第三章
「さて、準備をせねばな……」
荷支度を進めていくシクナ。着物と衣装、そして討士としての刃をきちんと磨いて調整していく。
城の中では、辺りが騒がしい様子でいた。
「ちょっとシクナ! きちんとしてよね。くれぐれも大卑弥様の前で偉そうな口を叩かないでよ……?」
物凄い怒気を込めた目でサヤに睨まれる。
「ああ、分かっている」
「……態度が既に分かってないわ」
今度は白い目を向けるサヤだが、シクナはそのまま黙々と作業を続ける。
「ああ、もう。忙しいのに、きちんとしないと」
「お前さんも大層気合いの入り用だな」
「当たり前でしょ。討士にとっての一大行事なのよ! こんな所で恥をかいたら、私達笹澄州の、いえ、ヒユネ様の顔に泥を塗ることになるのよ!?」
「まあ、そうだが……」
その事は自覚しているシクナだが、この城内全体がバタバタと絶え間なく動いている感じがする。
「まずは身なりから整える。当たり前の事。シクナもきっちりしてよね」
「………。」
流石はしっかり者と言ったところか。シクナも指示されるままに身支度を整える。
やれやれ、鬼の我には分からぬ身の入れようだ。
「ウクロ。お前も準備はできたのか?」
「うむ、抜かりはないシクナ。城の様子が騒がしいな。この様子では警戒が出来ない」
襖の向こうから突如として現れるウクロだが、シクナは大して驚きはしない。
「お前、毎回そんな黒装束で出掛けたら怪しまれないか?」
「これが忍びの正装だからな。怪しまれる事は無いだろう」
「やれやれ……。こんな時でも忍びは任務優先か」
「どんな時でも、だ。シクナ。忍びは常に油断はしてはならない」
「はいはい」
いつもの決まり文句に返事を返さないシクナ。ウクロには何をいっても聞かないのだ。
「さて、気を付けて言ってくるのだぞ。技能査定もくれぐれ気を付けるようにな」
討士主導師であるコウゲンの言葉に、シクナは頷いて返す。
「父上、大丈夫ですよ。心配には及びませぬ」
「うむ……。」
余裕綽々とした様子のシクナに、コウゲンも頷くのだが――日頃の行いを思い返しては不安の念が残る。
「気を付けて行ってくるのですよ、サヤ」
弓士主導師であるシラユエが、サヤに向けて言う。
「はい。笹澄の者として、ヒユネ様の兵士として、その名に恥じぬように振る舞い、無事に帰って参ります」
弓隊の隊長であるサヤはしっかりと頷いた。ある意味では自分にこの日宮参りでの成否が掛かっている。
「お前だけが頼りだ。サヤ」
「分かってるわ。クレナイ……」
深刻な表情で見つめてくるクレナイに、サヤも覚悟を決める。
私がしっかりしなくては、この先大変な事になる。あのシクナの組は下手に暴走したりしないが、ふと油断すると、見えないところでとんでもない事をしでかす……。私が止めなければ、ヒユネ様とこの里に汚名が着せられる……。
シラユエ様からも皆を頼むと念を押されているのだから……。
「なにを不安な顔をしておるサヤ。そんな様子では後ろ指をさされるぞ。笹済の者として恥ずかしくないよう堂々と胸を張れ。はっはっはっ」
「誰のせいだと思ってるのよ……。」
横から飛んでくるシクナの能天気な物言いに苛立ちながらも、サヤ達はそのまま城を後にするのだった。
「ふう、白里までは馬を走らせても一日は掛かるな」
「そりゃ全国から人が集まってくるんだもの。当然よ」
馬に乗りながら、シクナとサヤは前を見る。後方からはクレナイとウクロも後を付けている。他にも兵士や巫女の見習い達が複数名付いてきている。
白里とは、大卑弥様と呼ばれる巫女が統治する州だ。山の神が多く住まい、精霊の加護が強く働く、神聖な土地と崇められている。
「………。」
そのまま馬を走らせ、数時間が経過する。日も暮れて夜を明けると、シクナ達は白里の土地に到着していた。
「白里……。やはり魔力の流れが違うな」
「そうね……」
息を飲む一行。シクナ、ウクロ、サヤは白里の地に入るなり、何か自分達の周りに変化が起きた事が肌で感じ取れた。空気なのか、魔力なのか、人の感知を越えた何かが肌で感じられる。
どこか、穏やかな気配が漂う――。
「………。」
シクナが辺りを見回すと、他の州の討士達がぞくぞくと白里に到着しているのが目に入る。
中には、珍しい獣を連れて来ている将軍も存在していた。
「ぬおお、あれは……大銀狼……!」
「カガヤ将軍家の兵士一行ね……。相変わらず派手ね……」
騎馬車で到着している一行だが、シクナはその馬車を引いている狼に目を捕らわれる。巨体の狼で、馬以上に馬力のある獣だ。銀色の瞳と毛並が特徴で美しい。
「お、おお……。中々によい毛並みだ……」
「あんた……恥ずかしいから目の色を戻しなさい」
シクナにすぐさま注意を促すサヤだった。
「あちらは……。」
「各地の修行僧の人達ね。巫女の人達は後から来るのかしら」
サヤが言う。武器も持たず、この地へと足を踏み入れている者達もいる。ヒユネ様のような巫女や、修行僧の人達もここに来ている。
「帳州の者達はどこだ?」シクナが尋ねるが、その者達は見当たらない。
「まあ、帳の事だから、私達より先に来てるでしょう」
サヤが答える。帳とは、笹澄の隣にある州だ。笹澄と因縁のある州で、今も問題の火種がくすぶっている。隣州であるからこそ、火種やトラブルは絶えない。
「いたぞ。帳だ。あれは恐らく帳の忍びだ」
「え……?」
ウクロの隠すような声が響く。サヤが目を向けると辺りを観察するように忍びが歩いている。まるで気配を隠すようにしている。
「よく気付いたな、ウクロ」シクナも同じように帳を目にした。
「お前達が気を抜きすぎだ。常に警戒を怠るな」
感心するシクナだが、ウクロの過剰護衛のお陰か、帳の忍びに気付けた。
「………。」
「行ってしまったな」
まるで隠れるようにして移動する帳の忍び。すぐに姿が見えなくなる。
「何かを偵察しているのか……?」怪しむウクロ。
「まさか、こんな時にまで偵察か……?」それにシクナは半疑になる。
「こんな時でも、だ。忍びならば、常に敵の警戒をする……」
油断ならないとするウクロに、息を吐くしかないシクナだった。やれやれ、こうも常に気を張っていては休まれないな。
「そろそろ大卑弥様の挨拶が始まるわよ。私達も移動しましょう」
「ああ」
シクナ、サヤ、ウクロ、クレナイとその他一行は、笹澄の討士として大宮参りの許諾を受理された。