第十五章
「父上……!」
「シクナか……すまぬ、不覚を取った……」
合流するシクナだが、その状況に驚くしかない。あの父上が膝を着くほど追いつめられている。あれほど強い腕の持ち主が……。
主導師達三人掛かりでもハシンを撃ち取る事は出来ず、コウゲンは既に手痛い重傷を負っていた。戦ってはいるが、もはや決着は付いた状態だった。
「父上、ここはお任せください。お二人も他の兵士達の元へ」
「だが、シクナ……!」
コウゲンが止めようとするが、シクナはさらに告げる。
「時間がありません。笹澄の筆頭として、ここは私が食い止めて見せます」
「………。」
その言葉に、アズマもシラユエも何も言えなかった。
「筆頭の言葉ならば、我々も従わねばなるまい」
そう頷き、主導師達三人はその場を退き、後方の援護へと向かった。シクナだけがそこに残る。
「ほう、威勢の良い若造だ。だが、あまり生き急ぎすぎると身を滅ぼすぞ?」
「……ヒユネ様を返して貰おう」
刃を構えるシクナ。しかし、それを傍らに居た二人の忍びが阻むように立ちはだかる。
「いけ……ません……! シクナ……!」
呼び止めるヒユネだが、その口を封じるようにハシンが腕に刃を突き立てる。
「あ、あああッ……!」
痛みに呻く姿を見て、シクナの胸の内に嫌な感覚が流れ込む。
煮えたぎる赤い火が、自分の胸に点る。
「っ――!!」
勢いに任せて刃を振り抜くが、それを傍らに控えていた憑かれ忍びが受け止める。
止まらず、シクナはさらに攻撃を仕掛ける。
『火術・十文字――!』
シクナが妖魔の肉を切り裂くと同時に――その感触が手に残る。
思い出す、あの感触。
嫌悪と愉悦の入り交じった――歪な感覚。
「ぐっ――!!」
気が付くと、シクナは強打され吹き飛ばされていた。無数に奇怪な腕を持つ忍びが、背後に回り込んでいる。
「……甘いな、若造。躊躇が手に残っているぞ?」
「………。」
ハシンの嘲笑うような言葉に、体勢を立て直すシクナ。そして、再度同じように刃を交える。
やはり歴戦の猛者だ。こちらの動揺を見ているだけで察知された。
「これなら、私が出るまでもない……」
その戦いぶりをじっくりと眺めるハシン。その側で、ヒユネは必死に問い掛けていた。
「う……こんな事を続けても無駄だと、まだ分からないのですか……」説得を試みるヒユネだが――。
「まだ元気がありますな。流石は笹澄の巫女。この調子で力を取り戻してくれたら、我々も兵を退く事ができますぞ?」
「う……く……。何とも愚かしい事です……。こんな小さな命を狙って……。あなたは無駄な争いを起こしている……」
強がりながも必死に言葉を発するヒユネを――ハシンは睨み据える。
「あまり挑発的な言動は差し控えてもらいましょうか……? あなたの悲鳴に変わりますぞ?」
「あ…っ! う、あああッ……!!」
足に深く刃を突き刺すハシン。急所をはずし、可能な限り痛みを与えるようにして――。
「きさまッ……!!」
他の兵士達が声を上げる。ハシンを止めようと試みるが、憑かれ忍び達がそれを防いでいた。
しかし、ヒユネは帳の忍び達の間に動揺が走っている事を見逃さなかった。
――まさか……! これでは計画が……!
――案ずるな! まだ我らの力はある……!
