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鬼々時雨  作者: そうのく
16/18

第十六章


「我が名は酒呑童子。かつて人に封印された鬼だ」

「っ!」

 辺りの瘴気が濃くなり、その中から影のように魍魎が湧き出てきた。

 鬼が魍魎を呼んだ。鬼は妖魔や魍魎を従える。

「くっ……!」

 影のように沸く魍魎に対処するシクナ。

 しかし、目の前が真っ暗に覆われていく。

「小賢しい人間は我の力を恐れて封じ込めるにしか至れなかった……。もう少しで人を根絶やしに出来たはずが……。今こそ、積年の恨みを晴らさせて貰おうぞ」

 シクナに向けて、大量の瘴気が襲い掛かる。

「シクナ……っ!」 

 その惨状を目にして、ヒユネは叫ぶように声を上げた。

 シクナに向けて魍魎と瘴気の影が覆い尽くす。

「シクナっ!!」

 ウクロやコウゲンも声を上げる。鬼の目の前で、影と瘴気にシクナが取り込まれている。

 真っ暗な闇に覆われ、シクナの姿は見えなくなった――。 

「ッ!!」

 だが、次の瞬間、影が弾けたかと思うと、その中から刃を構えたシクナが姿を見せる。

 赤い魔力を身に纏い――鬼を睨み据える。

「良き殺気だ……。その力、紛う事なき鬼の力。楽しめそうだな!」

 シクナの殺気と、鬼の瘴気が衝突して弾け飛ぶ。

「ッ!!」

 鬼と刃を交えるシクナ。鬼の爪が重くのし掛かる。これほど重い攻撃は経験した事が無かった。

 それに対抗するように歯を食いしばると、自然と牙が生えてきていた。

「シクナッ!」

 その声に我に返るシクナ。食いしばる歯から血が流れる。このまま戦い続ければ、自分も鬼と変わる。

「何を呆けておる……。余所見とは」

 鬼が邪悪な笑みを浮かべる。すると他の憑かれ忍びがシクナに向けて独りでに襲い掛かった。

「ぐ、あ………」

「く……ッ!」

 足を掴まれるシクナだが、忍び自身を切り払うことが出来ない。

「良い顔だ……。」

 にやりと笑みを浮かべている鬼。そうやって苦しむ様を見ては楽しむ。血を流し、苦しみ……負の感情を自らの悦楽とする……。

 忌むべき存在……。

「もっと見たくなったぞ。鬼の子よ……。それほど辛いのであれば、もっと地獄を見せてやろう」

 鬼が醜悪な笑みを浮かべたまま、手を空に向けて翳す。

 すると、辺りに居た忍び達が苦しみ始める。

「ぐ、アアアああ……ッ!!」

「う、があああ………ッ!!」

 それは、まさに地獄だった。

 無数の苦しみ生きたままの人間が、妖魔となって自分に刃を向けてくる。

 多くの妖魔に襲われるシクナ。忍びが乗っ取られたまま鬼に支配されている。

「くっ!」

 襲い来る憑かれ忍びを避ける。刃を交えて応戦しながらも呼び掛ける。

「おい! しっかりしろ!」

 そう呼び掛けるシクナだが、憑かれ忍びは襲うのを止めない。

「ころ、せ……」

 躊躇無く切り捨てろと言う忍びだが、シクナは了承しなかった。

「できぬ。お主には、まだ心がある。人の心がある……! しっかりしろ!」

 必死に呼び掛けるシクナ。このまま殺すことは出来なかった。

 まだ心がある。人としての心が残っている――。 

「何を躊躇しておる。鬼の子よ……。こやつらはお前達を殺そうとした連中であるぞ? 何を助ける必要があるというのだ」

「っ……!」

 皮肉るような笑みを浮かべている鬼だが、シクナは聞き耳を持たなかった。

