しなければ……)


 冷たくなる指先を握りしめ、無理やり顔をあげて窓の外を見つめます。


 (この地を守る……わたくしは、そう決めたのです。……逃げることは、許しません。)


>>>>>>>>>>>>>>><<<<<<<<<<<<<<<


 父の動向を探るには、優れた諜報部隊が必要だとわかっていたわたくしにとって、ブラントの協力は本当にありがたいものでした。けれど……まさか、あれほど重要な機密を明かしてくれるとは思ってもみませんでした。


 「わたくしが知っても良かったのですか?」


 ブラントから"辺境伯家の影"の存在を教わったとき、わたくしは聞かずにはいられませんでした。

 本来ならば、この"影の存在"は政敵に知られてはいけないだろうと、容易に想像がつきます。


 「奥さまは、辺境伯夫人でございます。隠しておく方が、不自然というものですよ。」


 辺境伯家に長く使えている家令に、夫人として認められていることが嬉しくて、胸が震えました。


 「内容については、あなたにも秘匿とさせてもらいたいの。でも……影の使い方を教えてください。」

 「かしこまりました。」


 ブラントが簡潔に影の連絡方法や彼らに課せられた掟を説明してくださいました。

 辺境伯家の闇を引き受けてきた者たち……影。

 彼らには名前すら許されていない……闇の中でだけ生き、影として死ぬ。

 その存在を知った瞬間、背中に冷たい汗が流れていくように感じました。

 

 (もう、引き返せません……引き返すつもりもありませんが。)


***


 ブラントとの話を終えてすぐ、わたくしは影にコンタクトを取りました。

 父の噂の真偽とその裏付けとなる証拠、兄が管理している侯爵領地の経営状況と現状……そして、兄が父の陰謀にかかわっているか否か……。


 (影には、王都と領地……それぞれで証拠をつかんでいただきましょう……)


 わたくしは机上の羊皮紙に視線を落とし、ゆっくりと指示を記し始めました。

  

