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第15話 聖女様の看病





「ちょっと待ってくれ。説明させてくれ。俺は隣に住んでいる佐藤一樹。覚えてないかもしれないが、さっき会話してる途中で倒れてきたもんだから、その緊急事態ということで応急処置をさせてもらったんだ。服もそのあのままだと寝苦しいかなと思ってブレザーとリボンを外しただけでそれ以外何もしていなし、どこも触ってない。今俺の手には座薬があるがこれは単純に座薬って本当に効くのかな? 誰かの尻にぶっ刺して試したいなと思ってただけなんだ。だから大丈夫なんだ」


「え? それのどこが大丈夫なんですか?」



 俺の人生一番の長文&早口の説明も虚しく古宮は怪訝な表情をしている。

 まずいな。こうなったら有り金全部出しながら土下座して古宮さんに許しを乞うしかないか?



「……佐藤?」



 そう言いながら古宮は考え込む。

 そして俺の顔を目を細めながらジーと見つめた。



「ちょっとこっちにきて下さい」


「は、はい」



 何をされるんだろうと思ったが、古宮の言われた通り近づいた。

 古宮はひょいと俺の前髪を持ち上げて顔をじっと見つめる。思わず顔を背けたくなるが古宮の真剣な表情がそれをさせてくれない。


 それはまるで大切な何かを確認しているようだった。


 そして、嬉そうに柔らかく微笑み、両手で俺の頬に触れた。


 ……えっと。どういう状況なんだこれ?



「ふんっ」



 触れられた頬が古宮によって思い切り引っ張られてしまった。



「い、いふぁいんでふへほ……」


「これは先輩への罰です。大人しく受けてください」


「ふ、ふぁい……」


「ふふ、せんぱいの頬ってさらさらですべすべですね。まぁ、この頬に免じて許してあげます」



 古宮への罰から解放された俺は自分の頬の感触を確認しつつベッドから離れる。


 よ、よかった……これで許された……のか?