 すると、鬼が醜悪な笑みを浮かべて瘴気を操る。

「っ……!」

 その光景に、シクナは目を疑う。


 妖魔に憑かれた忍びが集められ、磔のようにされている。


 まるで罪人を罰するかのような、歪な形で――。

「う、あ………」

「あ……が……」

 操られた妖魔の部分が固まるように集められ、それが束となってシクナに襲い掛かろうとしている。

「っ――」

 その光景に、思わずシクナは唇を咬む――。

 刃を握る手から血が流れ出す

「よせ! シクナ!」

 ただならぬ気配を察して、ウクロが呼び掛けるが――シクナの殺気が膨れ上がり、赤い魔力を纏っていた。

「っ!!」

 雪崩れ込むように襲ってくる妖魔の塊に、シクナは手を翳す。束になった妖魔を正面から受け止める。

「ほう?」

 鬼が興味深そうに呟いた。シクナの鬼の力で、妖魔を逆に制御している。

「ッ――!!」

 シクナはそのまま力を込めると、磔のように捕らわれていた忍び達は崩れ落ち――解放された。

「よい殺気だ……!!」

「ッ!!」

 そのまま鬼はシクナの刃を正面から受け止めると、激しい衝撃が辺りを吹き飛ばした。

「う、く……! シクナ!」

 ウクロが援護に入ろうと試みるが、その衝撃に近付くことが出来ない。鬼の放つ殺気と瘴気が辺りを切り刻む。

「ふはは! これだから人は愚かよ! いくら時が経っても変わらぬわ……! 自分を殺そうとした者達まで助けるとはな!」


 ――それが、人であると言うのならば……。


「ッ!!」

 唇を噛むシクナ。鬼となって全てを捨てれば、楽になれる。

 だが、それでは何も変わらない。何も守れない……。

「お前は、必ず我が倒す……!」

 決意を固くするシクナ。

 目の前の鬼は、自分が倒さなくていけない。

 鬼として生きていた、自分が……。

 人として生きることの出来た自分が……。

「っ……!」

 戦うことは簡単だ。感情に任せて刃を振り下ろせばいい。

 破壊することは簡単だ。何も考えず、何も感じず、ただ刃を振るえばいい。

 痛みも、悲しみも、何も感じず……ただ怒りのままに……。

 そうすれば、何もかも楽になる――。

「………っ!」

 だが、あの方は違う。国や民の全てを背負って歩いている。人と人が分かり合う道を……。

 途方もない道だ。何もない場所に一から掛け橋を築く。その重荷を背負ったまま進んでいる。

 国一つを背負い、前へと進んでいる。

 それがどれだけ難しく大変なことかを……。今の自分になら分かる。

 あの方は、逃げずに戦っている。

 目の前の現実から逃げず、自分を捨てずに……。

「っ………!」

 だから、自分も負けるわけにはいかない。

 自分を捨てるわけにはいかない。

 衝動に任せて刃を振るえば、全てを忘れ、全てを消されれば、それで終わる。

 ……心すらも。

 そうなっては、もはや人では無いだろう。


 心を失ったとき、人は人で無くなるのだから……。


 そうなった時、本当の"鬼"になる。争いを繰り返す、ただの鬼に……。

 大切なものを守るために戦うと約束した。

 だから――。

「くく……! 人間とは、やはり愚かであるなあ――ッ!」

 鬼が狂気の笑みを浮かべて爪を向ける。対抗するシクナだが、その威力に圧倒される。

「そんなに大切な者を失いたくないか?」

 ニヤリと醜悪な笑みを浮かべる鬼に、シクナは嫌な悪寒が胸に沸く。

 シクナは素早く手でウクロに合図を送る。

 ――シクナ……!?