「………。」
その様子を見るヒユネ。
帳の若い兵士達に動揺が走っている。それを悟られように戦っているが、明らかな迷いと動揺が他の兵士達にも広がっている。
――若い兵士が怯えている。
「あなたも、人を戦わせるのですね……」
ハシンに向けて言い放つヒユネ。
怪我をしても……どれだけ傷を負っても、また人を戦場へと送り出す――。
「それが我ら帳の意志。この世に報いる為の意志」
「………。」
その様子を見るヒユネ。忍びにすらなっていない。刃の使い方も覚えていない。そんな兵士が戦っている。
癒しの力を扱える者が居なければ、傷付いた兵士達は戦えない……。
その未来を悟り、若い帳の兵士は怯えている……。
――人は、とても脆い……。
薄れゆく意識の中、ヒユネは静かに未来を思う。誰もが見えない未来に怯える。暗闇に怯える。だから抗う……。
恐怖を振り払うために……死を振り払うために……。
――彼らは、私を殺せない……。
そう悟るヒユネ。どうしても自分の力が必要なのだろうと理解する。
これから他の国々に火種をばらまこうとしているのだ。この世をひっくり返すと言っていた。
世界と戦い続けるには、それを癒す存在が必要だ……。
それが――私。
「………。」
何度も、何度も……人を戦わせ続ける。
人は戦う……。見えない何かと、戦っている……。只ひたすらに……。
でも、人は弱さに気付かない。自らに潜む弱さに……。その弱さに負けて、見失う……。自分の姿を見失う……。人の心を見失う……。
そして、人は人でなくなる。
「………。」
静かにヒユネは見ている事しかできなかった。自分は、この戦いを見ている事しか出来ない。自分に戦う力は無いのだから――。
痛みが全身を支配する。誰もが、こんな痛みを味わっていたはずなのに……。
彼等は、それすらも忘れて戦いに暮れる……。
痛みを隠し、その肉体を妖魔に変えてまで……。何も感じぬ体で、戦い続け……。
人を傷付ける痛みも、仲間が苦しむ悲しみも――何も感じない。
――止めなくては……。こんな事は……。
その思いだけが胸に残る。しかし、思うだけで何も変えられない――。
歯を食いしばるヒユネだが、肉体は痛みに動いてはくれなかった。
「シ……クナ……」
その名前を呼び掛けるヒユネ。
だが、力弱くその声は届かなかった。
戦い続けるシクナに――今も無数の刃が襲い掛かる。
あのシクナに……。一番血を流してはいけないはずのシクナに……。
「っ――!」
振り下ろされる刃を避けるシクナ。
シクナが相手の間合いに踏み入るも、妖魔の足を持つ忍びに翻弄される。
「ッ!!」
僅かな隙を見つけ、反撃に刃を振り抜くが――。
「………!」
嫌な感触が手に残る。過去の自分を思い出す。冷徹の血が流れている自分の身を――。
戦うことは簡単だ。ただ感情に任せて刃を振るえば良い。
何も考えなくて良い。何も苦しまなくて良い……。
何も……悲しまなくて良い――。
「くっ――!」
刃を向けるシクナ。人と人ですら、分かり合えない――。
同じ形、同じ見た目……だが何かが違う。何かが……。
見えない何かが、違っている。
「………。」
静かに目を閉じるシクナ。自分の血が沸騰するように熱くなるのを感じた。
目の色が変わり、魔力の質が変わる。空気が震えるように張り詰めた。
「っ……!」
その気配に動きを止める敵の忍び。その重圧が、体の芯にまで重くのし掛かる。
「ッ――!」
次にシクナが動き出すと、忍びから生え出る妖魔の腕を切り裂いていた。
「ぐ、う……!」
痛みに呻く隙を逃さず、シクナはすかさず次の攻撃をたたき込む。
『火術・大文字……』
そのまま妖魔の肉をバラバラに引き裂くシクナ。妖魔を纏った憑かれ忍びは、そのまま意識を失うように倒れた。
「……ついに本性を現したか。笹澄よ」
刃を抜くハシン。忌むような表情がシクナに向けられた。
そして、他の憑かれ忍び達も、シクナを警戒するように包囲する。
