第十四章
「老いたな。イサメギ・コウゲン」
「く……!」
膝を付くコウゲンに、静かに物を言うハシン。
「悲しき事よな。神は万能を与えない。いくら笹澄の巫女の力があろうとも、人である以上、その老いからは逃れられぬ……」
「貴様のような化け物として生き長らえるくらいならば、今居る若者にその未来を託するが討士としての役目……!」
刃を手に取り、立ち上がろうとするコウゲンだが、余力はあまり残されていなかった。
それでも刃を構えて立ち向かう。
「天は全てを与えてはくれぬ……。例え神に等しき力を持っていても……。人の命は有限だ」
「だから命は重いのだ……! 軽んじる命など無い……!」
刃を交えるコウゲンだが、段々と魔力は無くなっていく。しかし、相手の力は衰えない。
「いくら綺麗事や理想を並べても、全ては力の前には無意味……」
ハシンが刃を振るうとその衝撃がコウゲンを襲った。
「強い者が勝つ。強き者が支配する。それが今の世の中だ……無情なる世界だ……。だからこそ、帳が世を変える」
刃を構えるハシンだが、そこへアズマの手裏剣が飛来する。
「はあっ!」
同時に、シラユエの弓矢がハシンの狙うが――。
「ふんっ……」
ハシンが刃を振るうと、手裏剣と矢は容易く吹き飛ばされた。衝撃の余波が辺りに広がる。
「っ――!」
それでも怯まず、コウゲンが刃を向けて突進するも――その刃は、軽々と受け止めてられていた。
「っ!?」
目を見開くコウゲン。気付けば、自分の身体が宙に放り出されていた。まるで瘴気に吹き飛ばされたかのようだ。
――なんだ。この力は……!
「ぐっ!」
そのまま地面に叩きつけられる。すぐに姿勢を立て直すが、何が起きたのか分からない。
「なんだ、あの瘴気は……!」
アズマやシラユエも同じように戸惑う。見たことも無い術で、妖魔の力を取り込んだ強力な術であることは確かだった。
「さて、覚悟して貰おう。笹澄よ」
手で合図を送ると、ハシンの側で護衛をしていた忍びが妖魔の肉体を蠢かせる。
巨大化していく腕や牙……それはまさに妖魔の肉体そのものだった。
「っ!」
サヤは絶え間ない攻撃に対処しながら立ち回る。妖魔の腕が襲い、蛇の口を模したような奇怪な牙が無数の束になって襲い来る。
「サヤ!」
クレナイが声を上げる。兵士達は今も防戦一方の状況が続いている。
どうにか状況を打破しようと動く。
「クレナイ!」
「承知……!」
サヤが呼びかけると、クレナイが逆さになって足を出す。
それをサヤが足場にすると、上空へ向かって大きく跳躍した――。
風の魔法を使い、サヤが上空から狙いを定める。
『風林花山ッ!!《ふうりんかざん》』
上空から咲き乱れるように矢が降り注ぐ。広範囲に渡って降り注いだ魔力の矢は、多くの標的に向かって飛来した。
轟音を立てて魔力の矢が着弾する。サヤは何人かの相手には手応えを感じられた。
しかし、百足のような足を持つ忍びが、その矢を避けて、反撃に襲い来る。
「っ!」
サヤの着地際に乗じて攻撃を仕掛けてくるのを、クレナイが素早く遮るが、敵の攻撃を受けて吹き飛ばされる。
「クレナイ!」
サヤが身を案じて叫ぶ。風の魔法を使い、さらに跳躍しようと試みるのだが――。
『――風渦』
その術文を聞くと同時に、サヤは自身の体が風に飲まれるのを感じていた。上空から受け身を取れずに叩き落とされる。
「あ、うっ……!」
衝撃が肉体を襲う。痛む体を起こして戸惑いながらも相手を見るサヤ。
「今の魔術は……」
クレナイとサヤは驚く。魔術を使う相手が戦っている。
目の前に、一人の兵士が立ちはだかる。
「我は、帳の筆頭となる者……。ヤガラ・クゼン」
刃を構えた一人の討士が、そう名乗り襲い掛かって来た。
「ッ――!」
刃を躱すサヤだが、クゼンの魔術がさらに襲い掛かる。波状するような攻撃が浴びせられる。
そこへクレナイが割って入る。しかし、逆にクレナイの刃が弾き飛ばされてしまう。
「クレナイっ!!」
そのまま刃を振り下ろされようとするクレナイだが――。
「やめなさいっ!!」
「………。」
声が響く。その声を聞いた途端、クゼンの刃が止まった。
声を上げたヒユネは、そのままハシンを見据え、ゆっくりと歩み出す。
「もうよいでしょう……。私の力が欲しいのならば差し上げます……。だから、もうこんな無駄な争いは止めてください」
「ヒユネ様! なにを――!」
言葉を発しようとしたクレナイの首に、クゼンの刃が向けられる。
「仲間に手を出さないでください。あなたの狙いは、私の力なのでしょう?」
「利口な方だ。流石は笹澄の巫女……。とても賢い選択ですぞ」笑みを浮かべるハシン。
「ヒユネ様……! おやめください!」
ハシンに歩み寄るヒユネを、周りの兵士や主導師達が止めようとするが、ヒユネは歩みを止めなかった。
クレナイの首には、今も刃が突きつけられている。
「ヒユネ様、おやめください! 我らは忍び! ヒユネ様を命に代えてもお守りするが役目です!」
それでも強引に喋ろうとするクレナイを、クゼンは容赦なく殴りつけて黙らせる。
「………。」
ヒユネがハシンの側まで来る。
そして、厳粛とした佇まいでハシンを見据えた。
