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鬼々時雨  作者: そうのく
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第六章


「何だか変な妖魔だったわ。姿は消えちゃったけど、どうしてこんな所に出てきたのかしら……」

 戦闘を終えて村に戻った後、サヤは考えるようにして妖魔との戦闘を思い返していた。違和感だけが脳裏を過ぎる。

 何だか妙な妖魔だった。それに、聞いたことのある鵺とは何か違ったような……。

「ぬう……。どちらにせよ、竜の手掛かりでは無かったか……」

 口惜しさに表情を歪めるシクナ。鵺という妖魔は竜では無かったようだ。

「しかし、あの毛並み……少しは手懐けられそうだと思ったが……一度試してみれば良かったか……」

 シクナは思い返す。奴も猫科なら、どこか手懐けられそうな気はしていたのだが……。

「あんたねえ……」呆れるしか無いサヤ。

 蛇と飛蝗の混じった妖魔を手懐けるなど考えられない。あの化け物の虎を猫か何かと思っているのか……。

「あの毛並みは妖魔にしては珍しいものだった……。何事も試してみない事には分からぬからな。一度撫でてみたかったのう……」

 シクナは先ほどの妖魔に捉われたままだ。

 世にも珍しい妖魔だったが……それに、どこか普通の妖魔とは違うと肌で感じた。普段の妖魔とは、何かが違うような……。

「しかしまあ、これで調査は終えたことだし、戻るとするか」

 シクナは二人に呼び掛け、そのまま帰路へと向かおうとしていた。

「ん……? 座敷童子?」

 その時、自身の影に座敷童子の気配を感じ取るシクナ。何事かと思い、後ろを振り返るが――。

「カアアー! カアアーッ!」

 一羽の鳥が飛んでくる。笹澄の言伝鳥ことづてとりだ。

 鴉がシクナの肩に止まる。足に文が結び付けられている。

【敵襲。すぐに戻られたし】

「!!」

 その言葉に表情を変える三人。すぐに馬に乗り、その場を後にし、城へと向かう。

「敵襲……!? なぜこんな時に……!」

「分からぬ! だが、急がなくては……!」

 シクナ達はひたすらに馬を走らせながら、疑問に思う。敵襲というのは、敵対の兵が乗り込んできたと言うことだ。

 妖魔では無く、人の敵だ。

 そして、時間を掛けて城へと到着する。






「敵襲! 敵襲だ!」

 城では多くの兵士達が声を上げて行き交っている。

「父上、到着しました!」

 シクナが声を上げると、すぐ返事が来る。

「忍びだ! 複数名いる! ヒユネ様を守れ!」

「分かりました!」 

 シクナは急いで城の中へと戻る。城の中央にある最重要区画で、ヒユネ様を護衛しているはずだ。

「………!」

 シクナは、急いでその区画へと向かうと、護衛に囲まれるようにしてヒユネ様が存在していた。

 まだ敵には襲われていないようだ。この屋敷の外壁に気配がある――。

 シクナは急いで城の外壁へと向かう。

「シクナっ!」

「っ………。」

 ヒユネが叫ぶ。その声が耳に聞こえるが、シクナは止まらなかった。

 急いで城を出て、気配を探って追い掛ける。

「動くな! そこの忍び!」

「っ!」

 外壁を素早く移動する忍びが足を止める。シクナが現れた事に動揺を見せていた。