「その力、紛うこと無き鬼の力……。笹済が妖魔の力を取り入れようとしているのは事実であったか……」
「お主は何を言っておるのだ……?」
自分の耳を疑うシクナだが、帳の兵士達は次々に声を上げていた。
「化け物め……! やはり笹澄も妖魔の力を隠しておったぞ……!」
「やはり信用ならぬ……! 笹澄は……!」
鬼の力を目の当たりにして、まるで恐怖するように声を上げている。
シクナは、次々に聞こえてくるその言葉に実感が沸かなかった――。
「まさか、これほど鬼を飼い慣らしていようとはな……。どうやって取り入れたのやら……。」
ハシンが刃を向けながら言い放つが、シクナは何を言えば良いのか分からない。
どう言葉を返せば良いのか分からない――。
「お主は、何が見えておるのだ……?」
そう問い掛けるシクナだが、ハシンは聞き入れる様子は見せなかった。
「我々の事を白里に知らせたようだが……。自分達が人徳者を装い、まるで我々を忌み者として否定する。人を陥れ、騙す悪魔よ……」
「……なぜ言葉が通じぬ」
ハシンが刃を向けてくる。応じるようにシクナも刃を構えた。
言葉が通じない。戦いでしか、分かり合うことは無い……。
違う現実を見ている。自分とは違う現実を……。
これは鬼だ。疑う心が人を変えている。自分で勝手に作られた空想に恐れ、畏怖し、正常な判断を失っている。
人の言葉が通じない、化け物――。
シクナに対して、周りに構えていた憑かれ忍び達が襲い掛かる。
包囲されるシクナだが、鬼の殺気を放ちながらも、忍び達と互角に応戦していく。
「……化け物め!」
「っ――!」
戦いながら憑かれ忍び達が、シクナに向けて言葉を吐き捨てる。これだけの忍びを相手にしながらも、赤く禍々しい殺気を纏いながら応戦している。
その姿は、まさに鬼だった――。
「………。」
憑かれ忍び達に畏怖の目を向けられながらも刃を交えるシクナ。
妖魔は目に映る。その姿形も、はっきりと敵意を映し出している。鬼は牙を持ち、角も確かな殺意を写している。今の自分のように――。
だが、人は違う。
人は、これほどまでに移り変わる。見えない物が移り変わる。
本当の姿が見えない……。
善意を、あるいは正義を……それすらも盾にして刃を突き付けてくる……。
どこまでも狡猾で、卑劣な手段を用いる……正義や善意すらも、あるいは人の心すらも利用しようとする、悪魔のような存在……。
それが、相手が見ている世界……。相手は鬼を見ている。
「自分達の事は棚に上げ、我々を否定するなど……! 片腹痛い!」
「ッ――!」
シクナに向けて、ハシンの刃が放たれる。衝撃が辺りを巻き込み、シクナは辺りごと吹き飛ばされる。衝撃が肉体を襲う。
強い瘴気が満ちている。妖魔の力を取り込んだ強力な術だ。
ハシンが迫っていることに気付き、すぐに立ち上がるシクナ。
刃と刃が交錯する。向かい合い、睨み合う。
「笹澄に、我々を非難する資格は無い……!! 否定する資格は無いのだ……! 人の皮を被った鬼よ……!」
「我には、お主が何を言っているのか、さっぱり分からぬ……。なぜ事実から目を背ける。なぜ現実を見ようとしない」
そう問い掛けるシクナだが、相手はこちらを信じていない。
刃を交えることでしか、理解できない――。
「……一つ問う。我が鬼であることを恐れて、こんな事をしたのか……?」シクナは静かにそう尋ねる。
それに対し、ハシンは静かに答える。
「恨みこそすれ、恐れるなどあり得ぬ。我々も対抗するために力を付けたまでの事」
「馬鹿な……ヒユネ様は、我を救ってくださっただけだ……。鬼の力を取り入れようなどと、お前達は笹澄の何を見てきたのだ……」
「笹済は信用ならぬ」
吐き捨てられるように出されたその言葉を、シクナは愕然として自覚する。
甘かった。自分は皆に――周りに甘えていた。
自分が鬼だと言うことを忘れて、心地よい家族のような場所だと思い込んでいた。
