第五章
白里参りを終えて、数日が経過する。
シクナは笹澄の城へと戻り、何事も無く何時もの責務へと戻っていた。
いつもの討士としての瘴気の調査や、妖魔の退治。笹澄の土地で日々起きるその事態に対処すべく、シクナは働いている。
その責務の最中で、シクナはある報告書へ目を通していた。
「………。ふうむ」
その報告書を睨むシクナ。どうにも腑に落ちない事項が記されている。
「シクナ、報告書を見たの? 審査結果は?」
白里参りの検査結果が来ているのだとサヤは思ったのだが……。
「いや、これを見ろ」
「は?」
見せられた報告書に、サヤは目を細める。
「何よそれ……。巨大な猫の化物……?」
「うむ。そしてその次だ」
「……。同じ土地で、長い尾の化物と巨大な飛蝗の化物……?」
サヤが読み上げる。報告書にはそんな事が記されている。
「それがどうしたのよ? そんな事より検査結果を――」
「これらは同じ地域で確認された報告だ。土地の者達が妖魔を見たと、それも同時期に」
いかにも、という表情でシクナは報告書を見つめる。
「何か、妙な雰囲気がしないか?」
「そんな事……。妖魔が複数出ただけでしょ?」
「馬鹿者、妖魔が同時期に出るのはよくあるが、ヒユネ様の報告には妖魔の大量出現の知らせは無かった」
「確かに少し怪しいけど、今の所、村への被害は確認されていないんでしょ? それに、そんな危険な事があるならヒユネ様が事前に察知してくれるはずよ」
土地神との心交をしているヒユネ様なら、瘴気の発生は捉えられるはすだ。
その御陰で、この地は強固に守られているとも言えるのだ。
「ああ、そうだ。だからこそ、興味が沸くのだ」
「は……?」意味が分からないサヤ。
「調査に行くぞ。これには何かある。尾の長い怪物……。そんな世にも珍しい妖魔は……」
「あんたまさか、それが竜だと思ってるんじゃ……」
頭が痛くなるサヤだが、シクナの勢いは止まらなかった。早速、出発の準備を整えると、そのまま調査へと赴くのだった。
「査定の結果が帰ってきました。ヒユネ様……」
「はい……確認しました」
コウゲンが祭殿の間に入り、ヒユネに頭を下げて報告を行う。祭殿の間は、心交の儀式が行われる為、城とは別に建てられた屋敷だ。
「あやつの報告は、どうですか……。大卑弥様は、何と……?」
緊張に息を飲むコウゲン。シクナの力は、決して容易に扱える物ではない――。
「鬼の力は、確かに強く存在するようです。ですが……」
ヒユネは、その手紙に書かれた言葉の意味を考えていた。
「貴方達の判断を信じます、と……」
「そうですか……」
コウゲンは考えるようにして、表情を俯かせる。あのシクナには、未だに強い呪いが掛かっている。
「ヒユネ様。ご安心ください。もしもの時は、親である私が必ず責任を取ります……。この刃と共に……」
腰に据えた刃を手に取るコウゲン。もしもの時は、その時は……親である己自身が息子の首を刎ねなければならない……。
「彼を信じない、コウゲン……。シクナは我々の大切な仲間です。そして、確かな貴方の息子です」
「はい……。有難うございます……」
そして、静かに頭を下げ、コウゲンはその場を後にした。
「ここか……」
報告のあった場所へと赴くシクナ、サヤ、ウクロ。そこには静かな村の風景があった。調査報告書に記されていた笹澄の区域だ。目撃情報のあった付近の森の前にやってくるシクナ達。
「さてと、向かうか……」
「それしても、猫の妖魔なんて……それほど驚異でも無さそうだけど……」
サヤが疑いの目を向けながら森を進む。
「ただの妖魔ではあるまい。この目で確かめなくては……!」
「なんで嬉しそうなのよ……」
呆れるしかないサヤ。遊びではないのに、なぜにこうも楽しそうなのか……。
「む……」
気配を感じ取るシクナ。僅かな瘴気を肌で感じ取る。
「どうした。シクナ……」ウクロが尋ねる。
「瘴気を感じた。こちらだ……」
風に乗って来た瘴気を辿るように歩を進める三人。森の木々を掻き分けて進むと、ザワザワと森が震えるような音が耳に聞こえてきた。
「な、なんだ……」
森を進むに連れて、その音が目の前に迫ってくる。ドシンと確かな足音を響かせながら……。
刃を構える三人――。その時に備えて覚悟をしておく。
「こ、こいつは……」
そして、その姿が顕になると同時に、息を呑むシクナ達。
「グルルル……」
唸り声が響く。鋭く細い眼光、爪……。獣の姿には違い無かった。
だが、猫と言うにはあまりに大きな牙、そして爪……。確かに細い瞳孔の目は猫と瓜二つだが、猫と言うにはあまりに狂暴だった。
「虎では無いか……。」
思わず引き下がるシクナ。その姿を眼中に収めるには、後ろへ下がるしかない。
猫ならば、もっと可愛らしい姿を想像したが……これは見間違いの無い虎だ……。
そして奇妙なのは、その虎の下半身が、虫である巨大な飛蝗そのものだと言う事だ――。
