今、幼馴染みが短期アルバイトで神様やっているのだが……。
あこがれの都会にやってきた。街は活気があって、おしゃれで、すべてがキラキラして見える。ここは生まれ育った里のような、古い伝統やしきたりに縛られたところではない。
「まあ、こんなところで何やってるの?」
背後からの声に振り向いた。
えっ!?
目を疑った。幼い頃からよく知っている顔があったのだ。
これはなんという偶然! まさか、こんなところで会うなんて。
とりあえず彼女の問いに答える。
「実はずっと前から都会に夢見ててさ、とうとう来ちゃったんだ」
「へえ、知らなかったぁー。都会に興味あっただなんて」
そっちこそ、どうなんだ。
彼女に訊いてみる。
「遠い地で一人暮らしを始めるって聞いてたけど、いま何をやってるんだ?」
「知りたい? ふふふふ。じゃあ、これを見て」
彼女はニコッと笑って、袖を捲った。
出てきたのは、見栄えの悪いブレスレット。センスの欠片もない。
でも見るのは初めてではなかった。そのブレスレットのことはよく知っている。彼女個人の所有物ではなく、里の宝とされている公共物だ。
「そのブレスレットって、大事な【里神の証】だよな?」
「うん。あたし、短期のバイトで神様やることにしたんだ」
なんだと? それ真面目な話か? 呆れて言葉が出てこないぞ。里神の仕事といえば激務だろ。プライバシーもなくなるみたいだし。
「もしかして里神になって早々、里から逃げてきたとか?」
「違うわよ。人聞き悪いなあ。きょう一日休暇もらったの」
へえ。ちょっと意外だ。
「休暇をもらえるのか。里神の仕事って、思ったほどブラックじゃないのかもしれないな」
「いやいや、超ブラックよ。なんたって里で伝統的に行なわれている仕事だから、待遇は遠い昔のまんまで時代遅れなのよ」
「だったら、なんでそんなバイトを?」
「そりゃ、リターンが大きいからに決まってるじゃない」
リターン? ああ、神通力のことかぁ。
里神になれば、神通力をたった一度だけ、自分のために自由に使うことができるのだ。
ただし、その代償として、里神のきつい仕事に励まなくてはならない。里人たちを常に見守り続け、また逆に里人たちから見張られることになる。
「神通力を使って、何かやりたいことでも?」
「ひ・み・つ」
彼女は人差し指を口に添えた。
彼女の秘密が気になった。神通力は信じられないような奇跡を起こす。たとえば夏と冬を逆転させることだろうが、湖の水をすべてワインに変えることだろうが、望みさえすれば可能にしてしまうのだ。
しかし大きな奇跡ほど、神通力の消耗は激しくなる。たとえば夏冬の逆転を引き起こしても三日と持たないだろうし、湖水をワインに変えたとしても、数分で元の淡水に戻ってしまうだろう。
☆彡
視界の片隅で何かが動いた。それに目を奪われた。
ゴ◯ブリだ。素早く動く黒い物体に対しては、目で追うばかりでなく手で追った。反射神経じゃ負けないつもりだ。
それっ!
しかし、この腕を阻むものがあった。
彼女の手だった。
「バッチイからやめなさい。そういうところ、ぜんぜん変わってないわね」
「そっちこそ、そろそろ子供扱いするのはやめろよ」
「だったら子供みたいなことはやめなさい」
言い返せずに、舌打ちした。
ピカッ
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……
このタイミングで遠い空が鳴った。
恐ろしい轟音に恐怖を覚え、反射的に後方へジャンプ。
その場に小さくうずくまった。
恥ずかしい話だが、雷が大の苦手なのだ。
「ホント、あなたって小さい頃のまま」
彼女に頭をそっと撫でられた。
なんだよ、大人ぶって。またいつもの保護者ヅラかよ。
☆彡
父母も祖父母も兄弟姉妹もいなかった。
だから幼少時より彼女の家に引き取られていた。
ちなみに、彼女の家の人たちと血の繋がりはない。
それでも居候っていう感覚はまったくなかった。
皆、家族として接してくれたからだ。
それをいいことに、ときどきイタズラもしたし、文句などもぶつけた。
なのに嫌われることも追い出されることもなかった。もちろん悪いことをすれば叱られたけど、家族の愛情はじゅうぶん伝わっていた。
彼女は姉のような存在だった。
自分も子供なのに、よく面倒を見てくれた。
ただ、それがウザさを感じさせることもあった。
いつか対等になりたかった。
でも、まだまだ先の話かな。こっちはなかなか大人になりきれない。さっきのように、気になることがあるとそれに集中してしまうし、すぐに周囲のことが何も見えなくなる。また格好悪いことに、雷の音には怯えてしまう。
子供扱いされなくなるためには、もっと努力が必要かもしれない。
それにしても、きょうの彼女はなんだか不思議な感じがする。
見慣れているはずの彼女の表情やしぐさに、いちいちドキッとしてしまう。
里にいるときと都会にいるときとで、これほど違って目に映るものだろうか。都会の空気にでも飲まれてしまったせいかもしれないな。
とりあえず落ち着こう。
そう思って深呼吸した。
あれ?
