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鬼々時雨  作者: そうのく
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第九章



「クゼン……。もうすぐだ。もうすぐ変わる……。」

「父上……」

 クゼンと呼ばれた討士は頭を下げる。

 帳の討士として、自分にはこの州の未来を担う責任があった。

「この帳が、世に知らしめる時が来る。この忌まわしき魔術に呪われた世界を変えることが出来る……」

 その忍びは意思を硬く決意した。この呪われた世を変えることが出来る……。

「この帳が、栄光を取り戻す……。お前の時代が来るのだ、クゼン」

「………。」

 クゼンと呼ばれた討士は、暗い表情のまま――その言葉を黙って聞いていた。




「む……。」

 シクナは部屋の中で警護を続けていると、声が聞こえてくる。

「兵士が帰ってきたぞ……! 門を開けろ!」

 護衛を続けているシクナ。瘴気が出たとされる場所に赴いた兵士達が帰ってきた。

「……傷が多い」

 様子を見るシクナ。多くの兵士が負傷している。他の巫女達も治癒を行っているが、深手を負った者達はヒユネ様の力を借りなければならない

「………。」

 そのまま城の中へと向かっていく兵士達。

 討士であれば、治癒魔術の心得があれば、ある程度の傷は癒やせる。しかし、傷が深い場合は、よりすぐれた精霊術の使い手でなければ癒やすことは出来ない。

 シクナは、運び込まれた兵士達の様子を確認しに向かう。

 怪我の治療を行う治癒の間では、既にヒユネ様が負傷した兵士に治癒を行っていた。千里眼で負傷者の多さを察していたようだった。

 その病棟には、他の患者も多く居た。国中から病にふける者、年老いて動けない者、他にも様々な怪我や病を患う者がここへ来る。

 そんな中でも、ヒユネ様はすぐに重傷者の治癒を行う。

「これで大丈夫です……」

「あ、ありがとうございます、ヒユネ様……!」

 無事を確認し、ヒユネは笑みを向けた。兵士は痛みが引き、活力を取り戻す。

 しかし――。

「ひ、ヒユネ様……!?」

 その後、周りが悲鳴のような声が上がる。

「ヒユネ様! ヒユネ様ッ!!」

「……!」

 シクナもすぐに駆け付ける。治癒を行っていたヒユネ様が倒れた。巫女達が駆け付けて安否を確認する。

「命に別状は無さそうだが……熱がある……。」

 すぐさまシクナは様子を確認し、無事を確認するが、酷い熱があった。

「どうしたの!?」

 騒ぎを駆け付けたサヤが現れる。

「ヒユネ様が倒れた。寝かせてやってくれ」

 その言葉を聞くと、サヤは顔が青ざめる。

 その後、すぐにヒユネは運び込まれた。巫女達が城の中へと運び込む。

「ヒユネ様、ヒユネ様……っ!」

 サヤは運ばれていく途中、目に涙を浮かべながら必死に名前を呼び掛けている。

「………。」

 その後、巫女長であるヒユネは寝床でゆっくりと休ませる事となった。

 主導師達も事態を重く見ており、この後の動向が警戒された。

 誰もが深刻な面持ちになり、笹澄はどうなるのかと口々に不安がっていた。まるでこの世の終わりを見ているようだった。

 その一人が居なくなるだけで、笹澄の先行きすら見えなくなる。

「………。」

 シクナは、その様子を見ては、信じられない思いに駆られた。

 見えない何かがあの方を襲う。見えない何かに苛まれる。

 人であるから……。人である故……。

 その苦しみすらも背負おうとする。

「………。」

 何もかも投げ捨てれば、楽になれるはずなのに……逃げようとはしていない。

 あのお方は、国すらもその身一つに背負って生きている……。




 その後、教官達も調査からすぐに戻ると、危機感を募らせていた。シクナは、すぐさまコウゲンと言葉を交わす。事態は深刻さを極めていた。

「く……。まさか、このような形でヒユネ様が危機に晒されるとはな……」コウゲンは唇を噛んだ。

「……驚異となるのは、妖魔だけではあまりせんね」シクナが答える。

「そうだな。戦う驚異は、あるいは己自身の内側にあるのやもしれん……」

 表情が苦くなるコウゲン。このままではヒユネ様の命が危険に晒されるのも現実味が帯びてくる。

 ――このまま、帳と戦えば……。

 その未来だけが脳裏に浮かぶコウゲンとシクナ。状況は切迫している。

 戦火が広がる、この地の未来を……。

「シクナ、お前も足下をすくわれぬようにな……。今は何が起きても不思議ではない」

「御意……」

 静かに応えるシクナ。自分が一番身近に抱えている。切れない縁で縛られている。

 もしも、自分が鬼となれば、その場で首を切られるようになっている。

 自分に負けて、足下をすくわれるなら、本当に死を意味している。今は何が起こるか分からない。次に何が起こっても不思議では無い。

 ――妖魔や人……。様々な危機が押し寄せている。

 見えない闇がこちらを睨んでいるやもしれない。闇は、息を潜めるようにして……常にこちらを狙っている……。

 ヒユネ様は戦っている……。見えない敵達と……。そして、己自身と……。

 





