クリーム山ソーダ之助 ~日向パンちゃん流絶剣録~ 【致命的なミスを修正しました】
この作品は『クリームソーダ祭り』参加作品です。
某班長漫画からインスピレーションをいただきました。
8/30
致命的なミスを修正しました。
冷蔵庫→冷凍庫
ちょっと修正と加筆しました。
江戸時代は失業者の時代であった。
徳川が天下を獲り、これまでの暴力による搾取を否定したため(その手段は暴力や権力であったが)、多数の戦闘要員が失業した。
誤解しがちだが、百姓や商人や僧侶だって利益のために戦場に出た。殺した。奪った。犯した。捕まえて売って金銭に換えた。戦国時代の戦は必ずしも侍による主導とは言い難いと作者は考えている。
当時の最大戦力である徳川家が支配者になることで、万単位の戦闘要員を動員できる大名の主導による暴力は陰を潜めた。
勝てないのだから諦めるしかない。『諦める』と言う選択でそれなりの暮らしはできる。むしろお上に従えばより良い境遇を得られるかも知れない。大名同士の紛争のメリットデメリットを鑑みれば、むしろ楽な選択肢である。
大名が安定路線を選ぶことで、百姓のほとんどは農業に専念せざるを得なかった。むしろ楽な選択肢である。近隣の藩からの攻撃を受けずに済むのだから、収穫や家族や隣人や自分の命と尊厳を奪われる心配が必要無くなったのだから。
当時の日本の大多数を占める百姓が大人しく農地を耕すことで、商人のほとんどは新たな商機を得ることになった。農具の販売や作物の売買。地方から大都市への流通である。癇癪持ちの大名を相手にするよりは遥かに楽だ。
商人が新たな事業に投資を始めることで、僧侶のほとんどは方向転換せざるを得なかった。物流が生まれ、人が行き交い、互いを比較し、これまで強制してきた迷信の矛盾を突かれるようになったからだ。僧侶のほとんどは確実に己の地位を維持できるように、葬儀で利益を得られるよう工夫を始めた。迷信を払えても、死からは誰も逃れられない。ならばこれを越える利権は無いだろう。
世の中の流れからあぶれた者たちがいた。
『力こそ全て』、『勝てば正義』、そう言った価値観を彼らは捨てられなかった。
彼らは変わりゆく世を憎んだ。それでも人の営みを捨てなかった。生きた。
憎しみは子守唄のように子に伝えられ、子は親を通して世を憎んだ。
江戸は火事が多かった。江戸城が巻き添えで何度も焼かれたくらいだ。
火を付けるのはどのような者か。
秩序を憎む者だろう。三つ子の魂百まで。呪詛を浴びて育った子は大人になれぬまま育ち、そのまま生きる。
江戸時代だ。カウンセリングなど無い。セーフティネットなど無い。人情はあった。が、秩序を憎む者は対象にならない。
秋。
地球温暖化とは無縁の時代だ。冬の始まりが風にこもっていただろう。秩序を呪う者は、きっと季節も呪ったはずだ。望んで呪詛を浴びたのでは無い、被害者なのだ。なおさらだ。
彼らには、火は救いだったのかも知れない。付けた火が燃え拡がるのは痛快だったのかも知れない。燃えて崩れ落ちる家屋は爽快だったのかも知れない。一晩で幸福を失い路頭に迷う家族は愉快以外の何物でも無かったのかも知れない。
月が照らす夜道。賊は三人。腰には刀。手には松明。口には笑み。心には呪い。
記憶の中の父母は言う。
お前は侍の子なのになぜ仕官できない?
誰のお陰で剣と学問を身に付けたと思っている?
百姓から成り上がった太閤様を見習え!
権現様のように耐えてみせろ!
昔は戦で大変だった。なのにお前は何だ?
お前なんか育てなければよかった!
なぜ生まれてきた!
あの頃は良かった……
どうして親の我らが苦労して養ってやっているのに、お前はダメなんだ!