嫌でも思い出す。そうだ、自分は鬼だったのだ――。
人と鬼は相容れない。昔から言い伝えられている事だ。自分が、人を鬼に変える――。
鬼と人は相容れぬ――。
古い言い伝えを思い出す。鬼は力を呼び、恐怖を呼び、そして血の雨を降らせる。
鬼に人は救えない。
鬼は牙を向けることしか知らない。
――我は鬼なのか……。
刃を握る手に実感が無くなる。
自分が鬼でなかったら、平和なままで居られたのか……。
恐怖を撒き散らし、人を脅かす、忌むべき存在。
周りに甘えていた。優しさと平穏が当たり前だと思ってしまっていた。自分がどういう存在なのかを理解していなかった。
本来の自分を忘れることの出来た、笹澄に――。
「忍びは常に魔を使う者に虐げられてきた。常に魔を使う者が、この世を支配してきた」
「……!」
刃を弾くシクナ。ハシンと距離を離す。
「忍びは常に序列は下。魔を使える者だけが上に立ち、この世を統べる。その影で、忍びは虐げられてきた。不平等に強いた掟で、魔を扱う者達が常に上に立ってきた」
「……。」
呪詛のように吐き出される言葉を聞くシクナ。忍びは、常に危険と隣り合わせだ。魔を使える者は討士となり、半端に魔術を使える者が忍びとなる。
忍びの任務は……囮や影武者、一人での探索など、戦いにおいて常に危険と隣り合わの役目を担う事が多い。
「だからこそ、我々がこの世を変える。この帳の力で……!」
「……こんな妖魔の力を取り入れて、世の中が変わるとは到底思えぬ。今よりも血の流れる混迷の世が来るだけだ」
「それがこの世の定め。虐げてきたこの世の応報」
そう語るハシン。強い怨みと憎しみが感じらる。
「見せてやろう。我々、帳の思いを……」
そうして、ハシンが魔力を高める。すると、ハシン自身に瘴気が集まり、それを纏うと肉体が変化していった。
「我々が、どれだけ長くこの時の願ったことか……。だれだけの想いで生きてきたか……。今こそ、その悲願が叶えられる時だ」
角が生え、爪が伸び出る。辺りを震わせるような魔力を纏い、長い牙の出た笑みは見る者全てを恐怖させるような醜悪な面持ちだった。
その姿に、シクナは見覚えがあった。
見間違いの無い、自分が一番よく知っているその姿――。
本物の鬼が、目の前に居た。
「っ………!」
その姿に、シクナは言葉が無かった。辺りの瘴気が勢いを増し、渦を巻くように闇が蔓延る。
「恐れ慄いたであろう? これが我らの無念と執念が結んだ力……!」
鬼の力を身に纏い、拳を握ってその力を確かめるハシン。大地が揺れ、魔力が溢れ出るのを肌で感じ取ることが出来た。
「……もはや、本当の鬼に成り果てたか……」
その姿を見て、静かに呟くシクナ。
目を疑う……。それが現実の物とは受け入れがたい。
人は、これ程までに変われるのか――。
恨みと憎しみによって……我が身を省みず、これ程までに、人は変わる。
「これが、我ら帳の力――!」
「……理解できぬ」
吐き捨てるシクナ。あれほど苦しんだ。鬼の血を自ら取り入れるなど……。
目の前の人間は、本物の鬼となってしまった。
ついに……人は本物の鬼にまで成り果てた……。
「ハハハッ――!」
嬉々として刃を振るうハシン。先程とは段違いの威力の衝撃波が襲い来る。
その衝撃波に少しでも触れると、シクナは肉体を切り裂かれた。瘴気を纏った斬撃が飛んでくる。
「う、ぐ……!」
体のあちこちに傷を負うが、同時に鬼の血が傷を塞ぐ。
見るも恐ろしい姿だ。嬉々として刃を振るう存在……。殺戮の限りを振り撒く、忌まわしき存在……。
これが、人の本当の姿なのか――。
「……。」
今までに自分が見てきた人の姿が目に浮かんでくる。しかし、それが目の前の鬼によって塗り替えられていく。自分が迫害され、追い詰められてきた過去――。
そうだ……。人は何よりも恐ろしい存在だった。
――シクナ! やめて……!