「うおおおっっ!?」
その場を飛び退くシクナ。鋭い爪が襲って来る。凄まじい破壊力だ。まさに百獣の猛者とされる虎を沸騰とさせる……。
「何だこの妖魔は……!」
「鵺よ、シクナ!」
「鵺?!」
攻撃を避けながら、サヤの言葉を聞くシクナ。
「複数の妖魔が混ざり合って出来た妖魔よ! あまり目撃数は少ないのだけど……!」
「なに……!」
体制を立て直すシクナとサヤだが、あまり言葉を交わす余裕が無い。猛獣のような攻撃が襲ってくる。
「だけど、聞いていた鵺とは少し違うような……」僅かな記憶を辿るサヤ。
成り立ちや風貌は聞いた物と一致するが、何かが違うような――。
「はあっ!」
そこで鵺の背後へと回ったウクロが隙を突くが――。
「なに……っ!」
その振るった刃を長い尾で弾かれるウクロ。完全に背後を捉えていたはずなのに、まるで最初から見えていたかのように対処された。
しかし、その長い尾をよく見ると――。
「へ、蛇の頭……!?」
それを見て、驚きに声を上げるシクナ。その長い尾の先端には蛇の頭がある。しかも、それが別々の意思を持つように動いている。
「……背後からの奇襲が通じぬか……!」
距離を取るウクロ。様子見として手裏剣を投げるも、硬い鱗に弾かれる。
「これは……3対3と数は丁度いいようだな……。中々に利口な妖魔であるな……」
興味が沸いてきて、思わず不適に笑うシクナ。3つの獣が合わさっているから、数は丁度いいのだろう。背後にも目があるとは、囲い込みの対策もしている。
驚異よりも、興味が沸いてくる――。
「呑気な事言ってる場合じゃないでしょうが!」
「わ、分かっているが……!」
サヤに叱咤されつつ、シクナは素早く身を翻す。鵺の攻撃は地面を抉るように襲って来る。狭い森を縫うように移動して、鵺と対峙する三人。
「シクナっ! もっと引きつけて!」
サヤが遠距離からの攻撃を試みる。
「無茶を言ってくれる……!」
暴れ回る鵺に、どうにか対処するシクナ。様子見の為にも、遠距離からの攻撃を試みる。
しかし、前衛で戦えるのは自分だけだ。ウクロは奇襲役、サヤも弓矢を使う後衛だ。
『火術・一文字!』
刀に炎を纏わせ、斬り付けるシクナ。相手の注意を引き付ける。
「グガアアアッ!!」
大きく吠える鵺。しかし、あまり手応えは感じない。
「シクナ! 援護するから、もっと押して!」
「くっ……! 火術・十文字ッ!!」
さらに畳み掛けるように術を使うシクナ。
炎に燃える刀の剣筋が、鵺の顔面で交差した。
「クガオオッッ!!」
僅かに動きが止まる鵺。
『土枷!』
隙を見るや、素早くサヤが術文を唱える。鵺の足元に土が枷のようになって絡み付き、動きを鈍らせた。
「よし、今だ! 合わせろ。サヤ、ウクロ!」
シクナが号令を掛ける。
「鬼火……ッ!」
「火遁、烈火響!《かとん・れっかきょう》」
「火術・赤壁!《ひじゅつ・せきへき》」
三人の術による炎が、複合するように混ざり合う。
『火湖!!』
辺りを包囲する火。それが留まって辺りを覆い、湖のように巨大な形を作る。深く大きな炎の湖が作られた。
「ギシャアアア……ッッ!!」
それが鵺を捉える。包み込むような深い炎が、鵺の巨体をも沈み込ませた――。
「どうだ……!?」
シクナが確認する。手応えはあった。だが、鵺の力は未知数だ。
「ぬおっ!?」
身を翻すシクナ。蛇の頭が噛み付くように飛んでくる。
「グルオオオオォォォッッ!!」
遠吠えのように吠え上がる鵺。相当怒っているのが目に見えて感じられた。
「……くっ!」
更に強くなることを覚悟し、刀を構えるシクナ。しかし、物は試しと作戦を練る。
「頭が二つある………。ならば……! ウクロ! サヤ!」
手で合図を出し、二人に作戦を指示するシクナ。
「了解」
「そんな事できるのかしら……!」
しかし、合図通りに二人が武器を構える。
「鳴り玉!!」
「電光石火!」
ウクロは強大な音が鳴り響く玉を投げ、サヤの弓からは強力な光が発せられると同時に火の矢が放たれる。
鳴り玉による轟音は鵺の耳を奪い、弓の強い光は視界を妨げた。
「グガオオァァ!!」
目を眩ませると同時に矢が突き刺さり、咆哮を上げる鵺。しかし、蛇の尾がこちらを向いて対応しようとする――。
『電光切火ッ!《でんこうせっか》』
背後に回り、素早く蛇に向けて刃を振るうシクナ。刃が強く発光し、蛇の目を眩ませると同時に切りつける。
「ガアアアアアッ!!?!」
同時に目を眩ませられ、藻掻きながら蛇はこちらに向こうとするのだが、虎の肉体に引っ張られる。
逆に虎も尾に引っ張られ、制御が利かない状態だった。
「チャンスだ!」
合図をあげるシクナ。それと同時に素早く三人は行動に出た。
「百火繚乱!!」
そのまま連携を繋げる。劫火が妖魔を焼き払った。
「ガルル………グ、ガ……」
そのまま鵺はゆっくりと体を倒れ込ませると、黒い煙のように瘴気が飛散していき――その姿を消した。