 シクナは魔術攻撃を仕掛ける。人に向けて魔術を行使する――。

『……風渦!』

「……!」

 風が渦となって、辺り一面を巻き取る。その派乗する魔術攻撃に対して、忍びは圧倒された。

 逃げ場が無いほどに辺りが風で覆われる。

 風が渦となって相手を捕らえる。

「くっ――!」

「……!?」

 しかしその時、忍びの肉体が奇妙な形に変化した。

「何だ……!」

 無数の腕が伸びるようにして襲い来る。それを避けるシクナだが、敵の忍びはその腕で城壁に手を掛け、体制を立て直されてしまう。

「……ウクロ!」

 同じように城壁で待ち構えていたウクロが敵に追い打ちをかける。隙を見計らい、刃を向けるのだが――。

「こやつ、何だ……!?」

 背を向けたまま刃を止められる。奇妙な腕が背中から生えている。

 その無数の腕に違和感を覚えるウクロ。まるで別々意志で動いている。人の物とは思えない無数の腕――。

「っ! 切れない……!?」

 その腕に刃を絡め取られる。無数の腕が首元に伸び、そのまま絞め殺されそうになるウクロ。

 ――……。

 覚悟を決めるシクナ。

 魔力が赤くなる。それと同時に、血が熱さで沸き立つように感じられた。瞳孔が細くなり、目の色が変わる。

 ――火術……。


『大文字!!』


 ウクロに襲い掛かる異形の腕を炎の刃でバラバラに両断するシクナ。完全に腕は切り離されたが――奇妙に蠢いたまま消滅する。

「………!」

 その隙を突かれ、敵の忍びは姿を眩ませていた。だが、ひとまずは無事であったことを安堵するシクナ達。

「なんだ、あの面妖な術は……」

 不可思議に思うウクロだが、シクナは別の気配を感じていた。

「確かに面妖だが……あれは術ではない……。妖魔の腕そのものだ……」

「どう言うことだ……?」ウクロは聞き返す。

「あの者、妖魔となっている」

「何だと……?」

 ウクロが驚くが、シクナにはそんな気がした。あの独特の瘴気。妖魔の放つ気配にそっくりだ。鬼の自分にはそれが分かる。

 身体に妖魔の一部を取り込ませて、なにをするつもりなのか……。

「とにかく、皆の無事を確認するぞ」

 シクナは城へと戻る。兵士達に怪我人は出ていないが、忍びは複数来ているようだった。

「アズマ様! 大丈夫ですか……?!」

 クレナイや他の忍び達が声を掛けている。

「心配無い……少々不覚を取った……」

 忍びの主導師であるアズマが負傷している。他の怪我人の確認も行われていた。

「父上、ご無事ですか?」

「シクナ、お前たちは無事だったか!」

 シクナが声を掛けると、被害の確認をしていたコウゲンが安堵したように応じる。

「忍びと戦いました。奇妙な腕を持つ忍びでした」

「ああ。こちらも見慣れぬ術でな。それなりに手を焼いた」

 表情が厳しくなるコウゲン。あのような奇怪な術は見た試しがない。それに、忍びの主導師であるアズマが負傷している。

「父上、恐らくですが、あれは妖魔の一部です」

「どういうことだ?」

 信じがたい言葉を吐くシクナだが、その表情は至って真剣だった。

「とにかく、積もる話は後で。皆の無事を確認してからにしましょう」

「そうだな。その報告は後で聞こう」

 コウゲンとシクナは、そのまま城の中で被害の確認と戦闘の報告を行う事となった。


 