呪いは虐待の形をしていた。虐待を咎める具体的な手段が無い時代だった。
寝静まった街で、月夜の影たちは握り締めた松明を長屋に近付ける。
呪いを浴びて育った子は、他者を呪う。根拠も無いのに『我が身の苦しみが免罪符となる』と信じているからだ。
常習犯だった。何人も殺した。火付け以外の罪もある。彼らは悪だ。
「待ていッッッッッ!」
悪だけが江戸の全てでは無い。人生を賭け、江戸を、街を、人を、幸福を守護る者は、ちゃんといる。
「貴様ら、何をしているッッッッッ!」
影三つは、振り向いて月に照らされる者を見た。
冬の訪れを感じさせる秋風の中、着流し一枚。着流しの帯より上は白。帯から下は夜でも鮮やかな紺碧。顔は病人のように白い。
「貴様らッッッッッ!何をしているッッッッッ!」
着流しが叫んだ。影三つは松明を地面に転がし、抜刀にて返答。
「愚かな……」
着流しは刀に手をかけ、抜く。月が照らす純白の刀身は長い。右手が刀を真横にかざす。
影たちは動けない。刃が弧を描いて月に向かう。黒雲が月を覆う。
「示現流かよ……」
ふんぞり返った影が言う。
示現流とは一撃に特化した剣術。薩摩示現流が最も有名だ。
「違う」
垂直に立った刃が傾く。
「日向パンちゃん流」
聞き慣れぬパワーワードに、影たちは首をかしげた。
「クリーム山ソーダ之助。貴様らを捕らえる者の名だ」
雲が晴れる。月がソーダ之助を照らす。
剣●がーー●狼が時を越えるように、静かに構えるソーダ之助の姿が影たちの意識を遠い未来へと飛ばした。
見たことも無い服を着た家族連れが、和やかに卓を囲む姿が映る。
卓上には透明で背の高い湯呑み。
中の液体は緑。
その水面に立つ泡。鉄砲水か(江戸初期には炭酸水は存在し、鉄砲水と呼ばれたとかいないとか)。
泡の上には白いふわふわした何か。
なぜか植物か何かの茎。
子供が茎に口を付ける。
緑の液体がそこを昇る。
子供の頬が膨らむ。
喉が動いた。
子供が口を開ける。見たことも無い笑み。
父親らしき者、母親らしき者。二人は子供より幸せそうに微笑む。
子供が匙で白いふわふわを掬い、口に含む。
「美味しい」
子供の口を母親が拭く。
もっと飲むか、と父親が問う。
「「「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……」」」
影たちは叫んだ。遠い未来に限らず、江戸の世でも大半の者が持つ幸福ーー影たちがどうあがいても手に入れられない物が、深く鋭く胸を抉ったのだ。
「おのれクリームなんちゃらッッッッッ!殺してやるうううううううッッッッッ!」
先頭の影が、刀をソーダ之助に向け飛びかかる。殺意は空を切った。
その時、残りの影二つは幻視した。
一杯に膨らんだ風船が裂けて、中身のバニラアイスが地面にぶちまけられる様を。風船もバニラアイスも、この時代には存在しないと言うのにだ。
チャリン、チャリン……
頭を砕かれた影の手から刀が落ちて、地面を二度打つ。
「峰打ちのつもりだったのだがな」
ソーダ之助は濡れた刀を振った。雨戸にバニラアイスとは真逆の色の液体が飛ぶ。
「これは参った。夜が明けたら、家主に侘びねば」
頭の中央がめり込んだ影の体が、思い出したように膝を崩し倒れる。
「おい、コイツ……やべえよ」
影の片割れが震え出した。ヤバいのは言われなくてもわかる。
「二人がかりだッッッッッ!」
偉そうな方の影が片割れの隣に並んだ。
ソーダ之助は『峰打ち』と言った。確かにそう言った。少なくとも殺すつもりは無いのだろう。多分手加減できない性質か。ならば、なおさら消極的になるはずだ。
影たちは目を合わせ、ソーダ之助の左右に回る。挟み撃ちだ。
その時、偉そうな方の影は心の目で見た。
長方形の青白い氷。下から二本の薄っぺらい棒が刺さっている。それが二つに裂ける様を。
「秘剣、アイス割り」
ソーダ之助の右手に向かった片割れが、左右に避けた。
「加減を誤ったか」
残心。ソーダ之助の刃は人間だった物に向けられている。残された影は見ているだけだった。半身が殺気を放っていたからだ。
後退りする影。背中が長屋に当たる。
「降参せよ」
ゆっくりと、例えるなら冷蔵庫から出したばかりのハーゲン●ッツバニラ味が融ける速度で、ソーダ之助は影に体を向けた。
影は無力を悟った。蓋を開けた瞬間の……雪●だいふくの心境である。
真冬に氷室でセブンイ●ブンの白くまを一気食いしたのように、ガタガタと膝が震える。