 遠目に戦いを見守っていたウクロが、その指示を察すると、すぐに援護に入る構えを取った。

「クハハッ――!」

 仰向けに倒れていたヒユネに、鬼の爪が迫った。

断界だんかい

 シクナは血を混ぜた刃を振るうと、空間を切断するように赤い刃閃が切り裂いた。

 血飛沫のような赤い血が一筋を描く。

 シクナの刃が鬼の攻撃を防ぐと、その隙を見計らい、ウクロは素早くヒユネを抱えてその場を立ち去った。

 そのまま、ヒユネは討士による治癒を施される。

「鬼の血か……」

 ニヤリと笑みを浮かべる鬼。

「その血は何よりも熱く、あらゆる物を灰に変え……万物をも貫く刃となる」

 鬼が誇るように語る。鬼の血は、この世にあるどんな物よりも、強力な殺傷能力のある武器になる。

 どんな炎よりも熱く、鉄をも両断する刃。

「もっと鬼を解放しろ! 人を畏怖し、恐怖させる。我らの誇りではないか……! 戦いを楽しむのだ、鬼の子よ!」

 鬼は昂るような口ぶりで呼び掛けるが、シクナはすぐに否定した。

「お前の遊びに付き合うつもりはない……!」

 断固たる意志で拒絶するシクナだが、状況は切迫する。血を楽しむ、幼稚な遊び――後どれほど、この力を使う事になるのか……。

「もっと楽しむのだ……! 血と戦いを……!」

 今度は鬼が手を翳す。すると地面から瘴気の渦が現れる。それは魍魎となり、さらに別の妖魔も影のように姿を現した。周囲に居る兵士達に向けて、それらが迫る。

「貴様……!」

 怒りを見せ、刃を構えるシクナ。仲間を襲うつもりなのだ。

「クハハハ……! 苦しむがいい。人よ……!」

 鬼が手を向けると、笹澄と帳の兵士に向けて妖魔と魍魎が襲い掛かる。

「う、うわあああっ!!」 

「良き悲鳴を聞かせてくれ……! 我はその為に地獄から蘇ったのだからなあっ!」

 鬼が笑い声を上げる。人が悲鳴を上げる度に、歪な笑い声が木霊する。

 シクナは、次々と兵士に襲い掛かる妖魔と魍魎に向けて刃を構える。

天穿あまうがつ!!』

 刃を地面に突き刺すと、赤い無数の刃が地面から突き出した。無尽蔵に突き出した血の刃が妖魔や魍魎をまとめて串刺しにする――。

「ッ――!!」

 そのまま鬼に対して切り掛かるシクナ。

「良い血だ……!」

 鬼が醜悪な笑みを向ける。周りの討士達も戦っている。負傷している中で――。

「シクナ……っ!」

 その戦いを見守るウクロとヒユネ。他の兵士達も同じようにシクナの助けに入れるかを考えるが、その余裕はもはや無かった。次々に妖魔が襲い来る。

「………!」

 刃を交えるシクナ。

 鬼に出来るのは、刃を向けることだけ。

 鬼と人は、分かり合う事は出来ない。

「くっ!」

 目の前の鬼を見ていれば分かる。これは恐怖と畏怖しか与えていない。怒りと憎悪しか持っていない。他には、何も感じない。

「――!!」

 自分も、同じようになるのか……。目の前の鬼と……。


 鬼と人は、分かり合う事は無い――。


 ――………。

 昔から、そう言い伝えられてきた。

 鬼は死をもたらす存在。それ以外の何者でもない。

 遙か昔から、鬼と人は争ってきた。妖魔と鬼は、いがみ合い、憎み合い、争っていた。

 だが、人と人ですら分かり合えない……。

「シクナ! 我々も援護する!」

 そこでコウゲンの声が響いた。

「父上、私に近づかないでくださいっ――!」

 返事をするシクナだが、コウゲンはその言葉に戸惑うしかない。

「シクナ、何を……!」

「父上は、皆の保護を! 今の内に、帳の者達にも手当てを……!」

 そう指示を出すシクナ。