>>>>>>>>>>>>>>><<<<<<<<<<<<<<<


 奥さまの様子がおかしい……


 数日前からの違和感が、決定的になったのは、目元にうっすらとできた隈を見つけたときだった。

 食事の量が減り、手を留めて考え事をすることも増えている。

 ……同時に、笑顔が減っているのだ……それがわたしには一番つらい。


 「ご気分がすぐれませんか?」


 時折、支度の時に声をかけているが、返事は決まって「大丈夫」なのだ。

 けれど、その笑顔が「大丈夫ではない」のだから、何とかしたい。

 気持ちが焦るばかりで、どうしていいのかわからない。




 「ブラントさま、奥さまのことで、少々お時間をいただきたいのですが……」


 ラナの真剣な表情に、ブラントさまの表情がわずかに硬くなる。

 促されるように、人目のない応接室に移動すると、わたしはためらいなく口を開いた。


 「最近、奥さまの笑顔が減って、明らかにため息が増えています。」

 「……」

 「食事の量も減り、夜も眠れていないご様子……これでは、倒れてしまいます。」

 「……そうか。」


  そう呟くと、短くうなづきあごに手をかけた……これは、ブラントさまが深刻に何かを考えている時の仕草だ。

 わたしは無意識に唇をかんだ。

 もはや自分では成す術を失っていた。

 ……最後の切り札……もう、ブラントさまに頼るしかなった。




 静かに答えを待っているわたしの耳に、廊下から慌ただしい足音と叫び声が聞こえてきた。


 「ブラントさま、どちらですか!辺境伯さまに火急の報せです。」


 声が聞こえたと同時に、領地に鐘の音が響く。

 これは、魔物到来の合図だ。


 「何があった?」


 慌てて応接室を出ると、ブラントさまが侍従を呼び止める。


 「スタンピードです。砦にて多数の魔物がこちらへ向かっていることが確認されました。」

 「急ぎ、旦那さまに伝えます。お前はルトに連絡を取り、騎士団を砦に向かわせるよう伝えなさい。」


 聞きなれた鐘の音が、スタンピードという言葉にかき消される。

 いつもの魔物討伐ではない。

 魔物の群れが領地に向かっているというのだ。

 鳴り響く鐘の音が、不安を掻き立てる。


 「ラナ!アンナに知らせて使用人たちの安全の確保だ。奥さまにも、知らせてくれ。」




 ブラントさまの言葉に、我に返った。


 「わかりました。」


 答えると同時に、わたしは侍女長のもとへと走り出した。


>>>>>>>>>>>>>>><<<<<<<<<<<<<<<


 執務室の空気が、妙に落ち着かない。

 ヘンリーは報告書を手にしていたが、活字を追わずにローズの顔を思い浮かべていた。


 「最近、笑顔がどことなくぎこちない。わたしは、また何かしてしまったのだろうか……」


 戦略や外交と言った形での"腹の探り合い"は、苦手なほうではない。むしろ、得意かもしれない。

 けれど、ローズのことになると、さっぱりだ。

 どうにも苦い感情が、胸の奥にざらつく。

 その感覚を振り払おうとした、その時……


 カン、カン、カン、カン


 執務室を震わせ、大きな鐘の音が響く。


 「旦那さま、スタンピードです。」


 ブラントの声が、鐘の響きに重なって聞こえる。


 「何っ!」

 「北の砦にて、多数の魔物が確認されたと報告が。ルトには騎士団を向かわせるように、すでに指示を出しました。急ぎ、お支度を。」


 軽く頷き、足を速める。

 スタンピード……最後に起きたときは三年前だ。

 ……父が戦死した、あの悪夢のような時だった。




 執務室を飛び出し、廊下を駆け抜ける。

 あちこちで指示がとび、兵や騎士たちが慌ただしく動き出している。


 剣を持つ手がわずかに震える……


 (恐れているのか……?そんなはずはない。スタンピードとはいえ、精鋭の騎士団だ。)


 わずかに浮かんだ迷いを振り払い、厩舎へと急ぐ。

 

 その時……


 「ヘンリーさま!」


 不安げな声が背中に届く。

 振り返ると、そこにはローズが立っていた。

 行き来する兵たちの中、その姿だけが鮮明に浮かぶ。


 「案ずるな、お前は俺が守る。」


 気が付けば抱きしめていた。

 守りたい人がここにいる……愛おしい存在を確かめるように無意識に身体が動いた。


 「わたしを信じてくれ。」


 動かなかったローズの手が、ゆっくりと背中に回されて優しく力がこもる。


 「……必ず、戻る。」


 そのぬくもりを振り切るように、騎乗する。


 「騎士団に後れを取るな!行くぞ!!」


 物資を用意した兵たちの勇ましい声と共に、ヘンリーは駆け出して行った。


>>>>>>>>>>>>>>><<<<<<<<<<<<<<<


 離れの部屋は、風に揺れるカーテンの音まで聞こえそうなほどの静寂さを保っています。

 遠くに揺れる木々の音がやけに大きく聞こえるのです。

 わたくしは、今夜もまた、眠れないまま父の命令……そして、ヘンリーさまの無事に想いを巡らせていました。


 「父は、どうやってこの辺境伯家を追い込むおつもりなのかしら……」


 深い霧の中を彷徨い迷子になってしまったような、冷たい恐怖が胸を締め付けていきます。

 そして繰り返される父の言葉……


 「お前の役割は……」


 変に冴えた思考に、ふとヘンリーさまの言葉が浮かびます。


 「……必ず、戻る。」


 抱きしめられたぬくもりと、強い言葉に凍った心が溶かされていくようです。


 「……どうか、ご無事で……」


 祈るように両手を合わせました。

 こうして、愛しい人に続いているであろう星空に願いを込めることが、わたくしの日課となったのです。

 

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 「奥さま、旦那さまは一騎当千。安心してお休みください。」

 「ラナ、気遣ってくれてありがとう。」


 少しでも心が休まればと、奥さまに毎晩ハーブティーを入れるようになった。

 日ごとに顔色が悪くなっている……こんな励ましの言葉など無意味なのかもしれない。


 「無事を願って、組紐を作られてはいかがですか?」


 少しでも、気を紛らわせることができるなら……と、手作業を提案してみる。


 「安全を祈ってというならば、出立前にお渡しするのが普通ではないのですか?」

 「そうですね。でも、魔物討伐の際に組紐を編み、再会できたときに無事を祝って贈るのが、辺境伯領地では伝統なのです。大切な人を想って、何かせざるを得なかった先人たちの祈りの形なのでしょうね。」

