第二章
「この馬鹿者が!!」
「ひっ……!」
思わず萎縮するシクナ。
「あれほど妖魔を持ち込むなと忠告したであろうが!!」
稽古場に呼び出されたシクナは、正座で座らされている。
目の前には、討士の師範であり、シクナ自身の義理の親でもある、イサメギ・コウゲンが腕を組んで立っていた。
白髪の混じった髪に、髭を生やしている義理の父親だが、その逆立った髪がまさに角のようにシクナには見えていた。
討士の主導師であるイサメギ・コウゲンは仁王立ちで構えている。
まさに鬼と呼ぶに相応しい光景だ――。
腰に据えた刃が抜かれるのではないかと心底不安になるシクナだった。
「も、申し訳ありません、父上……」
「お前は――!! 何故に言うことを――!!」
しばしば言葉が聞き取れないシクナ。鬼の形相であるコウゲンに、シクナは頭が上がらない。ただ黙って正座をしたまま怒号のような説教を聞き入れるしない。
稽古場では、しばらく鬼のような怒号が響き渡るのだった。
「ふう………。」
その後、自分の部屋で肉体を休めるシクナ。
一仕事終えた後のヒユネ様の治癒魔法は体に非常に良い。
別に疲労は無いのだが、親父殿の説教だけは体に響く……。出来れば、あの説教の後にヒユネ様の治癒を受けたかった所だが……。
シクナは腰を下ろして息を吐く。言われた通り、次の任務に備えて気を休める――。
「………。」
そこで、気配を感じ取るシクナ。
「天井裏で何をしているのだ。ウクロ」
「流石だな。我が主となる男シクナ。この気配に気付くとは」
天井裏から、何者かの声が返ってくる。
「バレバレだったぞ……。不審者のような真似はやめろ……」
「忍びは不審者などよりも優れた存在でなければならぬ。決して……そして完全に気配を悟られぬような」
「余計に質が悪い……」呆れながら苦言を呈するシクナだった。
黒装束に身を纏った忍びが天井裏から降りてくる。素顔を隠し、正体を明かさないような風貌だ。
ウクロはシクナの付き忍びだ。
主に補佐や日常的に護衛を行う。隠れる驚異から身を守ってくれる存在ではあるのだが――。
「お主の留守中も見張りは万全だった。俺の護衛に抜かりは無い」
「城内のど真ん中で、どうやって敵が現れるというのだ……。そのように逐一監視されていては我が気を休められぬ……」
こんないつも見張られているような真似をされては気を休めることも間々ならない。ただでさえ父の説教で堪えているというのに……。
シクナは、そんないつもの大袈裟過剰の護衛に溜息を吐くのだった。
「報告だ。そろそろ夕飯が出来上がる。向かうとするぞ。我が主君、シクナよ」
「そうか。なら、そうするとするか……」
妖魔の調査と父上の説教で腹が減っているのも事実だ。そう思い立つとシクナは立ち上がった。
「………。」
様々な装飾に彩られた城内の廊下を歩くシクナ。向かうは、食堂の間だ。今も場内では巫女や食事係の者達が忙しく動いている。
ふと、シクナは廊下の突き当たりを曲がるのだが――。
「っ――!」
ウクロが素早く前に出る。次の瞬間には、ガキンと重く鈍い金属音が響き渡る。
「何をしているクレナイ……。我が主に刃を向けるなど、この俺が許さぬ」
バキン――という甲高い金属音を響かせて刃を弾くウクロ。
クレナイと呼ばれた九ノ一が目の前に現れる。赤い衣装に身を包み、首元まで延びた金髪に光るような鋭い瞳が見え隠れする。ウクロと同じように口元を布で覆い、素顔を見せない。
曲がり角で気配を消しての待ち伏せ――本気の不意打ちを試みていたようだ。
「またこやつは不祥事をしたそうではないか。その後始末を付けにきた」
刃を構えたままクレナイが答える。
