襲来
ぷかぷかと川を漂っていた俺の視界に見たことのない緑色の生物が現れた。
少し遠いのもあってはっきりとは見えないが、そんなに大きくない気がするな。せいぜい1メートルあるかないかくらいだろうな。
「もしかして、このあたりに生息している動物か? こんな動物図鑑でも見たことないけど……」
浮いているので、余計な力は一切入っていない俺の頭はいつになく冴えわたっている。
推測するに、あいつは近所のがきんちょがふざけて体に緑色の塗料を塗りまくって遊んでるだけだろうな。それで、川に落としにきたってところだろうか? それで間違いないな。ったく、最近のがきんちょは妙な遊びをしてるんだな。そんなことしている暇があるんなら、ドッジボールしろよ。
尚を俺は流されていく。
途中、がきんちょと目があった気がした。
「ガガギギィ。ギギガ」
ゆっくりとこちらを見てきたがきんちょがしゃべった。間違いなく日本語ではない。どこかの方言とかでもないとだろう。言葉をしゃべったというよりは、鳴き声に近かった。
何て気味の悪いがきんちょだ。こっち見て何か考えてるのか? そんなに川に浮いている俺が珍しいか? それとも一緒に泳ぎたいのか?
「おーい。ここは一体どこなんだ? わかってたら教えてくれーー!!」
川の真ん中を漂っている俺からはそれなりに距離があるので大きめの声で叫ぶ。これくらい声を張っておけば流石に聞こえるはずだ。
すると、俺の声に反応してまた、薄気味悪い鳴き声を繰り返す。やはり何かをしゃべっているような感じではない。
「ガガガ、ガガガギギ」
ふざけているようには見えないんだよなぁ。むしろ俺を警戒しているような……。
うざったらしく鳴き声を上げ続けたがきんちょだったが、俺が何も返事を返さないと少しずつ静かになっていった。
俺と会話でもしたいのか? それだったらもう少しわかりやすい言葉でしゃべってくれよ。何て言ってるかわからないんだよ。
そんなことを考えていると、ガサガサと茂みがまた揺れた。
「ギギッガ」
「ギギギャ」
「ゴギギガ」
今度は複数のがきんちょが茂みから現れた。しかも手には何やら木の棒のようなものを持っている。
あれは、もしかして武器として使っているんだろうか? 懐かしいな。俺も昔はよく、校庭に落ちているいい感じの枝を見つけては剣にして遊んでたっけ。時には枝の取り合いで殴り合いの喧嘩が起きてたぐらいだもんな。それほどに、いい感じの枝には無限の可能性があったんだ。
「そんなに集まってきて何するんだ? チャンバラごっこは怪我しない程度にしておけよ」
先人からのアドバイスだ。あいつらが持っている木の棒は当たり所が悪ければ人が死にそうなレベルのものだ。いくら子供の力とはいえ、その攻撃を受けるのも子供だ。万が一ということも十分にあり得る。現に俺の学校ではチャンバラごっこで3人の重傷者を出している。ちなみに俺はその一人だ。鎖骨と肋骨、それに左腕の骨も折ったっけな。それも今ではいい思い出だ。
「ギャガギャ!!」
「ギュグギャギャ!!」
何やら騒ぎながら川のすぐ近くまでやってきた。そして、俺に向かって木の棒をブンブンと振り回している。
「おい、やめろって。俺はお前らのチャンバラごっこに付き合っている場合じゃないんだよ。俺のことはいいからお前らだけで楽しんでくれよ」
俺の言葉は通じていないのか、尚を木の棒を振り回している。
しかし、この川もそれなりの幅があるので、俺が浮いているところまでは全然届いていない。
身の危険を感じた俺は、がきんちょどもがいる側と反対側に移動した。
こいつらが木の棒を振り回しているうちは別に大丈夫なんだが、投げられたりでもしたら俺のところまで飛んでくる可能性があるからな。こういう時は事前に危険を察知して回避するのが大事なんだ。
「もうそろそろいいだろ? 諦めて俺の話を聞いてくれよ」
疲れてきたのか木の棒を振るがきんちょどもの手が止まる。
ようやく俺と会話する気になってくれたか。俺も結構疲れが来てるからな。浮いている分には問題ないが、陸に上がって歩くとなるとしんどい。しかもこいつらがチャンバラごっこを再会でもしたら俺はまた無駄な体力を消費することになってしまう。それを避けるために、俺は川に浮いたまま話を続けることにした。
「それで、ここはどこかわかるやつはいるのか?」
「ガガガッギギ」
一人のがきんちょが俺の声に反応して何かを言っているがさっきまでの鳴き声と一緒でまったく何を言いたいかが伝わってこない。
ここで、俺は一つの可能性を見出した。
もしかして、こいつらは人間じゃないのでは? さっきよりも近づいているから顔とかが見えるのだが、鋭い牙に気持ちの悪い表情だ。でも俺が知る限りこんなサルやチンパンジーはいない。俺が知らない動物なんて数万種類といるのだろうが、少なくとも日本にこんな動物なんていない。急にがきんちょどもが化け物のように見え始める。
「やばいって、こいつらなんかおかしい!!」
焦った俺は、ぷかぷかと流れに任せて進むのをやめ、全力の背泳ぎで下流を目指した。