 妖魔から解放された忍びが、今も横たわっている――。

「……っ!」

 その意図を読み取るコウゲン。シクナはここで帳の忍び達に手を差し伸べろと言っているのだ――。

「父上! はやく!」

 急かすシクナに、コウゲンは黙ったまま頷き、忍び達の保護に取り掛かった。

「そう上手くいくかな? 人間よ……」

 凶悪な笑みを浮かべて鬼が妖魔や魍魎を嗾ける。

 すぐさま、シクナはその魍魎達を切り捨てるが、それでも大量の魍魎達が束のようになって次々に折り重なる。蠢く妖魔達も、倒れた兵士達に向かって襲い掛かる。

 そこへ、割って入るようにシクナが立ち塞がる。

「ぐっ……!」

 妖魔の爪が体に深く突き刺さる。群れや束となって襲い掛かった。しかし、それを正面から受け止めてもシクナは倒れずに刃を構える。

 刃ですぐさま一体の妖魔を串刺しにすると、その血を巻き上げながら刃を切り払う。


『紅時雨』《べにしぐれ》


 そのまま血が雨のように降り注ぐ。辺りに散らばる血が妖魔と魍魎を貫き、そのまま消滅させた。

「ククク……! 素晴らしい力……!まさに血の雨だ……鬼の子よ……! お前はこの世を地獄に変えるために生まれたのだ……!」

「……ここは通さぬ」

 断固とした意志で立ち塞がるシクナ。そのまま鬼との戦闘が始まる。先程よりも強い瘴気が辺りに渦巻く。

「――ッ!」

 そのまま手を伸ばすシクナ――。左手でそのまま妖魔を貫いていた。

 左手には、長く鋭利な爪が生えている。

「シクナ……!」

 他の兵士達も息をのんだ。姿形が鬼へと近づいている。しかし、それでもシクナは自我を保ったまま戦っている。

「……お願い、シクナ……ッ」

 苦しい表情のまま声を絞り出すしかないヒユネ。膝を付いたまま祈り捧げる事しかできなかった。皆を守るために……。人を守るために、彼は戦っている。

 信じるしか無い。シクナを……。

「っ……!!」

 歯を食いしばるシクナ。皆が見守ってくれている。ヒユネ様も、父上も、仲間達も……皆が同じように戦っている。

「なぜそこまで足掻く? 鬼の子よ」

 荒い息と血を吐きながら戦うシクナに、鬼が疑問を投げかける。

「……ここでお前を倒せば、戦いは終わる。皆、目を覚ましてくれた……。この戦いは無意味だと気付いてくれた……。」

 背後を見るシクナ。帳の忍びは、もう戦う意志を見せていない。

 笹澄の兵士達の介抱を受け入れている。

 共に手を取り合っている――。

 皆、気付いた……。この戦いは無意味だと……。

 もう帳とは、争う必要は無くなった――。

「人は過ちを認め、受け入れることで、また先へ進める……」

 それを実感するシクナ。その光景は、何よりも尊い物に見えた。

 人は変われる。生きている限り……諦めない限り……。

 人には心が有るのだから――。

 そう希望を見いだすシクナだが、鬼は高笑いを上げるだけだった。

「はっはっはッ! もう遅い。ここに未来など無い。手遅れなのだ、鬼の子よ……。もう誰一人として生き残らぬ……!」

 醜悪な笑みを浮かべる鬼。同時に、哀れむような目を向けてくる。

「こんなどうしようもなく愚かで醜い人間などに未来は無いのだ。鬼の子よ……。お主にもそれがよく分かったであろう?」

 そう言って鬼は手を差し出し、シクナは何のつもりかと警戒した。

「だが鬼の子よ。お前だけは生かしておいても良い。鬼となれば、傷はすぐに癒えるだろう。今のこの場で、鬼であるお前だけは助けてやっても良い。この愚かで無知な存在を捨てて生き延びるのだ。それが賢き選択というものだ」