 その後、ヒユネはしばらく寝ていると、ふと目を覚ます。ゆっくりと体を起こすも、眠っている感覚が抜けていない。

「ヒユネ様、お目覚めですか?」

「もう少しお休みください。あまり無理をなさらぬように」

 主導師達や、他の巫女達もその場で見守ってくれていた。ヒユネは自分の置かれている状況を把握する。

「皆……心配を掛けてすみません。私はもう大丈夫ですから、普通の責務に戻ってください」

 そう言い、ヒユネは自らに精霊の治癒魔法を唱えようとするのだが……。

「え……?」

「ヒユネ様……!?」

 その場に居た誰もが驚く。ヒユネ様の精霊術が発動していない。

「そんな……どうして……」

 再度、魔力を使うも、精霊術は使うことは出来なかった。

 その事実に愕然とするヒユネ。周りの兵士達も驚いていた。

「今は、まだ魔力が回復して居ないのでしょう……。もう少し休めば、きっと元に戻りましょう」

 コウゲンが気遣うが、ヒユネは愕然としたまま信じられなかった。

「休息は、もう十分に取ったはず……」

 ヒユネは自身の魔力を確かめる。しかし、いつもとは違う感覚に、ただ戸惑うしか無い。

「何故……」

 自分の力は、自分が一番よく分かっていると思っていた。ヒユネは、自身の身に起きた異変にただ戸惑うことしか出来なかった。

 そんな様子を、部屋の前から見ていたサヤとシクナも、不安げな面持ちで見ていた。

「ヒユネ様……」

 サヤは不安に表情を暗くしたままだ。

「……信じられぬ」

 シクナも、その様子を見ては信じられないままだった。

 傷も無く、血も流れていない。なのに、人はこれほどまでに衰弱する。

 どうやって防げばいいのかも分からない。どうやって癒せばいいのかも分からない。

 血を流してもいないのに、深い傷を負っている。

 目に見えない傷、手には触れられない傷……。

 確かめようの無い傷が、あの方を苦しめている……。

「そんな……ヒユネ様……」

 信じられない事態に、不安に駆られるサヤ。

「私達は、どうしたら……」

 ――どうしたら、か……。

 考えるシクナ。自分達に出来ることなど、あまりに些細な事に過ぎない気もするが……。

「よし、やるぞサヤ。我々にも出来ることを」

「え……? 何をする気よ」

 表情に不安を滲ませたままサヤが聞くが、シクナはすでに動き出していた。



「………。」

 ヒユネは、呆然としたまま寝床に居た。他の巫女達が世話をしてくれるも、自身の魔力が戻る気配は感じられなかった。

 ――どうすれば……私は……。

 どうにも出来ない思いに苛まれる。しかし、そこへ声が聞こえてくる。

「ヒユネ様、失礼します……」

「サヤ……?」

 ヒユネはその声が聞こえた方向を見る。すると、サヤが扉を開けて部屋に入ってくる。

「あの……ヒユネ様。お食事をお持ちしました」

「え?」

 次に、シクナが大きなお盆に乗せた料理を片手に持ってくる。

「私達で作ったのです……。体に良い食材を取りに行きました。どうぞ、お召し上がりください」

 その出された料理を見るヒユネ。中には珍しい食材を使った料理も存在した。

「野山で取れた珍味です。いやあ、探すのに苦労しましたぞ」陽気に笑いながら、シクナはその料理を差し出す。

「イスニ薬草を……こんなにも……」

 驚くヒユネ。体や魔力に良いとされる食材が沢山並べられている。

「万病に効くとされています。これを食べれば回復すると言うもの……!」

 自信に笑みを浮かべてシクナがその食材を出す。ヒユネも笑みを浮かべて礼を述べた。

「ありがとう……。貴方達の苦労が身に染みるわ……。」

 料理を一口食べる毎に、ヒユネも美味しさに笑みを浮かべた。こんな料理を手作りで作ってくれたのだ。

「お、お口に合いましたか……?」

「ええ。とても……」

 そのまま、ヒユネは食を進める様子を、サヤ達は安堵した様子で見ていた。





 無造作に積まれた石段の墓標の前に、シクナが立っている。僅かな花がだけが添えられた石段の墓標の前で屈み、シクナは手を合わせた。

 村の外れにあるこの場所には、シクナの唯一の肉親と呼べる存在が眠っていた。

「………。」

 シクナは黙ったまま目を閉じ、過去を思い返す。人はこうして命を弔う。

 黙祷を捧げるようにシクナは手を合わせた。

 ――この鬼め……!

 目を閉じれば、その光景が脳裏にハッキリと思い出せる。

 人々から恐れられ、追われる。自分には、人は何よりも恐ろしい存在だった。

 妖魔よりも……何よりも……。

 逃げて……逃げて……。痛みから逃げ、悲しみから逃げ……。

 そして、全てを忘れ――。

 ただ憎しみに身を任せれば良い。怒りに身を任せれば良い。そうすれば、何もかもが楽になる。何もかも忘れられる。

 ――だめっ! やめて、シクナっ!

「……。」

 遠い過去、自分は本当の鬼になった。唯一の肉親と呼べる家族が居てくれなければ、自分は鬼のままだった。

 必死に止めてくれた。鬼の自分を……。

 その命は人の手によって奪われた。

 ――お願い……シクナ……。

 暖かな感覚が胸にある。冷たい自分に、暖かさが戻る。凍てつく手……瞳……。何もかもが冷淡で冷徹な存在だった。

 冷たい、心無き存在……。

 あいつが居てくれたから、自分は暖かさを取り戻せた。あいつが居てくれたから、今の自分がある。自分は生きていられる……。



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