「何度も言ったでしょう。私にはもう何の力も残っていないと……。」
「ふむ……。その言葉をどう信用しろと……?」可笑しな様子で首を捻るハシン。
「納得ができるまで、貴方が試してみると良いでしょう」
「ほう……ならば……」
ハシンは刃を向けると――そのままヒユネの腹部を貫いた。
「ひ、ヒユネ様っ!!」
他の兵士達が声を上げる。何人かの兵士達が飛掛かろうとするも、忍び達によって阻まれる。
「う、ぐ……」
「どうしました? 早くしないと死んでしまいますぞ?」
急所を外されているが、放って置いたら死に至る傷だった。それでも痛みに呻いているだけのヒユネを見て、ハシンは疑問を投げる。
「……だから言ったでしょう。私には、もう何の力も残っていないと……」痛みに呻きそうになりながらも、ヒユネは声を絞り出す。
こんな争いでは、何も解決しない……。何も……。
「ふむ……。それは困りましたな」
考えるような仕草を見せるハシン。この事態を重く見ておらず、まるで怪しむような目つきを向けるだけだった。
「……これで……分かったでしょう……。もうこんな争いは無駄なことでしかない事が……」
そう告げるヒユネだが、ハシンの表情は冷淡だった。
「まだ試し終えていないことが山ほど有ります。笹澄は嘘つきですからな……。隠しごとや計り事などは得意でしょう?」
「貴方は……何を言っているのです……?」ヒユネは、その言葉を理解できない。
相手はこちらを信用していない。これだけのことをしても、まだ信用できないというのだ。
「しらを切るつもりですかな? まあ、自分の胸に聞いてみると良いでしょうぞ」
ハシンが鼻で笑いながら告げる。
「貴方の言う"大切な"仲間達が犠牲になれば、もしかしたら、貴方も本性を表すかもしれませぬ」
「や、やめなさいッ!」
止めようとするヒユネだが、既にハシンは合図を送っていた。
クゼンのクレナイに向けられた刃が、振られる――。
しかし、それを別の刃が受け止める。
「………。」
一人の男がクゼンとクレナイの前に割って入る。
「シクナ……!」
サヤは声を上げた。クレナイとクゼンとの間に割って入ったのはシクナだった。
「っ――!」
そのまま、クゼンの刃を弾き返すシクナ。
そこでサヤが駆け寄り、クレナイに治癒魔法を唱える。
「貴様、なぜあの男の首を取らなかった……!」
「阿呆か。仲間を捨ておけるか」
途方もない事を言い出すクレナイに、呆れるしかないシクナ。
これだから忍びと言う物は……味方にしても敵にしても、融通が利かない。
「助かったわシクナ。でも、あんた……」
サヤが戸惑う。シクナがこの場に来たということは――。
「何も言うな。今は戦う時だ」
シクナはキッパリと言い放ち、刃を構えていた。その表情は、普段と変わっていないように見えた――。
「………。」
しかし、サヤは表情が固くなる。シクナには鬼の血が混じっている。人と戦うことなれば、後戻りが出来なくなる可能性があるのだ――。
「シクナ……!」
突如として起こったその事態に、ヒユネは戸惑うしかない。城に居たはずのシクナが、この場に来てしまったのだ――。
「貴様は、笹澄の討士か……」クゼンが、シクナに刃を向ける。
「そうだ。我は笹澄の筆頭となる者、イサメギ・シクナだ」
お互いに刃を構えるシクナとクゼン。
僅かに睨み合った後――お互いに一瞬で間合いを詰め合う。
「ッ!!」
刃と刃が交錯する。その後も、激しい戦闘が巻き起こる。クゼンの刃を受け止め、シクナは問い掛ける。
「なぜ戦う、帳の兵。もうお主達の目的は絶たれたはずだ。ヒユネ様の力はもう無い」
「……まだ絶たれてはいない。我々の野望は目の前にある」
お互いに刃を交錯させながら一歩も退こうとはしない。強い気迫と断固たる意志が滲み出ている。
――……。
強い意志を感じるシクナ。これでは事態は収まりそうにない……。
「こんな力で何をしようと言うのだ。我には血で血を洗う真っ暗な未来しか見えぬ」
「例え血の道としても、我々は示さねばならない。帳としての意志を……。忍びとしての誇りを……」
「ふんっ!」
そこで、シクナの背後から影のようにしてウクロが現れる。
そして、クゼンと刃を交わした。
「何が忍びか。笑わせる……。主の為に尽くし、城の為に命を捧げる。それが忍びだ。貴様達は自分達の弱さの矛先を世の中に向けている、ただの幼稚な子供にしか見えぬ」
「黙れッ!! 笹澄の人間に何が分かる!!」
ウクロが弾き飛ばされる。しかし、ウクロも刃を構えたまま退かない。
「魔術の世が多くの同胞を……! 仲間を奪ってきた! だからこそ、忍びが世を変えねばらなぬのだっ!」
刃を向けるクゼンに、力が込められる。強い憎しみと怒りに満ちた刃が、ウクロに向けられる。
シクナも、援護するように戦う。他の憑かれ忍び達も続々と戦闘へと加わった。
「シクナ、ここは任せろ。お主は大将を撃て!」
「……わかった。ここは任せるぞウクロ」
ウクロを信じて頷くシクナ。ウクロが簡単に倒れる忍びで無い事は、自分がよく知っている。
「お前は笹澄の筆頭となる男だ。我は信じておるぞ」
ウクロの笑みを見て、その場を任せて素早く駆け出すと、シクナは主導師達三人が束になって戦っている場へと合流する。