 醜悪な笑みを向けてくる鬼。自分に仲間を裏切らせたいのだろうと魂胆が見えた。人の醜く足掻く様を見て楽しみたいのだ。

 やはり鬼は、どこまでも鬼だ――。

「また人は争う。また血を求める。人は何よりも愚かで醜悪な存在だ。そんな存在を救うというのか?」

 そう断じる鬼だが、シクナは否定する。

「……我は信じる。人の心を」

 握る手に力が込もるシクナ。それは目に見えない。時には虚ろい、曖昧に姿形を変えていく。

 時には憎み、啀み合う……。見えないそれは、どんな姿にも移り変わり行く。

 だが、それでも自分は人の心を信じる。


 それが……人を信じるのが、人であるというのならば――。


 必ず、人と人が手を取り合えると、我は信じる――。

「……我はもう逃げぬ」

 自分からも、鬼の血からも、逃げないと決めた。自分は、最後まで人として生きてみせる――。

「ふはは! これだけの火の海を見なければ人間は理解しない! 学ぼうとはしない! 何とも愚かで皮肉な話では無いか……!」

 高笑いを浮かべる鬼。もはやどうしようもない何かを嘲笑うような表情だった。

「………。」

 失ってから気付く。失ってから理解する。本当に大切な物を……。かつての自分も――。

「どこまでいこうと、お前も所詮は愚かな人か……! もはや救えぬ! ならば、それに相応しいよう惨たらしく殺してやろうぞ!!」

「くっ――!」

 鬼の気配が変わることを感じ取るシクナ。背後にいる負傷した兵士達に一斉に魍魎と妖魔が襲い掛かる。

「っ! 皆の者! 警戒態勢を取れ!!」

 笹澄の兵士達が前に出る。負傷した帳の忍びを守ろうとしている。

「ッ――!!」

 それを見て、すかさずシクナは刃を振るった。

 血の刃閃が――妖魔と兵士達の間を割って区切る。

 次々に襲い来る妖魔と魍魎を、シクナは血の刃を振るって切り裂いた。

「ぐっ……!」

 しかし、次々に襲い来る妖魔の牙が自分の肉体に突き刺さる。魍魎の爪も体中に食い込み、切り裂いてくる。

「シクナッ!!」

 ヒユネが叫ぶ。他の兵士達も、その光景に息を飲んだ。

「……っ!!」

 痛みに意識を失いそうになるシクナ。しかし、その名前を聞いて、どうにか意識を保つ。

 自分の名前……。確かな人として名付けられた、自分の名前……。

 鬼では無い、確かな自分の証明――。

「……お前は、必ず我が倒す――!」

 その意思を固くするシクナ。これ以上の勝手は許す事は出来なかった。

『天穿!!』

 刃を振るうと、血の刃が地面から突き出す。

 妖魔と魍魎が瞬く間に貫かれていく。血が血を呼び、さらに色濃く紅に染める。

 辺りが一瞬で血の海と化した。

 だが――。

「ッ!!」

 その攻撃を見て、すかさず背後へと飛び退くウクロ。衝撃と血の刃が自身をも飲み込む寸前だった。

 ――っ!!

 荒い息を吐くシクナ。技の制御が効かない。

「シクナ……!」

 兵士達の誰もが息を飲んだ。シクナの力の暴走が目に見えていた。近くに居れば、巻き添えを受けてしまう。

「ふははは……! 素晴らしい力だ……ッ! 鬼の力! まさにこの世を地獄に染めるための、美しき力……!」

 しかし、それを見ては高笑いを上げて喜ぶ鬼。血の海を目の前にして、意気揚々と声を上げる。

「これほどの力を持て余すとは……惜しいな、鬼の子よ……。この世を深紅に染め上げる、その美しき力を抑えるとは……」

「我は……! 鬼では無い……!」

 再び刃を構え、歯を食いしばるシクナ。長い牙で、言葉が上手く話せない。

「シクナ……!!」

 声を上げるヒユネだが、その声は届かない。

「ッ!!」

 刃を振るうシクナ。もはや目の前の敵しか目に入らなかった。周りが見えなくなる。

 このままでは自分は鬼と化すだろう。その前に、決着を付けなければ……。

「っ――!!」

 鬼と戦うシクナ。痛みを忘れていく。血の味だけが口に残る。血が血を呼び、自身の糧となっている。

 鬼に出来るのは、牙を向くとこだけ。

 鬼と人は相容れない。

 鬼と人は、分かり合う事は無い――。

「ッ!!」

 自分には刃を振るうことしかできない。鬼の自分は、それしか知らない。

 何も分からない。何も感じない。痛みも無くなり……。

「う、ぐ……!」

 鬼の爪が身体に食い込む。それでも反撃を試みるシクナ。痛んでも体は動く。同じように刃を鬼に突き立てる。

「クククッ……!」

 しかし、鬼は笑みを浮かべたままだ。鬼は平然としまま反撃を繰り出し、シクナはそのまま吹き飛ばされる。

「く……っ。ごはっ……」

 突如、血を大量に吐き出す。体の力が抜け、意識が朦朧となる。何が起こったのかを自分でも分からないシクナ。

 魔力が無くなり、傷が癒えない。足を付き、力が入らなかった。


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