「シクナはこの城の次期当主となる男……。我が主君である」
短剣を構え、臨戦態勢を取るウクロ。
「この城の主君に相応しきはサヤだ。その鬼ではない」
「クレナイ……。これ以上の侮辱は許さぬ」
「………。」
言葉の応酬が交わされ、激しい戦闘が巻き起こる。
また始まった……。どうすることもなくその場を見守るシクナ。
クレナイは、サヤの付き忍びだ。ウクロと同じように護衛などを担当するのだが……。
次期筆頭を決める事柄もあり、敵対心が強いのだ。
この城を担う筆頭――とても大事な瀬戸際がこの城には訪れていた。
しかし、それだけではない。シクナには、鬼の血が混じっている故に――。
クレナイには、いつもこうして背後を狙われている。
「その辺にしておけ。そろそろ飯の時間だ。不用意に暴れるな」
シクナが刃を収めるように呼び掛ける。
「ふん……」
クレナイは刃を弾いて、後ろに下がる。
「今回は見逃す。だが、次こそは覚悟しておくことだ」
その台詞と共に、クレナイは颯爽と消えた。消える瞬間にも花弁を舞わせるなど豪華な忍術だ。
「俺がいる限り、シクナの首は取れぬ……」
その決め台詞と共に刃を納めるウクロ。妙に格好を付けている感じが気になるシクナだった。付き忍びとしての責務を果たした満足げな表情が気になる。
そして一段落した事を確認するシクナ。忍びは不意打ちに失敗すると基本的には後に引く。城の中での争いは御法度なのだが。
「さて、行くぞシクナ」
「……もう先に行っておる」
息を吐きながら既に前を歩くシクナだった。
しかし、先程のクレナイは自分の命を狙っている。
今は筆頭を決める次期であり、筆頭はより優れた討士がその座に付く。
この城を守る者として、重要な立場を担う存在。
しかし――。
「………。」
廊下を歩くシクナ。
自分は普通ではない。鬼の血が混じっているのだ――。
本来、妖魔であるはずの人に徒なす存在――。
忍びの中には、かつて妖魔に肉親や仲間を奪われた者も数多く存在する。忍びはその性質上、危険な任務や単独での調査を請け負いやすい。今でも命がけの戦いが各地で起きている。
妖魔である自分を信用できないのも、ある程度の理解は出来る――。
「………。」
この地の平穏を守るために、戦うために討士は存在している。
「………。」
そのまま静かに歩くシクナ。かつての自分を思い出す。山で暮らし、妖魔と扱われていた自分の過去を……。
人とはかけ離れた存在であった自分を……。
夕御飯を終えて部屋に戻るシクナ。様々な事が起き、シクナは部屋に入るなり、腰を休めるように座り込んだ。
「座敷童子か……」
「……。」
ふと部屋に気配を感じ、シクナが呼び掛ける。すると箪笥の隙間から、小さな妖魔である座敷童子が姿を表す。藁の服を着た幼い子供のような妖魔だ。
座敷童は、この城に住まう妖魔だ。珍しく人に害を成さない妖魔だが、精霊とも捉えられる行動を見せる、変わった存在だ。
何故自分にだけ懐くのは分からないが……。
自分が同じ人では無い存在だと、理解しているのだろうか……。
「やれやれ、今日は手酷く怒られた……。」
「………。」
寄ってくる座敷童子の頭を撫でるシクナ。座敷童子は臆病なのか、人が居ない時を見計らって出てくる。
鎌鼬も、慣れれば大人しくなるやもしれんのだが……。
「……お前からも、妖魔はそれほど恐れる存在では無いと言ってやってくれ」
「………。」
すると、座敷童子が黙ったまま姿を隠してしまう。どうやら申し出を拒否されたようだ。座敷童子は恥ずかしがり屋で、人前では滅多に姿を見せない。
息を吐くしか無いシクナ。これでは、竜を従えるという自分の夢も、どれだけ先になることやら……。