走馬灯が見えた。
M●W、●、ビス●ットサンド、牧●しぼり、チョコモナ●ジャンボ、PA●M、BL●CKスティック、パ●コ、あいす●んじゅう、チェ●オ、味●いソフトバニラ……
馬鹿な。
存在しない記憶に、影は怯えた。
できた隙をソーダ之助は見逃さない。しかし、腰を抜かした影は結果的に回避した。
融けたアイスにたかる蟻のように、影は地を這いソーダ之助から距離を取る。
「観念しろ」
低い声でソーダ之助は言う。
影はこの場から逃れようと、己の……アイスとは関係無い記憶の中に解決法を探す。見つかるのは罵声ばかりだ。脳味噌の奥がジリジリ痛み、涙がこぼれた。
「俺は……ねえ」
か細い声を聞き取れなかったソーダ之助は聞き返した。
「俺は悪くねえッッッッッ!」
影は己の所業を客観的に見ることができなかった。なぜなら彼の身近には、それができる者が一人も存在しなかったから。
「俺は、悪く、ねえッッッッッ!」
彼を殴った父親のように、影は言った。
「俺は……悪くねえッッッッッ!」
彼が日雇いで得た金銭を全て冨くじに換えて融かした母親のように、影は言った。
「俺はッッッッッ!悪くねえッッッッッ!世の中が悪いんだッッッッッ!」
ソーダ之助は、何も言わず影をにらみ付けた。
足を揃えて立ち、長い刀を天に掲げ、傾ける。
病人のよりも白い顔が紅潮した。三十過ぎて魔法使いになれず、四十過ぎて賢者にもなれず、いよいよ異世界転生に備えようという男子が、『俺は童貞ちゃうわッッッッッ!』と激昂するかのように、ソーダ之助の顔が赤くなる。
さながらチェリーボーイ。衣服を考慮すれば、その出で立ちは。
「クリーム……ソーダ……」
知らぬはずのパワーワードが、なぜか影の口からこぼれた。
「くそッッッッッ!お前みたいな童貞野郎にッッッッッ!」
チェリーボーイは小梅よりも赤くなった。一線を越えたのだ。
「やってやる!俺だって……」
影は右手で刀を強く握り、刃を天に向けて右肩の位置に置く。股を開き、左手を柄に当て、強く握る。
「示現流なんだッッッッッ!」
背を伸ばし力んで。
猿叫。
勢いのまま前進。何千何万何億と繰り返して来た上段の一撃。受けるソーダ之助。
刃と刃がぶつかる。ほくそ笑む影。一の太刀を受けるとは愚か。
あわやソーダ之助は真っ二つ、と思いきや。
影の上段が、ソーダ之助の刀を火花を上げて滑る。
サー●ィワンのトリプルポップの最後に食べる一番底のアイスのように、トロリととろける柔らかい受け。それが日向パンちゃん流の極意。
いなされた刃が生け垣に取られる。影は刀を捨て、ソーダ之助の襟を掴むが。
ドドドドドドドドド……
重量を感じた。力士。大岩。城。……それよりも重いレディー●ーデン。足をかけ倒そうとしたがビクともしない。
そこで火花。
あ●きバー、いや、ソーダ之助の頭突き。
背後に倒れた影は生け垣に突っ込む。藁をも、と刀をたまたま掴み、生け垣から必死で飛び出すとついでに抜けた。
月が隠れて暗くなった庭を、影は走る。背後から存在感。まるで冷凍庫から出したばかりのPIN●。
見もせず刀を背後に振る。かち上げられ、頼みの綱を失う。
首筋に冷気。冷凍庫の中で触れるスーパー●ップより冷たい。
視界が動く。首を動かせないのに下を向く。雲の隙間の月が照らす地面が近付く。
影は自販機の取り出し口に落ちる、セブン●ィーンのアイスの音を聞いた。
気が付くと、影は暗闇の中にいた。
何も見えないのに、道があるのが理解できて、先立った二人が側にいるのが感じられた。
そして、己の手の中に冷たい棒が存在する事実もだ。
透明な膜に包まれた棒は、中央部にくびれがあった。ねじると千切れ、甘い香りが広がる。
他の影が、自分を兄のように慕っていた時期があったのを思いだし、二つになったそれを渡した。
影は歩き出した。歩かなければいけない気がしたし、どの道歩かされるのを感覚的に理解していたから。
彼らはこれから、獄卒に焼かれるのだ。弁明や命乞いを何度もさせられた上で。
奉行所に並べられた三つの亡骸の前で、ソーダ之助は手を合わせた。
同心与力がねぎらいの言葉をかけたが、ソーダ之助の表情が晴れることは無かった。
謝罪させてください。
申し訳ありませんでした。
それと、怒られたら伏せ字が増える可能性があります。ご了承ください。
補足
宮崎県ではチュー●ットをパンちゃんと呼ぶそうです。