何か大きなことを忘れているような気がする。
はて……。思いだせない。
そういえば里にいるときの記憶が、曖昧になってきている。
何を忘れているのだろう?
☆彡
突如、背筋がゾクッとした。
殺気のようなものを感じたのだ。
振り向くと、また知っている顔があった。
そこに立っているのは、彼女の妹ではないか。
目を剥きながら、こっちを睨んでいる。
どうしたというのだろう。
「アンタが……」
「ん?」
「アンタが翔太を殺した!」
何っ、翔太が殺された? それは大変だ。
いや、待って。さすがに嘘だよね……???
残念ながら冗談を言っているような顔ではなかった。
確かに翔太のことは好きじゃなかった。
だけど殺そうと思ったことなんてあるわけない。
身に覚えがないことだ。彼女の妹の酷い誤解だ。
そもそもの話、なんで警察じゃなくて彼女の妹がきた?
どうせ相手にされなかたんだろ。警察もわかってるんだ。
それでも彼女の妹は、刃物を持って襲いかかってきた。
いや、厳密には刃物ではなく、大きなアイスピックだ。
「待ってくれ。翔太なんか殺しちゃいない」
彼女の妹が何を根拠に疑っているのかは不明。
だが本気で殺しにきている。
その表情を見れば容易にわかるが、もう何を言っても無駄だろう。
なんの迷いもなく完全にこっちを疑っている。
襲いかかってくる妹を何度もかわした。
妹は足を滑らせた。
「こっちよ」
彼女が手を引く。
いっしょにこの場から逃げた。
☆彡
二人で走る。
どうやら妹の尾行を撒いたようだ。
安堵したところで目についたのは、路上で椅子に座っている女だった。
「怪しいコスプレだな」
「あの人、路上占い師ね」
「へえ、あれが占い師か」
占い師って、人間なのに未来が見えるんだよな。すごいや。マジで存在してたのか。都会っていろんなヤツがいるって聞いてたけど、まるでファンタジーみたいなところじゃないか。
彼女が微笑む。
「気になるみたいね。占ってもらう?」
「いや、結構。けど、やってみたらどうだ?」
「何それ。あっ、わかった。自分の未来を知るのが怖いんで、あたしにやってほしいわけね。いいわ」
占い師に頼むこととなった。
どんな彼女の未来を話してくれるのだろう。
とてもワクワクした。
占い師からペンと紙を渡された。
そこに氏名と生年月日を書けってことだ。
もちろん書くのは彼女だ。
ところがペンのインクが出なかった。
占い師は「すみません」と言って、代わりのペンを探し始めたが見つからない。黒い衣装の内ポケットや、ポーチの中をまさぐっている。
「おかしい。予備は持ってきたはずなのに」
すると彼女は占い師の足元を指差した。
「足元にあるバッグのポケットにありますよ」
占い師はエッという顔をして、言われたところを探すのだった。
「あ、ありました……」
「そうですか。良かったです」
「でも、よくわかりましたね?」
彼女は何も答えず、ただ無言で首肯した。
「ところで山松さん。生年月日は西暦で書けばいいんですか。それとも和暦でしょうか?」
「どうして私の名を知ってるのですか!」
「あっ、ごめんなさい。たまたま名前が当たっちゃったみたいです。たまたま」
眉間にシワを寄せる占い師。
「なんか気味の悪いお客様ですね……。いっ、いいえ、なんでもありません。失礼しました」
彼女の書いたものに占い師が目を通す。
「南牧梨沙さんですね。ご職業は何をされています?」
「短期のバイトですが、一応神様やってます」
「はあ? すみません、もう一度……」
「だから神様です。里神です」
占い師は目尻をつりあげた。
「私、この仕事を真面目にやってるんです。ふざけないでください」
「ふざけてなんかいません。あたしも真面目に言ってるんです」
「何が神様ですか! 冷やかしでしたら他所でやってください」
ふと思った。
なるほどな。占い師の怒る理由は明白だ。
彼女に教えてやる。
「同業者は敵ってことなんだろうぜ。未来が見える者同士だからな」
本職の占い師には勝てないだろうが、里神だってときどきならば、近い未来が見えるのだ。さっきだってペンの場所を言い当てたし。
ヒステリックに声をあげる占い師。
「厚かましい~。神様だとか、そんなインチキと一緒にしないでくださいます?」
彼女は熱くなっている占い師から目を逸らし、周囲をきょろきょろするのだった。
「突風がくる」
