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離婚式より〜新しい門出に祝福を〜

 神父さまは目を閉じ、天井を仰いでいました。


 茶色い癖毛の髪は三つ編みにし、一つにまとめていました。

 ヴェールとティアラを頭に被せて貰います。

 意気込みも支度も万端。

 抜かりはありません。


 純白のスーツとドレスを身にまとったわたし達は幸せに満ちていました。


 厳かなパイプオルガンの音が更に厳格な雰囲気を醸し出します。

 天気は雲一つない快晴。

 式を挙げるには絶好の小春日和。

 春の温かい風が私たちを祝福しているかのようでした。


 立会人の皆様は神妙な面持ちで列席されていました。

 わたしたちは教会の中の通路をゆっくり、踏みしめるように歩きます。

 神父様の前に立ちました。

 わたしはゆっくり深呼吸し、神父さまを見つめました。


「旧郎・旧婦よ。二人は、すれ違いの生活、口喧嘩の絶えない日々に疲れ果ててしまいました。特に旧郎よ。病める時の旧婦の看病を放り出し女性の元へ走り、健やかなる時はギャンブルで遊び借金を重ね、旧婦の心労はつきませんでした。我慢の限界を超え、ここに神の前でお別れの儀式を執り行います」


 わたし達はお互いの家の利害が一致した結婚でした。

 お互いの利益と名誉を守るための。

 多少の妥協は構いませんでした。

 それが、夢や理想に燃えた恋愛でなくとも。

 政略結婚が当たり前の時代なのですから。


 我が誇りにかけて幸せそうな結婚生活を送ってみせると誓いました。

 ……が、限界は五年できました。


「ケイン子爵様、今までありがとうございました」

 赤毛の髪を後ろに流し、茶色い瞳。

 旧郎は今にも泣きそうな顔をしていました。


 妻という名の召使い。

 無料奉仕という名の家事仕事。

 こき使って頂きありがとうございます。


「メルラ、今までありがとう。女癖も悪く、領内の雑事を全て引き受けてくれて、すまなかった」

 

 白い結婚でいたわたし達でしたが、彼の女性問題は数しれず。

 最近、愛人に子どもが出来たと聞きました。

 更にその子のシッターになるよう、わたしに言ってきたのです。


 堪忍袋の尾が切れました。


 囲うために更に借金までつくり、そのお金の工面にどれだけ苦労したか分かりません。

 たくさんの人にご迷惑をかけましたが、彼は反省しません。

 わたしがいると何とかしてくれる、そんな甘えさえ見えるのです。


 領内の雑事は大変でしたが、良い勉強になりました。

 このスキルを糧に一人でも生きていけます。

 ご安心下さい。

 既に再就職先は決まっております。


 今までは妻という名の職業についておりました。


「ではここにサインを」


 ですから退職届という名の離婚届。

 お互い、演台にある離婚届にサインをします。

 どうぞお受けとり下さい。

 一刻も早く役所に届けましょう。


「最後に指輪をこちらへ」


 神父様の呼びかけと共にお互いの結婚指輪を演台の上に置きます。

 プラチナ製という価値しか思い入れのない指輪。

 演台の両端にあったハンマーをお互い片手に握りしめます。


「それでは、どうぞ」

 神父様の呼びかけと共にハンマーを指輪に振り下ろします。


 バッコーーンッ!!


 いっそ清々しいとさえ思える反響音。

 何の躊躇もなく振り下ろした打撃音は痛快でした。

 ひしゃげた指輪、ごめんなさい。

 今までありがとう。

 再利用されて、新しく生まれ変わってね。


 昨日には屋敷のわたしの荷物を運び出し済みです。

 どうぞご自愛下さい。

 旧旦那さま。


***


「あぁ、つまらない殿方でしたわ。わたしの青春を今から取り戻さなくてわ!!」

 わたしは従兄弟のシュナイデル伯爵の元に身を寄せていました。

 

 執務室のセティを陣取り、わたしの愚痴を聞いて貰っていました。

 ケイン子爵は夢に生きた人だから困りました。

 身の丈に合う生活、お金の管理ができないんですもの。

 楽しければそれで良し。

 今が良ければ大丈夫。

 そんな夢みがちな生活ですから破綻もします。


 やはりわたしには地に足をつけた殿方が良い。

 

「うん、今のメルラの表情はとっても生き生きしている。まだ二十歳だし、好きなことをめいいっぱいやるといいよ!!」


 昔から相談事を持ち込んでは、優しく受け入れてくれる相棒とも言うべきお兄さん的存在です。


「シュナイデル様、裂人をお引き受け下さり、ありがとうございました」

 わたしは深々とお辞儀をする。


「メルラの頼みなんだ。このくらいはどうってことないよ。でも列席した身として、かなり冷や冷やしたよ。祝っていいのか悲しんでいいのか複雑な式だったね」


「そこは、わたしの新しい門出を迎えるために祝って下さい」

 シュナイデル伯爵は苦笑いをしていました。


「わたしをまたメイドとして雇って頂き、ありがたい限りです」


 借金を作った旧旦那様のお金を工面するため、親戚を頼り仕事を斡旋して貰っていました。


「メルラの実家から絶縁したと聞いたからね。叔母様からも怒られてしまったよ。仲人ならぬ裂人として、わたしも一役買ってしまったわけだし。従兄弟として放って置くわけにいかないだろう」


 わたしは今回の離婚騒動で、シュナイデル伯爵家の三食付きの住み込み使用人となっていました。

 旧旦那様の所にいた時は、無給で雑事をこなしていたのです。

 今の生活は天国のようでした。


 わたしもお人好しが過ぎました。

 守るものなど何もなかったのです。

 早く離婚して自由に生きるという選択をすれば良かった。


「時にメルラはもう結婚とかはしないの?」


「どうでしょう。いい人が見つかれば考えますが。でも当分はいりません。懲り懲りです。自分に使える時間がようやく出来たんですもの。ここでメイドとして楽しく仕事をさせて頂き、お金が貯まりましたら旅行や留学などしてみたいです」


「それは楽しそうだ」 

 

 シュナイデル伯爵も微笑んでくれる。

 何をするにも肯定してくれるから嬉しい。


「逃避行に飽きたらまた帰っておいで」


「ありがとうございます」

 シュナイデル伯爵の真剣な眼差しに思わず照れてしまいました。


「ぼくはいつでもこの屋敷で待っているから。メルラのずっといられる居場所になろうと思ってるから」


 というと…………。

「それは告白ですか?」


「そう聞こえなかった?」


 そんな……!!

 急に言われましても。

 不意打ちでした。

 そういう大切なことをサラッと言ってしまうのですから。

 ずるい人……。


 今まで従兄弟だと思っていたから赤裸々に話していたのに。

 急に意識するじゃないですか!!


「じゃっ、じゃぁ逃避行から帰ってきたら、お返事しますね。嫁ぎ先で苦労しましたので、暫く一人でいたいんです」


「知ってるよ。だから焦ってないでしょう?」

 なぜだか余裕の表情にわたしの頬が思わず顔が赤くなるのがわかります。

 わたしが何と答えを出すか、知っているみたい。

「終の棲家の候補先として考えておきます」

「楽しみにしているよ」


 わたしの再出発が始まる予感。

 良い所も悪い所も知ってくれている彼なら、考えてもいいのかもしれない。


***

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