2話
俺が見上げた風景はのどかな森ってところは一緒なのだが、先ほどまで川の周辺にあった岩が一つも見当たない。川のほとりは低くてすぐに上がれそうだ。
ちょっと犬かきの要領で浮いていたが、足もついた。ここは一体どこなんだよ。さっき俺は岩から飛び込んだだけで、流されたりなんてしていない。
思い出してみるが、やっぱり飛び込んだだけだ。すぐに水面に上がってきたはずが景色が一変している。
「おーい、タケシー!! どこ行ったんだぁーー!!」
タケシに呼びかけるように叫ぶが俺の声が森に吸い込まれて消えていっただけだった。近くにいないことは間違いないだろう。でも絶対におかしい。こんなことが起こりえるのか? それともこれは俺が夢を見ているだけで、飛び込んだ衝撃で気を失って川を流されている最中だったりするのか? 想像しただけでも怖いわ。とりあえず頬をつねってみよう。
俺は渾身の力で頬をつねった。こういう時に下手に加減するのは確認するうえで弊害になるからな。
「いってぇーー!!!」
頬がちぎれそうなほどの痛みが走る。くそっ、これは夢じゃないな。痛みがリアルすぎる。てか力入れすぎた……マジで痛い。最悪だ。
「ひとまず、川に入っていてもしょうがないし、一旦上がるか」
俺は川の中を歩き、川から上がった。ペタペタと裸足で小石を踏む感覚が楽しい。地味にツボに入っていて少し痛いのもポイント高いな。
「おお、この川すっごい透明度だな。川のそこが透き通って見えるぞ」
今までは川の中へ入っていて気が付かなかったが、いざ出てみると、川の綺麗さに驚いてしまう。俺がさっきまでいた川も綺麗ではあったがここまでのレベルではなかったはずだ。これは本格的に状況を整理する必要がありそうだ。
「よく思い出すんだ俺、さっきまでタケシと一緒に3時間かけて川までやってきていた。それは確かだ。そこで、水着に着替えて、高い岩から飛び込むとかどうのこうの話してて、挑発に乗った俺が先に飛び込んだ。そうだ、これで全部のはずだ……なぜこんなことになってるんだ?」
一回頭を整理したところで謎は深まるばかりだ。川に飛び込むまでは何も変わらない普通の日常だった。それが、俺が浮上する間に何かが起きたってことか? うん、それしか考えられない。
「くそっ、考えてても何もわからん。とりあえず、川に沿って歩いてみるか。もしかしたら俺が知らないうちにちょっと流されてただけかもしれないしな。少し気を失っていたってこともあるだろうし」
俺は川に沿って歩くことに決めた。川の流れに逆らって歩けば、流されていたとしたら元の場所に戻れるはずだ。いくら俺でもこれくらいのことは理解できる。それにしてもさっきまで裸足で楽しいなんて思っていたが、実際に歩き回るとなると致命的だな。なんで俺は飛び込むとき水着に着替えたんだよ。靴も服を着て飛び込めば今だって服も靴もあったはずなのに、とんだ誤算だな。
足に刺さりそうな石を避けながらゆっくりと川の上流を目指す。これだけ気を付けて歩いていても痛みが伴うのでもういっそ全力疾走してやりたい衝動に駆られるが、後のことを考えたらありえない選択肢なので控えておく。
よく見ればよく見るほど、俺の記憶の川とは相違している。透明度の違いはもちろんなのだが、ずっと、岩もなく平坦に続いている。森を見ても、こんな木見たことないってのばかりだ。
「やっぱり俺は夢を見てるんじゃないのか? こんなのありえないだろ。流されたで自分を誤魔化し続けるのも苦しいわ」
既にいろいろと限界が近づいてきているが、ここで立ち止まったところで何も変わらないことくらいはわかっている。立ち止まるわけにはいかない。今こそ合唱部のランニングで鍛えた持久力が試される場面だ。ゆっくりと大地を踏みしめて、いや、踏みしめたら足が痛いからダメだ。ゆっくり足に負担をかけないよう進もう。
ゆっくりゆっくりと進むこと小一時間。
だんだんと川が細くなって上流へと進んでいることはわかるのだが、もう俺が飛び込んだ川の幅よりも狭くなってしまっている。考えないようにしていたが、もう限界だ。ありえないだろ。
いくら何でも、川の流れに逆らって上流へ流されるなんてことはありえない。そう考えると、もうこの川は俺が飛び込んだ川とはべつものと考えるしかないんじゃないか? でもそんなことってありえるのか?
「無駄だめだ、腹も減ってきたし、一旦ここらで休憩しよう。川で濡れたせいでなんだか寒くなってきたし踏んだり蹴ったりだ。どうしろって言うんだよ」
海パン一丁のまま小石の上に寝転がる。背中に石が刺さって痛いが、我慢できる範囲なので気にしない。それでも、寒さや空腹は我慢するにしても限界というものがある。服なんて持ってないし、温まるようなものも当然持っていない。走り回って体を温めようにも裸足なのでこれも無理。状況が絶望的すぎる。魚でも取ろうにも、取ったところで生のままかぶりつくしかない。俺にはハードルが高すぎる。
「もう駄目だ、なんとか寝てみよう。寝て起きたらすべて解決して部屋のベットだと信じよう」
俺は現実逃避とともに意識を手放した。