暖かな存在が、自分を現実へと戻す。たった一人だった自分の家族さえ……。
「っ……!」
傷があちこちに出来ていく。痛みと共に気力を削がれている。だが、鬼の血が傷を塞ぐ。
自分も、同じように鬼に近付いていく――。
「はあっ……はあっ……!」
切迫した状態のまま、ハシンの猛攻を防ぐシクナ。ほんの少し気を抜けば、命を落とす。
しかし、着々と恐怖が無くなっていることに気付く。鬼の血が恐怖を無くしている。
恐怖も、痛みも…全てを無くして……。
悲しみすらも――。
「………。」
目の前の鬼が自分と同じであることを自覚するシクナ。
あれが、かつての自分の姿――。
人には、自分があのような姿に見えていたのか……。
「ハシン様が、ついに……!」
「ハシン様……!」
帳の忍び達が歓喜の声を上げる。そして、より一層士気を上げて勢いを付けていた。帳の勝利が近付いている。
鬼の瘴気が、妖魔をより強くするのだ――。
「ハハハ……ッ!!」
笑い声を上げなら衝撃を放つハシン。シクナは近付く余裕すらも無かった。ただ防戦一方の状態だ。
「ッ――!」
反撃に転じようとするが、鬼の力は強く、付け入る隙は無い。
――鬼火……。
シクナが手をかざすと、青白い炎がハシンの肉体に燃え移る。
「生ぬるいわッ!」
ハシンは刃を振るうと、青白い炎は掻き消されるように消えた。
「貴様の鬼の力はその程度か……! なんとも貧弱だ……!」
ハシンが繰り出すその鬼の力は、シクナを圧倒していた。
「くはは! 戦いは良い! 血が湧き出るようだ……!」
「……。」
その感覚を思い出すシクナ。戦いを楽しむ鬼の血だ。傷付け合うことを厭わなくなっている。
鬼はハッキリとしている。とても分かりやすい。
その姿も……醜悪さも……目に映る。
だが、目に映らない……人の心は――。
「っ!!」
寸前の所で刃を避けるシクナ。衝撃までもが体に響く。
見失ってはいけないはずの物……。見ることも、触れることも出来ない。だが、確かに存在する……。
「ッ!!」
刃を振るうシクナ。鬼の血が湧き出てくる。魔力が変化していくのが分かる。
鬼の血が、確実に自分を浸食している。
「はあっ……はあっ……!」
息を吐いて相手を見据える。かつての自分がそこにいる。
見失ってはいけない。自分を……。それを見失えば、全てを失うことになるのだから……。
しかし――。
「ぐ、が……」
「っ……!?」
そこでは、ハシンの様子が変わる。動きが止まり、刃を振るう手が止まる。
「ぐああああっ!!!」
「っ……!」
そして突然、苦しむような叫び声を上げたと同時に、先程とは比べ物にならないほどの瘴気を上げた。
「ハシン様!?」
周りの忍び達が異変を感じ取る。瘴気が吸い寄せられていく。
辺り一面を巻き上げ、瘴気はハシンの元へと集まってくる。
「く、ククク……久しぶりだ。人の血は……」
――ッ!
その言葉に、別の何かを感じ取るシクナ。殺気も人の物ではなくなった。
「クハハ……ッ」
目の前の鬼が手を翳すと、周りにいた帳の忍び達が突然、苦しみ出す――。
「う、が、うああアアアーッ!!」
「何だ!? どうした!」
次々に辺りに居た憑かれ忍びが苦しみ出す。
そして次には、見違えるほどの大量に妖魔の肉体が無造作に生えだした。
「う、が……っ!」
「っ!!」
その妖魔の肉体に操られたまま、シクナに形の定まらない妖魔が襲い来る。まるで腕や足がどこにでも無数に生え、一人でに意志を持って襲ってきているようだ。
人が妖魔を操っていたはずが、それを制御しきれていない。
妖魔が、逆に人を乗っ取っている――。
「なんだ!? 何があった!」
笹済の兵士達が次々に声を上げる。帳の忍びが苦しみ出し、叫びを上げて巨大な妖魔に姿を変える。
「な、なんだ!? やめろっ!!」
「う、が、あが……っ!」
憑かれ忍びが苦しみだし、味方であるはずの忍びにさえ襲い掛かる。
「何をしている! やめろ! どうしたのだ!?」
襲い来る味方にクゼンは呼び掛けるが、憑かれ忍びは襲うことを止めなかった。
「お逃げ、ください……。」
忍びが僅かに言葉を発し、クゼンは気付く。あの鬼が妖魔を操っているのだ――。
「……!」
その惨状を目の当たりにし、驚愕するシクナ。目の前の鬼に目を向ける。
醜悪な笑みを見せている鬼と向かい合う。
「久しいな。人よ……」
次の瞬間、自分に向けて斬撃が飛んでくるのを僅かに目で捉え、シクナは素早く身を躱しす。
シクナは理解する。それは間違いのなく鬼の力だった。