「なるほど……あの忍びの使った術がそれだと……」

「はい」

 報告をするシクナ。中央に集まったヒユネ、コウゲンやシラユエ、アズマ。その場に集まった兵士や主導師達が事件の報告を聞いていた。

「どこの忍びかは分かったか?」

「確証は得られませんでしたが、大体の検討は付きます……。」

 その場に居る全員が顔を見合わせる。

 とばり州の忍びに間違い無いだろう。隣州である帳とは火種がくすぶっているのだ。この城を狙うとすれば、それ以外には考えられない。

 主導師達は、そのような話し合いを試みる。

「決して素顔は見せぬようにしていましたな……。それなりの忍びの心得はあるようです」戦闘を振り返るコウゲン。

「しかもあの腕……。脇腹から無数に生えてくるようでしたぞ。まだ何やら曰くありげな気配がします」アズマが答える。

「そうですね……」

 静かにヒユネが考える。目を閉じたまま思案を続ける。

 この状況は、とても切迫していると思えていた。

「つまり、あの帳が力を付けている、と……。それも、かなり危険な術を用いて……」

 コウゲンの言葉に、誰もが深刻な面持ちだった。

「皆の者、心配をさせて申し訳なく思います。報告をありがとう。私はこれから心通の儀式に入ります」

 ヒユネは、決意に表情を固めて立ち上がる。

「ヒユネ様……! 奴らの狙いは……!」

「私なのでしょう。恐らくは……」

 ヒユネも、それは理解していた。この時期に狙うとすれば自分以外には無い。

「私が原因で、また争いが起きようとしています……」

「ヒユネ様、このまま黙って見ているのは、危険すぎます。我々も何か手を打ちましょう」

 主導師であるアズマやクレナイが声を上げるが、ヒユネは静かに言葉を返す。

「出来るだけのことはします。ですが……小さな火種は、また大きな火種を呼ぶでしょう……。他の州を巻き込んだ戦火は広がり、止められなくなる可能性があります……」

「我々が戦います! 貴方様を守る為、そのために私達が居るのです!」

 他の主導師達と同じようにシラユエも声を上げる。

 しかし、ヒユネは首を振る――。

「いけません。力を行使しては……。力は、またより大きな力を求めます……。終わり無き火種は広がり、瞬く間に弱き者の命を奪うでしょう……」

 その言葉に、全員が息を飲んだ。

「この事は、白里に知らせます。何らかの手は打ってくれるでしょう。まずは警戒をしつつ様子を見ましょう」

「ですが、帳が話を聞かなければ……」

「……!」

 その場に居る兵士達は息を飲む。白里が介入したとして、帳が素直に白状するとは思えない。帳は何かを企てている。

 誰もがそれを予想していた。恐らく、帳は強硬手段に出るだろう。

「今は、出来ることをしましょう……。これは私の務めでもあります。皆の者、今日はありがとう。私は、私の成すべき事に目を向けます……」

「ヒユネ様……」

 その場に居る誰もが察していた。

 こんな作戦を仕掛けてくるのだ。帳はまだ何か企てを隠していると見て間違いない。それに、あの忍びだ。何か、良からぬ企てを――。

 その後、すぐに会議は解散された。誰もが切迫した雰囲気が伝わってくる。

 報告会議を終えると、廊下で他の兵士や主導師達はそのまま話し合いを続けていた。

 笹澄の忍びの兵達は、こちらも同じように刺客を送ろうとしている。

 シクナは、父であるコウゲンに対して、先程の侵入してきた忍びの事を真っ先に尋ねる。

「父上、あの忍びは……あの妖術は何だったのでしょう?」

「私も初めて見るがな……。だが、あのような妖術は耳に聞いたことがある」

 コウゲンは思い出すように話し掛ける。

「昔の戦でも、あのような肉体を変異させる妖術などは使われたようだ。ただ兵士を強くする他にも、負傷した兵士を無理矢理戦場へ戻すため等に使われたりと、相当に非人道的な妖術だったようだ……。」

「そのような事が……」驚愕するシクナ。

「ああ……戦火が激しくなるにつれ、怪我人や負傷兵が多くなる。追い込まれた者達がそういった妖術に手を染めた。死人の肉体を操り、無理やり戦わせるなどという術もあったようだ」

「罰当たりな……。死人を供養もせず戦わせるなど……」思わず呟くシクナ。

「そうだな……。だが、あまり戦果を挙げたと言う話は聞かない……。人の理を曲げて戦うなど、不可能に近い事だった……。制御が効かず、味方も巻き添えとなったと聞く。大戦が終わった後、そう言った術は重い禁忌として扱われた。大卑弥様がそうした事を全て禁じたのだ」

「あの大卑弥様が……」

「ああ……。命の理を捻じ曲げて無理に戦わせるなど、人の所業では無いとしてな……」

 コウゲンは険しい表情のまま話す。

「大戦が繰り返されれば、火の手は上がる。必ず、どこかで……。いざ死を目の前にすると……人は見境が無くなる。お前も気を付けるのだぞ、シクナ」

「御意……」

 その言葉に返事をするシクナ。人は死を目の前にすると、見境が無くなる。それは自分も同じだ。

 ――人は、簡単に鬼になる。

 命を前にすれば、何をも厭わなくなる。

 傷付いた人間を無理矢理戦わせ、死人を戦場へ戻す事も厭わなくなる。

 ――これは人の所業にあらず、か……。

「……ヒユネ様は、どうなさるおつもりなのでしょう」

 その事が心配になり、シクナが尋ねる。この先の事を一番見ているのは、ヒユネ様に他ならない。

「分からぬ。だが、戦わぬ道を探すとすれば……一筋縄ではいかぬ。お前をその時の覚悟はしておけ、シクナ」

「覚悟、ですか……?」

「ああ、そうだ」

 その言葉を考えるシクナ。その事態を考える。

 人と人が刃を向け合う、その事態を……。



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