「……レンジのおかゆ持ってきたけど。食欲はあるか?」


「いただきます」



 そう言った古宮の表情は穏やかで柔らかく、それでいてあどけなさを感じる。

 その無垢な微笑みに少し安心した。


 部屋を出て、キッチンに向かいお粥を作ってお盆に乗せ古宮のもとに向かう。トントンとドアを叩くと古宮からの返事がきたので部屋に入る。


 彼女はワンピースタイプの寝間着、ネグリジェに着替えていた。

 白色を基調とし、所々フリルやリボンが付いているネグリジェは清潔感があり、古宮に似合っていて可愛らしかった。


 なんいうか、やけに気合いが入っているような……



 そんなことを思いながら椀にお粥を注いで、スプーンと一緒に古宮に手渡した。



「ありがとうございます。いただきます」



 ふぅふぅとお粥が乗ったスプーンに息を吹きかけて冷まさせようとする。

 何回か吹きかけたあと、十分だと思ったのか口の中に運んだ。



「あちゅ!」



 熱かったらしい……あまりのベタな展開に笑みが溢れそうになるが古宮の『今、笑いませんでしたか?』という視線で引っ込んだ。


 頬が赤くなっているのはきっと熱のせいだけじゃないだろう。



 古宮がお粥を食べ終え、ついに「あれ」と向き合う時がきてしまった。


 そう、座薬である。



「それ座薬ですよね? 薬は薬ですけどそれは流石に……」


「え? いやいや、この座薬は古宮の買い物袋に入ってたやつだけど?」


「えっ……」


「え?」


「……多分、飲み薬だと思って間違えて買ってしまいました……あ! 笑わないでくださいよっ! あの時は意識も朦朧としてたんですっ」



 かなり恥ずかしかったのか、耳まで真っ赤に染めた古宮は涙目で訴えてきた。



「……鈍臭いやつだって思ってるでしょう?」



 そのむすっとした表情は何だか子供っぽく見える。



「いやそんなことは……何というか、聖女様でも失敗したりそういう表情するんだな」


「それはそうですよ……私だって人間ですし」


「そうだけど……ほら、古宮って誰にも優しく仲良くするいい子の振る舞いの印象が強いからさ」


「それは……まぁ、滅多に怒りませんし。穏やかな性格になったと自負はしていますが」



 大人しく優等生で愛らしい聖女様と騒がれる彼女も、やはり怒ることもあるし、機嫌が悪くなることもある。当然のことなんだろうけど、親近感が湧く。



「というか、いつの間にそんな印象を持たれていたんですか?」 


「ああ、それはこの前、古宮を見かけてさー」


「は? どうして声をかけてくれなかったんですか?」



 ゾッとするほど冷たい声でそう言った。

 風邪を引いているわけでもないのに一瞬悪寒がした。


 え? こっわ。穏やかな性格どこいった? 誰にも優しく仲良くするいい子の振る舞いは? 



「ちゃんと、納得のいく説明してください。私は今、冷静さを欠こうとしています」


 

 え? めちゃくちゃキレてるじゃん。さっき滅多に怒らないって言ってなかったけ? 

 先ほどまでの穏やかな空気はどこへいったのだろう。



「私だって気づいていたんですよね? ならなんでその時に声をかけてくれなかったんですか?」



 先ほどまで逃げ回ることが多かった視線はこちらを凝視して離さない。というか全然逸らす気配がない。



「え、えっと。あの、声をかける用事もなかったし、いきなり俺なんかに声をかけられても古宮が困惑するだけだろ? 絶対なんとも言えない空気になってたと思うぞ」



「それは……そうかもしれないですけど」



 動揺しながら答えると少々不服げではあったが、それ以上は何も言わなかった。しかし、その代わりにむっすーと頬を膨らまし、今日一番機嫌が悪くなってしまった。


 これ以上機嫌を悪くするわけのはいかないのでそろそろ退散しよう。



「と、とにかく。俺はもう帰るから古宮は俺の家から持ってきた飲み薬使いな。代わりに座薬をもらっていくから」


「……すいません。助かります」


「いいよ。その代わり、俺が風邪を引いた時は古宮が俺の尻に座薬を投与してくれよ?」


「任せてください」


「え? いやあの……冗談で言ったんだけど」


「大丈夫です。私は平気ですので」



 こっちは平気じゃないんだが!? 



「今度座薬の使い方を勉強しておきますね」



 なんでちょっと嬉しそうな顔するんだよ。

 何なのこの子、狂ってるのか懐が大きいのかわからないんだけど……



「先輩、ご迷惑をおかけしてしまってすいませんでした。大変助かりました。今度お返しさせていただきます」



 玄関で部屋を出ようとした俺に古宮はそう言った。



「いや、別にお礼なんていいよ。こっちが勝手にしたことだし」


「それでも、私にとってあなたは大切な恩人なんです。何か返さないとこっちの気が収まりません。何かして欲しいことがあったらなんでも言って下さい」


「なんでもって……俺たちはお隣さん同士だけど、今日出会って初めてだろ? そんな赤の他人にそこまでする必要ないぞ?」


「……え?」


「え?」



 何その反応。なんでそんなに驚いてるんだ?



「……あの、今日助けてくれたのは」


「え? 困ってたから……だけど」



 そう言った瞬間、古宮の顔が驚きで強張った。



「……そうですか……そういうことでしたか」



 しかし、どこか納得したような、呆れたような様子で俺の顔をじっと見つめる。



「古宮?」


「いえ、なんでもありません。変わらないなぁと思っただけです」


「は、はぁ……?」


「であれば……なおさら引くわけにはいきませんね。して欲しいことを聞き出すまで帰しません」



 どうやら意志は相当固いらしい。



「……じゃあ、今度何かご馳走してくれ」


「ご馳走……わかりました。絶対に美味しい料理を振る舞います」



 そんなに気合い入れなくてもいいんだけどなと思いながらやる気に満ち溢れている古宮に見送られながら部屋を出た。




 




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