名前と生年月日が書かれた台上の紙を両手で押さえた。
直後にヒューッと強い風が吹いた。
彼女が手で押さえていたので、紙は飛ばされずに済んだ。
占い師の目が憤怒から驚愕に変わる。
「どうして突風が吹くって知ることができたのでしょうか」
「短期バイトですけど、さっき言いましたとおり神様やってる最中ですので」
占い師は両手で頭をくしゃくしゃと掻いた。
そして覚悟を決めたように、眉をキリッと引き締める。
「あなたのこと、しっ師匠と呼ばせてください!!」
「あたしのことは神とお呼びください。ちなみに弟子はとりません」
結局、占いはやってもらわなかった。
☆彡
花畑公園を横切った。池があった。ボートも浮かんでいた。
「ねえ、いっしょにボート漕いでみようよ」
「却下だ。ああいうのは好きじゃない」
本当は転覆するのが怖かった。実は泳げないのだ。
彼女が歩き疲れたようなので、オシャレなカフェテリアで休憩した。
その後はウインドーショッピング。都会の散歩を満喫した。
☆彡
二人で道を歩いていると、彼女の妹の姿が見えた。
こっちにはまだ気づいていないようだ。
妹から身を隠すべく、狭い路地に入っていった。
ここならば大丈夫だ。
しばらくは動かない方がいいだろう。
キラッ
光る物が見えた。
咄嗟に体を動かし、それを避けた。
そこにいたのは彼女の妹だった。手にはアイスピック。
こんなにも早く見つかってしまうとは。
ふたたび鋭いアイスピックが襲ってくるが、今度は余裕でかわすことができた。
「相変わらず、すばしっこいわね!」
般若のような形相の妹に、彼女が叫ぶ。
「もうやめて!!」
もちろん妹は止まることなく、アイスピックで襲ってきた。
またもや余裕でスルッとかわしてやった。
「痛いっ」
叫んだのは彼女だった。
空振りした妹のアイスピックが、彼女の指を傷つけたのだ。
僅かながらも真っ赤な血がしたたり落ちた。
顔面蒼白の妹。
「わ、わざとじゃないからね。そいつが悪いのよ」
「ケガ自体はたいしたことないけど、大変なことをしてしまったわね。あたし、短期バイトだけど里神なのよ。あたしが望まなくても祟りに遭うわ。とりあえずここを離れて、すぐ里へ帰りなさい。家の中で静かにしていること!」
妹は慌てるように背中を向けて走っていった。
溜息を吐く彼女。
「もぉー、余計な仕事を増やしてくれたわね。唯でさえ激務だというのに! 祟りを抑えるのって、かなり手間がかかるんだから」
そんな彼女の手を取った。
血のついた指をペロり。
彼女の手が震えた。
あっ、いけねっ。
「ご、ごめん。つい、癖というかなんというか、咄嗟のことで……」
「ううん、大丈夫。気にしないで」
彼女は真っ赤な顔してはにかんだ。
とても可愛らしく見えた。抱き締めたくなる衝動を抑えた。
どういうわけか、こっちの体まで震えてきた。
感情に堪えきれなくなったので、そのまま彼女の唇を奪った。
抵抗はなかった。
全身が熱くなった。
☆彡
気づけば、頭を撫でられていた。
暖かな日だまりの中、彼女の膝の上。
意識が朦朧としている。どうしてこんなところに?
彼女の指に傷跡を見つけた。
ああ、あのときの……。
彼女の優しげな声が耳に入ってくる。
ごめんなさい、あたしの身勝手につき合せたりして
あなたの大好きなツナの猫缶あげるから許して
あたしは知っているわ
翔太を襲ったのはあなたじゃない
妹の勘違いね
だって、あなたはハムスターに興味ないものね
大好きなあなたを彼氏にしたかった
そのために短期の里神になった
願望は成就した
残念ながら、大きな奇跡ほどすぐに終わってしまうもの
本当は半日くらい保ってほしかった
なのにキスして、ほんの数秒でおしまい
それでもあの一瞬がとても幸せだった
人間となったあなたと街を歩いたのも楽しかった
最後に彼女はありがとうと言った。
ほんの少し前と比べて、彼女の言葉が聞き取りにくくなった。
でもなんとなく意味がわかった。
感謝したいのは、こっちも同じだ。
楽しかったし、最後はドキドキもした。
心地が良かった。
大好きな大好きな彼女。
あのときの大好きとは違うけど、大好きだよ。
頭はますますぼやけていった。
アクビをした。
彼女の背中に猫缶発見。
膝からおりて、猫なで声で催促する。
__ 完 __
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