 「そうね……教えてもらえる?」


 前向きな返事に、正直ホッとした。

 けれど、久しぶりに見た奥さまの笑顔は、今にも消えてしまいそうだった。

 旦那さまの留守だけではない何か……奥さまには、わたしに言えない秘密があるようだった。




 「ブラントさま、お願いします。奥さまの憂いを晴らすことはできないのでしょうか?」

 「……旦那さまのことだけではないと?」

 「はい。」


 もはやこれは、わたしの中で確信に変わっていた。

 原因を掴むことができる人がいるとすれば、それは、ブラントさまだけだ。


 「お調べください。……ブラントさまには、その手立てがおありでしょう?」


 これ以上、わたしには何もできない。

 すがるような思いで、ブラントさまを見つめた。


 「わかった。」


 ブラントさまが、わたしの言葉に深く頷いた。


***


 夜半、ブラントは秘密裏に"影"に指示を出した。

 調べるべきは、奥さまの命令に近しいところ……。

 以前、相談を受けていた"影を使ってでも得たい情報"というのが、今回のことに関与しているのだろう。

 ブラントの直感だった。



 数日後……影から届けられた報告書には、たった一文が記されているだけだった。


 ……侯爵家から奥さまに密書。両家の対立、深刻化の疑いあり。


 密書の内容は不明……。だがそれが「悪い報せ」であることは、もはや疑いようがなかった。

 ラナとブラントに、冷たい不安が広がっていった。


>>>>>>>>>>>>>>><<<<<<<<<<<<<<<


 魔物の咆哮が響く。

 重厚な砦が揺れそうなほどの雄叫びが轟く。

 風に乗って血の匂いがあたりを覆いつくし、金属の軋む音があちこちから聞こえる。

 ルトには、この不気味な戦場の真上に広がる澄み切った青空が、なんとも不似合いに見えた。




 「陣形を崩すな!一匹ずつおびき出せ!!!」


 怒鳴るように指示を飛ばしながら、俺は前線で戦うヘンリーから目が離せなかった。

 いつもより鋭い剣筋。

 速いけれど荒く、ひどく危うい。

 まるで剣を振ることで、何かを抑えつけているようだ。


 (おいおい……無茶な戦い方すんなよ。もたねぇぞ……)


 魔物の群れは次々に押し寄せてくる。

 無茶をすれば命がない……そんなことは、誰でも知っているはずだ。


 「冷静さを欠いて戦えば、死ぬぞ!」


 声を張り上げるが、咆哮にかき消される。

 思わず舌打ちし、目の前の魔物を切り払いながら、ヘンリーに駆け寄る。


 無意識に剣を向けられて、防いだ拍子に剣と剣がぶつかる激しい金属音がする。

 切りかかられたことなど気にもせず、確実に聞こえる距離で怒鳴りつける。 


 「ヘンリー!いい加減にしろっ!!」


 今度は目が合った。


 「守りたい人がいて、帰りたい場所が、あるんだろ!?」

 「……っ」

 「頭を使え!やみくもに剣を振るうなっ!!」


 振り向きざまに、背後に迫った魔物を切る。

 刹那、ヘンリーが空を仰ぐ。


 「……ローズ……」


 愛しい人を思い浮かべたのだろう……柔らかな表情が戻る。

 

 次の瞬間、ヘンリーは深く息を吸い、剣を構えなおす。

 さっきまでの衝動的な剣ではなく、的確かつ冷静な剣筋だ。


 「持ち場を立て直せ!ここで一気に押し切るぞ!!」


 指揮官としての落ち着きを取り戻し、ヘンリーの雄大な声が戦場に響く。

 その響きに呼応するように、騎士団の動きが変わる。


 (よしっ……これならいける。)


 小さく息を吐き、俺は再び剣を握った。

 守るべきものがある限り、俺たちは負けない。

 ……俺たちは、必ず生きて帰る。




お読みいただきありがとうございました。



今回はヘンリーとルトの

カッコいい姿も堪能していただけたでしょうか?

辺境領地で、守るべきもののために命を懸けて戦う……

それが、彼らの本来の姿ですね


父の陰謀に巻き込まれていくローズは

一体どうするのでしょうか?


次回「駒にされるのは、少々納得がいきません」

是非、ブクマしてつづきをお待ちください


みなさんのリアクションや感想にいつも励まされています

「頑張って!」「続き待ってるよ」という意味で

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